「・・・・リョウ・・」
「僕なら大丈夫、ルカ。」
心配そうな声を上げる蒼髪の少女にリョウは答えた。
しかし、その声は微かに震えている。



サクラもレオナも、一歩も動かず、ただ一点に空を見上げる。
ルカも剣を握りなおした。
しかし、やはりリョウを心配そうに見つめる。
彼は、これがまともな武器を持っての初めての戦闘となるのだ・・・。
少女の視線を感じると、リョウは笑って言った。



「大丈夫。戦えるよ・・・・」




背負うもの。   3




「・・・・来るわね・・・」
「うん。」
レオナの呟きにサクラが答える。
ルカとリョウも緊張した面持ちで空を見上げた。



うっすら明るくなった空が再び暗くなる。
突然リョウとルカの間に白い物体が降ってきた。



「うわっ!!」
とっさに2人は両側に飛んでそれを避ける。
よろめきながら、リョウは飛んできた物体を見た。
白い、大きな棘だった。
避けていなければ、リョウかルカのどちらかが串刺しになっていただろう。
「一体どこから・・・・・」
体勢を立て直して、空を見上げる。
「あそこだわ・・・・!」
ルカが空の一点を指差した。



空に大きな白い点が見える。
それはだんだん大きくなって彼らの頭上すれすれの所を飛んだ。
巨大な鳥だ。
白い鳥で、瞳が赤い。
その赤い瞳は美しいが、今は恐ろしく見開かれている。



「ZEROの手下!?」
「だろうねぇ、僕ら4人をピンポイントに狙ってくるってことはそうだと思うよ。
もしくは、肉食で人肉が好物の魔物とか?」
リョウの声にのんびりした口調で答えたのはサクラだ。
魔物に襲われているのにこの余裕さ。
リョウは内心呆れた。
「冗談言ってる場合じゃないわ・・・」
レオナが堅い口調で言い、魔物を睨む。



「契約者、レオナ・スタルウッドの名において命ず、木々よ我の槍とならん!」
レオナが素早く詠唱する。
彼女の足元に魔方陣が現れ、輝きを増す。
すると、周囲の木の枝がぐんぐん伸びて、先が尖りまさに槍のように変化した。
枝はそのまま上空に伸びて魔物を串刺しにしようとした。



「レオナって、風の能力じゃなかったの!?」
リョウは思わず声に出す。
彼女は今まで風の能力を使っていたはずだ。
しかし、今の能力は木の正確に言えば植物の力を借りる能力だ。
彼女は2つの能力を使うことが出来るのか!?



「普通の能力者は、1つの能力しか使えないんだけどね〜・・・」
サクラが口元を上げてレオナを見る。
その笑顔は不敵だった。
レオナはそんなサクラの視線は気にせず、魔物の方を睨んでいる。
上空に伸びた木の枝は、魔物を串刺しにしようとするが、魔物の翼に薙ぎ倒される。
魔物は翼を大きく広げると、上空からリョウたちに向かって何枚もの羽を落とした。
羽はどんどん形を変えて大きな鋭い棘になった。
それがリョウたちに向かって降ってくる。



リョウたちはそれを避けながら、逃げていた。
棘は次々に彼らを狙って襲ってくる。
「どうしよう!」
ルカが叫ぶ。
「上空からの攻撃じゃ、剣で攻撃できない!!」
「奴を地上に下ろさなければ駄目ってことか!」
降ってくる棘の量は増えてくる。
魔物は遊んでいるのだ。
逃げ惑う彼らを見て楽しんでいる。



「レオナの風の能力は!?」
棘を避けながら、リョウは叫んだ。
「・・・・駄目よ。詠唱する時間がないし、あの大きな翼だったら、風向きを変えられてしまうわ。」
レオナも、走りながら答える。
しかし、それまで黙っていたサクラが思いついたように口に出した。
「レオナちゃん、さっきの能力の範囲ってどの位かなぁ?」
「・・・・木の力ね・・・範囲は広いと思うけど・・」
サクラの言葉にレオナは怪訝そうな表情になった。
「ふーん・・・」



サクラは棘を避けながら、思案顔になる。
そして、突然口に出した。
「じゃあさ、レオナちゃんの木の力で一瞬でいいから魔物を捕まえてほしいんだ。」
「・・・・長くは無理よ?」
「一瞬で十分だよ。」
レオナの言葉にサクラは笑う。
暫く考えて、レオナは頷いた。
「・・・・分かったわ。でも、詠唱する時間が必要よ。能力を使うには集中力が必要なの。
逃げながら詠唱は難しいわ。」



魔物は再び、羽を棘に変えるために翼を大きく広げる。
同時にレオナとサクラは立ち止まると、詠唱の体勢に入った。
沢山の大きな棘がレオナやサクラに向かって降ってくる。



「剣舞、立花双天陣!」
ルカの細い剣の舞が2人に降ってくる棘を切り裂いた。
しかし、変わりに後から自分に降ってくる棘への反応がわずかに遅れた。


「ルカ!」
「大丈夫。」
彼女のローブの袖が切れただけだ。
ルカはリョウに軽く微笑むと再び剣を構えた。


その間に、レオナは呪文を詠唱する。
「我の命によりかの者を捕らえよ!エアグランゲン!」
魔方陣の輝きと共に、周囲の木々の枝が真っ直ぐに伸びていく。
魔物は羽で薙ぎ倒そうとするが、魔物の四方八方の枝が、魔物のに向かって伸びていく。
枝はとうとうドーム状のように魔物を包んだ。
しかし、魔物の力は強い。
次々に枝が薙ぎ払われていく。
「限界よ・・・・」
レオナは小さく呟いた。



「契約者、サクラ・セオドリオールの名において命ず、汝の力でかの者に裁きを!」
サクラの詠唱が終わるのと魔物が最後の枝を薙ぎ払ったのは、ほぼ同時だった。
「詠唱終わりっ! ハーゼリゼン!!」
サクラの魔方陣が勢いよく輝く。
サクラは両手を魔物にかざすと、紫色の塊が手の中に現れ、それが魔物に向かって飛んでいった。
魔物に当たるか、当たらないかの所でサクラが指を鳴らす。



パチン!



その音が響くと同時に魔物の周辺に一気に重力がかかった。
魔物の周囲に伸びていた木々の枝と一緒に、魔物が上空から叩き落される。
「落ちてきた所を狙うんだ!2人とも!」
サクラの声にルカとリョウは剣を構える。
しかし、落下地点がずれ、2人の前に落ちるはずだった魔物は2人からやや離れた所に落下した。
リョウは慌てて魔物の方に向かう。



やっと手に入れた力・・・・
この力で、僕は自分を、皆を守る・・・



リョウが魔物の所に駆け寄ると魔物は羽を折ったらしく飛ぶことは出来なかった。
リョウは剣を構えて魔物に突っ込む。
「ええええええいっっっ!!」
しかし、魔物の足の爪によってその刃は受け止められた。
ガキン!と嫌な音をたてて、刃と爪がぶつかる。
何度かのぶつかり合いの後、リョウは爪をかわし、魔物の白い体に剣を突き刺した。
そして勢いよく横に引く。



ズバッ!



魔物の白い体から、真っ赤な血が流れる。
勢いよくリョウが横に引いたため、かなりの出血だ。
そして至近距離だったため、リョウのローブの袖にも真っ赤な血がついた。
魔物の・・・血だ。



今までリョウは剣で何かを切ったことはなかった。
初めて剣を持ったのだから当たり前だ。
魔物とはいえ、生きているものを切った。
・・・・命を奪った。
彼のローブの血がそれを語っていた。
これまでは、自分が直接手をくだしたことはなかった。
サクラが、レオナが、魔物を倒していたのだ。
だから、リョウは自分の至近距離で魔物が血を流す、それも自分の手によって
血を流すなんて経験をしたことがなかったのだ。



僕は・・・生き物を殺した・・・



ついさっきまでは、魔物を倒そうと躍起になっていたのに
いざ、自分が魔物を傷つけ、血を流すところを見ると体が動かない。
頭の中が真っ白になる。
さっきの勢いよく流れる真っ赤な血が頭から離れない。



だからリョウは気がつかなかったのだ。
魔物にまだ息があることに。
魔物はかっと目を見開くと、力を振り絞って爪を振り上げる。
「っ!! リョウ!!」
後を追ってきたルカがそれに気がつき、横からリョウを思いっきり突き飛ばした。
代わりにルカの右肩に魔物の爪が振り下ろされた。



「っ!」
「ルカ!?」
突き飛ばされた衝撃でリョウは我に返る。
ルカの肩からは血が流れていた。
傷口はかなり深い。
「そこにいて、リョウ」
ルカはそう言うと、持っていた剣を構え、振り下ろす。
「・・・・立花・・双天陣・・」
鋭い、まるで華咲いたような剣の舞。
彼女の攻撃で、魔物のは倒れ、動かなくなった。



「ルカ!」
肩を押さえて、膝をつく少女にリョウは駆け寄る。
少女の白い肩からは血が流れていた。
「大丈夫」
ルカは肩を押さえたまま、言う。
そして、立ち上がった。



「・・・リョウ?」
その場から動かない少年を不思議に思い、ルカはリョウに視線を移す。



リョウは、自分の剣を見つめていた。
美しい刃は魔物の血で赤く染まっている。
そして次にルカの肩に視線を移す。
彼女の肩は深く傷ついていて、痛々しい。



「・・・・ごめん・・・・」
リョウは、ただそう言い俯いた。
握った拳が、震えていた。



その様子を、後から追ってきたサクラとレオナが見つめる。
サクラはその様子をじっと見た後、ほんの微かに口元を上げる。
レオナは、静かに目を伏せた。



俯いた少年を、朝日が照らした。






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手に入れた力は儚く散った・・・




2006/04/07