彼には剣を持つうえで大切なものが欠けている・・・
彼女は静かに、ただ淡々とそう告げた。



背負うもの  2



「嬉しそうだね、リョウ。」
「そうかな?」
「そうだよ。・・・どうしたの?」
「別に。何でもないよ。」


ルカの質問にリョウは笑顔を浮かべながら答える。
彼女は、リョウがどこか嬉しそうな理由を知っている。
敢えて、聞いてみたのは自分の推測を確信にもっていくため・・・


リョウの腰には、先ほどの町で買った長剣が差してある。
そして、ルカの腰にも同じ武器屋で買った細身の長剣・・・
自分の腰にかかる剣の重みをルカは感じた。
ああ・・・いつまでたっても、剣の重みには慣れない。
リョウも、彼も・・・その重みを感じているのだろうか?


「どーしたの、ルカちゃん?気分でも悪いかな?」



明るい声で話しかけてきたのはサクラだ。
先ほどの休憩で体力が回復したのか、彼の足取りも軽い。


「い、いえ・・。」
「大丈夫?気分悪かったらいつでも言ってね?」


リョウも優しく声をかける。


ルカの体調を心配するセリフだが、どこか彼の口調には弾んだものがあった。



これまで、敵を倒す力をもっていなかった自分。
皆の背に隠れるような形になっていた自分。
でも、僕は、力を手に入れた・・・
皆を守る力。
自分を守る力。
ZEROを、敵を倒す力・・・



リョウの口元が嬉しそうに上がるのをルカは見逃さなかった。
そして、それを見たのは彼女だけではない。


レオナも、サクラも、そしてレオナの肩に乗っているクロードも、
彼の考えに気がついていた。




「・・・リョウ・・・」
「ルカ」


ルカの言葉をレオナが遮る。
まるで、何も言うなというように。


彼女の肩に乗っていたクロードは一瞬彼女に視線を移したが、何も言わない。
黙ってレオナの肩に乗っていた。




「サクラさん、剣を振るう上で何か注意する点とかありますか?」
隣を歩くサクラにリョウは声をかける。
「ん〜・・・そう言っても僕は剣術は専門じゃないしなぁ・・」
「だけど、使えるんでしょう? サクラさん。」



なおも食いつくリョウにサクラは苦笑する。
確かに自分は剣を使えるが、ほとんど我流だ。
剣術を学ぶならそれなりの人物に教えてもらう方がよいのでは?


そんな考えが頭をよぎったが、サクラはすぐに笑顔になる。



「しょうがないなぁ。僕でよければ、教えてあげるよ。って言ってもリョウ君が
学校で習う程度のことだと思うけど。」

「ありがとうございます!」

サクラの返事を聞くと、リョウは笑顔になった。
その笑顔を見てサクラもまた、口元を上げた。



大切なことは、言う必要はない。
彼が自分で気が付かなければ意味がない。
それに、彼がそれに気が付いた時、どんな反応をするのか・・・・
とても興味があるじゃないか。




サクラは楽しげにリョウに視線をおくる。
そんな視線に、少年は気が付くはずがなかった。






「今日も野宿かな?レオナ。」


リョウは自分の先を歩く少女に声をかけた。
栗色の髪の少女、レオナはその声に反応して後ろのリョウに振り返る。
リョウはレオナの表情を見ると、悟った。
いや、リョウ自身も分かっていたのだが、ここまであからさまな反応をいただけるとは思っていなかった。

『考えれば分かるでしょ。』

レオナの目は、そう語っていたのだ。



アルデストへの道のりは長い。
その中の4割を占めるのが、この深い森だ。
一行が森の中に入ったのは約3日前。
ざっと計算しても森を抜けるのに1週間ちょっとはかかるだろう。



森の中に町や村はない。
あったとしても、山小屋がいくつかある程度だ。
だから森を抜けるまでは野宿が基本だ。
日が暮れた頃にちょうど山小屋を発見できた場合は泊めてもらえるかもしれない。
しかし、4人(と一匹)泊めてもらうにはある程度の広さがある小屋でないと難しい。



実際リョウたちは森に入って3回夜を経験したが、見事に3回とも野宿だ。
旅をしていて、野宿の経験は何度もあるが未だに慣れない。
もちろんアルデストに行く手段としては徒歩の他に馬車がある。
馬車で行くと夜も馬車の荷台で眠ることができる。
しかし馬車で行くにはお金がかかるし、これからの事も含めて移動に乗り物を頼るのはいけない。



今歩いている道は周囲に山小屋らしきものは見られない。
つまり、今日も野宿という訳だ。



「そろそろ、ベッドで眠りたいな・・・。」
リョウは小さく呟く。
思わず心の呟きが口に出てしまったようだ。
固い地面の上で寝ているためか、体の疲れがなかなか取れない。
まだ、柔らかな芝生の上で眠ると多少は違うのだろうか。



レオナやルカを見るが彼女たちは疲れた様子を見せない。
彼女たちも連続の野宿で疲れているだろうに。
平気な顔をして歩いている少女たちにリョウは素直に尊敬の念を覚えた。
それとも、周囲に心配をかけないように表情に出さないだけなのか。
どちらにしても、そんな素振りを見せないのだ。
彼女らは、凄い。







日が暮れてだいぶ経つ。
太陽が沈み、変わりに月が昇る。
星がたくさん瞬いている。
きっと、明日は晴れるだろう。
リョウの顔を赤々とした炎が照らす。
リョウはじっと炎を見つめていた。
他のメンバーは眠りについている。
野宿の時はそれぞれ時間を決めて番をする。
いつ、どこでZEROの手下や魔物に襲われるか分からないからだ。
そして、荷物は常に自分の傍に。
武器を持つ者は必ず武器を抱えて眠りにつく。
これは、すぐに戦闘体勢に入れるため。



これは眠っているものに限らない。
番をしている者も、もちろん武器を手放してはいけない。
したがってリョウも手にはしっかり剣を握っていた。



「眠れないの? レオナ。」
リョウは不意に口を開く。
栗色の髪の少女は何も言わずにリョウの隣に座った。
レオナは今日は番の当番にはなっていない。
だから、リョウは疑問に思ったのだ。
どうして、眠らないのだろう・・・。
ずっと歩きっぱなしだ。
眠らないと体がもたないのではないか。



「・・・目が覚めたから。」
レオナは、ぽつりと口にする。
それ以外は特に何も言わず、少女は目の前で踊る炎を見つめた。
時おり吹く風にレオナの長い髪が揺れる。



ふと、リョウは視線を感じてレオナを見た。
さっきまで炎を見ていたレオナは今は一点をじっと見ている。
リョウが握りしめている、剣を。
「あっ・・・レオナには見せたっけ? 僕の買った剣。」
そう言って、リョウは剣をレオナに渡した。
自慢したいわけではない。
レオナやルカもそれぞれ武器を持っている。
しかし、初めて手にした力をリョウは誰かに見せたくてしかたがなかった。
剣を持ったことが誇らしくて、どうしようもなかった。



レオナは剣を受け取り、鞘から抜いて刃を月の光にかざす。
まだ一回も使われていないその刃には、なんの汚れもない。
彼女は目を細めてその刃を見つめた。



ああ・・彼は知らないのだろう。
この美しい刃がこれからどんな風に染まっていくのか。
一度剣を振るったら、二度と最初に抜いた時のような輝きはないのだということを。



「気安く他人に自分の武器を渡さないことね、リョウ。」
「・・・え?」
「私がこの剣を抜いて、貴方を刺すかもしれないわよ?」
「そんな、レオナがそんな事するはずないじゃないか。」
突然のレオナの言葉にリョウは少し驚いて答える。
レオナが自分を刺すなんて、そんなことないのだから。



リョウの答えに、レオナはこっそり溜息をついた。
この少年は、戦いなど無縁の世界で生きてきたのだろう。
それゆえ純粋で、それゆえ・・・・



「甘いのね・・・。」
「え?」
「・・・何でもないわ。」



それが、この少年の良さでもあるのだろうから・・・・。
しかし、このようなことでこれから先、生き残れるのか
そのような疑問も同時に少女の中で生まれた。







もうじき夜が明ける。
月はまだ出ているが、遠くの空がうっすら明るくなった。
リョウは背伸びをして隣の少女を見た。
結局レオナはあれ以来眠っていない。
大丈夫かと何回か聞いたが、本人が平気だと言い張るのでそれ以上は何も言わなかった。
レオナは自分の隣で眠る金色の鳥、クロードの羽を撫でている。
そんな光景にリョウは、ふっと微笑んだ。



「・・・リョウ。」
「どうしたの?レオナ」
「剣を構えて。皆を起こすわ。」
「え?」
「・・・・魔物がくる。」
「!?」



突然のレオナの言葉にリョウは思わず剣を握りしめる。
レオナはクロード撫でていた手を止め、鋭い視線を空に向ける。
レオナの言葉でサクラとルカも目を覚ました。
彼女の一回の呼びかけで目を覚ますあたり、2人ともしっかり眠ってはいなかったのだろう。
ルカは抱えていた剣の鞘を抜き、構える。
サクラもいつでも能力を使える体勢に入る。



空が、暗くなる。
木々が、ざわめく・・・。



僕は力を手に入れた。
皆を守る力、自分の身を守る力。



リョウは一度目を閉じて軽く息を吐くと、目を開く。
そして、ゆっくりを鞘を抜いた。








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少年よ、力を取れ。



2006/4/5