悪夢は終わった。
子ども達は、涙で濡れた瞳を閉じて
永い永い眠りにつく。


次に彼らが目覚める時は・・・・・・






そしてそれは哀しい恋の詩 〜親愛ナル少年ト少女へ Epiroge 〜








気が付くと、屋敷はぼろぼろで私の目に映ったのは瓦礫の山に赤い炎。
鼻をつく匂いに、生温かい風。
何が起こったかなんて、理解するのにそんなに時間はかからなかった。
途中で途切れた記憶。
その間に何が起こったか分からなかったけれど、この状況を見て・・・・気がつかないはずがない。
私がやったのだ。
自分の愛すべき家を、このような姿にしたのは私だ。
生まれ育ったこの場所を、このようにしたのは私だ。



父も、母も、兄も・・・・皆いない。
もう二度と、会うことも出来ない。
どうして彼らは死んでしまったのだろう。
どうしてこのような事になってしまったのだろう。
・・・それも分かっているではないか。
彼らは私を守ろうとして死んだ。
理由は分からないが、「姫君」だという私を守るために死んだ。



・・・・・私のせいだ。



私がいたから。
私さえいなかったら、彼らはこんな事にならなかったのに、どうして私はここにいるのだろう。
どうして、私は・・・・






あれから暫くして、クロードは目を覚ました。
目を覚ました彼は、どこかが違って、何かが違って・・・・
けれど私にはそれが分からない。
彼の淡い金色の髪は、肩まで伸びていて。
あれほど酷かった体の傷は、綺麗に癒えている。
クロードは、目の前の屋敷を見つめ・・・・静かに目を伏せた。
そして、私の方を向いて呟いた。



「・・・・・・終わったんだね」



静かな言葉は、誰を責めるでもなく、何を嘆くわけでもなく、
ただ、そこに響いた。
その言葉が哀しくて、哀しくて。
枯れてしまったはずの涙が、また流れた。



父が綺麗だと言っていた、母がお揃いねと言っていた、私の栗色の髪は地面につくほど長く伸びていて気持ちが悪い。
歩くとズルズルと音を立てるのだ。
まるでお化けだ。
いや・・・実際そうなのかもしれない。
たくさんの命が奪われるきっかけともなった理由を持つ私は・・・・きっと悪魔や化け物以外の何者でもないのだ。
引き裂かれた自分のワンピースを見て目を伏せた。
真っ白なワンピースは、今は紅。
いや、鮮やかな紅とは違い・・・黒みがかった赤だった。



手を、血が出るくらいの力で握り締めると、そっと自分の手に彼の手が重ねられる。
哀しげに笑ったクロード見て、また泣いた。
彼の首に抱きついて、また泣いた。
自分の頬に、水滴が落ちたのを感じた。
・・・・・彼も泣いていた。







「アイゼルは?」
私のその問いに、クロードは静かに目を伏せる。
「・・・死んだよ」
小さく呟かれた言葉に、私は何も言うことが出来なかった。
・・・・いや、何を言えというのか・・・



何も、言えない・・・
言う資格なんて、ない。
そんな資格・・・・私には、ないのだ。









どれほど時間が経っただろうか。
もうすぐ朝日が昇ろうとした時、クロードの体に異変が起きた。
苦しげに顔を歪め、息が荒い。
尋常でない彼の様子に私は何もすることが出来なくて、しかしもうこれ以上大切な人を失いたくなくて
私は必死に彼の背をさすった。
どうして?何故?そんな気持ちと共に。
こうすることしか・・・・・出来なかったのだ。



眩しい朝日が私たちを照らす。
闇を払い、光で世界を満たす。
その光に、思わず目を細めたのを今でもはっきりと憶えている。
そして同時に感じた。
クロードの背を撫でていた自分の手が、空を掴んだこと。
驚いて、そちらを見るとそこにはクロードの姿はなくて
代わりにあの金色の鳥が、哀しげな瞳で私を見ていた。


ああ・・・この鳥は貴方なのね、クロード・・・・


どうして彼は、こんな姿になってしまったのだろう。
そして、私の記憶が途切れたあの後、一体何が起きたんだろう。
それを教えてくれたのは、後に出会う人物だが・・・順を追って話そうと思うから、これは後で話そう。










私は立ち上がり、ぼろぼろの家の中に戻り、2階の自分の部屋を目指した。
肩にクロードを乗せて。
たくさんの死体。
血の・・・嫌な臭い。
何かが焼けた臭い。
ぼろぼろの柱。
引き裂かれた壁紙。
割れた窓。
なるべく見ないように。足早に、私は自分の部屋を目指す。
幸い、私の部屋は他の部屋に比べたらまだ原型を保っているようで、私はクローゼットの中からありったけの洋服を取り出し鞄に詰めた。
自分が着るためではない。
生きていくためにはお金が必要だ。この洋服も売ったら多少のお金にはなるだろう。
それにアクセサリー。これももう自分には必要ない。
ネックレスにイヤリング、指輪を次々に鞄に入れる。
ふと、手に触れたのは父親が自分に買ってきてくれたブローチ。
兄とお揃いの、あのブローチだ。
さすがにこれは、売ることが出来なくて・・・・・私はそっとそれを鞄に入れた。





そして私はボロボロで血に染まったワンピースを脱ぐ。
そして代わりに、喪服として持っていた真っ黒なワンピースを身に纏った。
自分に白は似合わない・・・・たくさんの人の死を見て、そしてたくさんの人々が死んでしまった原因をつくった私は、これから一生黒を着ると
・・・・そう決めたのだ。
売れるものは、何でも鞄に詰めた。
涙が溢れて止まらなくて・・・でも手を止めずに、必死に詰める。
私は生きててはいけないのに・・・・けれどこんなにも生に執着している。
私は生きていない方がいいのに、けれど必死に生きようとしている。
どうして・・・・?
ねえどうして・・・?



頭の中にはいくつもの問いが浮かんでは消える。
けれど手だけは・・・止まることはなかった。










持てるだけのものを持って、私と彼は丘をくだる。
黒いローブを羽織り、大きなフードで顔を隠す。
もう、人の中へと身を投じることは恐ろしくなかった。
恐怖など感じなかった。
私の心を占めるのは、恐怖ではなく「絶望」の二文字だったのだ。
なるべく早く、この場所から離れたかった。
持っていた服を1着売ってお金を得て、馬車に乗ってここを離れた。
クロードはずっと鳥の姿のまま、私の肩の上で景色を見ている。
どんな気持ちでいるのだろう・・・・



行く当てはなかった。ただ、この場所から離れればどうでもよかった。
何週間か馬車に揺られて、私たちが馬車を降りた場所は普段あまり人が寄り付かないと言われる森の入口だった。
ここなら人は来ない。
静かに暮らせる。
ここでずっと・・・静かに暮らすのだ。
幸い町もいくらか歩けばあるし、物資の調達にも問題ない。
森の奥にある山小屋で暮らすには、私たちは余りにも若すぎるのだろうか・・・・
外界を遮断し、森の奥に留まるには早いと、そう言うだろうか・・・・
でも私たちは・・・・それが一番いいと、そう思ったんだ。






クロードは相変わらず鳥の姿で、それは私の不安を大きくした。
彼がどうしてこのような姿になってしまったのか・・・私には分からないし、彼もまた分からないと、そう言った。
でも、何となく、何となくだけど・・・・彼がこうなってしまったのは私の所為なんじゃないかって思ったの。
根拠なんてない、ただ漠然とした勘だったけど・・・・そんな確信があった。
そして、それは現実になる。




あれは月夜。
私とクロードが山小屋で暮らし始めて2週間程経った後のことだった。
ノックと共に現れたのは、真っ白なローブに身を包んだ老婆。
胸元をフクロウのブローチで止めた、高貴な雰囲気を持つ、不思議な老婆。
柔らかい笑みを浮かべて、彼女は私に教えてくれた。
人々の負の感情から生まれた、「ZERO」という存在。
そして、それを止める「歯車」の存在。
そして・・・・「姫君」に「守人」のこと。




「姫君と守人は、貴方様達2人以外にいないのです。唯一2人だけの、特別な存在。」


それを護るために、お父様もお母様も兄様も、クロードの家族も死んだの・・・・?


「今はまだ、お教えすることが出来ません。しかし、いつか必ず知るでしょう。姫君と守人の意味を」


どうして教えてくれないの?ねえ、どうして・・・?


「貴方様達はまだ幼い・・・・しかし時が来ればきっと・・・・」


そんなのずるいわ。ずるい・・・!また私は、何も知らない・・・・



彼女は言った。
いつか、ZEROが本格的に目覚めた時に、「歯車」なる存在が現れる。
その者達と共に行きなさいと。
旅の中で、私達は己の宿命を知るだろうと。
これ以上は「干渉外」だから、告げることが出来ない、と。
そして、ZEROは私達を放ってはいないだろうと。
どこへ逃げても、ZEROは私達を追ってくる。
だから、ひたすら逃げなさいと。
また私は知らないまま。
自分に関する事なのに、知らない所で事が動いているの。
けれど、その時の私達がこれ以上問い詰めなかったのは、どこか諦めていた所為もあるのだろう・・・。




そして、彼女は教えてくれた。
クロードの事。
私の意識が途絶えた後、私の中に存在した風の能力、そして母方から受け継がれ、今まで眠っていた樹の能力が
暴走したという。
私の強い「負の感情」によって制御しきれなくなったというのだ。
そして暴走した私の能力は辺りを包み、大きな爆発を起こした、と。
私の能力が暴走したと同時に、クロードに対して兵士が剣を振るったらしい。
そして、今まさに殺そうとした時に私の光が彼らを包んだ。
兵士はそれで息絶え、クロードの体も白い光に包まれた。
クロードも命が尽きようとしたとき、彼の鎖・・・・いや、正確には彼の父親の持つ、金の鎖が反応し
クロードの魔物であるアイゼルの体の中にクロードの魂が取り込まれたというのだ。
同時にその鎖は砕けてしまい、残ったのはほんの僅かな欠片のみ。
アイゼルはもう既に息絶えていて・・・・・しかし、何らかの力が働き、無理矢理に等しい形でクロードの魂は
アイゼルの体に取り込まれた。
その為、クロードはこのように鳥の姿になったのだと。
アイゼルのように大きな体ではないけれど・・・・・
アイゼルのように真っ白な体ではないけれど、彼の髪のような淡い金の羽を持った姿で。




そう、彼をこのような姿にしたのは私の所為なのだ。
彼から時間を奪い、彼の全てを奪った。
でも彼は、そんな私に「ありがとう」と、そう言った。



「君のおかげで、僕は今生きてる。君がいなかったら、僕は今頃ここにはいないんだよ?」



ううん、違うのクロード。
やっぱり私の所為なの。
私と出会わなかったら、貴方はこんな目に会わなくてよかったの。
私と出会ったから、貴方は家族を失って、自分の全てを失ったの。
ごめんなさいなんて、何回言っても足りないの。
そう言って、長い時間泣きじゃくったのを覚えてる。
それでも彼は、優しく目を細めて傍にいてくれた・・・・・



彼女から、月夜に契約の呪文を唱えると月が出てる間だけ元の姿に戻ることを教わって
クロードは限られた時間のみ、元の姿に戻ることが出来た。
彼女は言った。どうしたら元に戻るかは・・・分からない。それは呪いだと。
「呪い」という、その意味は分からないけれど・・・・その言葉を聞いた時、私はどこか納得したんだ。
私はたくさんの人々の命を奪うきっかけを持っていて、そんな私はきっと死神以外の何者でもないのだろう。
そんな私の能力によって姿を変えられたクロード。
これを呪いと言わずに何と言うの・・・?
それでも貴方は、何も言わず私の背を撫でてくれた・・・・。
でも知ってるの。
私の背を撫でながら、私を気遣ってくれながら



貴方は静かに泣いてた・・・・・・・











あれから7年。
静かな日々。
穏やかな時間。
傷ついた心は、時間をかけて少しづつ癒される。
ZEROの手下は、時々私達の目の前に現れる。でも、負けなかった。
負けてはいけないと、そう思った。
けれど私は決して黒い服を着ることを忘れない。
そしてクロードに対する罪悪感も、色あせることはない。
彼は大切な人。
大好きな人。
愛しい人。
けれどそれ以上に私は・・・・・
どうやって彼に償えばいいのだろう。




ZEROが動き始め、歯車が集まって、私達の周りの時間が動き出しても中々動けず、
リョウに問われても何も答えることが出来なかったのは、怖くて動くことが出来なかったから。
7年前のあの事件はまだ終わっていないのに、続きを見るのが怖かった。
もし今度こそ・・・・クロードが死んでしまったら・・・・?
またたくさんの命が私の所為で奪われてしまったら・・・・?
それ以上に、一度世界の終焉を願った私が
彼らと共に旅をしてもいいのだろうかと。




けれど、それでも私がここにいるのは
あの日の償いのためなのだろう。




彼の時間を奪ったことに対して

愛しい人達の命を奪ったことに対して





私は何かをしたかったんだ。








だから私は、ここにいる。
リョウやサクラ、ルカ・・・・・そして、彼とともに
自分の運命を見届けたいと・・・・・
そう思った。






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(胸に残るのは、恐怖と悲しみと罪悪感。そして、眩しくらいの愛しさ)




07/09/26