暗い夜も、長い道も
いつか必ず明ける時が来る


それまでに沢山の傷を負って、血が流れて
痛くても、いつかきっと傷は癒える


笑ってなんてなんて言えないよ。
しっかりしろ?
今はそんなの無理だから。
だからそんなに自分を責めないで?
ゆっくりでいいんだ。
無理して笑わなくてもいいんだよ?
たくさん泣いて
たくさん叫んで
そしてたくさん自分を守ればいい。


そして、たくさん泣いた中で叫んだ中で逃げた後で
たった一瞬でも笑えればいい。
それだけでほら、また一つ強くなれたよ
また一歩、前に進めたね


親愛なる少年と少女へ


悲しく強い君達に、ありったけの気持ちを込めて
歌を贈ろう





親愛ナル少年ト少女へ   17





「兄様!!ねえ、兄様・・・・!!!やだ!!やだよ目開けて!!ねえ!!」
兄の亡骸を揺さぶりながら、レオナは必死に声を上げる。
嘘だ。
これはきっと悪い夢だ。
だって、だって考えられないもの。
母が、兄が・・・・もういない・・・・・
父ももういない・・・・・
昨日まで一緒にいた大切な人達・・・・
みんな・・・・みんな・・・・・






そう、一人ぼっち。






『レオナ、今日の夕食は何だと思う?』

楽しそうに母が笑う。
暖かいシチューの匂いが満ちる台所。

『レオナ起きて、もうそろそろ起きないと朝食の時間だよ』

困った様に笑いながら兄が言う。
寝ぼけている私を見て、「早くしないと冷めてしまうよ」なんて笑って急かして。

『お土産話がたくさんあるんだ、レオナ』

仕事で忙しい父。
けれど必ず手紙をくれた。
綺麗で、けれど暖かい文字・・・・便箋ぎっしりの手紙はいつも読むのが楽しみで。
そして帰ってきたらまず、優しく抱きしめてくれた・・・・





愛しくて大切な家族。





もういない・・・・・






そう、いない・・・・・・






私は・・・・・・・・






「これで、邪魔はいなくなったね」
クスクスと笑う人物をレオナは焦点の定まっていない瞳で見つめた。
黒いフードの男。
とても綺麗に口元は弧を描く。
そう・・・・この男が皆を奪った。
母を・・・兄を・・・・・
レオナの瞳に色はない。
ただぼんやりと男を見つめていた。



「悲しい?レオナ」
「・・・・・・」
「苦しいかな・・・?」
「・・・・・・・」
「・・・・・レオナ?」



問いかけても反応を示さない少女に、男は怪訝そうに問いかけた。
「どうしたかな?」
「・・・・して?」
「え?」
「・・・どう・・・して・・・?」
掠れた声は・・・まともに言葉も発せない。
まるで人形のように表情を失ってしまった彼女に男はしゃがんで目線を合わせる。
しかし彼の顔は、フードで隠れていて見る事が出来るのは口元だけ・・・・



「これは君達の救済だよ?・・・・・『忘れられた者たちの姫君』、レオナ・スタルウッド・・・・」
静かに男はそう紡ぐ。
彼の白い手がレオナの頬に触れようとした時、ヒュッと音がして男は後ろに下がった。
ただならぬ殺気。
それが痛いほど男に突き刺さる。
「守人・・・か」
ニッと口元を上げた。
細い刃が男のローブを掠る。布の切れ端がハラリと床に落ちた。



「クロード・・・・・?」
レオナは焦点の定まっていない瞳で、金色の髪の少年がアイゼルから下り、落ちていた剣を振るうのを見た。
「レオナ」
彼の声が聞こえ、レオナは思わず息を吸う。
焦点の定まらなかった瞳が段々その色を取り戻す。
「クロ・・・ド・・・・・私・・・・・わたし・・・・皆・・・・・皆いないの・・・・・」
途切れ途切れの言葉にクロードは、そっと彼女の頬に手を添えた。
「私・・・・・一人ぼっちになっちゃ・・・・・・」
瞳からは絶えず涙が零れる。
自分の頬も温かい・・・・
そうだ、自分も彼女も・・・・・









泣いてる・・・・・












「『姫君を守る者』・・・・・”守人”、クロード・ツイン・・・・見事な精神力。さしずめ、気力だけで動いているって所かな」
静かな声に2人はそちらを向く。
男が静かに2人を見下ろしている。
「だって君、本当はいつ眠ってもおかしくないでしょう?凄い精神力」
クロードを指差して男は笑う。
レオナはクロードに視線を移して息を呑んだ。
彼の顔は真っ白で、息が荒い。
足元はふらつき気味で、背中の傷からは血が流れている。
「クロード・・・・・!」
「大丈夫だから」
彼女の悲鳴を遮るようにクロードは短く返事する。
視線は男から逸らさない。
殺気のような視線をレオナは感じた。



「姫君と守人・・・・・互いに必要な存在。この世界の鍵」
「・・・・・?」
突然話し始めた男に2人は眉を寄せる。
一体どういうつもりだろうか。
「世界を平和に導く為に必要な存在。どちらが欠けても成り立たない・・・・・君達は何も知らないんだね。まあ、きっとそれも
彼らの狙いだったのかな。やはり消しておいたのは、間違いなかったみたいだ」
クスクス笑う男に、レオナは強い憎しみを感じた。
だからこいつは家族を殺したのか。
たった・・・・それだけの理由で?
それだけの理由で彼らを・・・・・
かけがえのないない家族を・・・・・!!



「姫君は時が来たら、世界を救う為に動き出す。守人は、姫君が道を踏み外さないようにその身を守り、監視する」
2人を交互に見ながら男は続ける。
「君達の役割はそれだけ。たったそれだけだけど、とても大切で・・・・とても重い」
静かに静かに男は続ける。
物語を語るように穏やかにゆっくり。
「けれど、そんな君達の役割を奪おうとする者達がいた。だから消した。それだけ」
なんてことない、と言ったように告げる男にレオナは声を上げた。



「それだけ!?それだけの為に?それだけの為に家族を、私の・・・・クロードの家族を・・・・・
ここにいる人達を殺したの!!?」
自分はかつて、ここまで人を憎んだ事があっただろうか。
姫君・守人・・・・その役割を自分は知らない。
何を意味するのかも分からない。
彼の話す内容は漠然としたもので
理解するには程遠くて。
けれど揺るぎない事実は・・・・・・




愛する者たちはもういないということ・・・・




目の前のこの男に、殺されてしまったという事・・・・・・・・・・








「許さない・・・・・・・」
地を這うような低い声。
そう許さない。
母も兄も父もいない・・・・
一人ぼっちのこの世界。
奪ったのはこいつだ。
この目の前で笑うこの男だ!
震える手を男に伸ばす。
「無駄だよ」
その前に男は彼女に手を伸ばした。
「ファイヤリバーヴ」
男の腕に炎の蛇が現れる。
詠唱しようとしたレオナにその炎は襲い掛かった。
「・・・・・・っ!!!!」
「レオナ・・・・!!!」
声にならない悲鳴と、悲痛な叫びが交わる。
と同時にレオナはクロードと共に熱風によって壁に叩きつけられた。
「かはっ・・・・!」
背中への激しい衝撃に、一瞬呼吸が止まる。
床に倒れたレオナは隣に倒れているクロードに駆け寄った。




「クロード・・・・!!」
呼びかけるが返事がない。
目は閉じられたまま動かない。
しかし、胸に顔を当てると、わずかではあるが彼の鼓動が聞こえた。
・・・・・生きてる!
安堵の息をつくレオナに、男は声を上げて笑った。
「今はまだ殺さないよ・・・・・・僕はね」
「僕は目的を果たす事ができた。だから、ここでお別れ、レオナ、クロード・・・・・また会えることを切に望むよ」
にっこりと口元が弧を描き、男の姿は消える。
文字通り、消えてしまったのだ。まるで、初めからそこにいなかったかのように・・・・
と、同時に空間が裂け、多くの黒装束の兵士が現れた。
20人・・・・いやそれ以上。
口元を下品に歪めて自分達を見つめる彼らを、レオナは睨みつけて唇を噛んだ。
























自分はどの位眠っていたのだろう。
深い眠りから徐々に意識が浮上していくのをクロードは感じた。
同時に体の痛みが戻ってくる。
思わず悲鳴を上げてしまいそうな体の痛み・・・・・・
我ながら、よく目覚めたなとぼんやりとした意識の中で笑った。
何か・・・・音が聞こえる。
そう、風の音だ。
うねるような、風の音。
どうして風の音が聞こえるのだろう
風・・・・・・
そうだ風・・・・・・・・・・









レオナ










瞬間、クロードの頭が一気に覚醒した。
そうだ、自分と彼女はかの男の攻撃を受けて。
そして自分は意識を失ってしまったのだ。
彼女は今どうして・・・・
最悪の結末が頭をよぎり、クロードはゆっくりと体を起こした。
それだけで体は悲鳴を上げる。
呻きそうになるのを必死で唇を噛んで堪えた。
顔を上げて捉えたのは黒装束の兵士達。
そして愛しい彼女。





血まみれになって、立っている
真っ白なワンピースは赤く染まり、所々破けていて
片足からは血が流れる。
それでも瞳は兵士達に向けられたまま。
クロードはレオナが自分の傍を離れていないことに気がついた。
彼女は自分を守ってくれていた・・・・・
その事実に、苦しげに顔を歪める。



守ると決めたのに、目の前の少女を守ると。
決して手を離さないと約束したのに結局最後は自分は彼女に守られて。
こんなに傷ついて
血まみれになって・・・・・・
彼女はしきりに詠唱を続ける。
しかし、彼女はジェシカやアルダ程の力はないのだ。
詠唱の途中で集中力が切れれば力は弱まり、敵の攻撃により傷が増える。
それでも何度も詠唱を続ける。
兵士の一人が弓矢を構えた。
レオナの頭部を目掛けて矢を放つ。
詠唱に集中しすぎていたレオナはその事に反応が遅れた。
その事にクロードは息を呑んだ。



お願い、もう少しだけもって・・・・・・・・・・・



ここを突破できたら・・・・・もう構わない。




眠りについても構わないから。



だから神様。



どうか、どうか・・・・・・・



僕の全てを捧げますからどうか



彼女を助けられる力をください。




ほんの一時的でもいいから・・・・・・








祈りに似たような呟きと共に、クロードはレオナの前に躍り出た。
キンッという音と共に矢を弾く。



「クロード・・・・・」
「詠唱を続けて、レオナ。突破する・・・・・ここを出よう」
剣を構える。
眩暈がする・・・・・けれど、自分はまだ立てている。
ありがたいことだ。
同時に、自分はここまでよく生きれたなと思う。
どうやら自分は、予想以上に強運らしいのだ。
一生分の運を使ったのかもしれない。
震える声で、レオナが詠唱を続ける。
嗚咽で所々切れてしまう。
魔方陣の輝きは不安定だ・・・・・
能力と心は比例する関係にある。
術者が不安定な心では能力は発揮できない。
今の彼女では、当たり前のことではあるが。



「・・・・・もっとしっかり。そんな声じゃ、風は君に力を貸してくれない」
振り返り、青白い顔で微笑む。
少しでも、安心出来るように。
それを見て涙を流しながらレオナは頷く。
魔方陣が先程よりも輝きを増した気がした。
兵士が2人目掛けて切り掛かる。
無駄のない動きでクロードはそれを避け、切り掛かる。
足元がふらつく。
目の前が霞む。
それでも動きは止まらない。
言葉も何も発さない。
ただ敵を見据える。
何かに突き動かされるように剣を振るった。




夢中だった。




そう夢中だった。



彼女が生き延びる為に。






だから気がつかなかった。












レオナはクロードが剣を振るっている様子を涙を流しながら見つめていた。
それでも詠唱は止める事はない。
生き残るためだ。
ただそれだけの為に。
クロード・ツイン、大好きな人。
世界を恐れる私の前に現れて手を引いてくれた人。
かけがえのない・・・・・愛しい人。
もう立ってるだけで限界のはずなのに。
戦う事なんて出来ないのに
目だってもう・・・・・・
ほとんど見えないのでしょ?クロード・・・・・
それでも貴方は一生懸命で




だから私も諦めない。


必ずここを突破して、2人で生き延びてみせる。






その為に夢中だった。



そう夢中で詠唱を続けていた。


だから気がつかなかった・・・・・












私の後ろに敵が近づいていたことに。














恐ろしい程の殺気。
それを感じて振り返った時にはもう遅かった。
レオナの背後に現れた兵士がレオナの首元に剣を添えたのだ。
「・・・・・・っ!!」
ひやりとした感触に、詠唱を止める。
魔方陣の輝きが弱まる・・・・・消える・・・・・・
いつの間に・・・・・どうして・・・・・・!






「お姫様、王子様・・・・・・ゲームは終わり。 THE end だ」
冷たい声が聞こえる。
吐き気を感じる程の、不快な声。
耳元でそれが聞こえる。







その声に反応するように、クロードはレオナの方を振り返った。
レオナと視線がかち合う。
苦しげに顔を歪めると、彼女の方に駆け寄ろうと歩を進める。



名前を呼ぼうと口を開いた。



「クロード」と。



と同時に感じた。



自分のすぐ傍のこの兵士が息を呑んだのを。
その感覚は、狂喜に満ちたもの。
そう、どうして奴は私の背後に来たときに私を殺さなかった・・・?
本来ならば私は殺されているはずだ。
どうして今も私は生きている?
どうして・・・・・







そうだ・・・・答えは・・・・・









「だめえ!クロード!!来ないで・・・・!!!」











悲鳴にも似た叫び。
しかし遅かった。



クロードの手はもうレオナに向かって伸ばされていて



何かを求めるように精一杯伸ばしていて



彼女にに向かって駆ける彼の背を目掛けて



兵士達はナイフを投げた














「レオナ・・・・!!」



何かを手放さないよう、求めるように少年は手を伸ばす。
敵に背を向けるという、戦いの中ではタブーのような行為を
少年はあっさり犯す。



レオナの隣で兵士がヒュッと息を吸った。
喉の奥で笑いを噛み締める。





愛しい愛しい栗色の髪の少女。
伸ばされた手が、途中で止まる。






そのまま、空を掴む。






目が大きく見開かれる。






体が大きく傾く





膝をつく








「レオナ・・・・・走って・・・・・」








「君は振り向かずに走って・・・・・」







これまで来た道・・・・・
それを戻っていけば
正面玄関にも辿り着けるはず




本来行くべき進路には、まだ沢山の兵がいるから
止めることは出来なかったから
突破できなかったから
だから・・・・・





「アイゼル・・・・・・レオナを・・・・・・・・・」





そこまで言葉に出して・・・・しかし続きを言う事は出来なかった。
あと「頼む」というだけなのに・・・・・・
言葉を発せない。
せめて彼女が走る事が出来るようにと、少年は微笑んだ。









彼女の好きな微笑みで











体が倒れる。
背中には2本のナイフ。
床に広がるのは、淡い金髪。
グリーンの瞳はゆっくりと閉じられる。
静かな音を立てて、少年は倒れた。














「クロード・・・・・・?」
目の前で倒れるのは金髪の少年。
自分に手を差し伸べてくれた、大切な人。
彼の背に刺さっているのは何だ・・・?
そして、どうして彼は動かないのだ。
どうして倒れたままなのだ。





「クロード・・・・!!!!」
剣が突きつけられているのも構わずレオナはクロードに駆け寄る。
驚いたことに、兵士達はその場から動かなかった。
クロードの体に触れる。
体がどんどん冷えていく。
息が浅い。
ああ、浅い・・・・
消えていく、今にも消えそう・・・・・
「嫌だ、嫌だよ・・・・!!」






『君は振り向かずに走って・・・・・』




走れない。


走れないよ。
君が一緒じゃないと走れないよ。
一緒に走ろう?
一緒に生きて・・・・・
そして一緒に・・・・・・



「ねえ起きて」
「起きてよ・・・・!!」
「また笑ってよ・・・・!!」



腹が立つほどの穏やかな笑顔で
けれどとても安心出来るあの笑顔で



「一緒に出かけようって言ったじゃない」



『今度、一緒に出かけよう?』
『え?』
『ラーヴェルに乗って、また・・・・いろんな所に出かけよう?』



「クロードの街にも・・・・連れて行ってくれるって言ったじゃない」
「海にも、山にも・・・・一緒に行こうって!!!」



「婚約者・・・・だよね?ずっと一緒・・・・・・なんだよね?なのにどうして・・・・?ねえ、どうして・・・・?」




「ねえ、どうして起きてくれないの!?」
「ねえ!!どうしてよおおおおおおお!!!」
微かな微かな息。
呼吸が止まるのも時間の問題。
ねえ、あとどの位・・・・?
どの位ここにいられるの?



「置いていかないで・・・・・・独りにしないで・・・・・・独りは嫌・・・・嫌だよ・・・・」





好き





好き好き好き好き



大好きなのにどうして伝わらないの



どうして起きてくれないの



どうして体が



体が冷えていくの?
冷たくなっていくの?




一人。



そう独り。





誰もいない、暗い世界・・・・・




怖くなんてない。



怖がったりしない。





でも嫌だ。
独りは嫌だ。





目を開けないクロードに視線を移す。
青白い顔のまま、彼は目を開けない。
世界の暖かさを教えてくれた彼。



貴方は言った。



『世界は・・・・・君が思っている通り、残酷なのかもしれない、冷たいものかもしれない・・・・・だけど、
それと同じ位、小さな暖かさがたくさんあると思うんだ・・・・』




微笑んでそう言った。
私の大好きな笑顔でそう言った。
でもねクロード聞いて?
私は












大好きな人のいない世界なんて要らないの。
小さな暖かさなんて存在しないの






だってこいつらは・・・・・・世界は・・・・・・・・・
そんな小さな暖かさだって奪ってしまうのだから












父を母を兄を






そして貴方を奪おうとしている。






ねえどうして・・・?
どうしてこんなことするの・・・?
どうして
ねえどうして?




嫌だよ。
こんなの嫌だよ。
これ以上、私の大切なものを奪うのなら
私はこんな世界なんていらない。





大切な人を奪う世界なんていらないの。
嫌い
嫌い
皆嫌い
世界なんて・・・・・・嫌い。
嫌いよ、嫌い。








そう・・・・こんな世界なんて













消えてしまえばいいんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・













その瞬間、レオナの頭の中は白に染まる。
体が熱い。
そう熱い。
体の中から何かが湧き上がる。
言いようもない感覚。
彼女の栗色の髪は柔らかく広がる。
肩まであった髪の毛は次第にその長さを増していく。
栗色の瞳はゆっくり閉じられる。
涙が一筋、零れ落ちた。







そう、消えてしまえばいいんだ。




世界も。
何もかも。
・・・・・私自身も。






呟く。
ただ静かに。
まるで誰かに話しかけるように。
瞳を静かに閉じる。
頬を何かが流れた。
これは何・・・・?
知らない。
こんなもの知らない。



『僕でよければ・・・・・・手伝うよ。一緒に、探そう?』

貴方は言った。
小さな幸せを一緒に探そうって。
でも、でももう・・・・・



見つからない
世界は暖かくなんかないよクロード
大切な物をどんどん奪っていくの。
知らなければよかった。
そうすれば、ずっとずっと嫌いでいれたのに・・・・









「んな・・・・・・・・みんな、みんな・・・・・みんななくなっちゃえばいいの・・・・・!!!!!!!!!」









瞬間、レオナから爆発的な光が生まれる。
彼女の足元には大きな魔方陣。
部屋全体を包み込む光・・・・・
辺りを風が吹き荒れる。
風の刃が、うねりが、渦が辺りを襲う。
同時に床からは木々が姿を現す。
彼女が持っていなかった能力。
彼女は風の力のみだったはずだ。
木の力を持っているのは、彼女の母親であるジェシカ・スタルウッドであって。
彼女ではないのだ。
兵士達は目を瞠り、彼女を見つめた。




瞳から涙がとめどなく溢れる。
それに呼応するように風は激しさを増し、木々が辺りを支配する。






風は兵士達を切り刻む。
木々は刃となり、兵士へと向かう。
枝が、葦が・・・・・兵達を締め上げる。
悲鳴を上げ、助けを請うてもその力は弱めない。
先端が尖り、胸を突き刺す。
まさに、凄まじい光景だった・・・・・・





悲鳴が、叫び声が止まることはない。
嫌な音が辺りを支配する。
血の匂いが漂う。
これまで誰かが兵士を倒しても、その死体は残らずに消えていた。
しかし、レオナの周囲には黒い装束の兵士の死体が広がる。
それはちゃんと形を残していて、消える事はない。
その事を微かに疑問に思い眉を寄せた。
けれど・・・・そんなこと今はどうでもいい・・・・・
虚ろな瞳でレオナは周囲を見渡す。
美しさを保っていた屋敷は、その面影を残さない。
目に入るのは、赤い染みで汚れた床・・・・壁・・・・・
ガラスの割れた窓。





「クロード・・・・・・」
倒れている少年。
小さく呼びかける。
「クロード・・・・・クロード・・・・・・」
体に力が入らない。
この能力の所為だろうか・・・・・
それだけ体力、精神力を酷使したということなのか・・・・・
ううん、そんなことはどうでもいいのだ。
貴方がいないと・・・・・・
貴方がいないと私は・・・・・・・
力の入らない体を這って、彼に近づく。
柔らかい金髪に触れた。




「クロード・・・・・・私、私ね・・・・・・」
彼の首にそっと抱きつく。
髪の毛に顔を埋め、愛しげに頬を寄せる。
「私ね、聞いてクロード私ね・・・・・・・・・」



続きを言う事は出来なかった。
言葉に出したくても、出なかった・・・・。

















その時、強い衝撃を感じる。
レオナは凄い力でクロードから引き離された。
突然の気配にレオナは目を見開き、同時に前へと倒れこむ。
「痛・・・・・・」
胸元を強く打ちつけ、思わず呻く。
何度か咳き込み、そしてゆっくりと顔を上げた。




「・・・・・・っ!!クロード・・・・!!!」
思わず悲鳴を上げる。
兵士の一人がクロードを掴み上げていたのだ。
その力。
いくら相手が子どもだからと言って、このように簡単に掴み上げる事が出来るのだろうか。
そのことに思わず顔を歪める。




「覚醒ありがとうお姫様。けれど、ちょっと予想外。いや・・・・予定外だ」
笑いながら兵士はクロードに視線を移す。
この兵士、あれ程の事態に巻き込まれたというのに体には傷が全くないのだ。
ということは、この兵士はまた新たに空間を裂いてやってきたということだろう・・・・・
「覚醒」という言葉にレオナは怪訝そうに眉を寄せた。
意味が分からない。



「能力の暴走・・・・加えて元々眠っていた母方の能力まで目覚めちまった・・・・。ちと、やっかいだな。将来有望で結構でもあるが」
くつくつと押し殺したような笑いを見せて、レオナを見つめる。
「けれどまあ、両方の能力を目覚めさせて無事だった能力者はほとんど・・・・いや、ほぼいない。強力な力によって潰されて
無に帰る・・・・・さて、どこまで耐えられるお姫様。そろそろ限界なんじゃないのか?」
その言葉によって、咳を切ったようにレオナの体は前に倒れ掛かった。
手を付いて、体を支える。
どうしたというのだ。
急に感じた、言いようのない感覚がレオナを支配する。
体がバラバラになってしまいそうな、痛み・・・・感覚。
心臓が大きく脈打つ。
「・・・・・・はっ!か・・・・・かはっ・・・・・!」
口元を押さえる。
その時口から流れた赤い血に、思わずレオナは眩暈を覚えた。




「俺らもまさか、ここまでとは思わなかった。けれど、不安定な貴方の力は非常に危険。いつ再び暴走するか分からないんですよ。
だから・・・・・・・」
そうこまで言って、兵士は掴んでいた少年の目が微かに開いたのを感じた。
焦点の定まっていない瞳。
まったく、ここまで来るとしぶといとしか言いようがない。
これまでの攻撃が全て急所でないというのが原因か。
いや、それでも考えられない。何故だ・・・・。
何という強運・・・・・・
しかし・・・虫の息。




「レオナ・・・・・・?」
少年の掠れるその呟きをレオナは聞き逃さなかった。
「クロード・・・!!」
思わず声を上げて手を伸ばす。
その様子を見て・・・・いや、見えているのだろうか・・・・・・クロードは小さく笑った。
それを見て、兵士は口元を歪める。



「さっきの続き、お姫様。不安定な貴方の力は非常に危険。いつ再び暴走するか分からない。
だから・・・・・・・」
そう言って持っていた長剣をクロードに振るった。
「貴方の心を揺さぶる危険分子は排除しないといけないんですよ!!たとえそれが、守人であったとしてもね!!!」
「やめてっっっ!!!!」
クロードに振るわれる剣を見つめながらレオナは力一杯叫ぶ。
と同時に、兵士の体が何者かによって倒された。
一緒にクロードも投げ出される。
大きな鳥。
真っ白なその姿・・・・・今は痛々しい傷で体は赤く染まっている。
荒い息をしながら、兵士に体当たりをくらわせたのだ。





「アイゼル・・・・・・」
小さな声でクロードは呟く。
視線だけ彼の方にやって掠れた声で呟いた。
「・・・・・・無事で・・・・・・・・よかった・・・・・・・・・」
その言葉に答えるように巨大な鳥は頷く。
その鳥の瞳が微かに濡れていたことに気づいたであろうか・・・・。






「この魔物があああああ!!!」
倒された衝撃により、やや遠くまで飛ばされた兵士は剣を振るってアイゼルに向かう。
彼が指を鳴らすと、再び空間が裂け、5人ほどの兵士が現れた。
それぞれの兵士達が剣を振るう。
3人の兵士達はアイゼルに、そして2人はクロードの方へ・・・・・
3つの刃が、アイゼルの体に突き刺さる。
3方向からの刃にアイゼルは悲鳴のような声を上げた。
その鳴き声で空気が震える。
「アイ・・・・・ゼ・・・・・・」
その様子をクロードは今にも閉じそうな瞳で見つめる。
声が上げられない。
今にも閉じそうな瞳で、友人が刺されるのをしっかりと見つめた。
瞳から涙が零れ落ちた。










「やめて・・・・・・・」
巨大な鳥の魔物に刃が向かう。
3方向から刺された彼の家族・・・・・・・悲鳴のような鳴き声・・・・・・
「やめて・・・・もうやめて・・・・お願い・・・・・・」
呟きがアイゼルの鳴き声にかき消される。



どうして
どうしてこんな
こんな悲劇が起こってしまったのだろう
どこで間違った・・・?
何を間違った・・・・?
もう嫌だ
お願い止めて
これ以上は
お願い世界よ
もうこれ以上は
お願い時間よ。
これ以上時を進めないで。これ以上の悲劇は嫌だ。
お願い時よ。








世界よ、止まって・・・・・・!!!







「止めてえええええええええええ!!!!!!」
少女の叫びが屋敷に響きわたる。
悲鳴のような、泣いているような、獣のような、そんな叫び。
レオナが叫んだのと、クロードに向かって刃が向かったのは



それは同時の事だった。








少女の悲鳴と同時に彼女の周囲に円陣が展開する。
爆発的な光を放ち、辺りを包み込む。
光の風が、光の木々が
優しさとは程遠い光を放ちながら辺りを覆う。
















辺りはその色に包まれた。












クロードは自分に向かった刃に目を閉じていた。
抵抗できる力は残っていなかったし、どこか諦めていたのかもしれない。

刹那、彼女の悲鳴と共に辺りは光に包まれた。
暖かな日差しとは違う。
まるで体を焼けつくすようなそんな熱さ。
炎のなかにいるような・・・・・・
「レオナ・・・・・・」
小さく呟く。
それは彼女の悲しみの暴走。
力の暴走・・・・。
止められなかった。
傍にいられなかった。



全てを無に帰す様な、強すぎる光。
太陽にぶつかったらこの位熱いのかと、ふと考えた。
その時、クロードはこの白い世界で別の光を感じた。
薄れ行く意識の中で目を開けると、自分の傍に金色の光が・・・・・・



「父さん・・・・・・・・・・・」



父の遺した金の鎖。
淡い光を放つ鎖。
それは意識か無意識か・・・・・
クロードはその鎖に触れていた。




その瞬間、クロードの呟きに呼応するかのように金の鎖は淡く輝く。
そしてまるでそれが、最後の命の輝きだったように鎖は粉々に砕け散った。



「            」


誰かの声。懐かしい、泣きたくなるような声。
2人。
男性と女性だ。
知ってる・・・・この声を知っている・・・・・
でも、分からないんだ・・・・。
何かを求めるように手を伸ばした。






レオナ、ごめんね
傍にいられない
きっともう・・・・・・きっともう無理だよ。
クロード・ツインはきっともう、レオナ・スタルウッドの傍にはいられない。
「僕」はもう・・・・・・






何かが自分に触れた。
冷たい体。
大きく、白い羽をもつ・・・・・
それはもう動かない。
目を大きく見開かれたまま動かない家族。
それが大切な家族の・・・・・・アイゼルの体だと分かるまで、時間はかからなかった。
「一緒に・・・・いてくれるの・・・?」
意識が薄れる中、クロードは自分の体に何かが入り込むのを感じる。
いや、逆だ。
自分が・・・・・何かに吸い込まれていくような・・・・・・
何かと一つになっていくような・・・・・・
暖かさは感じない。
何かと無理矢理引き寄せられるような
不快感
そして、この力には逆らえない。
焼けるような感覚を感じながら意識を手放す。




まるで自分自身を失ってしまうような・・・・・・
もう二度と、「クロード・ツイン」には戻れないような
そんな感覚を感じた。









それは、消えそうな命の光が、魂なくした器に引き込まれた瞬間。



















光が弱まる。
次第に世界が色を取り戻す。
白の世界から、解放される。



レオナは焦点の合わない瞳で辺りを見回す。
光の熱の所為か、床の一部は燃えている。
壁は所々壊れていて・・・・・・・・・・・・・
絵画はズタズタに引き裂かれていて
そして床には沢山の死体。
黒装束・・・・・そう、あの兵士達。



原型を留めていないものもあるそれを、感情のない瞳でじっとみつめるとレオナは辺りを見回した。
何かが足りない。
そう・・・・・
そう、大切な人。
淡い金髪のあの優しく笑う少年。
「クロード・・・・・・」
小さく呟くとレオナはふらふらと立ち上がる。
真っ白なワンピースはズタズタに引き裂かれており、純白は紅色に染まっている。
髪の毛は床まで伸びていて、それを払うこともせずにただ歩き続けた。
ずるずると音を立てて、少女は進む。






屋敷は驚く位静まり返っていた。
その中をレオナは真っ直ぐに進んだ。
何かに引き寄せられるように真っ直ぐ、真っ直ぐ・・・・・
裏口の戸をゆっくり開けた。
月明かりが、彼女を照らす。
その優しい眩しさに、思わず目を閉じた。
裸足のまま、更に歩を進めると
小さい金色のものが目に入った。





それは淡い金色の羽をもつ、小さな鳥。
横たわっているそれを、そっと拾い上げると見つめる。
何故だろう・・・・・何かに、いや・・・・誰かを思い出す淡い金色・・・・・・
そのまま、へたりとしゃがみ込む。
小さく小さく彼の名前を呼んだ。




「クロード・・・・・・どこ・・・・・・」
姿が見えない。
アイゼルもだ。
自分が・・・・・もしかして自分が彼らを・・・・・・・・・・
最も高い可能性に、レオナは俯いて手を握りしめる。
涙がぽたぽたと零れ落ち、地面に染みをつくった。
恐怖心が体を心を支配した。
何も言う事が出来ない。
言葉が出ない。
体の機能が止まってしまったように
動かせない。
意思が働かない。



いない
いない
彼が
彼らがいない・・・・・・




ふと、自分の傍で金色に光るものを感じそちらに視線を移す。
「これ・・・・・・クロードの・・・・・」
正確には彼の父親の。
ツイン家の当主の証の金の鎖。
ばらばらになってしまったのだろうか・・・・・そこにある鎖はほんの10cm程の欠片で。
それでも、いなくなった彼の温もりにすがるようにその鎖に手を伸ばした。
拾い上げるとそれを静かに握りしめる。



胸が痛い。
苦しい
痛い




「ごめん・・・・・ごめんね・・・・・クロードごめんね・・・・・・」
これ以上何を言えばいいのか。
他に言葉があっても思いつかない言葉が出ない。
どこで自分は間違った?
どうしてこんなことになったのだ。



彼の運命を狂わせたのはきっと自分。
家族を失わせてしまったのもきっと自分
愛する家族
死んでしまったのもきっと自分の所為・・・・・・



この身をどんなに呪っても足りない位。
どうして?
どうして私はここにいるの?
皆いないのに、どうして私はここにいるの・・・・?



ふと、レオナは握りしめている金の鎖に何かが彫られているのに気がついた。
目を凝らして見つめる。
古代文字ではなく・・・・それは自分達が使っている文字のようだった。
部分的に掠れているけど・・・・・・



「しん・・・・・真実の眼を・・・・・?」



声に出した時、夜空を照らす月が一瞬淡く光った気がした。
それに呼応するように、目の前の金色の鳥が淡く光る。
レオナは息を呑んでそれを見つめた。
小さな姿は、その影をだんだん大きくする。
翼であったものは、次第に人間の手に変わる。
羽毛の色と同じ、淡い金色はそのままで
地面に横たわった姿を、きっと私は忘れない。





「クロード・・・・・・?」
長い髪を引きずりながら、レオナは近づく。
彼の体の傷は無くなっていて、まるで眠るようにそこに横たわる。
髪は若干伸びていて、肩までつきそうな長さで。
何かが違うのだが、自分にはそれが分からない。




そっと胸に耳を当てると、確かにその鼓動が聞こえた。
規則的な寝息が聞こえる。
まるで何も知らないように、彼はその場で眠り続ける。
そっと彼の頭を抱きしめた。




暖かい。
生きている。そう生きている・・・・・・
ここにいる・・・・・・








静まり返ったこの場に、少女の嗚咽だけが響いていた。






悪夢は終わる。
少年と少女は、互いに手を握り合い
再び眠りにつく



光の夢が見れるように、願いを込めて。









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過去編終了。エピローグが終わった後本編に戻ります。




2007/06/19