まだまだ続く。
悪夢は続く。



美しく笑う道化は、最悪のプレゼントを手に
私へと向かっていた







親愛ナル少年ト少女へ 16






「お母様、兄様・・・・!!」
「ハイ、レオナ。それにクロード、どうやら無事のようね、よかったわ」
レオナの声に、栗色の髪の女性はにっこり笑って駆け寄る。
その後ろからグレーの髪、レオナの兄であるアルダ・スタルウッドも駆け寄った。
もちろん、2人の前方にいる多数の兵士達に注意しながら。



「クロード、貴方・・・・」
レオナの母はクロードを見つめると痛ましげに眉を寄せた。
浅い呼吸を繰り返すクロードは苦痛に顔を歪めながら笑う。
「すみません、少し油断したみたいです・・・」
「全くね。けれど・・・・それでレオナは助かったのでしょう・・・?ありがとう、クロード。貴方は最高の紳士だわ」
「お母様!クロードを助けて・・・!!」
母親の言葉にレオナは悲鳴のような声で懇願する。
早く彼を治療しないと大変な事になる。
早くしないと彼は・・・・・
「レオナ、聞いて」
優しく、しかしはっきりと女性は言った。
レオナと同じ、栗色の髪に茶色の瞳・・・・意志の強そうな瞳はその輝きを失わない。
父は、自分は母にそっくりだと言っていた。
自分の目から見ても母は綺麗。
自分も大人になったらこんなに綺麗で強い女性になれるのだろうか・・・なんて思ったものだ。



「私やアルダの力でもクロードを助けることは出来ないわ」
「そんな・・・!」
母親のしっかりとした言葉にレオナは顔を歪める。
「でもね、聞いてレオナ。クロードを助ける方法なら他にもある」
その言葉にレオナは目を見開いた。
兄に視線を移すとアルダもにっこりと微笑んだ。



「レオナ、クロードを助けるためには一刻も早くここから抜け出して彼を病院に連れて行くことよ」
当たり前のように母はそう言って微笑む。
「だって当たり前の事でしょう?何の為に医者やヒーラーはいるのかしら、怪我人や病人を治すためでしょう?」
「幸い、ここから町へ下ったら割と大きな病院があるし、ちょうどいいだろう、レオナ」
母親の言葉の後を継いでアルダも微笑んでレオナに言った。



「でも、でもお母様・・・・・でも・・・・」
ここを出るためには、あの兵士達を突破しなければいけないのだ。
あんなに沢山の兵士を突破なんて・・・・
「レオナ、しっかりしなさい。病院でクロードを治療してもらえたら彼は助かる。そしてまだ時間がある。
彼はまだ、意識を失っていないもの。全く、いい所のお坊ちゃまなのに、とんだ体力ね」
「毎日鍛えていましたから・・・」
母親の言葉にクロードは消えそうな声で答える。
それに女性はウインクで返した。しかし、内心は違う・・・・
きっともう、いつ意識を手離してもおかしくないのだ。それを、並外れた精神力で保っている。
自分の娘を守るためなのか、それとも別の理由か、それは分からないけれど・・・
しかし、一刻も早く彼を治療しないと危険だ。




女性はレオナに視線を移した。涙で頬が絶えず濡れている娘。
記念すべきこの日に、どうしてこんな事が起こってしまったのか。
そっと彼女の頬に手を添えて、静かに、しかしはっきり言った。
「お父様の事、辛かったね・・・・・ごめんねレオナ・・・・・貴方もよ、クロード・・・・ご両親が亡くなって、どんなに辛かったか」
クロードに視線を移し辛そうに言葉を紡ぐ。
クロードは静かに目を伏せた。
「お、母様・・・・?」
彼女の瞳が微かに揺らいだ。
それをレオナは見逃さない。
彼女も知ったのだ・・・・・父の死・・・・・
最愛の父の死・・・・・・



暫く沈黙が続くと、先程とは一変した明るい表情で女性は声を上げる。
「さっ!次にすべき事が決まったら後は行動あるのみよ、ねえアルダ!」
「ですね」
そう言うと視線は真っ直ぐに兵士達に向けた。
母親は優雅に微笑むと口を開く。
「ずいぶんとまあ、うちの子達を可愛がってくださったようね?感謝いたしますわ?」
その言葉に、兵士の一人が一歩前に進み出た。



「スタルウッド夫人・・・・ジェシカ・スタルウッド様。噂に違わぬお美しさ。貴方を殺すのは非情に惜しい」
「表面の褒め言葉は結構。美しいだなんて、貴方に言われてもちっとも嬉しくないわ」
不敵に笑うと彼女、ジェシカはクロードに向き直る。
痛ましげな視線を送った後、静かに彼女はクロードに言った。
「もう一度、魔物を召喚出来るかしらクロード・・・・残念だけど私達は召喚能力を持っていない・・・・
貴方がこんな状態で頼むのは心苦しいのだけど・・・ここを突破するには貴方の魔物の背に乗って移動するしかないの
ごめんなさい・・・クロード・・・・何も出来なくてごめんね・・・・」
静かに、ただ静かに事実を話す彼女にクロードは静かに頷いた。
彼女の謝罪が、自分に能力を使わせる事に対してなのか、それとも別の事なのかは分からない。
いや・・・・きっとどちらも。
もしかしたら彼女は、自分の両親の死の詳細を知っているのかもしれない。
ああ、この女性はとても強いと思った。
この女性がレオナの母親・・・・
なんだかとても、分かる気がした。




「レオナ、クロードをしっかり支えてあげて。今、ナイトを護るのは貴方の役目よ、お姫様」
軽い調子だが、強さのある声でジェシカはそう告げる。それと同時に彼女の足元に魔方陣が広がった。
「契約者、ジェシカ・スタルウッドの名において命ず、木々よ我の槍とならん!」
よく通る声で素早く詠唱すると、床から木々の枝が次々に伸びる。
その枝は槍のように鋭さを増すと、一気に兵士達に向かった。
そのスピードは、通常の者ならば捉えることの出来ない速さ・・・・・!
そのスピードに兵士達の何人かは、あえなく木の槍の餌食となった。
鋭い槍が兵士達の体をえぐる。



「クロード!いけるわね?」
「はい・・・・」
その言葉と同時にレオナは、少し離れた場所に落ちていた銀の鎖を拾い、高く放り投げた。
クロードが小さく息を吸う。
「古の・・・血の契約の元・・・・・ここに集え我が友よ。月・・・・下の誓いより汝の望み・・・叶えんことを」
小さいが、しっかりと詠唱をのせる。
しかしその時、兵士の一人が持っていた斧をクロードに向かって投げつけた。
まずい・・・!とジェシカは動く。
自分の能力は遠距離でしかあまり効果を発揮しないのだ。
「母さんはここを動かないでください」
その時、柔らかい声がしたかと思うと、投げつけられた斧に向かって突風が吹き荒れる。
斧は勢いをなくしてその場に落ちた。



「兄様・・・・!」
レオナの声にアルダはにっこり笑う。ジェシカはほっと息をついた。
さすがはあの男の息子だと思う。
「クロード、頼むよ」
アルダの声にクロードは頷くと、友の名を呼ぶ。
「ここに来たれ、エルファジア、『アイゼル』!!」



鎖の輪が輝く。
その中から巨大な鳥が現れた。
白いその体・・・・しかし今、その魔物の体は痛々しい紅に所々染まっていた。
特に腹部の傷は酷い。
羽も、骨が折れているのだろう・・・・どこかおかしい。
「これは・・・・・」
ジェシカが思わず悲痛の声を上げた。
どうしてこうなったかは、容易に想像がついた。
「すみません・・・・」
辛そうな、クロードの言葉にジェシカは微笑む。
「謝罪なら、貴方のお友達にするのよクロード。アイゼル・・・だったかしら?貴方、私達を連れてここから出られる?」
ジェシカの言葉にアイゼルは「もちろん」とでも言うように頷く。それを見て彼女は微笑んだ。
その間もアルダは兵士達の攻撃を防いでいた。
力強い風が、辺りに吹き荒れている。
兵士達が放つ矢や鉄球がその場に落ちたり方向を変えてあらぬ方向へ向かっていく。
「母さん急いで!」その声が切れながらも聞こえた。




「さあ、2人とも乗って」
ジェシカはレオナとクロードに背に乗るように促す。
2人が背に乗ったのを確認するとジェシカは「アルダ・・!」と声をかけた。
アルダは攻撃を防ぎながらアイゼルの背に乗ろうとする。しかし、彼が乗った瞬間アイゼルの体が大きく傾いた。
「なっ・・・・!」
「・・・・・」
もう一度乗ろうと試みるがやはり乗ろうとするとアイゼルは体をふらつかせる。
「アイゼル、頑張って・・・・!」
「アイゼル、お願い・・・!」
きっと先程の戦闘の所為だろう・・・・あの数の兵士を相手にして無事で済むはずがないのだ。
魔物の息は荒い。それでも必死に耐えようとする。
しかし、やはり子どもと大人の体重差はあるのだ。ましてや大人は一人ではない・・・・
クロードとレオナの言葉に、アイゼルは力を振り絞って踏み止まろうとする。
しかしやはり、アルダの体重がかかると、苦しげに息を吐いた。
アルダはアイゼルの腹部に視線を移す。
そして息を呑んだ。
母親に視線を送ると、彼女も静かに頷く。




「レオナ、僕らは一緒には行けないようだ」
静かに笑った兄に、レオナとクロードは目を見開く。
「何言って・・・・兄様、もう一度・・・!早く・・・!」
「レオナ、アイゼルのお腹、見てごらんなさい」
ジェシカも微笑んで告げる。
2人は身を乗り出して魔物の腹部を見る。
そして息を呑んだ。
その大きな傷口からは再び血が流れ出している・・・・・
そしてその出血量は酷く、床には血溜まりが出来ていた。
「アイゼル・・・!!」
クロードが堪らず悲痛の叫びを上げる。
これほど酷かったなんて・・・・気がつかなかった・・・・きっと立っているのも辛いはずだ。
自分の所為だ。
自分があの時・・・・・
そうだ自分の力を変に過信して・・・出来るはずがないのに・・・・あの数に勝てるはずないのに
そんな事、分かりきっていたじゃないか。
魔物2体であの数に勝てるはずないって
なのに、なのにどうしようもなくて、自分なら出来るって、自分の魔物なら倒せるって・・・・
馬鹿だ、どうして・・・・あんな事した・・・?



「ご両親が亡くなって・・・動揺したのよね。息子として当然の反応よ。まあ、浅はかだと言ってしまえばそこまでだけど」
静かにジェシカは告げるとクロードに向かって柔らかく笑う。
そこには相手を責める様子は見られない。
そしてレオナに視線を移す。
瞳から涙をポロポロと流す娘の髪を撫でる。
「そんな顔をしないで!ただ一緒に行けないだけよ。アルダも私も、ちゃんと貴方達を追いかける。私達2人だったら造作もない事よ」
そう言ってにっこり笑う。
ね、とアルダに視線を移すとアルダも微笑んで頷いた。
「だからレオナ、そんな顔しないで。クロードも」
優しく妹にそして少年にアルダは視線を向ける。



「生きているのだもの。絶対に会えるわ」
そう言うとジェシカはアイゼルの背を優しく撫でる。
「アイゼル・・・大変でしょうけどお願いね」
アイゼルは頷くと羽を広げた。
しかし中々飛び立つ事が出来ない。
傷が酷い所為だ・・・・何度か飛び立とうとするがなかなか上手くいかない。
これは少し時間がかかるかもしれない。
その間は自分達が時間を稼ぐのだ。
ジェシカはアルダと視線を合わせると、兵士達に向かって手を伸ばす。
2人の足元に魔方陣が輝く。
「木々よ、我の願い聞き届け愚かな者へと裁きを与えん」
「風よ、我の命によりその力示せ!」



勢いよく木々がうねりながら兵士へと向かう。
強い風が渦を巻き、兵士へと向かう。
兵士達は次々になぎ倒されて行くが、その度に空間が裂け新しい兵士達がやってくる。
キリがない・・・・そうジェシカは舌打ちした。
しかし、負けるわけにはいかないのだ。
キュッと唇を噛み、再び詠唱しようとした時、ヒュッと音がしてジェシカの腕に矢が刺さった。
「・・・・っ!」
「お母様!」
レオナの叫びにジェシカはにっこり笑ってささった矢を抜く。
腕から血が流れた。
しかしそんなに深いものではない。
「だいじょーぶよ、レオナ!こんな傷へっちゃらよ」
そう言って再び手を伸ばす。
隣のアルダも絶え間ない詠唱を続ける。



ジェシカはふと、違和感を感じた。
自分達へ向かってくる矢の数が多い気がするのだ。
防いでいるからあまり気がつかなかったけれど、確実に・・・・・
「母さん、敵の数が増えてる・・・」
アルダの言葉にジェシカは頷く。
どうやら敵は本格的に自分達を消そうと集まっているらしい・・・・。
早々と決着をつけなければ・・・!
でないとこちらも危険だ。



「けれど、倒れる訳にはいかないのよね!」
娘との約束。
そして今は亡き夫の分まで自分が頑張らないと。
ああ、愛しい貴方・・・・何も言わずに逝ってしまうなんて卑怯よ。
どんなに帰りが遅くなろうとも、必ず連絡をくれた貴方が、何も言わずに逝ってしまった。
その事がどれだけ哀しかったか分かる?
逃げる私達の耳に響いた貴方の言葉
『レオナ達を、レオナとアルダ、それにクロードを頼む』
幻聴だったのかな。
けれど確かに聞こえて、その時感じたわ。
貴方はもういないってこと。大切な伝言を私に残して、旅立ってしまった。
酷い人よね、だって子ども達に対しての言葉はあるのに妻に対する言葉は全くないんだもの。
「愛してる」なんて一言もなかったのよ、全く傷ついたわ。
どの位一緒にいたと思ってるの?
悔しくて悔しくて堪らないから、私はもう暫く貴方の傍に逝ってはあげない。
しわしわのお婆さんになってから、満面の笑みで貴方の前に現れるわ。
ふふ、再婚はしないから安心してもいいのよ?
それが貴方への情けってものだから。






つまりね、今までもこれからも、ずっと大好きってこと!









ジェシカの魔方陣が更に輝く。
「アルダ、暫くお願い・・・!」
そう言うとジェシカはレオナたちに視線を向ける。
アイゼルの体は徐々に体勢を整えているようだ。もう少し。
「命を支える巨大な木々よ。愚かな人々に裁きの光を降らせたまえ。地に根をはる樹木よ、日々寄り添う我の願い
を聞き届け。全ての命の輝きここに集め、今こそその力、ここに示さん」
歌うような声で詠唱する。
その間、アルダは剣で降り注ぐ矢を防いでいた。
しかし、数が多すぎる。
肩に防ぎきれなかった矢がささり、呻き声を上げた。
その事に痛ましげに顔を歪めたが、それでも詠唱は続く。




「我に答えよ、ウディリアル・サークル・・・・!!」
ジェシカの声に呼応するように魔方陣の輝きが最高潮に達した。
爆発的な光とともに、兵士達の頭上に巨大な光の大樹が現れる。その光の大樹が兵士達に向かって落下する・・・!
光の葉を散らせながら・・・・
その葉に触れた兵士達は、蒸発するように次々に消える。
悲鳴を上げながら、逃げ惑いながら、それでも葉は次々に彼らを襲う。
そしてその間にも大樹は彼らへ向かって進んでいるのだ。
これがジェシカの能力の中で最高の術だ。
巨大な光で出来た大樹。
その力で押しつぶされた者は、もう二度と光を見る事はない。
その葉に触れたものは文字通り蒸発する。
木々の能力を持つ彼女の、今使える最高かつ最強の術。
同時に気力と体力は限界のようだ。




「アルダ・・・大丈夫?」
「はい、母さんも・・・」
アルダは肩に刺さった矢を抜くと苦笑した。
「こっちはもう限界よ。全く、こんな術を使う事になるなんてね」
そう言ってジェシカは兵士達の方へと視線を移す。
大樹はもう地に着きそうだ。
この調子ならば、生き残りはいない。
いや、居てはならない・・・・これが自分の最強の術だから。
けれどそれはありえない。
自分の力・・・過信してはいないが、自分の力量は知っているつもりだ。




しかし、ここで疑問があるのだ。
どうして夫であるエディスはやられた・・・・?
レオナを庇った?それはない。
彼ならレオナを逃がし、自分も逃げる事が出来たはずだ。
深手は負うかもしれない・・・しかし、死ぬ事はありえなかったはずだ。
彼の力は自分よりも強いのだから。
それだけ苦戦した?それとも何か別の理由が・・・
嫌な予感がする・・・・
とてつもなく嫌な予感・・・・




「お母様・・・!」
嬉しそうな声を上げるレオナに駆け寄り微笑む。
「もう大丈夫。クロード、貴方も安心なさいな。敵が皆いなくなったとは限らないけれど、とりあえず今は大丈夫なはずよ」
クロードに視線を移すと彼も安堵したように微笑む。
その時、アルダが悲鳴のような声を上げた。



「・・・・っ!母さん!」




その声に、反応が遅れた。
ヒュンッと風を切る音が聞こえる。
同時に鋭い痛みを感じた。
「う、ああっ・・・!!」
思わず声を上げてその場に膝をつく。
見ると脇腹に矢が。
しかも深い・・・・・
どうして、どこから・・・・!?











「素敵な大樹だったよ、ジェシカ・スタルウッド」






とても通る、響く声だった・・・。









目の前で母が崩れるのをレオナは目を見開いたまま見つめた。
彼女の脇腹に矢が刺さっている。
しかも深い。
「お母様・・・!!!」
叫んだと同時に聞こえたもう一人の声。
その方向を見た時にレオナは眩暈を覚えた。



ああ・・・・・
ああ大樹が・・・・・・
母の最強とも言える技であるあの大樹が・・・・・




光の大樹は無残にも切り裂かれていた。










兵士の姿はない。
それはきっと、母の術で全滅したせいだろう。
だとしたら、この目の前の人物は一体何だろう・・・・



その人物は黒いローブで全身を覆っていた。
目の下までフードを被り、見えている口元だけ。
その口元が不敵に弧を描く。
身長は180cm程だろうか・・・・・
長身な人物だ。
手には弓矢を持っている。
通常よりも若干大きめのものか。



「貴方・・・・誰・・・・?」



思わずそんな言葉が口からでる。




「初めまして、お姫様。よく生き延びたね・・・・感心するよ」
「貴方は誰!!!?」
のんびりとした口調の相手にレオナは叫んで問いかける。
きっと睨みつけると彼女はアイゼルから飛び降り母親の元まで駆けた。
クロードの制止の声も振り切り、彼女は母親と兄の前に立ちはだかるように立った。



「レオナ、止めなさい!アルダ、あの子を下がらせて!」
ジェシカの声にアルダはレオナを抱きかかえた。
「嫌!兄様離して!!」
「レオナ、言う事を聞きなさい!」
「いやあっ!」
だって、だって感じるのだ。
目の前のあの男。
声を聞いた限りきっと男だ。
あの男から発せられる異常な殺気。
間違いない絶対に・・・・!!
あいつは母を・・・・!!!




「ふふ、言われなくてもお姫様に危害なんて加えないよ、今は・・・・ね」
クスリと口元が歪むとその人物はレオナとアルダに向かって手を伸ばした。
その瞬間、衝撃が生まれアルダとレオナは吹き飛ばされる。
「きゃあああああっ!!」
「わああああああっ!!!」
「アルダ!レオナ・・・・!!!」
ジェシカは声を上げ、キッと男を睨みつけた。
「ん、これで大丈夫」
「何者よ、あんた」
笑う男に対し、ジェシカは静かに問いかける。





アルダとレオナは体を起こし、母親と男を見つめる。
殺気を放つ双方にレオナはどうしようもない不安を感じた。




「君に語る義務はないよ」
そう言って男はジェシカに手を伸ばす。
まずい・・・!
直感的に感じ、ジェシカは能力を発動させる。
「ファイヤリバーヴ」
静かにそう言った男の手から紅にうねる炎が姿を現す。
それは鞭のようにジェシカに早いスピードで向かっていく。



詠唱なしの高等術・・・・!?
ジェシカは素早く手を前に翳す。
「木々よ、我を護らん! リーフレジスト!!」
床から生えた無数の葦がジェシカの前に壁を作る。
木の能力の高等防御術だ。
木は炎に弱いと言われるが、能力に関しては例外もある。
力の強い方が勝つ・・・!
それがルールだ。



相殺・・・・・



ドンッという爆発音がして葦の壁は壊れた。
炎も消えている。
相殺だ。
ジェシカはほっと息を吐く。
しかし、まだ終わっていなかった。



「疲れていたかな・・・・?まだまだ甘いね、ジェシカ・スタルウッド」
目にも止まらないスピード。
男は既にジェシカの懐にまで迫っていた。
「まあ、相手の疲労を待って攻撃する・・・・これも戦法なんだよね、悪いけど。君の夫も同じ戦法にやられてしまったけれどね?」
クス、と笑って・・・しかしその後の口元は残酷までに美しい弧を描いた。
至近距離で確かに見た。
フードの下の、彼の顔。
瞬間ジェシカは声を上げた。
この男は・・・・・
そして悟った。夫はやられたのだ・・・この男に。
なるほど、確かに夫では叶わないのかもしれない。
しかしどうして・・・・?
どうして彼がここに・・・・?
だって、だってだって・・・・!!
「レオナ、逃げて・・・!!!」
力一杯の叫び。
それは警告。
今の彼女へ、そして・・・・・・未来の彼女へ。
それを聞くと男は満足そうに笑う。
この場にそぐわない程の、完璧で綺麗な笑み。
残酷なほど・・・美しい笑顔。
「そう、それでいい・・・・・美しく散って・・・・?強くて綺麗な貴方に相応しいように・・・・・」
腰に差してあったであろう剣を抜いて、そして美しい一線を描いて切り裂いた。





栗色の髪が舞う。



真っ赤な飛沫があがる









ああ、愛しい貴方・・・・何も言わずに逝ってしまうなんて卑怯よ。


その事がどれだけ哀しかったか分かる?




見開かれた茶色の瞳がゆっくりと閉じられる。
閉じた瞬間流れたのは涙。




酷い人よね、だって子ども達に対しての言葉はあるのに妻に対する言葉は全くないんだもの。


悔しくて悔しくて堪らないから、私はもう暫く貴方の傍に逝ってはあげない。



伸ばされた手は空を掴む。
ゆっくりと崩れ落ちる。
血に染まった真っ赤なドレス・・・それでも酷く美しい。






しわしわのお婆さんになってから、満面の笑みで貴方の前に現れるわ。


つまりね、今までもこれからも、ずっと大好きってこと!



静かな音を立てて、栗色の髪が床に広がった。
白い手は力なく投げ出される。



・・・・・ごめんね、エディス。
レオナとアルダ・・・・護れなかった。
クロードも・・・・護れなかったわ・・・・・ごめんね。
せっかく、せっかく貴方が心だけでも私の所に飛ばしてまで伝えてくれた事なのに・・・・



ああもう、どうしてこうなっちゃうのかしらね。
幸せな日になると思ったのになあ。
レオナがまた笑ってくれて、誕生日迎えられて・・・・・
2ヵ月後にはアルダも誕生日だったのよ・・・?
子どもの誕生日祝えないって・・・・最悪じゃないの・・・・



そうでしょう?
ねえエディス・・・・・・・
貴方もこんな気持ちだったのかしら。
こんな気持ちで、あの子達の傍を離れたの・・・・?
恨んでいるかって?
まさか、恨んでいるわけないじゃないの。



私は貴方の妻にしかならないの。
貴方の妻で、アルダとレオナの母親で幸せだったの!
それ以上何か言うとぶっ飛ばすからね!




・・・・・・・・ごめんね、レオナ。
でも信じているわ。
身勝手なお願いだけど信じてる。
これしかもう、言えないもの。
貴方達なら乗り越えられる。
決して見捨てないで
決して嫌わないで
決して恨まないで、この世界。









だって・・・・世界はこんなに暖かくて、優しいんだから・・・・・






薄れ行く意識の中で誰かが言った。
とてもよく知っている声。
大好きで大好きで、愛しくて堪らないあの声。
彼らにとって「父親」で自分にとって「愛しい人」



『アイシテル』



女性はゆっくり、静かに静かに意識を手離した。
眠るように、穏やかに笑った。
















「おかあ・・・・さま・・・・?」
目の前で崩れ落ちる母を、レオナはじっと見つめていた。
「お母様!!!」
弾けたように立ち上がり、母親の元へ駆け寄った。
その様子を満足そうに男は見つめる。





手が冷たい。体も・・・・・
胸部には深い切り傷。
美しい程の一線。
血が・・・・・ああ血が・・・・・・




「おかあさま!!おかあさまっっ!!起きて!!起きてよお母様!!!」
冷たい
冷たいよ
嫌だ嫌だ・・・・・
嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌・・・・!!!!
「置いていかないで!!おかあさま!!置いてイカナイデよおおおおおお!!!」
どうして?
どうしてこうなったの
なんでこうなったの
どうしてねえナンデ?



「やだあああああああああ!!!!」



「辛い?」
ふと、声をかけられ、レオナははっとそちらを向いた。
あの男がにっこりと笑っている。
見える口元が弧を描いている。
「あ・・・・ああ・・・・あ・・・・・」
そう、この人が
この人が母を・・・・
母を・・・・・・
ハハヲコロシタ・・・・・!!!



「おまええええええ!!」
悲鳴のような声を上げるとレオナは男へと向かっていく手を伸ばして声を張り上げて詠唱する
「レオナ!!」
クロードが声を上げる。立ち上がろうとしても力が入らない。
立てない・・・・!!
「風よ、かの者を切り裂け・・・・!!」
かまいたちのような風の牙が男に襲いかかる。
男は苦笑したように口元を上げて持っていた剣を振るった。
その瞬間、レオナの生み出したかまいたちがその場で止まった。
「・・・・・・!?」
「仇を討つのは結構だけどね、自分の力を過信しちゃいけないなあ」
ふふ、と笑う。
美しく口元が弧を描く。
「この程度の力で叶うとでも?お姫さま。そして己を過信した者は愚かにも・・・・・・」
剣を再び振るう。
止まったレオナのかまいたち。それは方向を変えて、アルダの方へ向かっていった。
「自分の大切なものを失っていくんだよ」
こんな風にね、と男は口元を上げる。




「兄様・・・・!!!」
レオナはアルダに向かって叫ぶ。
母の死を目の当たりにしたアルダは、その声に微かに反応が遅れた。
「うぐっっ・・・・!!!」
アルダの腹部に風の刃が襲いかかる。
服が裂け、血が流れる。
「兄様・・・!!」
「大丈夫だ・・・・」
ふらつきながらもアルダは答える。
油断した・・・・まさかこんな戦法に出るとは・・・・・
アルダは満足気に微笑む男を睨みつける。
息を吸うだけで痛む傷・・・・
危ないのかも・・・しれない。




「レオナ」
「何、兄様・・・・!!」
アルダの呼びかけにレオナは立ち上がり駆け寄ろうとする。
しかしそれを手で制止してアルダはレオナを見つめた。
涙を流している妹に向かって静かに微笑んだ。
その微笑みにレオナは嫌な予感を感じる。




「行って、レオナ」




ああ、どうして・・・・どうしてこんな・・・・・・





「いや・・・・」
「行きなさいレオナ、アイゼルに乗って」
「やだ」
「レオナ、言う事を聞いて」
「やだっ!!」
「ここは、私にまかせて、お前らは行くんだ!!」
「いやあっ!!」
レオナは叫んで再び男に手を向けた。
全部全部こいつのせいだ・・・!!!
こいつの!!
こいつが・・・・!!!
生み出される風の刃。
無数に生み出されたそれは男へと向かう。
それを見て男は微笑んだ。
そしてその視線は、フードで見えなかったが確かにレオナを捕られたのだ。
一言、言い放つ。
「さっきの僕の言葉、聞いてなかったのかい?」



男へ向かっていた刃はそのままレオナへと返される。
腕を、頬を、足を、彼女の体にその刃は襲い掛かった。
「レオナ!」
クロードが声を上げる。
動け、動け体・・・・!!!
彼女を、彼女を護らないと、だった僕は彼女の・・・・!!
しかし体は非情にも動かない。
力が入らない。
「くそっ!」




体のあちこちから血が流れる。
痛い、痛い・・・兄もこんな痛みを感じたのか。
いや、自分よりもきっと酷い。
彼は多くの刃が腹部一箇所へ集まったのだから。
その時風の刃が、その勢いを弱めた。
目を瞑っていたレオナは目を開ける。
そこには兄の背中。
兄が剣を振るい、風の刃を拡散している。
方向を失った刃は別の方向へ飛び。物を切り刻む。




「兄様・・・・!」
「レオナ、言う事を聞いてくれるね?」
顔は見えない。
見えるのは彼の背中だけ。
どんな顔でそれを言っているのだろう・・・・
「レオナ達は希望なんだよ」
「兄様・・・?」
「何があっても、守り通さないといけない。これからの未来の為に・・・・・」
そこまで言うと、アルダはレオナの方へと体を向けた。
風の刃はアルダの背中へと襲いかかる。
「兄様・・・・!!だめ!!どうして!?ねえ兄様・・・!!」
死んでしまう、このままでは兄が死んでしまう
「こんなに強い力・・・使えるようになったんだなあ・・・」
皮肉にもこれは彼女の能力。
いつの間にこんな力を使えるようになったんだろう。
「にいさ・・・」
「大好き、レオナ。大切な妹・・・・幸せになって?皆の分まで」
そっとそっと、抱きしめる。
優しく、けれど力強く。
彼の頭部から血が流れる・・・・床は赤い液体が染みをつくる・・・・
「素敵なレディになって・・・・?」
君ならなれるよ。
とても綺麗に笑うレオナならね・・・・
そう言ってそっと体を離す。
レオナのワンピースが彼の血で赤く染まる。
彼の腹部から流れた血・・・・・




アルダがレオナの体を離して優しく笑った時









彼の胸から刃が突き出た










アルダの背後にはあの男。
長い剣を彼の背中へ突き刺して。
そして笑った。





父親と同じ、グレーの髪。
自分と同じ茶色の瞳。
その瞳はゆっくりと閉じられる。
ゆっくりと体が、レオナへと倒れる。






・・・・幸せになって?皆の分まで


素敵なレディになって・・・・?


君ならなれるよ。
とても綺麗に笑うレオナならね・・・・






もう笑わない。
あの優しい声がもう聞けない。
朝寝坊な私を起こす、困ったような声も
優しく私の頭を撫でてくれるあの温もりも
泣きじゃくる私を慰めてくれたあの優しさも






少女の叫びが、辺りを支配した。












BUCK/TOP/NEXT



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(次でラストです!)



2006/6/9