ああまた一人・・・また一人消えていく
ああまた一人・・・また一人闇へと向かう



ああまた一人・・・また一人・・・



誰かが泣いている・・・・・



親愛なる少年と少女へ  15





駆ける駆ける駆ける・・・・
レオナとクロードは長い廊下を駆け抜けていた。
その間も瞳からは絶えず涙が零れる。
「ひぃっ・・・・ふうっ・・・・ううっ・・・」
時折その口からは声が漏れるが、それは何の意味も持たない微かなもの。
頬を伝う涙を拭おうとせず、レオナはクロードに手を引かれ、絶えず足を動かす。
その時、突然足が止まり、レオナは前に倒れそうになった。
「っ・・・きゃっ・・・!」
寸でのところで踏みとどまる。
一体何が・・・そう声に出そうとした瞬間、レオナの隣でクロードがゆっくりと倒れた。
スローモーションの様に感じるその瞬間。
力ない音を立てて倒れた彼にレオナは目の前が真っ白になった。



「クロード!!!」
一拍置いて、彼の名前を呼んで体を起こそうと手をかける。
その時、生温かい何かが手に触れた。
「っ・・・・!」
カーテンで巻き、止血した場所から、赤いものが流れている。
・・・・・血だ。
どうして・・・・どうして・・・だって彼は・・・・・・
彼は私に・・・・・・

『僕は回復能力も持ち合わせている。だからある程度の怪我なら治療できる』

そう言って・・・・・だから・・・・・だから大丈夫だと・・・・・もう大丈夫なのだと・・・・



「嘘だったの・・・・クロード・・・・・?」
上半身を起こして、顔を歪めて彼を見つめる。
ぽろぽろと、涙が零れた。
「私を安心させるために・・・・そんな事・・・・言ったの・・・・?」
どうしてそんな、いや・・・そんな事分かっているではないか。
彼は私を安心させるために、心配かけぬ様に言ったのだ。
私が泣かないように。泣かなくてもいいように。
そんな人だ。
彼はそんな人だ。
「貴方もお父様やお母様の事・・・心配なのにごめんね・・・・・」
大粒の涙がクロードの赤く染まったシャツを濡らす。
自分の両親の安否も分からないのに、私の事を引っ張ってくれて・・・・自分が不安だという事は口に出さないで
笑って、微笑んで・・・・・
どれだけ痛かったのだろう・・・・どれだけ苦しかったのだろう・・・・・
「ごめんね、クロード・・・ごめんね・・・・・」
貴方の気持ち考えないでごめんね
痛い思いさせてしまってごめんね
こんな気持ちにさせてしまってごめんね



「どうして・・・謝るの・・・・?」
掠れた声が聞こえて、レオナはそちらを向く。
「どうして・・・・謝るの?レオナ・・・・・」
真っ白な顔をゆっくりと上げて・・・・クロードは笑った。
その笑顔は今にも消えそうで・・・・けれどとても暖かくて・・・・儚くて・・・・
「・・・・僕は・・・君の笑った顔が好きなんだけどなあ・・・・」
「こんな状況では・・・・笑えないわ・・・・笑えないよ・・・・」
涙を流しながら、レオナはクロードの首にそっと抱きついた。
ああ、体がどんどん冷えていく。
命の音がとても弱い・・・・弱い・・・・・
ああ、消えてしまいそう・・・・・
駄目。消えないで・・・・
消えないで大好きな人・・・・




「私達、出会わなければよかったね・・・・」
「どうして?」
「出会わなければ・・・こんな痛い思いしなくてよかったのにね」
「レオナ、それは酷いよ」
「どこで間違ってしまったのかな・・・・私達」
「どこも間違ってないよ」
「どうしてこんな事になったのかな・・・・・・」
「ごめん・・・・僕にも分からないよ・・・・・難しい事を聞くね、レオナは」
お互いに囁いて、2人は互いに涙を流した。
愛しげに頬をすり寄せながら、声も出さずに涙を流した。
ああ、どうして・・・・・
どうしてこんな事になってしまったのですか
何がいけなかったのですか
ああ神様・・・・私は・・・・貴方を怒らせてしまったのですか



「立てる・・・・?」
「・・・・・うん・・・・・」
「嘘ばっかり」
「・・・・・ごめん・・・」
「痛くて痛くて・・・・堪らないくせに。立つのだって、キツイでしょう・・・・?」
「うん・・・・」
「嘘つき」
「・・・・・・うん」
涙を拭って、小さく笑う。
子どもの様な、そんなやり取り。
涙が止まらない。
それでも前に進まないといけない。
「生きる」ために。ただそれだけの為に・・・・・



「レオナ・・・・投げて」
微かな呟きと共に、クロードはレオナに鎖を手渡す。
彼が何をしようとしているのか、レオナには分かった。
不安げに彼を見るが、クロードは小さく笑う。
「僕はもう・・・走れないから・・・・アイゼルに送ってもらわなきゃ。アイゼルなら大きいから、2人運べる」
「アイゼル」・・・・父を助ける為にクロードが召喚した魔物の一匹。
大きな鳥の魔物。
きっとあの魔物なら、クロードと自分を乗せて出口まで行ける。
レオナは言われた通り、銀の鎖を投げる。
詠唱しようとクロードが口を開いた時、レオナは何かを感じ彼を抱きしめ床に倒れた。
感じたのはそう・・・・歪んだ殺気
「クロード、伏せて!!」
何本もの矢が2人の頭上を掠めた。
銀の鎖が、シャランと音を立ててそのまま床に落ちた。







「見つけた・・・・お姫様・・・・そしてその守人・・・・」
現れたのは、黒装束の兵士。
それも多数。
空間を切り裂いて、次々と現れる。
弓を、剣を、斧を、鎖を持って自分達の進むべき道を塞いでいる。



「可哀想なお姫様・・・・大切な人達を失った」
「しかも自分の誕生日に・・・・」
「どうしてこんな事になった・・・?」
口々に言いながら、彼らは2人に近づいてくる。
何故・・・?答えは簡単ではないか。



「あ、貴方達の所為よ・・・!!貴方達がこんなことするから!こんな事・・・・!!」
震える声を必死で抑えて、レオナはクロードを抱きしめたまま彼らを睨みつける。
そうだ、こいつらの所為だ!
こいつらの所為で・・・・!
クロードは浅い呼吸を繰り返す。
急がないと、急いでここを出て彼を安全な場所へ連れて行って治療しないと・・・・
そうでないと彼は・・・・・



「それは違う、お姫様」
「え・・・」
「このようになったのは、貴方の所為」
「貴方がお変わりになられた所為」
「貴方が貴方の役目を果たそうとしない所為」
「貴方が神を裏切ろうとした所為」



「「「これはあなたの救済なのですよ、姫君」」」」



「我らは貴方様をお救いにきたのですよ、レディ・スタルウッド」


彼らの声が唱和する。
意味が分からない、分からない・・・・・
彼らは何を言っているのだ
私の所為だと・・・この悲劇は私の所為だと・・・・
意味が分からない。怖い・・・・怖い・・・・・
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い



「黙れ・・・・」
レオナの腕の中でクロードが身じろぎ、体を起こす。
その瞳に映るのは、嫌悪、そして憎悪・・・・・・
グリーンの瞳は真っ直ぐに彼らを睨みつけた。
それを見て兵士は薄く笑った



「どうやら姫君を変えてしまわれたのは、他ならぬ守人らしい」
「守人だ」
「金の髪を持つこの守人だ」
「どうしてこの少年が守人なのだ」
「どうしてだ」
口々に言う兵士達に、クロードは視線を強くする。
明らかに殺気立つ彼に、兵士の一人は軽く手を上げた。



「ご無礼失礼致しました、クロード・ツイン様」
「何・・・?」
おどけた調子で言った兵士をクロードは困惑の瞳で見つめる。
どうしてこの兵士は自分の名前を知っているのだ。
それを満足気に見ると兵士は続けた。
「しかし、困りますよクロード様。いくら姫君が愛しくても、ご自分の仕事はちゃんとこなしていただかないと」
「”守人”の役目は果たしていただかないと」
クスクス笑う兵士達に、クロードの怒りは頂点に達した。
”守人”、”姫君”、意味の分からない単語ばかり・・・!!
一体何だというのだ。
今もし、クロードの体が動いていたら、間違いなく彼らに切り掛かっていただろう。
レオナに視線を移すと、彼女は恐怖にも似た表情で兵士達を見つめていた。




「ご存知ない・・・・?お2人共ご存じないとは・・・・・・やはり、潰しておいて正解でした。いや、寧ろ好機。
一石二鳥で我らは仕事が出来るというもの」
「だから、何だと言うの!?」
今度はレオナが声を上げた。
悲鳴のような声で叫ぶ。しかし、瞳には光は失われていなかった。
それを見ると、兵士は汚い笑みを浮かべる。
「こういう事ですよ」




そう言って、何か光る物をこちらへと投げる。
シャランと心地よい音を立てて、それは2人の前に落下した。









金の鎖










まるで月の光を吸収したかのような美しさ。
ツイン家の当主が持つことのみが許される、召喚能力発動の時に使用するもの。
現在、この鎖を使用できるものをクロードもレオナも一人しか知らない。



「父さん・・・・・?」



掠れた声で呟く。
そう、これは間違いなく彼のもので。
自分が愛し、尊敬した父のもので・・・・・
でもどうしてこれが・・・・?
父が手放すはずがないこの鎖を、どうして奴らがここに・・・・・
クロードは恐る恐るその鎖に触れた。
ヌルッとした感触を感じる。
手に感じる。
これは彼の生きた証・・・・・
クロードの白い手に、赤いシミがついた。




「・・・・・・・・そんな・・・・・・・・」
「お父上に会いたいですか、クロード様」
「そんな・・・・父さん・・・・・」
強くて優しくて・・・憧れだった父。
いつか、いつか彼のようになりたいと・・・・・
「ご安心ください、亡骸は奥方様と共にもうきっと天に・・・・・愛する奥方も一緒だ・・・寂しくは・・・・」
「黙れっっっ!!!!!」
芝居がかった調子で続ける兵士を睨むとクロードは力いっぱい叫ぶ。
さぞ無念だっただろう。
いったいどんな気持ちで息を引き取ったのか。
母も・・・・父も・・・・・一体どんな気持ちで・・・・
たった2人の家族。
そう・・・たった2人の・・・・
それを・・・・・こんな奴らに・・・・!!
レオナから離れると、金の鎖を握りしめる。
そして高く高くそれを放った。
「クロード・・・・・・!!!」
レオナが制止の声を上げるが、クロードは構わず詠唱を続ける。
「古の血の契約の元、ここに集え我が友よ。月下の誓いより汝の望み叶えんことを」
「止めて、クロード止めて・・・・・っっっ!!!お願い・・・・!!!」
レオナの悲鳴が聞こえる。
ごめん、でも・・・・・でも・・・・・・
ぐらりと体が崩れ落ちる。
意識が遠くなる。瞼が落ちる。
まだ駄目だ。まだ駄目だ・・・・まだ友の名前を呼んでいない。
金の鎖・・・銀の鎖と比べれば確かに能力の引き出しは高いが、余程修行を積んだものにしか扱えない。
それは分かっている。
使用する精神力も半端なく高い・・・・それも分かっているけれど・・・・








「僕にだって、出来る」









それは過信。
己の過信。
怒りに悲しみに任せて、クロードは声を張り上げた。
「ここに来たれ、エザード=ウルフ、『ラーヴェル』!そして、エルファジア、『アイゼル』!!」
金の鎖の輪が輝く。
父の悲しげな声が、母の『ごめんなさい』との声が、確かにクロードには聞こえた。
2人共・・・・・泣いている。
『ご命令を、主』
「・・・・・・容赦はいらない・・・・・消せ・・・・・」
兵士を真っ直ぐに見つめて、クロードはただ一言言った。





「クロード!止めて!!それより逃げなきゃ!クロード・・・!!」
魔物が兵士へと向かっていく。
いくら魔物と言えどもあの人数に敵う筈がないのだ。
勝敗は明らかなのだ。
このままでは、彼らが死んでしまう!!
レオナは必死にクロードを呼んだ。
クロードは、焦点の定まっていない瞳で、魔物が戦っている様子を見つめていた。
「クロード・・・!!!」
「レオナ」
突然名前を呼ばれて、レオナは思わず言葉を飲み込んだ。
「レオナ・・・・・家族がいなくなるって・・・・こんなに辛いんだね・・・・君もこんな気持ちを・・・・感じたんだね」
そんな気持ちを考えず、自分は彼女を父から引き離した。
それは良かったことなのか。
もしかしたら、自分達はあの場で・・・・
「・・・・・・っ!」
そう、先程父を失った。
きっと父は生きていない。
死んでしまった。
もう会えない・・・・・
辛い、哀しい、憎い・・・・そう、確かにそうだ。
けれど・・・・




「そうよ!!苦しいわ!辛いわ!!!でも・・・・でもあの子達も家族でしょう!!?」
涙が零れ落ちる。真っ白なワンピースは多くの人の血で所々赤い。
声にならない。
声が出ない。
けれどレオナはクロードの肩を掴んで叫んだ。
「ラーヴェルもアイゼルも・・・・・貴方の家族でしょう!?クロード・・・!!!!」
その言葉にクロードは息を呑んだ。
そして、はっと彼らに視線を移す。
2匹の魔物は、兵士によって体に多くの傷を負っていた。
その傷は浅いものから深いものまで・・・・・
深いものはそこから絶えず血が流れる。
時折、ふらつく。

それ程酷いのだ。
しかし、それでも2匹は向かっていく。
主を・・・・友を護るため。






「貴方はこれ以上、家族を失うつもりなの!!?ねえ!!」
レオナの言葉が遠くに聞こえる。
そう、彼らも家族なのに・・・・・家族なのに・・・・・
ずっと一緒にいた大切な友達なのに・・・・・
それなのに・・・・・・
己の力のまま・・・・・
憎しみのまま・・・・・
僕は家族を・・・・・友達を・・・・・



「っ・・・・・戻れ・・・・!!!!
クロードは再度鎖を投げる。
その声と共に、2匹の魔物は淡い霧のようになって鎖の中へと吸い込まれていった。
「レオナ・・・・」
「あははははははははははははははははははは!!!!!!!」
クロードが何かを言おうとした時、嘲笑うような声が響く。





「駄目だあ・・・・・もう少しだったのになあ・・・王子様。おしかったなあ・・・・」
「何が可笑しいの!?」
「全部狂っちまった。全ーーーー部だ。いや、最初から狂っていたんだな、うん。ったく、スタルウッドの奴らもツインの奴らも
最初からこれが狙いだったか」
「けれど、もう奴らはいない。だから戻る・・・・じきに戻る。この歪んだシナリオは全ーーー部戻る」
兵士達の笑い声。
意味が分からない・・・・父は、嫌・・・父達は一体何をしようとしていたのだろう・・・・





「お姫様の心を壊すには・・・・・うん、不本意だけど、これしかないね」
「ああ、そうだ」
「残念だけどこれしか考えられない」
「けれど、こうしたら後々困るんじゃないか・・・?」
「仕方がない。守人には代えが効くが、姫君には代えが効かない・・・・・」
その言葉に、レオナはクロードを抱きしめる。
クロードも荒い呼吸の中、兵士達を睨みつけた。



「お姫様、さあお退きください?」
「誰が・・・・!!!」
しっかりとクロードを抱きしめたまま、レオナは叫ぶ。
失いたくない。彼は大切な・・・・自分の光。
自分を変えてくれた・・・愛しい人。
絶対に、この身に代えても絶対に・・・・!!!



「それならば仕方ないですね」
そう言って兵士の一人が2人に近づく。
今まさに手を伸ばそうとした時、兵士の動きが止まった。
突然床から何本もの枝が伸びて、兵士を捕らえたのだ。
枝は次第に伸びていき、兵士の首に巻きつけられる。
嫌な音がして、兵士は力なく崩れそして消えた・・・。
呆然としている中、後ろに控えていた兵士達に向かってどこからか突風が吹き荒れる。
兵士の何人かが壁に叩きつけられた。



「ちょっとちょっと!!うちの可愛い娘と、その婚約者に手を出さないでもらえる!?」
「大切な妹と義弟を、よくも可愛がってくれたね・・・・?」



レオナは思わず声がした方に振り返った。
よく通るアルトボイス。
レオナと同じ栗色の髪を結った女性。
隣には父親と同じ、グレーの髪をもつ青年・・・・・・





「お母様!!兄様・・・・!!!」



歓喜の声が、廊下に響いた。







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(ラスト2話です)



2007/06/03