何故こうなった?
どうしてそうなった・・・・・?
問いかけても問いかけても、その答えは出ない。
ただ唯一分かることは・・・・・彼女が泣いているということで・・・・・
泣かないで、どうか泣かないで・・・・
君の笑った顔が好きなんだ。




親愛ナル少年ト少女へ   14




自分へと向かった刃。
思わずレオナは固く瞳を閉じた。
しかし、いつまで経っても自分へ刃は振り下ろされない・・・・・。
「ぎゃああああああっ!!」
鋭い断末魔が聞こえ、レオナは恐る恐る目を開けた。
先程の兵士が自分の目の前に倒れていたのだ・・・・。
いや・・・・兵士だったもの・・・だろうか
兵士の身体はズタズタで、目を覆いたくなる姿へと変化していた。
体の正面の大きな傷。そこから赤黒い液体が絶えず流れる。
そして、その傍にその液体を舐める狼の姿・・・・・・。
レオナはその魔物を知っている。
「・・・・・ラーヴェル・・・・・?」
思わず彼女は呟く。
見覚えのある魔物・・・・・狼のような姿をもつ彼の魔物だ。
ラーヴェルには赤黒い血がたくさん付いている。
恐らくは返り血・・・・・その兵士のものだろう。



「ギリギリセーフ・・・・だね」
声がしてレオナは反射的にそちらへ向いた。
真っ青な顔をしたクロードがゆっくりと起き上がる。
白いシャツは、背中部分が赤く染まっている。
彼が倒れていた部分には、血溜まりが出来ていた。相当な出血量だ。
「クロード・・・・!!!」
悲鳴のような声を上げて彼を見る。
そんな彼女を安心させるようにクロードは微笑んだ。
「大丈夫」
しかし、レオナは勢いよく首を振った。
「全然大丈夫じゃないわ・・・!!こんなに沢山の血が・・・・!!顔だって真っ青で・・・・私・・・」
広間で見た、人々の変わり果てた姿。
恐怖で見開かれた瞳・・・・涙・・・・・そして赤黒い血・・・・・
どうしてもその様子と彼を重ねてしまう。
「死なないで・・・・死なないでクロード・・・・」
彼にすがりつき、幼子の様に「死なないで」を繰り返すレオナにクロードはゆっくりと彼女の頭を撫でる。



「レオナ、僕を少し見くびっていないかい・・・?」
「え・・・?」
「仮にも僕は、ツイン家の跡取り息子。名家の跡を継ぐ者だよ?」
「でも・・・・」
「この位、何てことないよ。少し油断しただけ・・・・。それに、僕は回復能力も持ち合わせている。だからある程度の
怪我なら治療できる」
だから心配しないで・・・・?と言ってクロードは笑った。
「本当・・・?」
「ん、本当」
尚も安心させようと微笑んだクロードにレオナは暫く黙り込んだが頷いた。
「回復能力」とは、能力者の身体の細胞の変化を急速に速め、傷を防ぐというもの。
もちろん術者だけでなく、他者にも使用できるという貴重な能力だ。
レオナはこれまで「回復能力者」に出会ったことはない。



クロードが召喚能力に加えて回復能力も持ち合わせていることには驚いたが、確かにその力を持っていれば
怪我を治すことは出来るだろう。
ほっとした為か、レオナは大きく息を吐いた。
「よかった・・・・・」
彼女の安堵した表情に頬を緩めるとクロードは立ち上がる。
「じゃあちょっと止血してくるから、ここで待ってて。もし何かが現れたらすぐに僕を呼んで?
ラーヴェルを傍に付けておくとはいっても、まだ油断は出来ないから・・・」
その言葉にレオナは頷く。
その様子を見て、クロードは微笑んで曲がり角を曲がって、レオナから見えない位置へと移動する。
ここからならば彼女には見えない・・・・大丈夫。
彼女からここが見えないと分かると、一気に膝を付いた。
壁に手を付き、ずるずると崩れ落ちる。



「がは・・・・っ!!!」
先程の穏やかな表情から一変し、苦しそうな表情で荒い呼吸を繰り返す。
額からは脂汗が滲み、苦痛でその表情を歪めた。
気を抜いてしまうと、意識が飛びそのまま目覚めない自信がある。
クロードは荒い呼吸のまま、きつく手を握りしめた。
ここで倒れる訳にはいかない・・・・彼女を安全を確保し、両親の無事な姿を見るまでは・・・・



『・・・・・・ご無理をなさった・・・・・・』
自分にしか聞こえない声が、悲しそうな響きをもってクロードの耳へと届く。
「ラーヴェル・・・・僕の心配より彼女の傍にいてあげて・・・・危険だからね」
『無論。ご命令に背くことなく、レオナ嬢の傍には付いています。しかし、意識だけは貴方様の傍へと赴くことが出来る』
「・・・・・・魔物とは、便利なものだね」
ラーヴェルの言葉にクロードは苦笑する。
それと同時に背中に激しい痛みが走った。
「ぐう・・・・っ!!がはっっ・・・・!!」
『その身体で召喚能力を使ったのです。もはや、その身体は限界のはず・・・・・・・
貴方様の力が弱まると、私達は力を発揮できない。その事もお忘れなく・・・。我らが貴方様に力を貸すためには
代償が必要。・・・・・それはご存知のはず。』
「僕の能力をパイプにして、君達はここへ集うことが出来る・・・もちろん知っているさ。
でも、そうしないと・・・・・・・はあ・・・・・彼女が危なかった。なら、・・・・・やるべき事は決まっていた・・・・だろう?」
荒い呼吸のまま小さく返すクロードに、魔物は暫く沈黙した。
「ラーヴェル・・・・?」
『私にとっては・・・・・レオナ嬢よりも、貴方様の方が大切です・・・・・・貴方様とレオナ嬢を秤にかけたら、私は迷うことなく
貴方様を選ぶ・・・・・・』
「光栄だね」
ふふ、と笑うとクロードは嬉しそうに目を細めた。ラーヴェルの言葉に心が暖かくなる。そこまで自分を想ってくれているのかと。
嬉しそうなその表情は次の瞬間には苦痛で歪められる。
荒い呼吸のまま、クロードは傍にあった薄めの白いカーテンを破ると、未だに出血している箇所にそれをきつく何重にも巻いた。
さらしのように巻いたそれを見て、息を吐く。
これで多少はマシになった・・・・・。



「さ、行こうか・・・・いつまでもここにいては危ないからね・・・・」
ふらつきながらも立ち上がったクロードの姿を見つめるようにうに、ラーヴェルは暫し無言だった。
ややあって、ラーヴェルの声が聞こえる。
『クロード様・・・・・先程レオナ嬢に言った言葉は・・・・・・・』
その言葉にクロードは表情を硬くした。
先程彼女に言った言葉。


”それに、僕は回復能力も持ち合わせている”


固い表情のまま暫く黙り込んだ後、クロードは穏やかな声で言った。
「僕がそんな力を持っていないことは・・・・君が一番知っているだろう・・・・?」
回復能力なんて、そんな都合のいいもの・・・・自分は持っていない。
けれど、彼女を安心させるには有効な手だと思ったから。
だから、努めて明るくその言葉を紡いだ。
『・・・・・どうか無事で・・・・・我が主であり・・・我が友よ・・・』
苦しげに呟かれた友人の声に、クロードはもちろんと頷いた。





「大丈夫だったかい?」
止血を終えたクロードに対し、レオナはまだ顔は青いがしっかりと頷いた。
「大丈夫・・・?クロード・・・・怪我、酷いでしょう?」
「止血は終わらせたし、傷は取り合えず塞いだ。しばらくは大丈夫だよ」
言葉を紡ぐその顔に、血の気はまだ戻っていなかったが、レオナはその言葉を聞いて頷く。
それを見るとクロードはそっと手を差し伸べた。
「さ、行こう。・・・僕らの両親を見つけなくちゃ・・・・ね?」
奥の客間・・・・そこから叫び声や、物を破壊する音が聞こえる・・・・。
その音が、彼らの不安を増幅させる。
きっと・・・あそこに・・・・
レオナとクロードはゆっくりとその方向へと足を向けた。





自分の身の安全よりも家族がいるであろう場所へ向かったのは・・・・・
親を想う子の気持ちゆえか・・・・それとも単に浅はかだったのかは・・・・今では分からない。
けれど、例え自分達の命の危険があっても、どうしても両親に会いたかった。
無事でいる姿を見たかった。
ただ、それだけだったんだ・・・・・。







声が段々近づく。
悲鳴が、叫び声が、大きくなる。
無意識に足が速くなって、扉の方へと思わず駆け出した。
その時、強い突風が吹き、閉まっていたドアが開いた。
辺りに吹き荒れる風・・・・レオナは目を見開いて部屋の中へと駆け出した。
自分は知っている。
これは・・・・この風は・・・・!!
「お父様!!!」
沢山の血溜まりの中で、レオナは父親のエディス・スタルウッドの姿を見つけた。
「レオナ・・・!!」
エディスは、大きく目を見開いて娘の名を呼んだ。
「どうしてここまで来た!!中の様子をお前も見ただろう!?ここは危ない!外へと逃げろ!!」
半ば怒気を含んだ声で怒鳴ると近くにいた、兵士へ手を伸ばす。足元の魔方陣が強く輝いた。
「エアロスピンズ・・・・!!!」
強い竜巻が兵士の足元から湧き上がる。
唸るような悲鳴と共に兵士の姿が消える。
この部屋には父親の他にも何人かの能力者が応戦していた。
床には何人かの死体・・・・剣で貫かれ、息絶えている人々・・・・



レオナは途中詠唱も無く強力な術を使う父親の姿を改めて見せられ、思わず息を呑んだ。
やはり、父は凄い・・・・
このような地獄のような中でも自分の父親の周りは光で満ちているような気がした。
「クロード!今すぐレオナを連れて外へ!ここから真っ直ぐ進めば裏口へと出れる!」
父親の声にレオナは目を見開いた。
「嫌・・・!!お父様、一緒に行きましょう!!私、お父様を迎えにきたの!お母様は!?兄様はどこっ!!」
悲鳴のような娘の声にエディスは辛そうに眉を寄せる。
「頼む・・・・・言う事を聞いてくれレオナ・・・・・このままではお前達も危険だ・・・・!!私達が抑える。だから・・・」
その時、レオナ達の周囲を兵士達が取り囲んだ。
先程までと人数が全然違う・・・・・一体何故?
どうして急に・・・・そして彼らはどこからやってきたというのだろう・・・・!
取り囲まれた外では能力者達が別の兵士達と応戦しているため、援護に入れない状態だった。
「エディス様!!」
誰かが叫ぶのが聞こえる。



「空間を裂いて・・・・・ここへきた・・・・・!?」
信じられない、と言った口調でクロードは呟く。
エディスはクロードの方を見ると頷く。そして、クロードの血の気のない顔を見ると息を呑んだ。
「クロード・・・・!君は・・・!!」
その言葉にクロードは静かに頷く。
その様子にエディスは何も言わずに頷いた。苦しげに、顔が歪められる。
「レオナ、私が大きな術を使って隙を作る。その間にクロードと外に出なさい」
「お父様!!」
エディスの言葉に、レオナは叫び、クロードは辛そうに頷いた。
この状態でそんな事が出来るのは、彼しかいないから。一番の方法だと思う。
「いいね?」
そう言うとエディスの足元に魔方陣が広がる。
兵士達はエディスへと剣を振るうが、それは見えない何かで弾き返された。
「いやあ!お父様、いやだ!!一緒に・・・!!ねえ・・・!!」
「レオナ、早く!」
クロードが彼女の腕を引っ張るがレオナは頑として動かない。
ここで別れたら、もう父親とは会えなくなってしまいそうで。
そしてそれは予感だ。
絶対的、確信の予感。
父親がこれだけの人数の敵に一人で勝てるか?答えはNOだ。
ここで別れたらきっともう・・・・・・




エディスの行動に気を取られていた兵士達だったが、レオナとクロードへと視線を移す。
そして、にやりと汚い笑みを浮かべるとレオナへ向かって剣を向けた。
「レオナ・・・!!」
エディスの叫びよりも早く、クロードがその刃を剣で受け止める。
そして素早く銀色の鎖を片手で取り出し、レオナへ渡した。
「えっ!?」
「投げて!」
「何・・・」
「早く!!」
クロードの言葉に、レオナは鎖を高く放り投げる。
兵士の剣を押し返したクロードは次々に迫る刃を受け止めながらはっきりとした言葉で詠唱の言葉を紡いだ。
「古の血の契約の元、ここに集え我が友よ。月下の誓いより汝の望み叶えんことを」
同時にくらりと眩暈を覚える。
今にも意識を手放しそうな感覚を感じた。しかし、ここで倒れてどうする・・・・こんな時こそ自分は・・・・
「ここに来たれ、エザード=ウルフ、『ラーヴェル』!そして、エルファジア、『アイゼル』!!」
叫んだと同時に、兵士の胸元へ向かって剣を差す。兵士の胸から血が流れる。
叫び声と共に、兵士は消滅した。
死体が残らない・・・・その事に疑問を覚えつつも、声を上げることを忘れない。
「ラーヴェル、アイゼル!!エディス様や他の人達の援護を!」
レオナが投げた鎖の中から召喚された、狼の姿をした魔物と大きな鳥の魔物は恭しく頭を下げる。
『ご命令のままに、我が主であり我が友よ』
『どうかお気をつけて』
そう言うと、ラーヴェルはエディスの元へ、そしてアイゼルはその周囲の敵へと向かっていった。



「さあ、レオナ今のうちに!!」
「嫌!」
「レオナ!!」
「嫌ったら嫌!!!」
尚も動かないレオナにクロードは力一杯手を握り、引っ張った。
無理矢理ドアの方へと彼女を引っ張る。
レオナは力の限り叫んだ。
「お父様!こっちに来て!一緒に!!一緒に!!ねえ、どうして!?お父様!!どうして来てくれないの!?」
力いっぱい手を伸ばす。
涙で濡れて、思うように声が出せない。
どうして父は動かないのだろう。
どうして父は、自分の手を取ってくれないのだろう。
伸ばした手が空を掴んだ。
「お父様!ねえ! 答えてよお!!」
痛い、胸が痛い。
苦しくて苦しくて、胸が・・・・
胸が張り裂けそう。




しきりに詠唱を続けている父。
足元の魔方陣は絶えず輝く。
周囲の敵は次々に消滅し、そしてまた生み出される。
絶え間ない攻防。力尽いた方が負ける・・・・それがきっとルール。
エディスはゆっくりと振り向くと、レオナを見つめた。
優しく目が細められる。
「おとうさ・・・・」
「愛しているよ、レオナ」
柔らかく紡がれた言葉に目を見開く。
「お父様!」
「クロード、娘を・・・レオナを頼む」
静かに紡がれた言葉にクロードは頭を下げた。
これはきっと彼の・・・・・・
彼の遺言。
もう会うことのないであろう愛しき娘への、最期の言葉。




「お父様!!やだ!!行かないで、ねえ!!」
狂ったように泣き叫ぶ。
目の前の愛しい父。笑いかけてくれた、愛してくれた。大切な家族・・・・
「生きなさい、レオナ。そして聞いてくれ。・・・・・時を止めてはいけない。」
泣き叫ぶ娘に、諭すように父親は続けた。
瞬間、兵士の一人がエディスへと切りかかる。詠唱を止め、剣で受け止めるが反応が僅かに遅れ、肩へと傷を負った。
「・・・・っ!やだっ・・・・!!」
肩を押さえる父親の姿を見て、レオナは悲鳴を上げた。
死んでしまう、父が死んでしまう。
その事が頭を支配し、レオナは必死に父の名を呼んだ。



「時は・・・・進む。たとえ何があっても、時間は常に進み、私達には過去と未来が付きまとう」
静かな言葉にレオナは思わず口を閉じた。
涙で濡れた目で父親を真っ直ぐに見つめた。
「どんなに過去が苦しく辛いものであったとしても・・・・それを捨ててはいけない、レオナ。忘れるという事は、とても・・・」
そして優しく目を細めた。
「それはとても、悲しいことだよ。それを受け止められる力を持ってる。私達は・・・・そしてこの世界も・・・・」



それは心に染み込んでいく、優しい言葉。
父の言葉は抽象的過ぎて、理解するには程遠くて・・・・
けれど、彼は自分に「生きろ」と・・・・・
そう、「生きろ」と・・・・・・・
優しく笑う父親を、レオナは見つめた。
「行きなさい、クロード」
瞬間、父親は真剣な表情に戻り、クロードに告げる。
クロードは苦しげに顔を歪めると一礼した。
最後まで娘を想う彼に、そして自分達を生かそうとしてくれたこの男性に。
「レオナ、行こう」
腕を引っ張って走り出す。
「! いや!離してクロード!クロード!!」
必死に訴えるが彼の力は弱まらない。走る速度も変わらない。
扉が閉まる。
中から音が聞こえる。
激しい物音。金属同士がぶつかる音。
人々の叫び声が聞こえる。
父親の詠唱の声が聞こえる。






どれ位時間が経っただろう・・・・・
暫くして、あれ程激しかった戦闘音は収まり、扉の中からは人の声は聞こえなくなった。
物音を立てる音も・・・・誰かが発する言葉も何も・・・・・





そしてその扉からは、もう誰も出て来ることはなかった。






少年と少女は走る。
外へ向かう出口へ向かって。父親が言った「生きる」という約束の為に。
出口への道のりはまだ長く、そして・・・・悪夢もまだ終わってはいない・・・・






BUCK/TOP/NEXT


------------------------------------------------------------------------------

暗い・・・・



2007/04/22