楽しい夢は、あっという間に終わってしまうの。
朝目覚めた時は、そんな楽しい瞬間から目が覚めることが不満で
もっともっと夢の中にいられたらいいのに、と幼いながらにそう思った。


だけど、楽しい夢の後にあのような悪夢が顔を出すと知っていたのなら・・・・?
そして、その悪夢からは逃げ出せないと分かっていたら・・・?


それならば私は、どんなに眠りに誘われても決して眠ろうとはしなかっただろう。
どんなことがあっても・・・・夢は見ないと


そう、誓ったのだろう。



親愛ナル少年ト少女ヘ  13






遠くから聞こえる金属音。
そしてその直後から聞こえる人々たちの悲鳴。
女性の甲高いものから、唸るような男性のものまで・・・・・。
その声はレオナとクロードの耳までしっかり聞こえた。


「何・・・・!?」
思わずレオナは胸元を握り締める。
そして、無意識に隣のクロードに視線を移した。
クロードも困惑の表情を隠しきれず、戸惑った表情でレオナを見つめている。


「今の・・・・悲鳴・・・よね?それからあの音・・・・ガラスの割れた音・・・・?」
「うん、間違いない・・・・一体何が・・・」
その後に2人の頭に浮かんだことは同じものだった。
2人は、はっとした表情で同時に口に出す。


「お父様は!?」
「父さんは!?」


父親はじめ、家族の皆はパーティホールにいるはずだ。
そのことがレオナの中で恐怖に変わる。
一体何が起こっているのだろう。
分からない、全然分からない。
ただ遠くから聞こえる悲鳴が彼女の恐怖感を増幅させる。
悲鳴が段々大きく聞こえる。
近付いてる・・・・?
一体何が・・・・?


「行かなきゃ・・・!」
そう言ってレオナが立ち上がる。
家族が、皆が心配だ。
それにパーティに出席してくれた人々。
暖かい笑顔を見せてくれた彼ら。
危険が迫っているのかもしれない。
何が?
そんなことは分からない。
どうして?
そんなの知ったことか。
レオナに分かることは、このままでは家族が、皆が危険なのかもしれないということだ。
だから自分は・・・・



音のする方に向かおうとしたとき、レオナの手をクロードが掴んだ。
目を見開いて振り向くとクロードが険しい顔をしてレオナを見つめている。
「離して!」
「あぶない、危険だ」
「行かなきゃ!」
「でも危険だ・・・!」
強い力で手を握り締めるクロードをレオナは睨んだ。
「じゃあここで待ってろって言うの!?あの音は普通じゃないわ!お父様たちに何かあったのかもしれないのよ!」
「だけど危険だ!聞いただろう、あの悲鳴を・・・!普通じゃないことが向こうで起こってる・・・!」
「じゃあ、そのままにしておけって言うの!?お父様たちが危険な目にあってるかもしれないのに!?」
「君が危険だって言ってるんだ!!!」
クロードが声を荒げて、思わずレオナは言葉を失った。
目を見開いてクロードを見つめる。
「・・・・・私・・・・?」
「今日は何の日か、忘れた訳ではないだろう?」
静かな声でクロードは続ける。
「私の・・・誕生日・・・・」
「そう、スタルウッド家の令嬢が初めて表立って姿を現す。そのことは、皆知っている」
「私を狙ったものだって・・・・そういうこと?」
「その可能性が高いと・・・・僕はそう思う」



静かなクロードの視線がレオナを射る。
それは普段の穏やかな彼とは違ったもので、真剣な表情でレオナを見つめていた。
「・・・・・だったら・・・・もっと行かなきゃ」
「レオナ!」
「私が・・・・私を狙ったものだとしたら・・・・私が出てくるまで、これは続くのでしょう?」
「・・・・・」
「だったら、行かないと」
「でも・・・!」
「貴方は自分の家族が心配じゃないの!?」
なおも止めようとするクロードに、今度はレオナは声を上げた。
「お父様が、お母様が、心配じゃないの!?」
目を見開くクロードにレオナは続ける。
「私は心配よ!こんなことをしてる間にも・・・・お父様たちは危険な目にあってるかもしれない・・・!怪我をしてるかもしれない!」
父は強い。
母も、兄もだ。
そんな簡単にやられたりしない。
それは分かっている・・・・でも・・・・この胸のざわつきは何だろう
心配ない、きっとそうだ。
でも、それならどうして・・・・この胸のざわつきは消えないのだろう
不安が消えないのだろう
泣きたくなるのだろう
父が、母が、兄が、ここにいないだけで不安は強まる。
顔を見ないと、無事を確認しないと、私は納まらない。



「どうしても行かせないのなら私は貴方と戦ってでも向こうにいくわ」
無意識にレオナの足下に魔方陣が広がる。
彼女の表情が悲しげに歪んだ。
クロードは暫くその魔方陣を見つめていたが、息を軽く吐いてレオナの手を掴んだ。
「!? 離して!」
「レオナ」
「私は行くの!だから離して!!離しなさい!!」
「落ち着いて」
静かな声が聞こえてレオナは手を振り解くのを止める。その声に思わず目を見開いた。
クロードを見つめると、彼の真剣な視線とレオナの視線がかち合った。
ふっとクロードが目を細める。
「行こう」
「・・・え?」
「皆の所へ・・・行こう」
「クロード!」
歓喜の声を上げるレオナにクロードは優しげに微笑んだあと、再び表情を引き締める。
「僕も・・・・父さんと母さんが心配だ」
あの2人のことだ。
大丈夫だとは思うけれど・・・・・
心配じゃないなんて嘘だ。
大切な2人。
失いたくなんてないんだ。
きっと大丈夫・・・・それでも漠然とした不安がある。
どうか、無事で。
何事もなく・・・・



駆け出そうとしたレオナの手をクロードは優しく握る。
「クロード・・・?」
「約束して、レオナ。一人で走らないで。この手を・・・絶対に離さないって約束して」
真剣な声音にレオナは頷く。そして、握られた手を力を込めて握り返した。
「貴方もよ、クロード。離さないで・・・・」
「うん」
微笑んで頷くクロードにレオナは頷くと、2人は声が聞こえる方向へ向けて駆けた。








目の前に広がっていたのは、目を覆いたくなるような光景だった。
先ほどの華やかな空気をもっていた広間・・・・そこには沢山の人々が倒れている。
大きな窓ガラスは全て割られ、テーブルに乗っていたたくさんの料理もひっくり返され・・・・
そして床には倒れている人々のものであろう・・・・真っ赤な液体がシミを作っていた
人々は苦しげな表情のままその場から動かない・・・・
レオナはすぐ傍に倒れている老人へを駆け寄った。
「一体誰がこんなこと・・・・大丈夫!?しっかりして!!」
力の限り声を上げるが、彼から返事はない。
「・・・・・死んでる」
クロードの言葉にレオナはびくっと肩を揺らした。
老人は目をカッと見開いたまま息絶えていた。
その表情には恐怖と・・・・何故自分がという困惑の色が見える。
胸からは血を流しており、恐らくはこれが死因だろう。
何か刃物で突き刺されたのか。
「どうして・・・・こんな・・・・」
声を震わせてレオナは辺りを見回す。
先ほど声を掛けてくれた紳士。
贈り物を手渡してくれた少年。
優しく微笑んでくれた貴婦人・・・・・
「や・・・・いや・・・・・何で・・・・」
穏やかな表情で倒れている者なんて、一人もいない。
その顔は皆・・・・苦しみと、恐怖と、悲しみと・・・・止まることのない負の感情・・・・
「レオナ・・・」
クロードが冷静な声で彼女の名前を呼ぶ。
「何が起こったのかは分からない・・・・・でも・・・・・」
静かに少年は奥へと視線を移した。
奥からはまだ激しい音が聞こえる。
人々の叫び声が聞こえる。
レオナとクロードは奥へと駆けた。
手をしっかりと握り・・・・互いの存在を確かめるように。





「お父様!!」
2人が奥の部屋へとたどり着いた時、レオナは目の前で何かが崩れ落ちた光景を見た。
視線を下へと移すと、柔らかいドレスを着た女性が倒れている。
パーティへの招待客。
女性は目を見開き、その目からは涙を流しその場に横たわっていた。
「・・・・・っ!」
思わず息を呑む。
女性を殺した人物はその声にレオナへと視線を移した。
黒い装束で身を纏った兵士・・・・。手には長剣を持っている。
その長剣は、赤黒い液体で汚れ、剣の先端からはポタポタと雫が落ちる。
それは先ほどの女性の・・・・・・
兵士はそれだけではなかった。彼と同じような姿の人物が5〜6人ほど目に入る。
招待客は能力で応戦しているが、簡単に兵隊の剣で弾かれてしまった。
その事に目を見開き、そのまま剣で貫かれる。
辺りに、血飛沫が舞った。
「これはこれは・・・・ようやくお越しいただいた・・・・・」
女性を殺した兵士がレオナに向かって薄い笑顔を見せる。
その笑顔は冷たく、そしてどこか狂気にもしたような笑顔だった。
レオナは恐怖に歪んだ顔で兵士を見る。恐怖のあまり声も出ないようだ。
とっさにクロードがレオナを背にして、庇うように彼女の前に立つ。
しかし、兵士は攻撃しようとせずに大きな声で笑う。
「はははははははは!!!!!そんなに騎士気取りしても無駄なこと・・・・!!ひよっこの王子様、君にはお姫様は守れない!!」
嘲笑うような声。そして兵士は更に高らかに声を上げた。



「レディ・スタルウッドを発見!!!!ここに!!ここにいるぞお!!姫君発見!ここだ!ここだあああ!」
「レオナ走って!!」
兵士の声に弾かれたようにクロードは彼女の手を引き、駆け出す。
やはり、目的は彼女だった。
ここに連れてくるのではなかった・・・・・彼女から何と言われようともあの場で引き止めておくべきだった。
後悔の念が頭を支配したが、今更それを言っても始まらない。
彼女の手を引き、ひたすら駆けた。
長い廊下を走る。
辺りには倒れた人々・・・真っ赤な血・・・・
壁に、床に、手すりに・・・・・その血のシミは尽きることはない。
レオナがすすり泣く声が聞こえた。
泣いているのだろう・・・・・時々、「お父様・・・・お母様・・・・兄様・・・・」という呟きも。
クロードの目にも涙が滲んだ。
父は・・・母は・・・・・無事だろうか・・・・一刻も早く会いたい・・・・
しかし奴らの狙いはレオナだ。
まずは彼女の安全を・・・・・!!



廊下の曲がり角を曲がろうとした時、クロードの前に黒い影が現れる。
慌てて止まり、彼の背中にレオナはぶつかった。
クロードの目の前には大きな身体を持つ、黒装束の兵士・・・・
思わずレオナは「ひっ・・・!」と声を上げた。
「残念だったなあ王子様あ?お姫様を守りきれずに、ゲームは、ジ・エンドだ」
クロードは目の前の兵士を睨みつけた。
シャランと音を立てて銀の鎖を取り出す。
ここでやられるわけにはいかない・・・・クロードは鎖を宙に投げ、詠唱をしようと口を開いた。
「遅い・・・・!!!」
と同時に兵士が持っていた斧をクロードに向かって振り下ろす。
血がべっとりとついた斧・・・・
どの位の人間の血を吸ったのだろう・・・・・



「クロード!!」
思わずレオナは叫び、それと同時に兵士に向かって手を伸ばした。
「風よ!!!」
強い風が目の前の兵士へと向かう。
兵士が持っていた斧は吹き飛ばされ、後ろの壁へと刺さった。
「いい判断だ、お姫様。だが・・・・」
にやりと兵士が笑うと腰に差してあった剣をすばやく抜きクロードへと切りかかる。
「こちらの王子様はスキだらけでね!!!」
兵士のその言葉と同時にクロードは握っていたレオナの手を離した。
彼女を後ろへと追いやると素早く横に移動し、床に落ちていた長剣を握ると兵士の刃を受け止める。
この長剣は恐らく・・・・招待客が持っていたもの・・・・。
そしてその持ち主はもう息絶えている・・・・・。
クロードは足下で倒れている初老の男に小さく視線を送り、悲しげに顔を歪めた。
しかし、今は・・・・・
受け止めていた刃を押し返し、機敏な動きで相手へと切りかかる。
しかし、あと少しの所でその刃は受け止められた。



「こりゃあ驚きだ。温室育ちのお坊ちゃんという訳ではなさそうだな。こんなガキがここまでやるとはね」
「お褒めいただき、光栄だよ」
相手の言葉に冷たく返し、後ろへ飛んで間合いを取る。
その様子に兵士はにやりと笑い
「生憎、俺は騎士道精神は持ち合わせてはいないからな。清々堂々と勝負なんざ考えていないわけよ」
その笑いに嫌な予感を覚えたクロードは素早くレオナへと視線を移した。
「そう、大正解だ」
軽い調子でそう言うと兵士は素早く壁に刺さっていた斧を抜き、レオナへ向かって投げる。
「レオナ・・・・!!!!」
クロードは大きな声で彼女の名前を呼んだ。
クロードと兵士の戦闘へと意識を向けていたレオナは、突然自分へと矛先が向いたことに対し一瞬反応が遅れた。
斧はまっすぐ彼女へと進む。
間に合わない・・・!!!
咄嗟にそう思い、反射的にクロードの身体が動いた。




柔らかい金髪が揺れる。
レオナは自分に彼が覆い被さるのをスローモーションの映像の様に見つめた。
次の瞬間、床に押し倒され自分の上にクロードが覆いかぶさっている重みを感じる。
「クロード・・・!!!」
声を上げて彼の下から抜け出ると息を呑んだ。
彼の背中は斧によって切られ、血を流していたから・・・・。
白いシャツは切れ、血で背中がみるみる赤く染まる。
「嫌だ!クロード!!やだ・・・!!!起きて、しっかりして!!!」
大声で彼に呼びかける。
しかし、彼の反応はなかった。
血の気のない青白い顔を見て、レオナは目を見開く。
先ほどの広間での死体がフラッシュバックする。
そんな・・・・いやだ・・・いやだ・・・・!!!
いやだいやだいやだいやだ!!!!
瞳から涙が溢れる。
彼の背中に触れると、生温かいものがべっとりと手に付いた。
その感触に思わず息が止まりそうになる。
これは・・・・・何・・・・?
血・・・・・?誰の・・・・・・・・?
彼のものだ。
自分に世界の暖かさを教えてくれた・・・・彼のもの。





「王子様はお姫様を守れず、死んでしまいましたとさ。めでたしめでたし」
軽い口調の声が聞こえる。
レオナははっとして顔を上げた。
兵士が薄く笑ってレオナとクロードを見下ろしていた。
「さあ、お姫様はどうする?王子様の後を追って死んでしまったりするかあ?それとも・・・・」
兵士の目が鋭くレオナを捉える。
「大好きな王子様がいない、この世界なんて無くなってしまえばいいと思ったりするのかなあ・・・?」
兵士の口元がにいっと上がる。
なんて汚い笑い方をするのだろう・・・・
涙を流しながらもレオナはきっと相手を睨みつける。
こんな奴・・・・こんな奴にこんな奴にこんな奴に・・・・・!!!
憎しみのこもった瞳で相手を見つめる。
手を伸ばし、震える声で詠唱した。
するどい風の刃が相手へと向かう。
兵士はその刃を造作もない動きで交わした。




「なーんだ・・・・こんなもんか」
兵士の声にレオナは目を見開く。
「もうちょっと強い力でも持ってんのかと思ってたけど・・・こんなもんなのね。だったら別にお前でなくてもいいんじゃないの?」
彼の言葉の意味が分からず、レオナは戸惑ったように相手を見つめる。
こいつは一体何を言っているのだろう・・・・・!!
「代わりはいくらでもいるんだろうし・・・・そろそろ王子様と仲良くあの世にでも行っちゃって」
そう言うと、少女に向かって刃を振るう。




時が止まったように・・・・・感じた。



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(初めまして、永遠へと続く悪夢よ)





2007/03/30