暖かくて、優しくて・・・・
光の暖かさというのは、このようなものなのかと・・・私は思う。
こんな光がずっと、ずっと続けばいいと
本当に、そう・・・・願ったの。
親愛なる少年と少女へ 12
両手に食べ物や飲み物を持って、レオナとクロードは人の輪から外れた場所に腰を下ろした。
先程の父親の言葉が、まだ胸に残っている。
レオナの心臓がドキドキと脈打つ。
「彼が、将来結婚する定めの者だよ。」
父親の言葉を思い出して、レオナは顔を赤く染めた。
頬に触れてみると、そこは熱かった。
そのことが、ますますレオナの熱を上げる。
その様子を見てクロードは照れくさそうに笑った。
「ごめんね・・・・婚約のこと、黙っていて・・・・」
クロードの言葉にレオナは彼に視線を移した。
クロードの申し訳なさそうな表情を見て、小さく首を振る。
「・・・・いいの。貴方が考えそうなこと・・・・なんとなくだけど、分かるから」
きっと、私の事を心配してくれたのだ。
”外”に触れたばかりの自分。
・・・・・まだ不安定な自分。
私に気を遣わせまいと、黙っていてくれた。
自惚れかもしれない・・・・・でも、そう思う。
彼は、優しい人だ。
レオナの言葉を聞くと、クロードは小さく目を見開き、そして優しく目を細めた。
「ツイン家って・・・・召喚能力を持つ唯一の家系って聞いたけど・・・・」
レオナの言葉にクロードは頷く。
「うん、一応ね」
今更ながら思い出したが、ツイン家も相当な名家の一つだ。
恐らく5本の指に入るであろう名家。
唯一、召喚能力を有し「生き物に愛された証」を持つ家系。
自分の家も名家なのだという。
しかし、レオナは有名な5つの名家の中の後の3つの家系を思い出すことが出来ない。
勉強したはずなのだが・・・・・
忘れてしまったようだ。
まあ、後々思い出すだろうとレオナは考えるのを止めた。
「だから、セヴァを仲間に出来たのね・・・・みんなで一緒に遊びに行ったりするの?」
レオナの問いにクロードは暫く考えた後苦笑する。
「まあ、最近は・・・ね」
「最近?」
「うん、小さい頃は礼儀作法や勉強やらで結構大変だったから・・・・悪戯する暇もなかったよ」
クロードの言葉に、レオナは「そう・・・」と頷く。
クロードはツイン家の跡取りなのだ。
確かに跡取りともなれば、いろいろな教育を施されるのだろう。
レオナも跡取りではないが、スタルウッド家の長女として恥じない程度の教育は受けてきた。
そう言えば小さい頃、兄のアルダは家庭教師の目を盗んで家を抜け出していたことがあったような・・・・
「まあ、今はよく、皆と一緒に遊びに行ったりするけどね」
そう言ってクロードは笑う。
その笑顔につられて、レオナも目を細めた。
「セヴァを呼ぶ?」
「え?」
「会いたいんじゃないのかい?」
クロードの言葉に、レオナは暫く考えたが首を振る。
「今はいいわ」
「どうして?」
クロードの問いにレオナは一瞬躊躇した。
心臓が、大きく脈打つ。
自分の心臓はどうしてしまったのだろう。
ああ、彼と出会ってから自分の心臓はどこかおかしくなってしまったのではないか。
「・・・・貴方と一緒にいたいから」
レオナの小さな呟きを聞き取ったクロードは一瞬目を見開くがその後、嬉しそうに笑う。
「うん・・・」
「貴方の話が聞きたいから・・・・」
「うん」
「ねえ、もっと話して?貴方が見てきたもの・・・・私に教えて?」
世界の冷たさ、暖かさ、楽しさ、悲しさ、くるくると変わる、この世界の美しさをもっと教えて?
「うん・・・・」
もっと笑って?
私・・・どうしてだか分からないけれど、貴方が笑うとドキドキするの。
心臓がうるさく鳴るの。
顔がどうしようもなく熱くなるの。
でもね、とっても・・・・・・
とっても嬉しいの・・・・・・・
「・・・貴方と一緒にいたいから」
レオナの呟きを聞き取った時、クロードの中で嬉しさがこみ上げる。
婚約者と分かって、距離をおかれてしまうんじゃないか・・・・どこかそんな恐怖があったから。
だけど、彼女は離れて行かなかった。
それが・・・とても嬉しい。
心臓がドキドキと脈打つ。
『貴方は、ずっと恋してる。ずっと前からよ?顔も見たことのない彼女に』
母親が自分に言った言葉が頭を過ぎった。
・・・・うん、そうだね。
ずっと、ずっとだ。
まだ見ぬ君に、恋してた。
意志の強い瞳も、世界に怯える儚げな表情も、気高い物腰も、全て・・・・・。
でも、でも一番好きなのは・・・・
「好きだ・・・・」
小さなクロードの呟きに、レオナは目を見開く。
「・・・・・クロード?」
「君の笑った顔が、一番好きだ」
もっと、もっと笑ってほしい。
声を上げて、幸せそうに笑ってほしい。
クロードの言葉を聞いたレオナは、一瞬呆然としたがすぐに目を細める。
「私も、貴方の笑顔が一番好き」
もっと笑って?
私の好きなその表情を、もっと見せて?
貴方が笑うだけで、幸せな気持ちになれるの。
それだけでいいの。
私に世界を見せてくれた、大切な人・・・・・
かけがえのない・・・・・大切な人・・・・・・
「クロードの鎖・・・・綺麗ね」
セヴァを召喚しようと取り出した鎖を片付けようとしたのを見て、思わずレオナは言った。
それを聞いて、クロードは鎖を片付ける手を止める。
「ありがとう、今は銀色だけど、もっと成長したら金色の物が貰えるって言われたよ」
嬉しそうに笑うクロードに、更にレオナは問いかける。
「金色?クロードの持っている銀色とは違うの?」
「金色の鎖は、ツイン家当主の証なんだ」
クロードの言葉に、レオナは息を呑む。
「当主だけ、金色の鎖を持つことが許される。召喚鎖には金・銀・銅の3種類があってね、銅は修行用なんだ」
通常の人は銀だよ、と付け加えてクロードは笑う。
「父さんの力は凄いんだ。僕は父さん程の力を持てる自信はないんだけどね」
それでも、自分が成長した時は、この鎖を渡してくれると父親は自分の目を見て言ってくれた。
だから、頑張るのだ。
父親に認めてもらえるように・・・・・
この家の血を護れるように・・・・・
「金色と銀色の違いは?」
レオナの言葉に、クロードはうーん・・・・と唸る。
「契約出来る魔物の数が圧倒的に違うかな。銀の鎖には契約数に限りがあるけど、金の鎖にはない」
もちろん、能力者の力量によるけれどねと付け加える。
父親と契約している魔物は20匹を越えているはずだ。
魔物との契約には、強い精神力が必要だ。
能力の高さに加えて揺るぎない、強い想い。
能力の高い魔物と契約を結ぶ程、その力は必要になる。
「他の力は僕には分からないけれど・・・・・」
そう言って苦笑したクロードに、レオナは頷いた。
「レオナは風の能力だよね?」
「うん」
「スタルウッド家は風の力で有名だから」
そうなの?と首を傾げるレオナにクロードは頷く。
「能力は、風だけなの?」
「そうよ?どうして・・・?」
「いや、ごく稀に母方の能力も受け継がれる時があるんだよ」
まあ、常識的に考えればありえないことだけどね、とクロードは笑う。
一つの身体に一つの能力が受け継がれること事態も、確立が低く、そして身体に負担のかかることなのだ。
それが二つの能力が受け継がれたら・・・・・?
それこそ、化け物と呼ばれてしまう。
身体を破壊してしまうようなものだ。
これまでに、聞いたことがあるのだ。
一つの身体に二つの能力を授かって生まれてきた能力者。
しかし、その子どもは大抵物心つくまでに死んでしまう。
身体の中で、二つの力を制御しきれないからだ。
能力同士が暴走して、身体を殺してしまう。
これは、能力者の親が悪いわけでも、子どもが悪いわけでもない。
・・・・・・単に、運が悪かっただけなのだ。
そんなリスクを、自分達は背負っている。
それだけだ。
・・・・・・自分は、どうしてこんな事を彼女に話したのだろう・・・・
そんな疑問が浮かんだが、小さく首を振る。
きっとそれは彼女が、あの能力の高いスタルウッド家の出身だから・・・・だろう。
特に気にする必要もない。
クロードはそう思って息をついた。
「今度、一緒に出かけよう?」
「え?」
「ラーヴェルに乗って、また・・・・いろんな所に出かけよう?」
クロードの言葉にレオナは目を輝かせる。
いろいろな所・・・・・ああ、どこだろう・・・・
クロードと2人、狼の魔物の背に乗って
またあの綺麗な風景を見れるのだ。
「どこがいい?どこに行きたい・・・・?レオナ」
クロードの言葉にレオナは笑顔になる。
「あの湖がいいわ」
「了解」
「それから、また町にも行ってみたいの」
「うん」
「あと、海も・・・・!」
「ここからは少し遠いよ」
「魔物に乗ればすぐでしょう?」
レオナの言葉に、それもそうだね・・・と頷く。
「それから、山にも行きましょう!」
「海の次は山かい?」
凄いな・・・・と笑うとレオナも笑顔になって頷く。
「それから、それから・・・・・」
「レオナ、無理して考えなくていいよ」
うーん・・・と考え込むレオなの表情にクロードは笑う。
「クロードの住んでいる町にも・・・!」
その言葉に、クロードは目を見開く。
その表情を見て、レオナは心配そうに眉をひそめた。
「・・・・・だめ?」
「いや、駄目じゃないけど・・・・・」
クロードは慌てて元の表情に戻って笑う。
だって彼女が、自分の町を出て、他の町に行きたいなんて・・・・・・・
そんなこと、考えもしなかったから・・・・・・
「自分の町から出て・・・他の町に行くのは・・・怖いんじゃないかい?」
君は、ずっと世界を怖がって・・・・・
やっとその世界に足を踏み入れたばかりなのに・・・・・
「・・・・・本当は、少し怖いの。ううん、少しじゃなくて・・・・結構まだ怖いの」
「なら・・・・」
また今度にしよう?そう言おうとしたクロードの言葉はレオナに遮られる。
レオナは人差し指をクロードの口元に当て、にっこり笑った。
「でも・・・・・傍に、いてくれるでしょう?」
「レオナ?」
「怖いときも、手を握ってくれるでしょう?」
あの時みたいに。
町に出たとき、怖がる私の手を握って「前を向け」と言ってくれたみたいに。
暫く呆然をしていたクロードは、やがて目を細めて笑った。
ああ、こんなにも彼女は大切だ。
こんなにも、愛しい・・・・
「もちろん」
その言葉にレオナは笑う。
こんなにも光は優しくて、暖かくて、幸せな気持ちになる。
大切にしたいと・・・・そう思う。
レオナとクロードがお互いに笑いあった時、遠くから激しい金属音が響いた。
続けて聞こえる、人々の悲鳴。
嫌な予感が、胸を過ぎった。
暖かな記憶は終わる。
夢は終わる。
夢なんて、一瞬で消えてしまうの。
なくなってしまうの。
私達の運命の歯車が・・・・音を立てて回り始めた。
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(暖かな夢は消えてしまって、悪夢が笑いながら顔を出す・・・・)
2007/02/08