何度だって誓うわ。
何度だって願うわ。
それは旅が終わるまでの己への誓い。
それは、永遠の愛の詩
幸せを願って
陽が沈もうとしている・・・・茜色から紫へと変化しつつある空を見ながらリョウは息を吐いた。
石畳の道に光が反射して、彼の顔を照らす。
昼間のレオナの顔が、頭に残って離れない。
知らなかった。
いや、当然だ。彼女はこれまで何も言っていなかったのだから。
でも・・・・・
「・・・・きっついなあ・・・・・」
何に向けられた言葉なのか。
それすら自分には分からない。
彼女の過去に対してだろうか。
それともクロードの秘密に対してだろうか。
それとも7年前からZEROが関係していたという事に対してだろうか・・・・・
きっと、全部だ。
2人が抱えていたものが余りにも重くて・・・・・
思わず息を吐いた。
「リョウ・・・・」
声をかけられて、リョウは振り向く。
そこには美しい蒼の髪を持つ少女。
「ルカ・・・・・」
ルカはリョウの言葉に小さく笑って、リョウの隣に立った。
「帰ってこないから・・・・心配したよ?」
「ご、ごめん・・・・」
「って言ってもレオナとクロードは部屋の中。サクラさんもどこかに出かけてしまったのだけど」
クスクスと笑ってルカはリョウを見る。
レオナの話が終わった後、皆沈黙してしまって・・・・。
何と言っていいのか分からなくて、黙っているリョウにレオナは静かに言った。
「何かを言ってほしいのではないから・・・・そんな顔をしないでちょうだい」
その声は、どこかふっ切れた様子で静かで、同時に切ない響きが混じっていて。
俯いた顔を上げると、小さく笑ったレオナが真っ直ぐな瞳でリョウを見つめていた。
隣のクロードも笑って
「聞いてくれてありがとう、皆。これで僕は・・・・前に進めるよ」
その笑顔は柔らかく、そして同時に何かを秘めたもの。
「レオナとクロード・・・・大丈夫かな・・・・」
ポツリと言ったルカにリョウは視線を移す。
「自分が抱えているものを話すのは・・・・とても勇気のいること・・・・2人とも凄い・・・・」
「うん・・・・」
「でも・・・・」
そこでルカは言葉を切り、そっと視線を下へ移す。
「無理しないといいけれど・・・・・」
「ルカ・・・・」
どうか抱え込まないで。
悲しい過去を聞かせてくれた。簡単に癒えないであろう傷だと知った。
話した事で前に進めると言った。
でもどうか、でもどうか無理はしないで。
傷が癒えるのには時間がかかるから、ゆっくりと・・・・・ゆっくりと癒して。
「力になれることがあったら全力で2人を支える・・・・僕らは仲間だもの・・・ね?ルカ」
静かな言葉にルカは隣を見上げる。
「2人の傷の痛みは2人しか分からない。でも・・・・支えることは出来ると思うんだ」
にっこり笑ってリョウは言った。
彼らが抱えているものは余りにも大きすぎて・・・・・
けれど支えたいと思ったのも、揺るぎない真実。
「うん・・・・!そうだね!」
リョウの言葉にルカは柔らかく目を細めた。
涼しげな風に彼女の蒼の髪が舞う。
リョウの、「戻ろ」との言葉にルカは頷いた。
リョウに続いて踏み出した時に・・・・
『行くな』
「え?」
「どうしたの?ルカ」
振り返った少女にリョウは怪訝そうな顔で問いかけた。
その問いにルカはゆるゆると首を振る。
「何でもない・・・・・」
そう言って再び歩を進める。
頭の隅で、先ほどの声を確かに聞きながら。
私は・・・・あの声を知ってる・・・・・・
宿屋から離れた噴水広場。
水飛沫を見つめながら、サクラは橙色の瞳を細めた。
普段付けている眼鏡は手に持って、口元は不敵に歪められる。
己の過去を話したあの少女に対し、同情したか?
己の時間と姿を奪われた少年に同情したか?
答えはNOだ。
そう・・・・NOのはずだ。
なのに・・・・・・・
「何て顔だ・・・・・」
水面に映った自分の顔を見つめ、笑う。
映っている自分の顔は今にも泣きそうで・・・・・それを見て不快感が体を支配する。
「同情した?僕が・・・・?奴らを可哀相だと?」
ありえない。
そう、ありえない。
自分を偽るのは簡単だ。
自分の気持ちを相手に悟らせずに笑顔を振りまく。
笑顔とは、一番自分を偽れるものではないかと思う。
だから自分は笑うのだ。
「何もかも隠して・・・・・それが一番いい・・・・今はまだ悟られる時じゃない」
ふと、胸元のクロスに手が触れる。
『お願い、そんな顔で笑わないでください・・・・』
『・・・・・・そんな顔は嫌いです・・・・・』
胸に響くのは彼女の声。
自分に手を伸ばしてくれたかけがえのない人・・・・。
「もう少しだから待ってて・・・・・」
掠れた声が口から漏れる。
一度目を伏せ、そして瞳を開いた。
そこにあるのは彼のいつもの表情。いつもの笑顔。
「さ、戻ろうかな!」
んーと背伸びして、そしてサクラは歩を進めた。
「大丈夫?レオナ・・・・」
宿屋の一室。声をかけられて、レオナは振り返った。
金髪の少年が心配そうに眉を寄せ、こちらを見ている。
心配性だ・・・・レオナは小さく息を吐いて口元を上げた。
「貴方こそ」
その言葉にクロードは小さく首を傾ける。
彼はいつもそう。
相手の心配ばかり。
自分の事をほったらかしで、私の事ばかり心配してくれる・・・・
嬉しいけれど、それが同時に歯がゆいのだ。
「心配かけて、ごめんなさい・・・・あの鎖があったから・・・吃驚しちゃって。同時にパニックになってしまったみたい・・・」
駄目ね、と小さく笑んでレオナはベッドに座っているクロードの隣に腰掛けた。
「もう、大丈夫よ・・・」
「レオナ・・・・・!」
思わずクロードが声を上げた。その声に何かを感じて、レオナはそっとクロードの頬に手を伸ばした。
「私は・・・・貴方の方が心配・・・・」
「何言って・・・・」
「貴方はいつも、私を守るために必死だった。壊れそうな私の心を繋ぎとめておいてくれた。泣きじゃくる私を
抱きしめてくれた・・・・でもクロード・・・・・」
レオナの視線がクロードを捉える。
お互い一歩も動かずに時が流れる。
「私はこれまで、貴方が声を上げて泣く所を一度も見てないの・・・・・・」
「な・・・・」
「一度も見ていないのよ・・・・クロード・・・・・」
いつも支えてくれた。
励ましてくれた。
抱きしめてくれた。
でも彼は何も求めない。
彼は絶対に声を上げて泣かない。
取り乱したりしない。
でもそんな貴方が、一番・・・・
一番心配なのだ。
「ごめんなさい・・・・・ごめんねクロード」
「レオナ、どうしたの?」
「ごめんね・・・・」
戸惑った様子で問いかけるクロードにレオナはごめんねを繰り返す。
「お父様の鎖を見て一番苦しいのはクロードなのに、私がしっかりしていないから・・・・ごめんね・・・・ごめんなさいクロード
クロードが一番泣きたいはずなのに・・・・ごめんね・・・・」
その言葉にクロードは目を見開いた。
父の鎖。
金の鎖。
今でも忘れることは出来ない。
兵士が自分へと投げて寄こした、あの鎖。
それにべっとり付いていたのは自分の愛する父の・・・・・
「・・・・・っ!!」
思わず声を上げる。
忘れたことがあるものか。
あの時の感触。
金に映えた、あの紅・・・・・
強張った表情でクロードは自分の手を見つめた。
あれから7年経った。
けれど、あの感触はまだしっかり残っていて
あの記憶も色あせることはない。
「レオナ・・・・・・」
恐怖の表情で彼女を見つめるクロードをレオナは思いっきり抱きしめた。
穏やかで、優しい彼。
彼はいつだって前を向いて
いつだって自分を守ってくれた。
でもね
でもね聞いてクロード。
私だって貴方を守りたい。
それはもう、7年も前から決めていたことなの。
「変われたかな、私達・・・・・」
抱きしめる手に力を込めて、レオナは囁く。
瞳からは涙が零れて、けれどそれを拭うことはせず・・・・・
「変われたよね・・・・・リョウ達に話す、勇気が持てた。変われたよね?私達・・・・・」
囁くように、確かめるようにレオナは呟く。
罪悪感も消えない。
悲しみも痛みも、まだ胸にしっかりと残る。
私はまだ、償いを探している。
けれど・・・・・
「私達、少しだけ・・・・あの頃よりも・・・強くなれたよね?」
少女のその問いかけに、金髪の少年は目を大きく見開いた。
淡いグリーンの瞳から、涙が零れ落ちる。
自分を抱きしめる少女の背にそっと手を回す。
何かにすがるように、少年は泣いた。
大きな声は上げないけれど、声を殺して肩を震わせて・・・・・
「ありがとう、クロード。貴方がいたから私は今まで生きてこれたの・・・・・」
それは、あの事件以来始めて口にした彼への感謝の言葉。
ごめんなさいという謝罪の言葉ではなく、ありがとうという感謝の言葉。
レオナの言葉を聞いた時、クロードの背中が大きく揺れた。
ああ泣いている・・・・
彼は泣いている・・・・
私は自分が許せない。
罪の意識は消えない。
でも・・・けれど・・・・
目の前のこの人には笑ってほしいと・・・・幸せになってほしいと・・・・
そう思った。
「だからお願い・・・・貴方が私にしてくれたように、今度は貴方が思い切り泣いて?」
でないと、貴方が壊れてしまうから。
こんなことに気がつかなかった私は、何て愚かだろう。
彼に泣く場所を作れなかった私は何て馬鹿だったのだろう。
日が暮れて、リョウとルカがそっと部屋を覗くとクロードを抱きしめて眠るレオナの姿があった。
2人の表情はとても穏やかで、思わずリョウとルカは笑みを漏らす。
「おやすみなさい」
とても辛い1日だったから、どうか今日は安らかに。
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(それぞれの胸に想いを秘めながら、夜は更けていく・・・・・)
2007/10/28