よく笑う人だ・・・・
初めて出会った時の印象は、と聞かれれば間違いなく私はそう答えるだろう


私に近づこうとする、おかしな”外”の者。
それだけの存在


「クロード」


本当にそれだけの存在だったんだ。
この名前が後にかけがえのないものになるだなんて、今の私には想像がつかなかった。


だけど、その兆候は確実に私の中に芽生え始めていたんだ。




親愛なる少年と少女へ  9  〜 揺るぎない事実を 〜





繋がれた手。
クロードの言葉に目を見開いて彼を見つめていたレオナは、しっかりと握られていた手に視線を移し
うっすらと頬を朱に染めた。
その様子にきょとんとした表情のクロードは、一拍置いて自分の手を見る。
そして、はっと息を呑み手を離した。



「ご、ごめん・・・!!!」
「・・・・別に」
慌てて謝るクロードにレオナは淡々と返事を返す。
しかし、その声は少し裏返っていた。
その事にレオナは密かに眉を寄せたが、すぐに元の表情に戻る。



「・・・・・裸足だ・・・・」
ふと、クロードはレオナの足元を見て呟いた。
その言葉にレオナは小さく息を吐く。
「当たり前でしょ、2階から降りてきたんだから」
レオナの言葉にクロードは苦笑する。
「降りてきたんじゃなくて、”落ちてきた”んだろう?」
その言葉に、レオナはぎっとクロードを睨む。
誰のせいだと思っているのだろうか。
それに気づいたクロードは、即座に両手を上げて
「失礼、レオナ嬢」
それでも顔は笑っていた。




「靴を取ってきたらどうかな?」
「別にいいわ」
「どうして?」
「すぐに部屋に帰るから」
レオナの言葉にクロードは目を見開く。
その表情を見て、レオナは薄く笑った。



「勘違いしないで。私は”外”に出るつもりはないの」
「どうして?」
どうして・・・・?答えは決まっている。
「見る必要がないからよ」
自分は安全なこの家で暮らすのだ。
一生、ここから出るつもりはない。
その気持ちは、今でも変わらない。
そう思うと同時に心が揺れた。
だけど、気持ちは変わらない。
ずっとここにいるのだ。
ここは私を守ってくれるから。
クロードに視線を移すと彼はレオナを見つめて黙っている。
悲しげな表情の彼に心がざわついたが、レオナはその心を押さえつける。



「これからは、失礼な発言に気をつけることね」
そう言って彼に背を向ける。
クロードが息を吐く音が聞こえた。
・・・・・呆れているのだ、私に・・・・・・
頑なな私に・・・・・
ズキンと胸が痛くなった気がした。
思わずその部分に手を置いてみる。
・・・・・・痛い
心が・・・・・痛い・・・・



どうして・・・・?











『勘違いしないで。私は”外”に出るつもりはないの』
レオナのその言葉を聞いた時、クロードは驚いて目を見開いた。
同時に感じた。
彼女の、外に対する異常な恐怖。
だけど、変化しつつある感情。
揺れ動いている感情。
クロードは肩に乗っている白い魔物に目を移した。
だって・・・・・気持ちに変化がなければ、彼女がセヴァを守ったりするはずがないのだから。
”外”の世界の住人であるこの魔物を、彼女は守ろうとしたのだ。
辺りに散らばった本や置時計を見て、クロードは目を細める。
レオナはもう自分に背を向けていた。



必要なのはきっかけなのだ。
もし、それでも彼女が外に出るのを拒めば・・・・仕方がない。
自分には彼女に強制する資格はないから。
そう、そんなもの誰にもない。
決めるのは彼女。
だから、せめてそのきっかけを。
何も見ないで、決めつけてしまうのはあまりにも早いから。



クロードは息を吐いた。
こんなことしたら、嫌われてしまうだろうか。
いや、元々嫌われているのだから今更か?
だけど、これ以上嫌われるのは嫌だな・・・・・・・




だけど・・・・・









突然、シャランという心地よい金属音がしてレオナは思わず振り返った。
少年が持っているのは、美しく光る銀の鎖。
古代文字が彫ってあるそれは相当古い時代のものであるだろうが、そんな年月など感じさせないほど
美しく輝いている。
太陽の光がその鎖に反射し、レオナは思わず目を細める。
クロードは高く、その鎖を宙に投げた。
鎖は自然を輪をつくり、宙に浮く。
その時、クロードの足元に魔方陣が現れた。
淡いグリーンの魔方陣だ。



・・・・・能力・・・・!?
レオナは思わず息を呑む。




「古の血の契約の元、ここに集え我が友よ。月下の誓いより汝の望み叶えんことを」
穏やかな声で詠唱を行うクロードから、レオナは目を離すことが出来なかった。
彼の魔方陣が輝きを増す。
同時に鎖の輪の中からも光が溢れた。



「ここに来たれ、エザード=ウルフ、ラーヴェル・・・・・!」



少年の言葉と共に輪の中からグレーの毛並みを持つ魔物が現れた。
体は通常の狼よりも大きい。
人が背に乗れるのではないだろうか
その外見は名前の通り狼そのもので・・・・・
しかし日の光に輝くその毛並みの色は灰色というよりも銀色に近く、鋭い金の瞳にレオナは目を奪われた。
そして、その後クロードに視線を移す。


この人・・・・召喚能力者・・・・・・?


能力者にもさまざまな者がいる。
能力とは自然からの恩恵。
だから、能力者の中には自然の力を有するものが多い。
レオナの家系もその一つだ。
しかし、稀に自然の能力以外をもつ能力者が存在する。
初めに受けた、恩恵としての能力が受け継がれた時に何らかの変化をもたらしたのだ。



でも召喚能力者は違う。
これは変化したものではなく、元々この能力だったという。
「生き物に愛された証」
そうレオナの父親は言っていた。
生き物達が愛する気持ちを能力に託し、その人間に与えたと。


確か、唯一召喚能力をもつ家系があったはずだ・・・・
残念ながら、思い出せないが。





そうレオナが思いを馳せていると、ふとクロードと目が合った。
目を細めて笑った彼をレオナはじっと見つめた。
目が離せない。
心臓がドクンと大きく脈打った。



「失礼、レオナ嬢」
「は?」
突然のクロードの言葉に思わずレオナは間の抜けた声を出す。
そして、次の言葉を出そうとした瞬間レオナの体が宙に浮いた。
クロードがレオナを抱き上げたのだ。




「なななななな・・・・・・!!!」
何するのよ!と言おうとしたが言葉が出ない。
レオナは顔が真っ赤になるのを感じた。
クロードはレオナを、先程召喚した魔物の背に乗せる。
「・・・・!!?」
混乱しているレオナの後ろに何でもない様子でクロードも魔物の背に乗った。
「あなた・・・!!」
声を上げようとしたが、少年の顔が至近距離にあり思わず言葉を飲み込む。
綺麗な少年だ、と思った。
「これなら靴は必要ないよね?」
穏やかな声で言ったクロードにレオナは目を見開く。




「ちょっと待って、何言ってるのよ!」
「ラーヴェル、頼むよ」
「聞きなさいよ!!」
「行って」
レオナの言葉を聞かずに、魔物はクロードの言葉で駆け出した。
あまりのスピードに、思わず悲鳴が出る。


「いやあああああ!!!!!」
「毛をしっかり握って?落とされるよ?」
相変わらず穏やかな声で、しかしどこか笑いを含んだ声でクロードが言う。
レオナは魔物の毛をしっかり握ったまま、力の限り叫んだ。





「このっ・・・・! 人攫い━━━━!!!!!」















どの位走っただろう。
魔物の足は、ある場所で止まった。
ずっと目を瞑っていたレオナは、魔物の足が止まると同時に恐る恐る目を開けた。
「レオナ嬢」
クロードの声にはっと目を見開く。
そうだ・・・、私は・・・!
「ちょっと貴方、どういうつもり・・・・」
「見て」
掴みかかろうとしたレオナをクロードが制す。
レオナは不機嫌な顔のまま、クロードの指差した方に視線を向けた。





目の前の光景に、思わず目を細める。
「・・・・・・・わあ・・・・・・・・」
思わず、声が漏れた。





目の前に広がるのは一面の湖で、太陽の光を受けてキラキラ輝いている。
その周囲に広がるのは、青々とした森。
湖の水はとても透き通っていて、底が見えそうだ。
足元の芝生は風に乗って揺れる。
ひんやりとした、冷たい風がレオナの髪の毛も揺らした。


こんなに綺麗な風景を、自分は見たことがあっただろうか・・・・・
透き通るような湖・・・・・
こんなに美しい風景を私は知らない。




クロードは自分の着ていた上着をレオナに掛ける。
レオナは一瞬クロードに視線を移したが、すぐに湖に視線を移した。
風が、木々の葉を揺らす。
葉が湖の上に落ちて、湖に波紋をつくる。
たったそれだけの事なのに、まるで何かの儀式のように神聖で・・・・・
とても美しい・・・・。
レオナはその様子を瞬きもせずに見つめていた。







「レオナ嬢」
声がして視線を向けると、クロードは魔物から下りていた。
彼は微笑んでレオナに手を伸ばす。
一瞬躊躇した。
しかし、暫くして彼女はそっと、恐る恐る少年の手に自分の手を重ねる。
暖かい・・・・・・
思わずレオナは目を細める。
辺りはひんやりとした空気なのに、重ねた手は暖かい。
レオナはクロードの手を握り、ゆっくりと魔物から下りた。
重ねられた手はそのまま。
温もりはそのままだ。
とても暖かくて、優しい。
ふと、目が合った。
少年のグリーンの瞳が細められる。
口元が優しく弧を描く。






心臓が、高鳴った。







「この町に到着して君の屋敷に行く途中に、ここを通ったんだ」
思わず馬車を止めて、暫く魅入っちゃったよとクロードは笑う。
「とても綺麗だと・・・・・思わない?」
その言葉にレオナはクロードに視線を移す。
そして再び湖を見つめた。
穏やかな風景。
静かで、どこか神秘的で・・・・ここに入ることは許されないような
そんな風景。


こんな場所を私は知らない。
こんな風景、私は見たことがない。
兄が買ってくれた本にも、こんな湖はあっただろうか・・・・・



「・・・・・・れい・・・・・・・」
「え?」
レオナの小さな呟きが聞き取れなくて、クロードは問い返す。
レオナは暫く黙っていたが、クロードの方を向くと小さな声で言った。




「とても・・・・・綺麗だと思うわ・・・・・・クロード」
その瞬間、クロードはレオナから目を離すことが出来なかった。
彼女の穏やかな表情に
初めての微笑みに




喜びを隠せないでいた








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2006/12/01