突然の本の襲来。
ちょっと待ってよ・・・・どうしてこうなるわけ・・・?
目に映るのは、怒りの目で僕を睨みつけている彼女で・・・・
あれ・・・僕、何か気に障るようなことでもしたのかな・・・


全く、身に覚えがないんだけど・・・・・


そう思っていたら、一際大きな本が僕の額に命中した。
・・・・・本の角が。


・・・・・・凄く、痛かった。



親愛なる少年と少女へ  8    〜 その光は、やがて真実を 〜







「・・・・・・痛っ!!」
額を押さえて蹲る少年を見て、レオナは次に投げようとした置時計を投げるのを止めた。
ゴトンと音を立てて時計を床に置くと、少年を見て小さくガッツポーズを作る。


勝った・・・・。


そして、先程少年が抱えていた魔物を探すべく辺りをきょろきょろと見回した。
本を落とした際に、あの魔物は少年の手から逃げたはずだ。
その様子はしっかりと見ていた。
まだ近くにいるはず・・・・・
そう思い、目細めて周囲を見渡す。
そして見つけた。
木の後ろに見える、あの魔物の真っ白な羽。
レオナは思わず口元を上げた。




「おいで、もう大丈夫よ」
レオナの声が庭に響く。
魔物は長い耳をピクンと揺らし、姿を現した。
それを見て、レオナは笑顔になる。
自分の声に答えてくれたのが、嬉しかった。


「キキュッ!」
嬉しそうな鳴き声を上げた魔物はレオナの方に駆け寄ってくる。
そして、いざ羽を動かし飛ぼうとした時それは阻まれた。


「・・・・・・セヴァ・・・・いいかげんにしろ・・・・・・」
魔物の羽をしっかりと掴んでいたのは、淡い金色の髪をもつ少年。
先程本の直撃を受けた額は、うっすらと赤くなっている。
穏やかな声は、今は地を這うように低い。
相当怒っているようだ。
「!!?」
魔物は、しまった!というように目を見開き、手足をバタバタと動かす。
しかし、少年がしっかりと羽を握っているため動くことが出来ない。
あっという間に魔物は少年の腕の中に収まってしまった。




その少年の行動に、レオナは顔を歪めた。
あの魔物は、少年のことが嫌いなのだ。
きっと・・・・今まで相当酷い仕打ちを受けてきたのだろう。
だから逃げたい。
なのに・・・・彼はそれを許さない。
こうやって・・・・また捕まえて・・・・
そしてまた・・・・・
レオナは力いっぱい相手を睨みつけ、そして一度は床に置いた置時計を手に取った。
そして力いっぱい投げつける。
時計は命中はしなかったが、少年の足元に勢いよく落ちた。
少年はそれに気がつき、慌てて避ける。
レオナはその様子を見て、ちっと舌打ちをした。



・・・・・・・避けやがった






少年がレオナに視線を向ける。
その表情には、明らかに困惑の色があった。
何故自分がこんなことをされるのか分からない・・・・そんな彼の思いが見てとれる。
それが、ますますレオナの怒りを増長させた。




「あの・・・・・レオナ・・・・・?」
「気安く名前で呼ばないで!!」



少年の言葉に、レオナは怒鳴り返す。
その言葉に少年は目を見開いた。
そして、軽く息を吐くと再び口を開く。




「これは失礼、レオナ嬢。・・・・・でも、これは一体どういうことですか・・・・?」
少年の周りには本や置時計。
庭には普通ありえないものが散乱している。
本の内一つは、見事に少年に直撃した。
全てレオナが投げつけたものだ。
少年は苦笑して問いかける。




「貴方がその子を連れて行こうとしてるからよ!!無理矢理!その子・・・・とても嫌がってるのに!!」
「は・・・?」
「貴方、その子に酷いことしてるんでしょう!?だからその子は貴方が嫌いなのよ!それを無理矢理・・・・・
貴方、最低だわ!腐ってるわ!・・・・・なんて酷い!」
「え、あの・・・ちょっと待ってください・・・・」



レオナの言葉に少年はついていけないようだ。
困惑の表情のまま、レオナと魔物を交互に見比べている。
魔物は少年に抱かれたまま、キュ!と鳴いた。




「早くその子を・・・・」
「落ち着いてください、レオナ嬢!!」
やや大きな声がレオナの言葉を遮る。
その声に少し驚いて、レオナは思わず怒鳴るのを止めた。
しかし、少年を睨みつける視線だけはそのままだ。







「えっと・・・・・何か、勘違いをしておられるのでは・・・・・?」
「・・・・・え?」
少年の言葉に、レオナは目を見開く。
勘違い・・・・?
一体何を勘違いしているというのだ。


「確かに僕は、この魔物の主ですけど・・・・・この子に酷い仕打ちなんてしてませんよ」
そう言うと少年は苦笑する。
困ったように眉を下げる少年に対して、レオナは一瞬ぽかんと口を開けたがすぐに首を振った。


「う、嘘!嘘よ!!!」
そうだ、そんなことありえない!
だったら何故、この魔物は彼の所に戻らなかったのだ。
何故、強制的に戻された時にあんなに悲しそうな顔をしたのだ!
嫌がっていたではないか。
戻りたくないと訴えていたではないか。
きっとそれはこの少年が、魔物に対して酷いことをしたからで
だから、魔物はこの少年の事が嫌いで・・・・・




「嘘!」
「嘘と言われても・・・・・・」
困ったな、と笑う少年の笑顔がレオナの怒りを増長させる。
ああもう、この少年はどうしてこんなにへらへら笑っているのだろう!
イライラする・・・・・・!





「嘘ったら嘘!! だってこの子、貴方の所へは戻りたくないって・・・・・・」
そこでレオナの言葉は打ち切られた。
抱かれている魔物が、少年の頬をペロペロと舐めていたから。
「セヴァ・・・・!くすぐったいよ!」
笑いながら、少年は魔物を肩に乗せる。
すると魔物は、目を細めて少年の頭に擦り寄った。
それは、自分にしてくれたのと同じように・・・・・・・




「・・・・・・・・」
呆然として、魔物と少年を見つめるレオナに少年は目を細めて笑った。
「ね?君の、勘違いだよ?」









レオナは口をポカンと開けたままだった。
魔物は少年を嫌っていたのではなかった・・・・?
じゃあどうして、あの子は彼の所に戻ろうとしなかったんだろう・・・・・
彼の所が、嫌なわけじゃないのか・・・・?
じゃあ、どうして・・・?
何故・・・・?


・・・・・・・


・・・・・・・ちょっと待って、ということは私は・・・・
私は・・・・・・
私は自分の勘違いで、無実の人にあんな暴言を吐いた上、本を・・・・・



「━━━っ!!!!!」


これでもかという位顔を朱に染めるとレオナは勢いよく部屋の中に飛び込んだ。
少年が、「あ!ちょっと!」と言った声がしたが思いきり無視する。
レオナはカーテンを閉めて、その場に蹲った。
恥ずかしい
恥ずかしい
恥ずかしい
恥ずかしい!!!


顔から火が出るとは、まさにこのことだ。
勝手に勘違いをした自分が恥ずかしいと感じたのに加え、とても惨めな気持ちになった。
きっとあの少年、自分が全く見当違いな事で怒っているからきっと、心の中では呆れていただろう。
何を勝手な言いがかりをつけて・・・・・と。
そう思うと、先程の少年の困ったような笑顔が脳裏に浮かびレオナは大きくため息をついた。



自分は・・・・・・何をやっているんだろう・・・・・・











カーテンが不自然に動く。
レオナは気だるげに、そちらに視線を移した。
何となく、訪問者は分かっていたから。


「キュ!」



可愛らしい魔物の鳴き声に、レオナは息を吐く。
「・・・・・どうしたのよ、主人の所へ戻りなさい」
大好きな主人なんでしょ?
言葉には出さなかったが、レオナは心の中でそう付け加える。
しかし、魔物はそこから動こうとしない。
レオナは暫く無視していたが、余りにも魔物が動かないので観念して声を上げた。


「一体どうしたっていうの!?どうして貴方はここにいるの?」
語尾が強くなっているのを自分でも感じた。
ああ・・・私は何て自分勝手なんだろう。
自分とこの魔物をどこかで重ねていたのだ。
でも、この子は違った。
そのことに対して、きっと自分は腹を立てているのだ。
何て自分勝手・・・・・なんて我が侭なのだろう・・・・
こんな自分嫌いだ・・・・・


嫌いだ・・・・・嫌い・・・・





魔物が自分を見ていることに気づき、レオナは微笑んだ。
先程強い調子で声を上げたことをフォローするかのように。
しかし、それは失敗し微笑みはぎこちないものへと変わる。
レオナは魔物の背を撫でながら俯いた。
「ごめんね・・・・・怖かったよね・・・・・ごめんね・・・」
魔物は何も言わず、レオナを見つめたままだった。



「帰ろう・・・・?」
顔を上げるとレオナは魔物に言った。
先程よりは・・・・上手に笑えた気がした。




魔物を抱き上げ、カーテンを開ける。
ベランダに出ると少年が木に背を預けて笛を磨いている姿が見えた。
先程の、心を締め付ける美しい音色を奏でたあの笛を。
何と声をかけたらいいか分からずレオナは戸惑う。
そんな空気を読み取ったのか、魔物が一声鳴いた。



「キキュッ!」



その声に反応して、少年が顔を上げる。
レオナと魔物の姿を見つけると、嬉しそうに目を細めた。
よく笑う人だ・・・・・レオナはぼんやりとそう思う。



「ありがとう、セヴァ! よくやったね」
「え・・・?」
少年の言葉にレオナは目を見開き、思わず魔物に視線を移す。
魔物は嬉しそうに目を細める。
そして褒めてくれと言わんばかりに一声鳴き、少年の方へ飛んでいった。
意味が分からないという顔をしているレオナに少年は笑いかける。



「僕がセヴァに頼んだんです。君を呼んできてもらえるように」
その言葉にレオナは目を見開く。



「話がしたくて・・・・・。レオナ嬢」





レオナの栗色の瞳と少年の淡いグリーンの瞳がかち合った。
少年の目が優しく細められる。
目が逸らせない。
逸らすことができない。





「・・・・・・・・貴方は・・・・・”外”の人でしょう・・・・・・・」
「うん」
「私は・・・・・”外”の人は嫌い・・・・・・・」
「うん」
微かに震える声を押し込んでレオナは言う。
少年はそのままの表情で相槌を打った。



「怖い・・・・・?」
少年の穏やかな声にレオナは肩を揺らす。
それでも目が逸らせない。
この少年の瞳には何か魔力でも込められているのだろうか、そう思った。
「怖いわ・・・」
そう、怖い・・・・・”外”は怖い・・・・
凍りついた視線が自分を射る。
憎悪で歪んだ表情が、私を包む。
外は・・・・・恐怖だ。




「そっか・・・・・」
少年は笑い、そして息を吐いた。
そして言葉を続ける。
「僕もね・・・・・怖い思いをしたんだ・・・・・」
その言葉にレオナは目を見開く。
この少年も怖い思いを・・・・・・?



「この屋敷にはね、幼い日から一度も外に出たことのない女の子がいるんだ」
次に少年の口から出た言葉にレオナはぽかんと口を開けた。
・・・・・この少年は、何を言って・・・?

「どんな女の子なんだろうって、とても楽しみだった。いろいろ想像してたんだ」
「・・・・・・」
「深窓のご令嬢っていう位だから、さぞやお淑やかな女の子だろうと思っていたんだけどね、なんとその女の子
変な言いがかりをつけてきて、いきなり大量の本を僕に投げつけたんだよ」
「━━━!!!!」
「その内の一つは額に当たるし、ほら、まだ赤くなってる・・・・・・」
そう言って少年は前髪を上げる。
赤い痕が確かにそこにあった。
レオナが投げつけた本が作ったものだ。
レオナは手がぶるぶる震えた。
この男は・・・・・・・馬鹿にしているのだろうか・・・・・・・
お前の所為で赤くなった、どうしてくれる!と素直に言えばいいだろうに・・・・・!



「それでは飽き足らず、今度は大きな置時計を投げつけてきたんだよ?ほら、そこの窪み。
あと一歩ずれてたら間違いなく足に当たってた・・・・。まったく、こんなに怖かったことは久しぶりだよ」
そう言って、笑う。
優しい笑顔で。
穏やかな笑顔で。
ブルブルと怒りで震えてたレオナは、その笑顔を見て限界を感じた。
この男・・・・・・どこまでふざけて・・・・・・



自分の「怖い」は彼とは違うのだ。
本当に怖くて、カーテンを開けるのにも勇気がいて、それを・・・・・
それを、あんなふざけたような言い様と同じにされて・・・・・




「━━━っっ!! 馬鹿にしないで!!!!」
レオナは顔を真っ赤にして、思い切り叫んだ。
そして、ベランダの手すりに足を掛ける。
少年が何か言うのも聞かずに、そこから飛び降りた。



「風よ!」
一声叫ぶと、風の渦が周囲を包みレオナをゆっくりと地面に着地させる。
裸足にひんやりとした芝生が当たった。
そして全速力で少年に突進する。
余りにも強くぶつかりすぎて、少年と一緒に倒れた。



「貴方のそんなのと一緒にしないで!そんなのと一緒にしないでよ!!」
ドンドンと拳で少年の胸を叩く。
何度も叩く。
何度も、何度も・・・・・
まるで自分の痛みをそこにぶつけるように、何度も。
痛い・・・・
胸が痛い・・・・
苦しくて苦しくてたまらない。
この痛みは何?
どうしてこんなに痛いの・・・・・
ねえ、私はずっとあの家にいるつもりだった。
あそこが安全と知っていた。
なのにどうして?
どうして・・・・・”外”の者に出会っただけなのに、こんなに胸が痛むの。



彼の音色を聞いた時、心が震えた。
切ない音色に思わず涙が出そうになった。
彼と初めて出会った時、その瞳に思わず見惚れた。
心臓が高鳴った。
彼の言った言葉に怒りを覚えた。
怒りで体が震えた。



”外”を拒絶していた私が”外”の者によって
どうしてこんなに苦しくなるの・・・・?












「・・・・・・ごめん・・・・ごめんね・・・・だけどやっと、近くで出会えたね・・・・」
穏やかな声がして、レオナは目を見開く。
少年が起き上がろうとしたので、慌てて離れた。
・・・・・先程の自分の行動に、レオナ自身も驚きを隠せない。
少年は怒ろうともせず、ただ穏やかに笑ってレオナを見つめた。





「まさか、ベランダから落ちてくるとは思わなかったけど・・・・・」
そう言って笑う。


「だけど・・・・・これで、話せるね・・・・」
そして、レオナの手を優しく掴んだ。
その暖かさに思わず肩を揺らす。






「僕の名前はクロード。どうしても、君に見せたいものがあるんだ」












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(私はその名前を、きっと死ぬまで忘れない・・・・・)



2006/11/22