外は嫌いだと、怖いと、頑なにそう思ってきたから
私は自分の考えを覆してしまうことが怖かった。
ずっと閉じこもっていたら、”外”から何をされてもその考えに逃げることが出来たから・・・・・
だけど”外”の住人に惹かれているという時点で、私はもう逃げることが出来ないのだろう。
それは、私の人生を大きく変えてしまう・・・・・
そんな出来事だったんだ。
親愛なる少年と少女へ ７ 〜小さな灯火を抱いて前へ進め〜
目の前の魔物は相変わらずレオナの腕の中にいる。
レオナは魔物を抱きかかえたまま、ベッドに座る。
背を撫でると、目を細めて更にレオナに擦り寄ってきた。
暖かい・・・・・・・
レオナは思わずその温もりに目を細める。
”外”のものに触れてこんなに穏やかな気持ちになれたのは、もうずいぶんと前だった気がする。
こんなに暖かなものだっただろうか・・・・・・
ふと、魔物は長い耳がピクピクと動かし目を開く。
何事かとレオナが魔物の顔を覗きこむと、魔物は窓の方をじっと見つめていた。
「・・・・・どうしたの・・・・？」
レオナが尋ねても、魔物は視線を外さない。
と、魔物は突然レオナの腕から離れ窓の方に行ってしまった。
そして、翼を広げ窓から飛び降りる。
突然の事で、レオナは暫く呆然としていた。
どうして魔物は自分の腕から離れてしまったんだろう・・・・・・
さっきまで、あんなにおとなしかったのに。
レオナは温もりがなくなった自分の腕に触れた。
・・・・・・自分の体は、こんなに冷たかっただろうか。
ひやりとした自分の体温に、思わず眉を顰める。
まるで先程の温もりが幻のようで、もの寂しく感じる。
・・・・・・寂しい？
私は何を考えているのだろう。
分かっていたではないか。
あれは、”外”のものだ。
私が恐れる・・・・・・
私を傷付ける・・・・・
レオナはきつく目を閉じた。
気を許した自分が、愚かに見えた。
「こら、セヴァ・・・・！！ 何やってるんだよ、早く戻って・・・！！」
窓の外から声が聞こえ、思わずレオナは目を開けた。
「戻れって・・・！！ まったく、どうして・・・ああっ！こら！いいかげんに・・・・・」
声の主は困り果てたような声を上げる。
・・・・・・この声を聞いたことがあるような気がする。
レオナは自分の記憶を辿る。
『初めまして、レオナ』
はっと、身を硬くした。
あの声だ。
あの少年の声だ・・・・・。
穏やかで優しい声、今は少しイラついているようだ。
語尾が少し強くなっている。
一体どうしたんだろう・・・・・・
そんな思いが過ぎったが、自分には関係ないことだ。
レオナはきつく服の裾を握りしめる。
「いいかげんにしないと、強制的に戻すことに・・・・・って、ああっ！駄目だって、こら！」
少年の大きな声が聞こえたかと思うと、窓から先程の魔物が猛スピードでレオナに突進してきた。
何の心構えもしていなかったレオナは、再び魔物に押し倒される形となる。
ベッドの角に軽く頭をぶつけた。
「痛・・・・・・・・」
頭をさすりながら魔物に視線を移すと魔物は満足気にレオナに擦り寄ってくる。
「貴方・・・・・どうして・・・・・・・」
戻ってきたの？そう言おうと思ったが、魔物がレオナの頬に頭をぶつけてくるのでそこで言葉は打ち切られた。
ふわふわした毛がくすぐったい。
満足するくらい擦り寄ったのだろうか・・・・魔物は起き上がったレオナの膝にちょこんと座り、「キキュッ！」と鳴いた。
「・・・・・・・いきなり出て行ってしまったから、嫌われたのだと思ったわ」
「キュ？」
レオナの言葉に返事するように、魔物は鳴く。
それが何だかおかしくて、レオナはくすりと笑った。
ひんやりした自分の体に、暖かさが戻ってきたようで安心する。
先程の凍てついた心が溶けていくように感じる。
ああ・・・・自分は単純だろうか。
魔物の体から、確かな暖かさをレオナは感じた。
暫くの沈黙が流れる。
その間も魔物はレオナから目を離そうとしなかった。
紅く丸い目がレオナを見つめる。
なんだか、その沈黙が妙におかしくてレオナはふふっと笑った。
「・・・・・・貴方は、とても暖かいのね・・・・・・」
「キキュ！」
「私の体は・・・・・・こんなに冷たかったのね」
レオナの言葉に首を傾げる魔物にレオナは話し続ける。
「貴方は・・・・私が怖くないの？」
「・・・・・・」
「町の人が、私達の事怖いって言うの。化け物だって・・・・・・殺してやるって・・・・・言うのよ？」
「・・・・・・」
「私達・・・・・・そんなに悪いこと、したのかな・・・・？」
「どうして、私たちのこと・・・・・あんなに怖い目で見るのかな・・・・？」
忘れることの出来ない、あの言葉とあの眼差し。
憎しみと嫌悪に満ちた、あの瞳・・・・・・。
俯いたレオナの頬を魔物はペロペロと舐める。
まるで慰めてくれているようなその仕草に、レオナは思わず顔を上げた。
「おかしいね、貴方も”外”のもののはずなのに・・・・・・貴方はとても暖かいのね・・・・」
体中に広がるその温もりに、レオナは笑った。
そんなレオナの表情を見て安心したかのように、魔物はもう一度キュ！と鳴いてレオナの頬を再び舐めた。
「セヴァ！！こっちへ戻って来い・・・・！！」
窓の下から、少年が声を張り上げるのが聞こえる。
魔物に視線を移すと、窓に視線を向けるものの下に降りる気はないらしい。
レオナの膝の上でじっとしている。
余程、あの少年の事が嫌いと見える・・・・・
あの少年、この子に対して酷い仕打ちをしているのだろうか・・・・・
そう思うと、レオナはこの魔物の気持ちが分かった気がした。
この魔物にとって、あの少年の元は自分にとっての”外”と同じなのだ。
暫く声を上げていた少年だが、突然声が聞こえなくなった。
どうやら観念したらしい。
ほっとレオナは息を吐いた。
「もう大丈夫よ？」
そう言って魔物の背を撫でる。
魔物は嬉しそうに目を細めた。
その時、魔物の体が淡く光る。
「え・・・・何・・・？」
突然の事に呆然としてるレオナをよそに、魔物の体はゆっくりと浮き上がった。
そして、その体は窓の外へと向かっていく。
「嘘・・・・・そんな・・・・」
きっとあの少年だ。
あの魔物を無理やり”外”へ戻そうとしているのだ。
なんて酷い・・・・・・
魔物は悲しそうな瞳をレオナに向ける。
きっとこの子は行きたくないのだろう。
それを無理やり・・・・・・
「酷い・・・・・・・なんて酷いの・・・・・・」
魔物の姿が見えなくなった。
どうしよう・・・助けないと・・・・何とかして助けないと・・・・・！
レオナは本棚に向かうと、本を何冊か取り出す。
兄が買ってくれた本だ。
それもかなり厚い。
彼女の力では３冊持つのがやっとだったが、力を入れて４冊抱える。
そして、窓辺に向かう。
カーテンの隙間から差し込むのは太陽の光。
外にいるのは”外”の少年。
このカーテンは自分の世界と外の世界を隔てる壁と言ってもいい。
このカーテンを開けるのはとっても怖い・・・・・
そう、怖いのだ。
だけど・・・・・
先程の魔物の表情がフラッシュバックする。
自分に温もりを与えてくれたもの・・・・・
私を怖がらずに・・・・・受け入れてくれた。
だから・・・・・・・
レオナは勢いよくカーテンを開けた。
少年がその音に驚いて顔を上げた。
その腕には、先程の魔物の姿が。
魔物はレオナを見つけると、嬉しそうにキキュッ！と鳴いた。
その鳴き声を聞いて、レオナは力いっぱいクロードを睨みつける。
「・・・・・・・貴方って最低・・・・・・！！！早くその子を離しなさいよ！！」
そして少年目掛けて、次々に本を落とす。
力がないので本は遠くにこそ飛ばないが、重さがあるのだ。
スピードを上げて真下にいる少年に降ってくる。
「ええっ・・・・！？」
突然の本の襲来に少年、クロードは声を上げた。
魔物はその危険を察知して素早くクロードの腕から抜け出す。
「ああっ！こら、セヴァ・・・・！！」
慌てて魔物の方に手を伸ばそうとしたが、届かない。
もう一度上を見上げると、レオナは頬を紅潮させてクロードを睨みつけている。
そして、一際大きな本を落とした。
ゴンッ！と嫌な音が、庭に響いた。
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06/11/14