窓の音がしてその方向に視線を向けたら、目に入った色は栗色・・・・
視線が合ったとき、その瞳の美しさに思わず見惚れた。


そして、出会えたことが堪らなく嬉しくて思わず言葉が出たんだ。



「初めまして、レオナ」



これが僕らの1度目の出会い。
”クロード”と”レオナ”としての出会いだ。



親愛なる少年と少女へ   6     〜たとえ真実が暗く儚い世界へ繋がるものだとしても〜





少年の声を聞いたとき、レオナは暫く体が動かなかった。
決して出ないと決めた、外の世界。
自分を傷つける者しかしない世界。


そして、自分は出会ったのだ。
”外”の者に・・・・・・


「こんにちは」
優しい声がして、レオナは肩を震わせた。
視線を再び少年に移すと、彼はにっこりと笑う。
「いい天気だね、レオナ」



『あいつらは、化け物だ。人の皮を被った悪魔さ』


以前聞いた、人々の言葉。
それがレオナの頭にフラッシュバックする。
レオナは恐怖の表情で少年、クロードを見つめる。


「・・・・・・どうしたの?」



『ああ・・・・おっかねえな・・・・俺達、いつかは殺されるのかね?』



「いやっ!」
レオナは小さく悲鳴を上げ、勢いよくカーテンを閉めた。
そして、力いっぱいカーテンを握りしめる。


違う!違うわ・・・・!!
私はそんなことしない・・・・お父様もお母様もお兄様も、皆・・・・そんなことしないわ・・・!!
皆、町の人が好きなの・・・大好きなのよ・・・!
どうしてそんな事を言うの?
どうしてそんな目で見るのよ・・・!



少年の声と、あの時の彼らの声が重なる。
彼らは同じだ・・・・”外”の者だ・・・・
ああ・・・・どうして私はあの時、カーテンなんて開けてしまったのだろう・・・・
レオナの頭に浮かぶのは後悔ばかりだ。
さっきの声なんて幻聴に決まっているのに。
あの時の自分はどうかしていた・・・・・



ゆっくり息を吐き、ベッドに寝転がる。
読みかけの本を開き、再び視線をそれに移した。
しかし、集中できなくてすぐに本を閉じて目を閉じる。



先程の少年の表情が頭に残って離れない・・・・・
優しくて穏やかな表情。
年は・・・・自分と同じか少し上か・・・・・。
どうして彼はここにいたのだろう。
そう言えば、今日は家に客人が来ると言っていた。
父親の友人と言っていたから、その息子だろうか?
それか、御付の者か・・・・・・
いや、彼の物腰からしてそれはないだろう。
だとしたら、やはり父親の友人の息子と考えるのが妥当だ。



「・・・・・・・綺麗な笛の音だった・・・・・・・」



ぽつりと呟いた声は誰にも聞こえない。
切なくなるような音色。
繊細で穏やかで、優しい音。
音色は奏でる人の想いそのままの音色を出すと聞くが、だとしたらあの少年の心はなんて穏やかなのだろう。




そこまで考えて、レオナははっと我に返った。
自分は何を気にしているのだろう・・・・・・
”外”の者の事なんてどうでもいいではないか。
レオナはいつの間にか、あの少年のことで頭がいっぱいだった事に気がつき再び本を取った。
忘れよう。
私は、あの人なんかに会ってない。
私は・・・・・カーテンなんて開けなかった。
私は・・・・・・・・

あの音色なんて聞いていない。







その時だ。
窓辺でカタンッと音がして、レオナは思わず肩を揺らす。


「な、何・・・・・?」

レオナは思わず持っていた本を握りしめドアの方まで後ずさる。
カーテンの裏に何かいるようだ。
カーテンが不自然に揺れる。
レオナは持っていた本を床に置き、恐る恐る近づいた。
何か、危険なものだったら・・・・・・
いや、その時は窓から放り投げてやろう・・・・・・
それで無理だったら屋敷の者を呼べばいい。



息を呑んでカーテンの裾をめくろうとした時、同時に白い物体がレオナに向かって飛び出してきた。


「ひゃっ!」
その白い物体はレオナを押し倒し、胸元にちょこんと座る。
恐る恐るその物体に目を向けるとそれはウサギによく似た可愛らしい魔物だった。
白い体に赤い瞳。
唯一ウサギと違う箇所は背中に生えている翼だろう。
これで2階まで飛んできたのだろうか。



「貴方・・・・・・・」
だあれ?そう言おうとした時レオナはその魔物が何かをくわえているのに気がついた。
「・・・・・手紙?」
くわえているのは小さな羊皮紙。
そこには丁寧な字が並んでいた。


『驚かせてすみません。怖がらせてしまいましたか?』


綺麗な字。
レオナはそう思った。
あの少年の字だろう。
だとしたら、この魔物は少年が飼っている魔物だろうか・・・・・
レオナは暫くその羊皮紙を見つめていた。



「別に・・・・驚いたわけじゃないわ・・・・・」
相手がいる訳ではないのにレオナは呟く。
そうだ、驚いた訳ではない。
ただ・・・・・・少しびっくりしただけだ。

・・・・・びっくりしたのと驚いたのは同じだわ・・・とその後自分で自分の発言に心の中でツッコミを入れてみる。

それに・・・・・外に触れたことが怖かっただけであって、決して彼が怖いという訳ではない。
あれ・・・・これでは自分は彼を庇っているように見える。
レオナは頭をぶんぶんを力強く振る。
ああもう!自分は何を考えているのだ!
あの者は”外”の者だ。
外の者とは自分の敵だ。
あの冷たい視線を投げかけ、自分達に対して冷たい言葉を浴びせる。
今更何を迷う必要があるのだ・・・・




「あんな笑顔・・・・・すぐに剥がれるわ・・・・・」

そうだ・・・あんな笑顔など、すぐに剥がれる。
仮面のように。
笑顔という偽りの仮面を被って、その下では私の事を睨みつけているのだ。
レオナの小さな呟きは誰にも聞こえない。
レオナは羊皮紙を握りしめて俯いた。




白い魔物がレオナの横にちょこんと座っている。
まるで、何かを待っているようだ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
白い魔物は丸く赤い目で、じっとレオナを見つめる。
その期待に満ちた視線に耐えられなくなり、レオナは言った。
いったいこの魔物は何を待っているのだろう。



「・・・・・・・・何よ」
「・・・・・・・・キュッ!」
レオナの言葉に反応したように、魔物は小さく、高い声で鳴く。
「早く、貴方の主人の所に帰りなさいよ」
「・・・・・・・・・・」
レオナの次の言葉に、魔物は視線を下に移す。
魔物はレオナが握っていた羊皮紙をじっと見ていた。



まさか・・・・・・・・



「返事を・・・・・書けっていうの?」
「キキュッ!」
その通りだとばかりに魔物は鳴く。
どうやらこの魔物・・・・自分が手紙の返事を渡すまで待っている気でいるようだ。


「書く気はないから、いくら待っていたって無駄よ。おとなしく主人の所に帰りなさい」
素っ気なく言ってレオナは再びベッドに向かう。
荒々しく腰を下ろし、遠くからその魔物を見た。


魔物はじっとレオナを見つめる。
レオナはその視線から逃げるようにして本を取り、視線を逸らした。
しかし、自分へ向けられる視線が逸らされることはない。
横目でちらりと見ると、魔物は先程の期待の眼差しでレオナを見ていた。
長い耳がピクピクと動いている。



待っていても手紙なんて書かないのに・・・・・・
レオナは小さく息を吐く。
この魔物は自分が手紙を渡すと信じて疑わないのだ。
主人にでも言われたのだろうか・・・・手紙を貰ってくるまで帰ってくるなと。
だとしたら、なんて酷い主人だろう。
レオナは観念して、白い魔物の方に足を向けた。
そして、抱き上げる。



「貴方には悪いけど・・・・・私、手紙は書かないわ」
「・・・・・・・キュ?」
「それで貴方の主人が貴方を叱るのなら・・・・貴方はあの人の所なんて戻らなくてもいいわ」
ここは、安全だから・・・・・レオナは小さく呟いた。
そう、ここは安全。
暖かくて、安心できる場所だ。
魔物はレオナの言っている意味が分かっているのかいないのか、腕の中でじっとしている。
レオナはその様子を見て、くすりと笑った。



おかしい・・・・この魔物だって、あの少年のもの・・・・・
”外”の住人のはずなのに・・・・どうしてこんなに心落ち着くんだろう・・・・・・



「・・・・・・・可愛い・・・・」
魔物を見て、レオナは小さく呟いた。








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(その暖かさは、日の光にとても似ていた)





2006/10/29