その時に目に入ったのは、日に光のように暖かな金色の髪と優しげなグリーンの瞳。
誰もが見惚れるであろう、その笑顔を見たとき・・・



私は・・・・・・



外の世界に触れてしまったようで、恐怖で体が震えた。






親愛なる少年と少女へ　　　 ５ 　　　〜この暖かな世界にずっといれるという夢を見せる〜






「リゼルド！よく来てくれた・・・・！」


大きな門を抜けたクロードの目に入ったのは、品の良さそうな中年の男性だった。
エディス・スタルウッド。
このスタルウッド邸の当主にして、父親の幼い頃からの友人だ。
エディスはクロードの父親と固く握手をし笑う。
優しそうな表情だ。



ふと、クロードとエディスの目が合った。
慌てて頭を下げる。
それに気がついたクロードの父親はエディスに息子を紹介した。
どうやら、息子の紹介については忘れていたようだ。
クロードは苦笑して父親を見た。



「エディス、息子のクロードだ」
「はじめまして、クロード・ツインです」
父親の言葉を受け、クロードは丁寧に頭を下げる。
それを見るとエディスは目を細めた。




「大きくなったね、クロード」
その言葉に戸惑うクロードにエディスは笑う。
「君が小さい頃に、一度会ったんだよ。私が仕事で君の町に立ち寄った時ね」
本当に、大きくなった・・・・・・
そう言って、もう一度頭を撫でる。
それが父親のものと似ていて、クロードは気恥ずかしさを覚えながら撫でられた部分に触れた。



「君に似てきたんじゃないかい？」
「いや、クロードはどちらかというと母親似だよ」
そう言うと、父親はやや後ろにいる妻に視線を向ける。
エディスは、目を細め、確かに・・・・・と言ってクロードの母親に挨拶をした。
母親もにっこりと笑い頭を下げる。



「さあ、こんな所で立ち話もなんだ。入ってくれ、今妻がお茶をいれている所なんだ」










「アルダは今、町に行ってるんだよ」
応接までお茶を飲みながら、エディスは言う。
本が好きでね、本屋から新しい本が入ったと手紙が届いたから飛んで行ったよ。
そう言って彼は笑った。



レオナの母親も、その言葉に笑いながらお茶を並べる。
どうやら彼女も自分の母親同様、自分でお茶を淹れることが好きらしい。
クロードは紅茶に口を付けながら辺りを見回した。




さすがは、超能力者の名家の中でも名高いスタルウッド邸。
広さはもちろんのこと、部屋に置かれた調度品一つ一つが立派なものだ。
クロードにはこのような物の価値はよく分からなかったが、相当な値打ち物だということが分かった。
外観からも思ったことだが、この家は自分の家の倍の大きさがあるのではないだろうか・・・・・・






「エディス、レオナ嬢は・・・・・・？」
父親の言葉に、クロードの心臓が飛び上がった。
レオナ。
レオナ・スタルウッド・・・・・このスタルウッド家の長女。
・・・・そして自分の婚約者の名前だ。




「部屋にいる・・・・・客人が来ると言ったら、部屋に引っ込んでしまってね」
エディスが苦笑して、クロードを見た。
「レオナは・・・・・婚約者がいるということは知っているのだが・・・・それが誰なのかは知らないんだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・婚約者がいるということは話したんだが、酷く取り乱してね・・・・・それ以来ますます・・・・・」
エディスはそこで言葉を切って、小さく息を吐く。
「外を・・・・怖がるようになったんですね」
その後の言葉を読み取り、クロードは静かに言った。
エディスは小さく目を見開き、苦笑する。
その意は肯定だ。





「レオナに・・・・・・会いに来てくれたんだろう、クロード。ありがとう・・・・・君が望むならレオナを部屋から出すが・・・・」
「いえ、構いません。・・・・・そんなことしたら、ますます恐怖心が増すだけですし」
クロードの言葉に、エディスはすまないね・・・と眉を下げる。




「ずっとあの様ではいけないと思っているのだがね・・・・・・しかし、彼女の頭からは離れないらしいんだよ・・・・・・」
「何がだ？」
エディスの言葉に父親が問いかける。


「私も詳しくは知らない・・・・・彼女が全てを話した訳ではないからな・・・・。小さい頃に私と一緒に町に出かけた時に
町の人々が私達の事を”化け物”と言ったと言っていたらしい。冷たい目で私達を見ていた・・・・と。
アルダや妻にもそう言って泣きついたらしい・・・・・」
「その時の言葉や視線が・・・・・レオナ嬢の頭に残って離れない・・・と？」
「ああ・・・・幼い頃の、トラウマみたいなものだ・・・・」


















父親達が大切な話があるから・・・・・と言ったのでクロードは一人、庭に出た。
自分がいることで、父親達は話が出来なさそうだったから気を遣ったのだ。
庭はとても広かった。
木の葉や花が、風にのって揺れている。
きちんと整えられているというよりは、自然のままの状態。
自分の家の庭とは対称的だ。
クロードの家の庭は、週に１回庭師が手入れをしてくれているから。
ここには、庭師はいないのだろうか・・・・・。
しかし、芝生は綺麗に刈ってあるので最小限の手入れはしてあるようだ
クロードは近くの木の下に腰を下ろす。
目の前の建物・・・・スタルウッド邸は、外から改めて見ると本当に大きくて一体この家にはいくつの部屋があるのだろう・・・・
と、ぼんやり考える。
窓を数えてみようか・・・・・そんな思いが過ぎった。






優しい日の光と時おり吹く風が、クロードの気持ちを穏やかにする。
ふと、一つの窓が目に入った。
２階の大きな窓・・・・・あそこだけ窓が開いている。
カーテンで中の様子は見えないが、人がいることは確かだ。




レオナ・・・・？





思わず、彼女の名が頭を過ぎる。
長男のアルダは今外出中だと聞いた。
だったら・・・・・・もしかして・・・・・・・




一度も会ったことのない婚約者。
そして彼女は自分を、外の世界を拒絶しているのだ。
婚約者である自分は、彼女から見れば”外の世界”の者だから。




自分を傷つける、”外の世界”の者だから。




だけど、僕は君を傷つけることはしない。
ただ、一目会いたいだけなんだ。
何故だか、気になるんだよ・・・・・
一度も会ったことがないのに気になるんだ。
君に会って、声を大にして言いたいんだ。


「外の世界は怖いだけではないよ。君の周囲と同じ位、暖かいよ」


君の気持ちを、僕は知らない。
君がどんな思いをしてどんな怖い思いを、”外”に対して持っているのか、僕は知らない・・・・・・
簡単に言うな、そう言うかい？
そうかもしれないね、僕は自分本位で言っているのかもしれない。



だけど・・・・・僕は人々から冷たい目で見られると同時に、暖かく接してくれた人々のことも知ってしまったから
「外の世界は敵だけだ」なんて、思えないんだよ。



この暖かい日の光も、優しい風も・・・・・君は嫌っているのかな・・・・・






クロードは、上着の内ポケットから銀色のものを取り出した。
小さな横笛。
彼が愛用しているもの。
一番好きな楽器だ。



ゆっくりと口元に持っていき、曲を奏でる。
この優しい曲が、彼は好きだ。
穏やかで、流れるようなメロディーが好きだ。
暖かな光、優しい風、自分に笑顔で接してくれる町の人が・・・・彼は好きだ。




自分の気持ちが少しでも彼女に届くように、クロードは曲を奏でた。













ベッドの上で本を読んでいたレオナは、どこからか聞こえる美しい音色に顔を上げた。
どこから聞こえてくるのだろう、この音色は・・・・・・
一体誰が？
兄だろうか・・・・・・嫌、彼は笛は吹かない。
では誰・・・・？



心に響く美しさをもつその音色は、レオナの心を揺らした。
彼女の心に風が吹く。
思わず窓辺に向かった。
ここなら・・・・もう少しよく聞こえるかもしれない・・・・・・・
閉じられたカーテンを握りしめ、耳を澄ませる。
先程よりも、はっきり聞こえる笛の音。
間違いない、外にいるのだ。
この音色を奏でる人物が。





屋敷の者で、笛を吹けるものはいない・・・・・・・・
だとしたら間違いなく、笛を吹いてる人物は



「私の・・・・・・知らない人・・・・・・・」



ポツリと呟く。
どんな人だろうか、この美しい音色を奏でる者とは。
穏やかで優しい音色。
聞いていると思わず涙が出そうなくらい、その音は繊細で・・・・・優しくて・・・・・切ない・・・・。


この音色をずっと聞いていたくて、こんな気持ちになるのは初めてで、音色から演奏者の想いが聞こえてくるようで・・・・
ねえ、貴方は誰・・・・・・？




外に出たいけれどこのカーテンを開ける勇気はなくて、あの時の視線や言葉が蘇る。
出たくないという気持ちと会いたいという気持ちが、心の中で混ざり合う。
レオナは俯いて、カーテンを握りしめた。






流れるような演奏が続く。
音色から、暖かな日の光を感じる・・・・優しい風を感じる・・・・・・
なんて優しい音なのだろう。
なんて切ない響きなのだろう・・・・・・
貴方は、どうしてそんな音色を奏でるの？
誰を想って・・・・演奏してるの・・・・？








どの位時間が経ったのだろう・・・・・もうそろそろ曲も終わりだろうか・・・・・
カーテンに背を預けて、目を閉じていたレオナはぼんやりとそう思った。
この曲が終わってしまったら、この演奏者はここからいなくなるのだろうか・・・・・・
そう思うと、レオナはぽつりと呟いた。



「まだ・・・・聞いていたいな・・・・・・」




誰にも聞こえるはずのない言葉・・・・・・・
こんなことを思ったのは初めてだ。
どうして・・・・？
何故・・・・・・？

曲は、ゆっくりと終わりを告げようとしていた。




レオナはカーテンから背中を離すとベッドの方に向かおうとした。
その時だ。



『会いたい・・・・・・・・』



誰かにそう呼ばれた気がした。
頭の中に響いた気がした。
幻聴・・・・・・？
普段なら、そう思うだろう。
しかし、彼女は足を止めた。
その言葉は、頭というよりは心に響いてきて・・・・・・



その響きは、あの音色と同じように切ない響きで・・・・・・・・思わず涙が出そうで・・・・・・
心を締め付けてきたから・・・・・・




まるでその声に答えるように、レオナは弾かれたように勢いよくカーテンを開けた。










その音に、笛の音が止まる。


レオナが窓の下に視線を向けると少年が驚いた表情でこちらを見つめていた。





その髪は日の光のように淡い金色。
優しげなグリーンの瞳。




少年はしばらくレオナを見つめていたが、優しく微笑んだ。


嬉しそうな表情。
幸せそうな表情。







どうしてそんな表情をしているの・・・・・？






少年の口がゆっくり開く。


「初めまして、レオナ」





その時、私は感じたのだ。
私は・・・・・”外”に触れてしまったのだと。







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（その音色は、優しくて、儚くて・・・・・まるで貴方の心のようだった・・・）






2006/10/21