”姫君”という言葉が何を意味するのか、僕は知らなかった。
”守人”という言葉が何を意味するのか・・・僕は知らなかった。



ただ、これまで会ったことのなかった彼女への気持ちが次第に膨らんでいって
早く会いたい・・・・そう願うようになったんだ。
どんな表情をするのかな
どんな声をしているのかな
どんな顔で・・・・笑うのだろう





親愛なる少年と少女へ   4    〜けれど、それは儚い夢の中にある小さな楽園で〜





馬車が、カタンカタンと規則正しいリズムを奏でる。
クロードは読んでいた本を閉じ、外の風景に視線を移す。
自分のいる地方より、北に位置するこの町はクロードが住んでいる地域よりもやや寒い。
彼は上着を羽織りなおした。
・・・・・もう少し着こんでくればよかっただろうか・・・・



9月の初旬といえども、ここはもう寒い。
自分の住む地域と同じように考えてはいけなかったようだ。



向かいに座る父親と母親に視線を移すと、父親は書類に目を通しており母親は、うとうとを目を閉じている。
ここまでの道のりは長かったから疲れたのだろう。




「しかし、本当に今でいいのか?」
父親の言葉に、クロードは視線を父親に向ける。
「何がです?」
「婚約者の誕生パーティには、まだ日付があるだろうに・・・・」
「父上がたまたま仕事でこの町にきたのです。パーティまではあと10日しかありませんし、一緒に来た方が楽でしょう?
また家に帰る手間が省けますし」
父親の言葉に平然と返すが、心の中の思惑は違った。



クロードが父親から婚約者と会えると告げられて、およそ半年の月日が流れた。
そして、そのパーティは10日後に迫っている。
今回父親がこの町にきた理由は、仕事での大きな会議がこの町であるからであってパーティとは何の関係も無い。
しかし、クロードは彼と一緒にこの町にくることを望んだ。




彼女の父親も、自分の父親と同じ、町の議員だ。
父親は彼女の父親に会う機会があると言っていた。
だとしたら・・・もしかしたら・・・・・
外を嫌う彼女が、父親と一緒に外に出て、自分の目の前に現れることはないと思う。
しかし、父親は一度彼女の家に寄り、彼女の父親と話すと言っていた。
家の中だったら・・・・もしかしたら会えるかもしれない・・・・




パーティで会えるではないかと言われたらそれまでだが、クロードには一つの想いがあった。
外を嫌う彼女。
外を怖がる彼女。
自分を傷つけると思っている彼女。



外は怖くない・・・・暖かいものもたくさんあると教えてあげたい・・・・



漠然とした想いだ。
自分がそう言って、何か変わるとは思えない・・・・。
だけど、伝えたかったんだ。
理由なんてない・・・ただ、それだけなんだ。
ただ一言、言いたいだけなんだ。





「母上まで来ることなかったのに・・・・」
「お前も私も出かけるのだから寂しかったのだろう」
くすくすと笑って、父親は隣で眠る母親を見つめた。
まるで家族旅行だな、そう言って笑い、再び資料に目を通した。



クロードも、ぐっすり眠る母親を見て微笑むと再び窓の外に視線を戻す。
広い草原・・・・ここを抜けると町に着く。
窓からの風が彼の髪を揺らす。
・・・・・優しい風だ。
彼女はこれも嫌っているのだろうか。
この美しい風景も・・・この優しい日の光も・・・・






「クロード」
父親の硬い声にクロードは父親を見た。
先程目を向けていた書類は、いつの間にか鞄の中に入っている。
どうやらここでは集中できないようだ。
自分達がいる所為だろうか・・・・・少し不安になった。



「お前が何を考えているか、だいたいは想像がつく」
目を見開いたクロードと父親の視線がかち合った。



「だが・・・・・あまり、期待をするな。彼女は・・・・レオナ嬢は・・・・・・・」
そこまで言うと、父親は言葉を切って黙り込む。
小さく息を吐くと彼は外に視線を向けた。
父親の脳裏に、半年程前に会った友の表情が浮かぶ。
強い悲しみの表情。
その中に見え隠れする、怒りの表情・・・・・。





『リゼルド・・・・・・決まったんだ・・・・・娘が・・・レオナが・・・・・・』

『一体どうしたんだ! 君がそんな表情をするなんて・・・・レオナ嬢に何かあったのか!?』

『レオナが決まったのならば、君の息子も近いうちに決まる・・・・!!だから・・・・・』

『待ってくれ! 話が見えない・・・!レオナ嬢がどうしたって?落ち着いて話してくれ・・・!』

『・・・・・・すまない・・・・・』

興奮を落ち着けるため、深く息を吐く。
目を伏せ、落ち着いたのが分かると友の瞳を真っ直ぐに見た。
その時間を・・・・酷く長く感じる・・・・




『・・・・・・・・・・レオナが、”姫君”に決まったんだ』

その言葉が、遠くに聞こえる。
友のその表情・・・・涙を溜め、堪えている表情が頭から離れない。



『まさか・・・・嘘だろう・・・・?なぜ、そんな事が分かる・・・・?』

『知らせがあったんだ・・・・・・。決定事項だよ 』

『他の者は!?』

『・・・・・知るはずもないだろう?第一、このこと自体を知っている者は、もうほとんどいない。存在しない・・・だろ?』



『・・・・・・・』



『レオナが・・・・”姫君”に決まったのならば、君の息子が”守人”に選ばれるのは、時間の問題だ・・・・・・』

『ああ・・・そうだろうな・・・・クロードはレオナ嬢の婚約者だ・・・・』

『リゼルド、今すぐ婚約を解消してくれ・・・・!今ならきっと間に合う!君の息子に”守人”は務まらない!』


ああそうだ・・・きっとクロードには守人など、務まらないだろう・・・・・
優しい子だ。
慈愛の心が人一倍ある、彼に守人など務まるはずもない・・・・・
それにレオナ嬢もそうだ。
兄弟同然に育った親友の娘・・・・・彼女が”姫君”だなんて・・・・そんな馬鹿なことがあってなるものか・・・!



ああ・・神よ・・・どうしてですか・・・・?
どうして彼女が”姫君”なのですか・・・・?




『・・・・・確かに、そうだな・・・・・今、クロードとレオナ嬢の婚約を解消したら、クロードは”守人”にならなくていいかもしれない』

『そうだろう!! なら・・・・・!!』

『でも、エディス・・・・・・無理なんだよ・・・・』

『な・・・・・・・・』

『逃げることは・・・・・出来ないんだ・・・・・・・・』



次の瞬間、2人の間に淡い光の塊が現れる。
塊がゆっくりとリゼルド、クロードの父親の方に向かった。
塊から文字が現れる。


・・・・・・・ほら・・・・・・言ったとおりだろう・・・・?




リゼルド・ツインが子息、クロード・ツイン・・・・姫君の”守人”なることを定める





『・・・・・・・・な?エディス・・・・・逃げることは出来ないんだよ・・・・。レオナ嬢が”姫君”、そしてクロードが”守人”だ』







「父上?」
息子の声で、父親は我に返る。
見ると、息子が怪訝そうな表情でこちらを見ていた。
「・・・・・・どうしたのですか・・・?それに、さっきの言葉は一体どういう意味で・・・・・?」
「いや、何でもないさ。おっ!着いたみたいだぞ?」
クロードの言葉を遮り、父親は外の風景を見て声を上げる。



町の中の丘の上に建つ大きな屋敷。




スタルウッド邸だった。








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2006/10/14