嫌だ、嫌だ・・・
どうしてそんな事を言うの・・・?
どうしてそんな、私を突き放そうとするの?
酷いよ、どうして?

嫌いよ、嫌い



大嫌いよ・・・・!!




親愛なる少年と少女へ   3     〜その光小さくとも、決して消えることはないと信じて〜




「おかえりなさい!お父様!!」
馬車が屋敷に到着したのは、日付が変わるか変わらないかの時間だ。
馬車から降り、門をくぐった男は勢いよく抱きついてきた娘に目を丸くした。



「レオナ! まだ起きていたのか・・・?」
いつもならとっくに寝ているであろうこの時間。
嬉しそうに抱きつく娘に、父親は言う。
「父さんが帰ってくるまで寝ないと聞かないんですよ」
父さんからも叱ってください。
後から来たアルダが深いため息をついて、そう言った。



「そうか・・・待っててくれたのか・・ありがとう」
父親は嬉しそうに笑い、髪の毛を撫でる。
その顔は心の底から嬉しそうで、顔がデレデレだ。
「土産話がたくさんだよ?部屋に入ってお茶にしよう」
「うん!」
そして嬉しそうに手を繋いで部屋に入っていく2人を見て、アルダは小さくため息をついた。


・・・・・・・・・相変わらず、親ばかだ・・・・






娘とスキップしながら広間に入ってきた夫を見て、妻はお腹を抱えて笑った。
そんなにおかしいかな?という夫の言葉に、更に笑う。
終いには、座り込んでバンバンと床を叩く始末だ。
レオナは母親は笑いすぎて息が出来なくなってしまうのでは・・と思った。





「だって貴方・・・レオナとスキップって・・・・ぶふっ・・・!!」
「いいじゃないか。可愛い娘と一緒にスキップして何が悪いんだい?」
「だって、だって・・・・もう!!あ〜・・・お腹痛いわあ・・・笑い死ぬ〜・・・!」
「母さん、笑いすぎです」
2人の後ろから部屋に入ったアルダが、思わず言う。
目に涙を溜めた母親は、彼の方を向くと、ふふっと笑った。
しかし、また思い出し笑いをしたのか口元がにやにやしている。
3秒後、また爆笑の嵐がやってきたようだ。






「あ〜笑った。あなた、楽しいネタをありがとう。お茶入れるわね」
「ネタのつもりではないのだがな? ああ・・お茶は砂糖多めで頼むよ」
はいはいと広間から出ていく妻を男は優しい目で見つめた。



レオナの父親と母親は10歳差の年の差カップルだ。
親同士が決めた婚約者同士だったとか。
父親は現在、48歳。
母親は38歳だ。
兄がが今20歳だから、母親は18歳で兄を産んだことになる。
良家のお嬢様な母親だが、母親を見ている限りそのような雰囲気はあまり感じない。
楽しいことが大好きで、感情をストレートに出す、娘の自分から見ても「可愛い」と思える女性だった。
・・・・ついでに言うと、腕っぷしもそこそこ強い。







「はい、お茶のご到着〜♪ レオナはココアでよかったかしら?」
頷くと、母親は机の上に優しくコップを置く。
生クリームがたっぷり乗った、甘いやつだ。
そして、自分もソファに腰を下ろす。
レオナは口にココアを運んだ。
甘くて優しい味が彼女を幸せな気分にする。




「レールズ地方はどうでした?あそこは南に位置するから暖かかったでしょう?」
母親がそう尋ねると、父親は頷く。
「暖かい・・というより少し暑かったよ。ここと同じ感覚で服を持って行っては駄目だったね・・・・
着いてから後悔したよ」
父親の言葉に母親はくすくす笑う。
だから、私のアドバイスに従えばよかったのよ?
悪戯っぽい瞳で、そう言った。







「そうだ!レオナ、アルダ、お土産があるんだ」
そう言って取り出したのは2つの包み。
2人は顔を見合わせると、嬉しそうに受け取った。
中を見ると、お揃いのブローチ。
銀細工の、繊細な作りだ。
中央にはめこまれている石の色だけが違う。
レオナは薄い桃色で、アルダはブルーだ。





「綺麗!!ねえ兄様!すっごく綺麗!」
「ああ・・・・本当に綺麗だね」
お互い、自分のブローチを見ながら満足そうに笑う。
ブローチは、2人の手の中でキラキラと輝いていた。
お礼を言うと、父親はデレデレと笑う。
「大好きな子供達にお土産を買うのが楽しみなんだから」
そのセリフに、アルダは「もう子供って年でもありませんよ?」と笑って返し、レオナは再び、もの凄い勢いで抱きついた。
「お父様、大好き!」










父親が聞かせてくれた、レールズという地方の話は面白かった。
その地方は、農業が盛んな地方らしい。
珍しい植物も多かったと父親が笑うと、アルダと母親は好奇心に満ちた目を父親に向ける。
「行ってみたいな・・・・」
アルダはぽつりと呟く。
小さな声だったが、隣に座るレオナにははっきりと聞こえた。



その話を聞いて、レオナは他の2人の様に目を輝かせることは出来ない。
父親の話は、確かに興味深いものだったし、聞いていると頭の中にその情景が鮮明に浮かぶ。
・・・・とても楽しそう。
兄や母が好奇心に満ちた目で、身を乗り出すのも分かるのだ。
でも、自分は彼らのようには出来ない。
兄の様に、行ってみたいなど口にすることなど、私には出来ない。
楽しげな情景を思っても、心のどこかでそれに対する恐怖が渦巻く。
しかし自分が笑っていないことに対して、父親に悲しい顔をしてほしくなくて、精一杯笑ったが顔が引きつって失敗した。






・・・・・・外の話は、聞きたくない。
聞きたいけど、聞きたくない・・・。
とても楽しそう、面白そう・・・・でも・・・
楽しげに話さないで欲しい。
ああ・・・・自分はなんて我が侭なのだろう・・・・







「レオナ?」
父親の声で、レオナはいつの間にか自分が俯いていたことに気がついた。
はっと顔を上げると父親、母親、そして兄が心配そうに自分の顔を見つめている。
・・・・・気づかれてしまっただろうか。
「レオナ・・・お前・・・」
「お父様!私・・・もう眠いみたい。こんな時間だもの!そろそろ休んでもいいでしょう?」
父親の言葉を遮り、レオナは慌てて席を立った。
せっかくの父親の帰りだ。
暗い気持ちにさせたくなかった。
兄はその様子に訝しげ眉を顰め、母は心配そうな眼差しで彼女を見つめる。







「待ちなさい、レオナ」
自分の部屋に向かおうとしたレオナに、父親が声をかける。
張り詰めた糸のようなその声に、普段とは違う響きを感じ取り、レオナは思わず足を止めた。
「お前に・・・・もう一つ話さなければいけないことがあったんだ・・・」
その言葉を聞いて、母親はどこか辛そうに父親を見る。
兄も、「父さん・・・今、それを言うのですか・・?」と心配そうだ。
・・・・・いったい、何だというのだろう・・・・・
家族のおかしな様子に、レオナの心は不安になった。
しかし、これから話すことがあまりいい事でないのは、兄や母の様子から想像つく。


・・・・・一体、何を・・・・?






自分の中の誰かが、話を聞いてはいけないと、警告を発する。
しかし、父親の真剣な眼差しにレオナは一歩も動けなかった。





「9月は・・・・お前の誕生日だな・・・パーティを開こうと思うんだ・・・・」
意外な父親の言葉に、レオナは拍子抜けする。
力を入れていた全身の筋肉があっという間に緩んだのを感じた。

気を張り詰めて聞いていた自分がおかしく見える。
誕生パーティなら、毎年行ってきたではないか。
家族4人で、大きなホールケーキを囲み、沢山の料理でお祝いをしてくれた。
1年に1度のその素敵なイベントは今からでもとっても待ち遠しい。
しかし、嬉しそうな笑顔のレオナの表情を変えるのは、父親の次の一言だった。







「今年の誕生パーティには・・・・・多くの人々を呼んで、大きなものにものにしたいと思う・・・・」






レオナの頭の中が、真っ白に染まった。
父親は今・・・・なんと言った?
いや、何かの間違いだ。
きっと聞き間違いだ。
だってそんな・・・・他の人を招くだなんて・・・・・!!
それは、自分の世界に”外”の者が入ってくるということだ。
あの時の視線が、言葉が、空気が・・・・・
彼女の頭の中でフラッシュバックする。






「お・・・・・父様・・?今、何て言ったの・・・・?」
「今年のお前の誕生パーティには、多くの人々を招くと・・・・そう言ったよ?」
娘の呆然とした表情に、心を痛めながらも父親は平静を装い、静かに言った。






頭の中が真っ白だ。
どうして?何故?そればかりが頭の中を回る。
父親も、私が外を嫌っていることは知っているだろうに・・・
そして、父親は更にレオナに言葉を続ける。




「そこには・・・お前の婚約者も招待しようと決めた」
「こんやく・・・・しゃ・・・?」
初めて聞く単語にレオナは目を見開いた。
自分に婚約者がいるなんて・・・そんな話は聞いていない・・・・





力の強い能力者の家系は、強い家系の者同士が結婚し、強い血を守り抜く。
このことは、レオナも知っていた。
父親と母親も、そうやって結婚したのだ。
だからきっと自分も・・・・そう思っていた。
いずれは、婚約者が決まってしまうのだと。
しかし、このまま外の世界に出なかったら、自分にはその様な話はないと・・・・そう思っていたのだ。
根拠などあるはずのない、甘い考え。



レオナは・・・知らない間に自分が”外”の世界に触れようとしていることに、気がついた。
そして、それは一瞬で恐怖に変わる。



コンヤクシャ
”ソト”ノモノ・・・・・・
ワタシヲ、キズツケル・・・・・・・
ヒカリヲ、ウバウ・・・・・・


『あいつらは、化け物だ。人の皮を被った悪魔さ』


あの時の言葉が、頭の中を埋め尽くす。
止めて、そんな目で見ないで。
何も悪いことはしていないの・・・・
傷つけたり、しないよ・・・?
お父様も、私も、皆の事・・・大好きよ・・?



『あいつらが、ここにいるなんて・・・・・俺達の生活はどうなってしまうんだ?町の皆も、こんな化け物を信頼している
なんて・・・・・怖いな・・・・。いつか喰われるぞ・・・』



止めて、そんなこと言わないで・・・!
そんな目で見ないで・・!
お願いよ!




『ああ・・・・おっかねえな・・・・俺達、いつかは殺されるのかね?』



そんなことしないわ!お父様はいい人だもの!
能力者の人達も、いい人よ!
貴方達を殺したりなんかしない!
お父様は、私は・・・そんなことしない!



『・・・・・・あいつらがここにいるからいけないんだ。どうして、ここにいるんだ・・・・殺してやりたい・・・』



━━━━━━━━!!!





コワイ
コワイ
コワイ



恐怖という感情が、レオナの心を支配する。
心配そうに声をかける母親の声も遠くに感じた。






アイタクナイ・・・・!!!!






「嫌だ・・・お父様・・・そんなパーティ止めて・・・・?」
「レオナ」
「いつも通り、家族のパーティで私はいいから・・・・そんな手間のかかること、止めて?」
「聞きなさい、レオナ」
「私を喜ばせようと思ったのでしょう?・・・・でも、私はそんなの嬉しくないわ・・・?婚約者のことだって・・・」
「レオナ!」
やや声を大きくした父親に、びくっと肩をならしレオナは父親を見る。
父は、どこか悲しそうな瞳でゆっくりと言った。





「婚約者のことは・・・3年も前から決まっていたことだ。今、急にの話ではないよ」
「でも私・・・・何も知らないわ・・・・・」
「きっとお前が今のように拒絶するであろうと思ったから、言わなかっただけだよ。少し時間を置きたかっただけだ」
「だったら、これからも言わなくてもよかった!!!」






レオナは俯いて声を上げる。
どうして今なのだ。
ずっと言わなかったのならば、どうして今言うのだろう・・・・・
”外”は怖い・・・・
自分を傷つける世界だ。
そして、その世界に属する、婚約者。
自分と同じ、能力者だろう・・・。
でも、そんなこと関係ない。
問題なのは、彼が”外”の者だということだ。
その者と会えと・・・?






「嫌!絶対嫌よ!! 今の話、私は何も聞いていないわ!!婚約者のことなんて、私知らない!」
幼い子供のように耳を塞ぐ娘を見て、父親は悲しげに顔を歪める。
外を拒絶する娘。
このままで・・・・いいはずがないのに・・・・・・・・
ずっとここで暮らすなんて、誰とも接さずに暮らすなんて・・・・・・
出来ないだろう?レオナ・・・・・






「ずっと・・・・・・この家の中から出ないつもりか・・・・・・・?」
父親の言葉に、レオナは口を閉ざす。
「お前はそれで・・・・・・本当にいいと思っているのか・・・?」
父親の言葉が悲しい響きをもって、レオナの心を刺す。
「そうやってお前は、外の世界の暖かいものまでもを、拒絶するのか?・・・・・憎むのか?」
外に行って、怖い思いをしたのは知ってる。
泣きはらした、あの表情・・・・今でも鮮明に思い出せる。



だけど・・・・・外には怖いものだけではないんだ。
同じ位、暖かいものもたくさん存在するんだ。
お前には、それを知って欲しいんだ。


「レオナ・・・・・・」





父の辛そうな声が聞こえる。
ああ・・・・大好きな父にこんな顔をさせているのは自分だ。






「ごめんなさい・・・・・・お父様・・・・・・・」
かすれる声でレオナは言った。





外に出なくてごめんなさい。
困らせてごめんなさい。
だけど・・・・・・



どうしようもなく怖いんです。





我が侭を言っているのかもしれないけれど・・・・とっても怖いんです。
だから・・・・・・



私は婚約者の彼とは、会いたくない・・・・・・
自分の世界が、壊れてしまうような気がして、とても怖いんです。



お願いします。
どうか私を、この暖かい世界にずっといさせてください・・・・。






レオナが部屋に戻ると、それまで口を閉じていた母が父親に言った。
「どうして・・・・今、急に・・・婚約者の事を? もう少しレオナが落ち着いてからでもよかったじゃない」
母親の言葉にアルダも頷く。
妹の心は今日の事で、更に頑なになってしまった。
なぜ、父親は今この話を・・・?




父親は、暫く黙ると意を決したように口を開いた。



「・・・・・・・・今でなければ駄目だったんだ。時間が、なかったから・・・・」
「何の時間だというの?」
普段の温厚な夫とは違い、どこか恐怖に歪めるその表情が心配で、妻は尋ねる。
この男が・・・・こんなに辛そうな表情をしたことが、今まであっただろうか?
しかし、その様子が、並ならぬことなのだと告げるのも事実。






父親は、がっくりと頭を垂れると、消え入りそうな声で言った。








「レオナが・・・・・・”姫君”に決まった・・・・・・」






BUCK/TOP/NEXT




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2006/10/08