怖がる事は恥ずかしい事じゃない。
「恐怖」というのは・・・誰でも持っている当たり前の感情なんだ。
だから、さあ・・・・
前に進んで・・・・?



親愛ナル少年ト少女ヘ   2     〜少年は力を欲す〜






部屋に響く、繊細な笛の音。
優しげな音色に、部屋に入ってきた人物は目を細めた。
心を穏やかにする彼の音色。
広いその部屋はシンプルな作りだったが、配置されている家具の繊細な作りなどから、この家はとても裕福な家だということが伺える。
その部屋の窓辺で、日の光を浴びながら笛の音を奏でる少年の姿はとても絵になっていた。
少年の淡い金髪が、日の光によって輝く。
儚げな容貌は幼さが残るが、その眼差しには深い慈愛と強さが感じられた。



「・・・・・用があるのなら声をかけてくれてもいいのに・・・」
笛の音が止まり、苦笑とともにやや呆れた声が聞こえる。
少年特有の、やや高い声。
顔を上げると、少年が演奏を止め、こちらに向かってくる所だった。



「美しい音色だったので、もう暫く聞いていようかと思って・・・・」
ふふっと笑って入ってきた人物は目を細めた。


「ありがとうございます。・・・・で、何か?」
母親の言葉に笑って、少年、クロードは尋ねる。
彼の言葉を聞いて、母親は嬉しそうに言った。



「お父様がお帰りになりましたよ。貴方にお話があるのですって」
母の言葉にクロードは微かに眉を顰める。
父が仕事で出かけてから、まだそんなに日付は経っていない。
・・・・今回の仕事は長引きそうで、暫く帰ってこないと聞いていたのだが・・・・
予定が変わったのだろうか・・・?
それにしても、随分と早い。



「話って・・・・・何でしょう・・?」
「さあ?私に聞かれても・・・」
頬に手を当て、微笑む母親にそれもそうだと頷き、クロードは部屋を後にした。



窓の白いカーテンが、風にのって優しく揺れた。









「おかえりなさい、父上」
クロードの声を聞き、振り返ったのは40代半ばの男性。
優しげな笑顔を浮かべると、彼は手招きにて息子を近くに呼んだ。



「お早いお帰りでしたね」
「ああ・・・仕事が早めに終わったんだ。お前の顔も見たかったしな・・・だから早く帰ってきたよ」
笑って、ポンとクロードの頭の上に手を乗せる。
くしゃっと頭を撫でるとクロードは照れくさそうに笑った。



「母上も、父上が早く戻られたので喜んでおられます」
「そうか・・・じゃあ今日はごちそうだな?」
そう言って、まるで少年のように嬉しそうに目を輝かせる。
「きっと父上の好きなものばっかりですよ」
クロードの言葉に、そうか・・・と男性は笑い、離れた所にいる妻に微笑む。
女性は嬉しそうに、花咲いたように笑って頷いた。





クロードの家は、大きな家だったが、使用人は2人しかいなかった。
その使用人も住み込みではない。
決まった時間に、日中だけ来てくれるのだ
料理も、料理長が作るのではない。
この家に料理長はいない。
料理も掃除も洗濯も母親が行っている。
「料理も洗濯も大好きですもの。家族は3人しかいないでしょ?3人分くらい、私がやりたいわ」
そう言って笑った母親を見て、本当に彼女は家事が好きなのだ・・・と改めて思ったものだ。



掃除だけは、なんせ家が大きいので使用人と分担して行っている。
クロードも時々母親と一緒にキッチンに立った。
実は、料理は好きだ。
上手く出来ると、結構楽しい。







「そうだ、クロード」
「はい?」
「・・・・・お前は、覚えているか?昔、私が言ったことを」
ピタリと彼の動きが止まる。
・・・・忘れるわけがない。
父親の瞳とクロードの瞳がかち合った。




「僕に婚約者がいるって話ですよね?」
幼い頃から聞かされていた話。
自分には結婚を定められた者がいる。
婚約者がいる・・・・。
その話を聞いたのは、もう何年も前の事だけど、今まで相手には一度も会ったことはない。



相手の少女は、父親の古くからの友人の娘らしい。
父と友人の仕事は同じだ。
町の議員。
住んでいる町はそれぞれ違うが、大きな会議があるとお互いに顔を合わせるらしい。
お互いの子どもを結婚させようというのは、友人同士の約束だったと聞いた。



婚約者と言われて、不快に思ったことはなかった。
自分の家は、超能力者の家系の中でも「名家」に位置するものだったから。
強い能力を持つ家系・・・「名家」
強い能力を持つ血を残すには、強い血を持っているもの同士が結婚するのが一番いいから。
幼いながらも、クロードはその事を理解していた。



「・・・・・覚えています。・・・相手の子とは、まだ一度も会ったことがありませんが」
「・・・・・住んでいる場所が遠いからな・・・」
クロードの言葉に父親は静かに言う。
相手の少女が住んでいるのは、ここから遠く北に離れた場所に位置する町だ。
とても大きな町・・・。
距離が距離だから、なかなか2人を会わせることが出来ない。



しかし、いくら距離が遠いからと言ってもこれまでに何度も会わせる機会はあったはずだ。
もう何年も経っているのだから。
クロードがそれを疑問に思わなかった訳ではない。
しかし、会えないのにはきっと、何か理由があるのだ・・・・・
そう思っていた。





「・・・・・もう少し先の話になるが・・、お前の相手の子の誕生パーティがあるらしい。それに是非、出席してほしいと言われた」
手紙が来たよ、そう父親は続ける。
「・・・え?」
突然の言葉に、思わずクロードは声を失う。
これまで、一度も会ったことのない婚約者に会えるというのだ。
でも突然どうして・・・・?
「突然でお前も心の準備が出来ていないだろうが・・・・」
時間はあるから・・・と父は続ける。



「父上・・・あの・・・・」
「どうして急に?と言うのだろう・・・?」
「はい・・・」
クロードの言葉に父親はややためらったように口を開いた。



「これまで・・・・お前が相手の少女に会えなかったのには、理由がある・・・・」
「理由・・?」
動揺を抑えて、クロードは冷静を装って尋ねた。
これまで一度も会えなかったのだ。
何か理由があるとは・・・思っていた。
病気か何かだろうか・・・・
しかし、父親の言葉は彼の予想を裏切るものだった。
「彼女は・・・・”外”を怖がっている・・・」
「”外”?」



父親の言葉にクロードは思わず問い返した。
”外”という言葉に、不思議な意味を感じ取ったから。
”外”を怖がるとは・・・一体どういう・・・・
これは、単に外に出ることを怖がっている・・・と解釈してもいいのだろうか・・・・
でも、どうして?




「・・・・言い方が悪かったかな・・・・ならば訂正しよう。彼女は、自分の周囲以外の世界を怖がっている」
父親の言葉に、クロードは軽く眉をひそめた。
「世界・・・というと、人や物・・・・・ですか?」
「それだけではないぞ?植物、動物、風・・・・・文字通り、世界だ。この世の全てのもの・・・・」
「・・・・・意味がよくわかりません・・・・」
分かるようで分からない・・・・・
クロードは、理解しようとした。
世界を怖がるって・・・どういうことだろう・・・・
想像もつかない。
いや、出来ない・・・・



「私達、超能力者は・・・・・能力を持たない人達から、あまりよく思われていない・・・・・・知っているな?」
父親の言葉に小さく頷く。
知らないはずはない。
全ての人がそう思っていないのは知っているが、やはり自分たちは異質の目で見られるのだ。
しかし、それはしかたがない・・・・そう思ってきた。
いや・・・どこかで諦めていたのかもしれない。
もし、自分が能力を持っていなかったら?
自分たちが持たない能力を持った人々がいる・・・・どう思うだろう?
怖い・・・・そう思うかもしれないじゃないか。
だから、そう思われてもしかたがない・・・・そう思ってきた。
悲しいことだけど・・・・でも、仕方がない。
それに、能力を持たない人々でも、自分たちによくしてくれる人たちは沢山いる。
・・・・・嬉しかった。





「彼女は外の世界は、自分を傷付けるものしかないと・・・そう思っている」
だから、彼女は外に出ない。
傷付きたくないから。
怖いから。
だから、自分の存在が安全に保たれる所から出ない。
家の中だけが安全だと・・・・そう思っているのだ。



「自分の周囲の人間は全て危険なものだと思っている。能力を持つ者持たない者は関係ない。屋敷の外にいるものは
・・・・・自分を傷付けると・・・」


これを、「世界」を怖がると言わずに何と言う?
父親は、寂しげに笑った。
「・・・・・何が原因か・・・・私には分からないよ。しかし、彼女の父親の話によると、幼い頃に町に出て以来様子がおかしいと言うから、恐らく、その時に何かあったのだろう・・・」



幼い心に刻み付けられたトラウマ。
超能力者であるが故に投げかけられた言葉。
悪意で満ちた、辛い視線・・・・・
それは、剣で傷付けられるよりも、もっと痛い・・・
それは、息が止まるくらいに、とても苦しい・・・




「彼女の父親が言ったよ。いつまでもあの様な調子では駄目だ、少しづつでも外の世界に触れさせないと・・・とね」
「それで、誕生パーティを?」
「ああ。私たちの他にも、多くの名家の人達が出席するよ。彼女を初めて目にする人も多いだろうからね、
皆楽しみにしている」



名家の中でも名が高い、スタルウッド家のご令嬢。
それだけでも、人々が集まるのには十分だ。
しかも、これまで決して人前に出たことのない・・・と聞けば、それはなおさらのこと。
きっと・・・多くの人達が集まるだろう。
外が怖いという少女・・・・
自分の周囲以外を敵だと・・・・そう思い込む少女・・・・
果たして、大勢の人々が集まる前に出ることができるだろうか・・・。





「・・・・クロード・・・?」
「えっ・・・・」
静かに呼ばれてクロードは、はっと目を見開く。
慌てて父親の顔を見ると、どこか心配そうな表情をした父親が目に入った。



「あ・・・すみません・・・・」
ぼうっとしていて・・・と苦笑する。





「お前、行けるか・・・?パーティに・・・」
婚約者に、会うか・・・・?
父親とクロードの視線が、静かにぶつかった。
パーティの開催はまだ先と言えども、大きなパーティになるのだ。
返事は早めにしておかなければならないのだろう。
もし、まだ心の準備が出来ていないのなら、断ってもいいんだぞ?
少し遠慮がちに、そう告げる。





外を怖がる・・・・
世界を嫌う少女。
それはすなわち・・・・・・・・・









自分も、拒絶されてしまうかもしれない・・・・・








でも・・・・・
会いたいんだ。
どうしてだか分からないけれど
そう強く願った。
そう望んだ。
心に従うというのは・・・きっとこういう事なのだ・・・





「・・・・・・はい、行きます・・・・・」






もうすぐ会える・・・・・・
もうすぐ・・・君に会えるよ・・・・










BUCK/TOP/NEXT



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(それは運命付けられたもので、出会うことは必然で・・・・
自分の意志で強く望んだことさえも、まるでシナリオのように一瞬の狂いもなく・・・・)









2006/09/16