記憶の扉



空気が震えたかのように思えた・・・・
クロードはゆっくりと息を吐きながら外を見つめる。
先程のあれは何だったんだろう・・・・
体の熱さはまだ残っている。



その時、部屋のドアが音を立てて開いた。
本を読んでいたリョウも、ベッドに寝転んでいたサクラも、何事かと視線を向ける。
入ってきたのはルカだった。
全力疾走だったのだろう、息切れがひどく、顔が真っ赤だ。



「ルカ!?」
驚いた様子のリョウの言葉に何も答えず、ルカはクロードの方に駆け寄った。
一緒にいるはずの彼女はいない・・・・
嫌な予感がする。
「・・・レオナは?」
ルカが口を開くよりも前にクロードは尋ねる。
「一緒じゃ・・・・ないの?」
黙り込むルカにクロードの不安は大きくなる。
「・・・・何があったんだい?」
これは疑問ではない。
確信だ。



「来て・・・クロード・・・」
息を整えながらルカはそう言う。
「レオナが・・・・資料館に・・・・・・」
そこまで聞くとクロードは飛び立つ。
体がまだ、重くて熱い。
でも・・・・行かなければ・・・・
今度こそ、僕は君の傍にいるんだ。



「ルカちゃん、大丈夫かい?」
サクラの問いにルカは頷く。
「僕らも行こう・・・・」
リョウの言葉に2人は彼の方に向き直る。
「心配だ・・・・」
真剣な彼の言葉に、サクラとルカは頷いた。









イカナイデ、イカナイデ・・・・それ以上進んでしまったら駄目・・・・
一緒に逃げよう?手を繋いでいたら、きっと逃げられるわ。
誰も追いかけてこないように、風のように走ろう?
ねぇ、どうして・・・・?
どうして逃げようとしないの?早く!
こっちに来て・・・!!!



「嫌だ・・・・・止めて・・・・・止めて・・・・・・」
涙が止まらない。
溢れ出して止まらない。
私はこんなにも弱かったのだろうか、涙1つ止めることが出来ないだなんて。
情けない、だけど・・・・・
痛い・・・・
苦しい・・・・・・




「レオナ!!!」

声が聞こえる・・・・
愛しい貴方の声が聞こえる・・・・
これは夢?それとも幻?
夢ならなんていい夢だろう・・・・このまま覚めなければいいのに・・・・



「レオナ!無事か!?」
彼女の周りを風が吹き荒れる。
これは彼女の能力が無意識に彼女を護っている証拠。
クロードの声が聞こえたのか、レオナはゆっくりと振り返る。
しかし、その瞳は焦点が定まっていないらしい。
レオナの瞳からは涙が溢れていた。
栗色の瞳から絶えず涙が流れては頬にしみをつくる。



クロードは彼女の前にあるケースに視線を移した。
その中には金色の鎖。
それを見たクロードは目を見開く。
見間違えるはずがない・・・あれは・・・・・・!!
刹那、クロードの小さな体に痛みが走る。
体が熱をもつ。
炎に焼かれるような熱さ。
「・・っ!」
先程と同じ・・・・・・
元の姿に、また戻れるか!?そんな想いが頭を過ぎる。
一瞬でもいい・・・また元の姿に戻れるのなら、こんな痛みはどうってことはない・・・・
彼女の傍にいると決めたんだ。
今度こそ離れないと誓ったんだ。
だから・・・・




体の痛みが強くなる。
光が自分を貫いたような、激しい痛み。
しかし同時に感じたのは自分の小さな体が大きくなる感覚。
自分の腕に視線を移すと、翼であるはずのそれは、人間の手に変化していた。
「レオナ・・・!」
その瞬間、彼は躊躇せず彼女をまとう風の中に飛び込んだ。
そして強く抱きしめる。
彼女護ろうと風が刃となってクロードを襲う。
彼の頬をかすめ、血が流れた。




「ここにいる・・・・・ここにいるよ・・・・・」
彼女の体をきつく抱きしめる。
「傍にいるよ・・・・」
風が弱まっていく。
目を見開いて涙を流していた彼女の瞳が、初めてクロードを捉えた。
「クロ・・・・ド・・・・・?」
「うん」
「夢じゃな・・・くて・・・・?」
普段の彼女からは想像も出来ないであろう、か細い声・・・・・
瞳からまた、涙が流れた。
「夢じゃないよ」
ほら、この体温感じるだろう?
風が止まる。
レオナはクロードの切れた頬に触れながら言葉を発す。




「クロ・・・ド・・・・鎖が・・・・・金の・・・鎖・・・・・」
「うん」
「7年前の・・・・・あの・・・・」
「うん」
そう言ってまた抱きしめる。
クロードの金髪の髪がさらりと音を立てて流れた。




「レオナ!!」
声がしてクロードは彼女の体を離す。
リョウとルカ、サクラが駆けてきたのだ。
「大丈夫だ」
クロードが声をかけると、ルカは安堵の息をつく。
「レオナ・・・・」
彼女の言葉にレオナは小さく頷く。
「ルカ・・・・・ごめんなさい・・・・・」
リョウとサクラも事態の収拾がついたことにほっと息を吐く。
とにかく、皆が無事でよかった・・・




この資料館は、遺跡の発掘物があるというのに無人だった。
そのことに違和感を感じつつ、リョウはレオナを落ち着かせるために椅子に座らせる。
彼女の顔には落ち着いたのか、頬に赤みが戻ってきつつある。
「大丈夫?」
「ええ・・・・」
リョウの言葉に小さく頷く。
普段のそっけない態度とは違う、弱々しい彼女にリョウは驚きつつ不安げな表情になる。
彼女に何が起こったのだろう。




「間違いない・・・・」
クロードの言葉にレオナは俯いていた顔を上げる。
そして人間の姿の彼に目を見開く。
「どうして・・・・?今はまだ・・・・」
「・・・・分からない。この町に到着してから・・・・おかしいんだ」
「クロード、宿屋でも一度、元の姿に戻ったんだよ・・・・」
リョウの言葉にレオナは目を瞠る。
一体・・・何故?




クロードはケースの中に展示されている金の鎖から目を離すと、レオナの方に向き直る。
「これは・・・・・この鎖は・・・・間違いない。・・・僕の物だ・・・・」
間違えるはずもない・・・・
大切な物だから・・・そして、もう存在しないものかと思っていた・・・・
7年前になくなってしまったものだと思っていたから。




「これがクロードの・・・?どういうこと?」
リョウの言葉にクロードは彼に視線を向ける。
「言葉通りの意味だよ、リョウ・・・・この鎖は、僕の物だ・・・・」
そこにサクラが割り込む。
「ねぇ、クロード・・・・前々から気になっていたんだけど」
「なんだい?」
「君は・・・・超能力者かい?」
サクラの言葉にリョウは、はっとした表情になる。
それは彼も気になっていたこと。
レオナは超能力者だ。
風と樹の能力をもつ・・・非常に強い力をもつ能力者。
じゃあ、彼女といつも一緒にいるクロードは・・・・?




「ああ・・・そうだよ」
サクラの問いにクロードは静かに頷く。
「でも僕がもつのは、レオナや君のような能力じゃない。僕がもつのは召還能力」
「召還?」
「クロードは、自分で契約した魔物を自由に呼び出せるのよ・・・・」
それまで黙っていたレオナが小さく呟く。
「そして、その召還に必要だったものが、あの鎖だよ」
美しく輝く、金の鎖。
たくさんの血で汚れたはずなのに、未だにその輝きは失われていない。




「でも・・・・7年前に無くなっていたものだと思っていた。・・・・いや、無くなったはずなんだ・・・・」
それなのに、確かに存在している。
半ば、恐怖のような感情が生まれる・・・・・
どうして・・・・ここに・・・?




「7年前・・・・何があったんだい?クロード・・・・」
彼が呪いにかかったのも7年前だ。
彼らの全てがそこに繋がっている気がするのだ。
リョウの言葉にクロードが微笑む。
ああ・・・やはり、もう話す時なのだ。
これからはもう、逃げれない・・・・・




「いや!話したくないなら・・・・・」
いいんだ、そう言おうとしたリョウの言葉を遮ってクロードは首を振る。
「いや・・・・聞いてほしい・・・・3人に」
そしてレオナに視線を移す。
彼女も頷いた。
覚悟を決めた、そんな顔で。




話そう。
私達の出会いの物語・・・・・
とても幸せで暖かい記憶。
同時に、忘れたくても忘れられない・・・・あの悪夢のような記憶を・・・・






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次回からレオナとクロードの過去編です。





2006/07/15