古きものから学べという言葉がある・・・。
私達は古き教えからさまざまなことを学び、そして現在を生きている。
だけど、古きものは決していいことばかり教えるわけではない。


ああ・・・知りたくなかった。
思い出したくないのに・・・・


クロード、貴方の言った通りだわ。
私達はもう、このままではいられないのね。



金の鎖からは絶望と約束を 〜Dear Lover 〜




「レオナ、外に行ってみない?」
ルカの言葉にレオナはベッドに横になっていた姿勢を起こし、彼女の方に視線を向けた。
「ここで、生命の螺旋についての情報を見つけるんでしょ? 外に行ってどんな施設があるのか見てみようと思うんだけど・・」
そこまで言ってルカは視線を下に向けた。
前で組んだ手をもじもじと動かしている。
その仕草が小動物の様でなんだかおかしくて、レオナはくすりと笑うと頷いた。
ルカはどうして自分が笑われたのか分からなくて、きょとんとしている。
その表情もまたおもしろい。



「いいわ。行きましょう?」
レオナが言うとルカは一瞬驚いた表情になる。
まさか、こんなに快く引き受けてくれるなんて思わなかったから・・・・。
「・・・・ルカ?」
「え!? あ、うん!」
行こうと差しのべた彼女の手をレオナは握る。
ふと、ルカは言った。




「レオナって笑うととっても可愛い」
その言葉に驚いてレオナは目を見開く。
「・・・・そんな風に言われたのは・・・・初めてよ、ルカ」
可愛いだなんて、自分には無縁の言葉。
「そうかな?いつも笑っていればいいのに」
今も美人だけど、笑ったほうがもっと素敵よ?
ルカの言葉にレオナは俯く。



自分が笑わなくなったのはいつからだったか・・・・・
思い出せない・・・というのは嘘。
いつからかなんて、自分では痛いほど分かっているわ。

『笑った顔が好きだ』

あの日、金髪の少年が言った言葉が少女の脳裏をかすめた。






「リョウ、サクラさん、クロード、レオナと一緒に外に行ってきます」
ルカの言葉にリョウは驚いて目を見開く。
レオナが!? 
彼女がクロード以外の誰かと外に行くなんて!!!
リョウのその表情に気がついたのか、レオナが眉を寄せる。



「・・・・・・何か言いたげね、リョウ」
「うえっ!? いや、別に!」
慌てて手を振るリョウにレオナは息をつき、リョウの隣にいる金色の鳥に視線を移した。
クロードは優しい瞳で彼女を見つめている。
「いってきます」
「気をつけてね」



彼の言葉に目で頷くと、レオナはルカと一緒に外に出た。
「いいねぇ、女の子2人、仲良くなって」
サクラの言葉にクロードは頷く。
彼女の頑なな心が、少しずつほぐれていっているような感じがする。
それは、仲間達と一緒に旅を始めてから・・・・
彼らとの旅が確実に彼女の中の何かを変えている・・・・そう感じた。









「やっぱり、遺跡があるだけに研究所や図書館が多いわね・・・・」
「リョウが喜びそう」
ルカの言葉に、確かに・・・とレオナは頷く。
彼なら喜び勇んで、ここに入り浸るだろう。
その様子が容易に想像できて2人は顔を見合わせ、肩をすくめる。
レオナはルカの横顔を見ると呟いた。
「ルカの笑顔は・・・・素敵ね」
小さく呟いたものだったが隣にいた彼女には聞こえたらしい。
ルカはレオナを見つめると、苦笑したように笑った。



「そんなこと、ないよ」
それは謙遜でもなく、本心からの言葉。
「だけど、貴方の笑顔はとても穏やかで・・・安心する。いつも笑顔なのって凄く難しいのに・・・」
羨ましいと思ったこともあった。
そんな風に笑えたら・・・・そう思ったこともあった。




「笑いたくもない時に笑うのって、結構きついんだよ?」
ルカの言葉にレオナは彼女の顔を見る。
ルカは困ったように笑ってレオナを見つめていた。
「私、一座にいたじゃない? 私の役割は公演に来てくれたお客さんを楽しませること。どんなに悲しい時があっても、
笑っていなきゃいけないの。本当は泣きたいのに笑っているなんて、自分では変な感じがした・・・・」
それでも公演に来てくれた客たちは「素晴らしい舞だった」 「いい笑顔だ」と言って帰るのだ。



喜んでくれたのは嬉しい。
だけど、その笑顔は私の本心の笑顔じゃないんだよ?
声に出して言いたかったのは1回ではない。
それでも舞は自分の生きがいだから、好きだから、彼女は舞を踊らなかった日はない。
この旅が終わっても、自分はまた、あの一座に戻るのだ。
大切な家族・・・・・自分の居場所。




「今は?」
レオナの静かな言葉にルカは目を瞠る。
今は、どうなの?
貴方は・・・心から笑っているの?



「レオナ、私、旅に出てよかった」
ルカは呟く。
自分の知らない世界を知れたから。
リョウに、サクラさんに、クロードに・・・・そしてレオナに会えたから。
一座という限られた世界じゃなくて、もっと広い世界に足を踏み出せたから・・・・
「後悔はしていないの。毎日が楽しくて、新鮮で・・・・辛いこともあるわ。でも、平気」
自分が少しだけ、強くなれた気がするから。



「皆がいるから、私は笑える」
笑うことは義務でない。
辛い時は涙を流せばいい。
傍にいる人が必ず手を伸ばしてくれるから。
きっと旅が終わって、一座に戻った時もまた、悲しいことはあるだろう。
その時は笑わずに涙を流そう。
団員の皆の前で泣いて、そして涙がかれたらまたお客の前に顔を出すのだ。
そしたらきっと、また笑顔でいられる・・・・
「今は心から笑えるの、レオナ」
だから、ねぇ、貴方も笑って?
貴方が抱えているもの、少しでもいいから私達に分けて?




ルカの言葉にレオナは口元を少し上げた。
「そう・・・・よかったわね」
そして小さく呟いたのだ。
「ありがとう」
目を細めて微笑んだ彼女を見て、ルカは思わず頬を赤く染めた。
同じ女の子同士でもどきどきする・・・と。







「資料館?」
やや大きな建物の前に2人が立ち、呟いたのは同時だった。
「遺跡から出たものを展示してるとか?」
「あと、貴重なものっていう可能性もあるわ」
何はともあれ、入ってみる価値はありそうだ。
生命の螺旋が何なのか分からないのだ。
螺旋という名前がついているくらいだから、物である可能性は高い。
ここに何か手がかりがあるかもしれない・・・・
2人は入り口のアーチへと足を踏み入れた。
アーチをくぐった時、レオナの心臓が大きくドクンと脈打った気がした。





「っ・・・!」
「クロード?」
宿屋の部屋でくつろいでいた、リョウとサクラとクロードだったが、突然クロードが苦しそうに呻き、思わずリョウは駆け寄った。
「苦しいのかい?」
サクラの言葉にクロードは、ゆっくり首を振る。



「大丈夫・・・・もう平気だ・・・・」
しかし、小さな体で浅く行う呼吸はどう見ても苦しそうだ。
彼に一体何があったというのだろう。
クロードは自分の体が熱くなっているのを感じた。
体が焼けるように熱い・・・!
まるで炎の中にいるような・・・・
ぼんやりと意識が遠くなりそうな感覚を必死に留める。



その時だった。
クロードの小さな体が淡く光り、鳥のいた場所に金色の髪を一つにくくった少年の姿が現れる。
それはクロードの本当の姿だった。
「クロード!?」
リョウとサクラは目の前の光景を呆然と見つめた。
クロードは呪いにかかっているのだ。
彼は月の出ている夜に、契約の呪文を唱えないと元の姿に戻れない。
でも今は、月は出ていない。
今は・・・・昼なのだ。



「っ・・・・!! 熱い・・・・!!」
「クロード!」
彼の顔は真っ青だった。
この体の熱さをクロードは知っている。
体が焼けそうな、強い炎・・・・
泣き叫ぶ彼女。
そして周りは血の海・・・・・
「レオナ・・・・・戻って・・・・・・」
それ以上進んではいけない・・・一人では無理だ・・・・
一緒に・・・・皆で一緒に・・・



「レオナ・・・戻るんだ・・・」
そう呟くと、クロードの体は光り、再び鳥の姿に戻る。
崩れ落ちた小さな体をリョウは受け止め、そっとベッドに寝かせる。
リョウもサクラも、何が起こったのか分からなかった。
ただ、2人で出かけた少女達のことが、どうしようもなく不安になったのだ。








恐らく遺跡から発掘されたものだろう・・・・
古い調度品が綺麗に飾られているのを見ていたレオナは、引き寄せられるように一つの展示物のほうに歩を進めた。
まるで磁石のように体が吸い寄せられるのだ。
自分を呼んでいるように・・・・
ルカが声をかけたが、彼女はそれには答えずに真っ直ぐに進む。
鼓動が早くなる。



心臓が大きく脈打つ。
彼女は一つのケースの前に辿り着いた。
追ってきたルカもそのケースを見つめる。
ケースの中に飾ってあったのは、細く長い、金の鎖だった。
細かい細工がほどこされてあって、美しい。
一つ一つに古代文字のようなものが彫ってあり、かなり古いものだろう。
しかし、その長い月日を感じさせないほど、その鎖は美しく輝いていた。



優しく光るそれは・・・・まるで月の光のよう・・・・
ルカはそれをうっとりと見つめていたが、レオナは恐ろしいものを見るような目でそれを見つめた。




どうして・・・・・
どうして、これがここに・・・・?
だって、これは・・・・これがここにあるはずがないのに・・・・!!
彼女の手がガタガタと震える。
「ど・・・して・・・・?」
「レオナ?」
彼女のただならぬ様子にルカは心配そうに声をかける。
「ど・・して、これ・・・・ここに・・・・・」
だって、これは・・・・




『レオナ、逃げて!!』

母の声が頭に響く。
ああ・・・これは7年前の・・・・・・

『ここは、私にまかせて、お前らは行くんだ!!』

兄の声が響く・・・・止めて・・・もう止めて・・・・・
私はこの後の結末を知っている。

『クロード、レオナを頼む』

父だ・・・・お願い置いていかないで・・・・一人にしないで・・・・!!
冷たい所に置いていかないで!

『君は振り向かずに走って』

目の前に映るのは、金髪の髪の優しい少年。
愛しい人・・・・
嫌だ・・・・駄目だ・・・・・行かないで、行かないで・・・・!!
クロード・・・!!
一人にしないで、一緒にいて!



イカナイデ・・・・!!



瞬間、レオナの目の前が真っ赤に染まる。
そう、私はこの後を知っている。
彼らが・・・・・・



「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「レオナ!!!」



恐怖の表情でレオナが耳を塞いで絶叫する。
ルカは驚いて彼女に近づく。。
栗色の髪の少女は見開いた瞳から、大粒の涙を流す。



彼女のただならぬ様子にルカは彼女の背中に触れようとする。
しかし、触れるはずだった彼女の手は彼女から弾き返された。
「何・・・・?」
ルカは目を瞠る。
レオナの体から風が現れ、彼女の体を纏っているのだ。
一体何が・・・・・
ルカは彼女の傍にいようかと、一瞬迷った。
しかし、この状況で彼女を落ち着けられるのは彼しかいない。




「レオナ、少し待ってて!」
ルカは宿屋に向かって駆け出した。
そう、彼女を助けられるのは彼しか・・・・




涙を流し続けるレオナの前でケースに入っていた金色の鎖が優しい光を発していた。








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2006/07/15