前夜  3



背中が強張るのを、レオナは感じた。
何だろう、この感覚は・・・・
恐怖・・・・いや違う。
もっと、もっと複雑な何かだ。
さまざまな感情が彼女の中で渦巻く。




「レオナ・・・?」
クロードの声でレオナは我に返る。
傍にいたサクラも、怪訝そうな顔で彼女を見つめていた。
「どうしたんだい?」
「え・・・」
「顔が真っ青だ」
「大丈夫よ」
そう、大丈夫・・・・何でもない・・・・
気のせいだ。
きっと・・・・何も、何もない・・・・・・
胸を押さえて、レオナは小さく息を吐く。
その時、サクラが何かを感じたように、目を閉じた。




「・・・・・何だろう・・・・何か、聞こえる・・・・」
サクラの声にクロードとレオナは耳をすませる。
そうだ・・・・彼の言うとおり、確かに何か聞こえる・・・
小さい、微かな・・・・・
これは、何?
「何の音だろう・・・・」
クロードの声を聞きながらも、レオナは目を閉じてその音を聞き取ろうとする。
鈴の音・・・・?
いや、違う・・・・鈴の音よりも、もっと澄んでいて、それでいて力強い・・・・
その音は、始めは小さかったが次第に段々大きくなる。
違う・・・・これは・・・・・
「人の・・・声?」
「ええ・・・これは・・・・・・」
音ではない・・・人の声だ・・・・
美しい声・・・・人の心を捉えて離さないような・・・・澄んだ声・・・・・
暫く聞いていると、その声にメロディーラインを含んでいることが分かった。
これは・・・・・




「唄・・・・?」



クロードの声にサクラも頷く。
そして、この歌声にサクラは聞き覚えがあるのだ・・・・。
そう、それはレノールで・・・・・旅一座で・・・・・
そう、彼女の歌声・・・・。




「ルカちゃん・・・・?」
蒼の髪をもつ、仲間の名前を、無意識に呟く。
そうだ・・・彼女の声・・・・・
でも、どうして・・・・何故?
美しく、安らぎを与える彼女のこの歌声が、今はどうしようもない恐怖を与える。
どうして彼女は唄っている・・・・?




「何か・・・・あったのね・・・・」
レオナが呟く。
先ほどの妙な感覚が、確信に変わる。
そして、この唄が不安を強くする。
2人に何があったというのか・・・・・




「行こう・・・」
サクラの言葉に、レオナとクロードは頷いた。















「ルカ!」
リョウが声をあげても、ルカは何も言わず、ただ冷たい表情で彼を見つめていた。
その表情は、どちらかというと無表情に近くて・・・・・
普段の穏やかな笑顔を知っているリョウは、目の前にいる少女があのルカだなんて、思えなかったのだ。
彼女は一体、どうしてしまったのだろう・・・・・・




「ルカ、どうしたっていうんだ!? こっちに来て!!」
そうして、リョウが彼女に近づこうとすると、ルカは腰に差してあった剣を抜くとリョウに向けた。
「ルカ・・・!?」
「近づくな・・・・・歯車・・・・・」
冷たい表情、冷たい瞳・・・・そして彼女のものとは思えない低い声が響く。
そして、彼女は自分の事を「歯車」と呼んだのだ。



「お前は・・・・誰だ・・・・」
彼女は、ルカじゃない・・・・じゃあ、誰だ・・・・・
先ほど彼女が自分に逃げろと言ったのは、この為だったのか・・・・
「近づくな・・・・歯車・・・・」
ルカは、先ほどと同じ言葉を繰り返す。
「お前は・・・・触れすぎた・・・・あのお方の怒りを駆った・・・・・・・」
意味が分からない。
あのお方・・・・!?
しかし、分かったのはルカの意識が乗っ取られているということ。
「ルカ、目を覚まして!戻ってきてよ!」
リョウはそういうと、ルカに手を伸ばした。
彼女の手に触れるか触れないかの所で、肩に痛みが走る。



「・・・っ!!」
ルカが向けていた剣先が、リョウの肩を掠めたのだ。
「触るなと言ったはずだ」
低い声でルカがリョウを睨みつける。
その時だった





「オッケー!詠唱終わり! ハーゼリゼン!!」
青年の声がしたのと同時にリョウとルカの間に黒い塊が落ちてくる。
その塊はメキメキと地をえぐった。
重力の塊だ。
「サクラさん!レオナ!クロード!!」
駆けつけた3人に思わずリョウは声を上げる。
「大丈夫かい?リョウ君!」
「は、はい・・・!」
「ルカ・・・!?」
レオナがルカの姿に目を留め、微かに驚いた声を上げる。
「急に倒れて・・・・誰かに、意識を乗っ取られたみたいなんだ・・・!」
リョウの声に3人は目を見開く。




「歯車が2人・・・・・それに、姫君と守人か・・・・・・・・・」
「姫君に守人だって・・・?」
ルカの言葉にサクラはレオナとクロードに視線を移す。
「どうしてお前達がここにいる・・・・?歯車と一緒にいて・・・・毒されたか?」
ルカは嘲るように笑った。
リョウは拳を握りしめた。
その冷笑を浮かべる表情が、もう彼女の意識は深いところに押しやられてしまったのだと痛感させる。
「守人よ・・・・お前は、姫君が道を踏み外さないように監視しなければならないだろう?」
ルカの視線がクロードを捉える。
クロードは彼女に冷たい視線を投げかける。




「得体の知れないものに言われる筋合いはない・・・・それに、僕はレオナの意思に従う。彼女を護るのが僕の義務だ」
「守人も・・・・落ちたものだな・・・・」
「お前は・・・何者なの?ルカを解放しなさい」
レオナの言葉に、ルカの目が見開く。
嘲る表情は、一変にして怒りの表情に変わった。
「解放しなさいだと!? 滅びの血がよく言う!! 私に命令する気か!お前にとって、この方は邪魔な存在だろうが!!」
「・・・・!」
レオナの顔色が変わったのをクロードは見逃さなかった。
腰に差してあった剣を抜くとルカに突きつける。




「レオナを侮辱するな」
「クロード、止めろ!!」
冷たい声を上げるクロードにリョウは叫ぶ。
ルカに取り付いているのが何か分からない・・・・しかし、体は彼女のものなのだ。
「・・・・おかしな所で守人気取りか」
ルカは目を細めてクロードを見る。
「彼女を解放しろ」
「嫌だと言ったら?」







「力ずくでも解放させるわ」
レオナの声が響く。
彼女の足元には既に魔方陣が現れていた。
「・・・・面白い・・・・滅びの血が私を倒すというのか?」
面白い・・・・全くもって面白いではないか・・・・・
しかし、目の前のこの少女は・・・やはり歯車と接触しすぎたのかもしれない・・・・
ああ・・・毒されている・・・・
だから、今回の歯車はいけないのだ・・・・・
それに守人も彼女の言いなりだ・・・・
このままではいけない。
少し痛い目を見てもらわないといけないか・・・・・
こっちは、いろいろと計画が崩れてきているのだ・・・・





ルカは口元を上げると、剣を構えた。
「リョウ、剣を構えて」
「え・・・」
「力を持ってしないと、ルカは解放できない・・・・傷つけてしまうけれど・・・・これしか方法がないわ」
「・・・・・・・・・・分かった」
レオナの言葉に頷き、リョウも剣を構える。
綺麗ごとは・・・言えない。
剣を振るう理由・・・・もう、間違えない。
クロードも剣を構え、レオナとサクラは後ろに下がる。
2人の足元に魔方陣が現れる。




面白い・・・・逆らうか・・・・・あのお方に・・・・・



ルカが剣を振るおうとした時、彼女の頭に声が響いた。



『もういいよ・・・・充分だ』
「しかし・・・!!」
『今回の目的は、牽制。充分その役割は果たしたよ』
「しかし・・!ここまで来て引き下がるなど・・・!!」
『・・・・私がいいと言っているんだ。引け』




暫く黙り込んでいるルカに、リョウたちは怪訝そうに、その様子を見つめる。



『”大切なルカ様”がどうなってもいいのかい?』


「それは・・・・!!!」


ルカが急に声を荒げる。
一体どうしたというのだろう・・・・・
彼女の表情には明らかに焦りが見える。
誰と話しているのか・・・・


「分かりました・・・ここは引きます」
「!!」
ルカの突然の言葉にリョウは目を見開く。


ルカは一度、リョウたちを一瞥するとその場に倒れ込んだ。
「ルカ・・・・!!!」
倒れ込んだルカをリョウは抱きとめる。
彼女は眠っているようだ。
規則正しい寝息が聞こえる。
よかった・・・・・
リョウはほっと息を吐く。




彼女に何があったのかは・・・分からない・・・・
そして、彼女に取り付いていたのは何者なのか・・・・
そして・・・・・・・
リョウは後ろにいるレオナとクロードに視線を移した。
”姫君と守人”
ルカに取り付いていた者が言っていた言葉が頭を過ぎる。
謎が深まるばかりだ・・・・
まるで迷宮のように、ぐるぐると回って・・・・・抜け出せない・・・・




夜は・・・・深い・・・・・












BUCK/TOP/NEXT








----------------------------------------------------------------------------------------


少しずつ、明らかになっていく真実・・・・・それが姿を現すのはまだ先のこと・・・・・・





2006/06/24