それ以上、近づくな。
それ以上触れるな。
お前が触れていいものではないのだ。


その唄も舞いも、彼女の微笑みも、全ては私だけのもの。
汚らわしいお前が触れては彼女が汚れる・・・・。


ねぇルカ、もう一度唄って?




前夜  2




「早いとこ薪を集めて皆の所に戻ろう?」
リョウの言葉にルカは頷く。
私一人でも大丈夫だったんだよ?という言葉が喉まで出てきたがそれを口にはしなかった。
リョウの気遣いを無駄にしてしまう。
それに、正直嬉しかったのだ。
自分を心配してくれたこと。
そして、・・・・



「リョウ、変わったね」
「え?」
「この前と、雰囲気が全然違う」
この前とは戦闘でルカが怪我をしたときのことだ。
リョウは自分の所為だと激しく落ち込み、ずっと自分を責め続けてきた。
しかし、今の彼からはあの時の落ち込みは感じられない。
むしろ、瞳が強い輝きを放っている気がした。



「あの時の出来事を忘れようとしてるんじゃないよ」
リョウが薪を拾う手を止めてルカを見て言った。
「うん」
「僕は、自分の力を過信して、ルカを傷つけたこと、忘れてない」
「リョウ、だから・・・」
それは違う、と言おうとしたルカの言葉を遮り、リョウは続ける。
「いや、僕が悪いんだ・・・ごめん、ルカ。でも、誤解しないで・・・僕は今はそうやって自虐的になってる訳じゃないから・・・」
そう、それを理由に蹲っている時間は、もう終わった・・・。
進まなければいけないから・・・自分達は・・・。



「むしろ、僕は忘れない」
「え?」
「中途半端な気持ちで剣を握り、君を傷つけたこと忘れない」
仲間を、傷つけたのだ。
自分を見守ってくれてた少女を、傷つけたのだ。
それは、自分に武器を持つ上での必要な覚悟がなかったからだ。



「覚悟」
リョウの言葉にルカは目を瞠る。
「教えてくれたんだ、大切な事・・・・武器を持つ上で、大切な事・・・・」
あの少年は去り際にそう教えてくれた。
命を奪うという覚悟。
命を奪われるという覚悟。
奪ったことで恨まれる覚悟。
仲間に命を預ける覚悟。
仲間の命を背負うという覚悟。
「武器を持ったら、もう今までの日常とはさよならなんだ」
守られる生活は、もうない・・・・。
旅を続けているのに、今になってそれがはっきり分かるのは、遅すぎるような気がするが。
いや、遅いのだ。
いつまで経っても気がつかなかった。
だから、こんな結果を招いた。



「サクラさんや、レオナみたいな、超能力者に甘えていたのかもしれないな・・・・」
自分は能力が使えないから・・・とどこかでそんな言い訳をしていたのだ。
それでいて、力を持ったから、今度は自分が皆を守るなんて、ヒーローめいたことを言って。
「・・・そうだね・・・・でも・・・」
ルカが口を開く。
確かにそうかもしれない・・・・。
そして彼には欠けていた。
『覚悟』が。
だけど・・・・
「気がつけて・・・自分の中で答えが出て、よかったね・・・リョウ」
迷うことを、恐怖することをルカは知っていた。
自分が歯車だと知ったとき、恐怖で踏み出せなかった事が頭を過ぎる。




「私は・・・自分が歯車だって知ったとき、怖かった・・・」
「うん」
「リョウ達と一緒に旅に出れば、危険に足を踏み込むことになるって知ってたから・・・・」
「うん」
臆病な自分。
だけど、恐怖が自分の体を支配してどうしても動かなかった。
だから、1度は彼らを遠ざけようとしたのだ。
しかし、背中を押してくれたのはレオナと、リョウのあの言葉だ。
「後悔しないように・・・」
「え?」
「リョウが私に言った言葉。私は、あの言葉で旅を決めた・・・」
彼が自分に言った時、思った。
ああ・・・私は彼のようにはなれない・・と。
しかし、レオナから、このままでは大切な人が消えてしまうと言われた時に彼女の背を押したのは、紛れもなく彼の言葉だ。
「リョウ、私・・・後悔はしたくなかった・・・」
ルカの蒼の瞳がしっかりとリョウを見つめる。
「そして、今でも私は、旅をしてることを後悔してない」
それは自分の意志で決めたことだから。
一座の皆が恋しくなることはあっても、旅を止めたいと思ったことはない。
そして、そのきっかけをくれたのは・・・・
「私に旅をする『覚悟』をくれたのは、貴方の言葉よ・・・・リョウ・・・」





風にのって、ルカの美しい蒼髪が揺れる。
彼女の穏やかな微笑に、リョウは思わず見惚れた。
顔が朱に染まっていくのが分かる。




「ありがとう」
「・・・・・僕は何もしてないよ」
「そんなことない。私はずっと・・・言いたかった」
今、自分がここにいるのは彼のお陰だから。
だから、感謝の言葉を。
「ありがとう、リョウ」






「僕こそ」
リョウはルカのほうに近づいた。
彼女の髪に触れる。
蒼のそれは、まるで海のようで・・・・
ずっと見守ってくれた、母なる海のようで・・・・
感謝の意を込めて、リョウはその蒼に口付けした。
ルカは驚いた表情を見せたが、微かに頬を染めて今、リョウが口付けした髪を触れる。
「ありがとう・・・・見守っていてくれて。ありがとう・・・・そんな言葉をくれて」
リョウはそう、口にする。
もう、2度と同じ過ちは繰り返さない・・・・



そしてその後、リョウは自分のした行為が恥ずかしくなって、これでもかと言うほど顔を赤く染めた。
どうして、あんなことをしてしまったのだろう・・・・・
自分の衝動的とも言える先ほどの行為を再び思い出し、そしてルカの顔が直視出来なくなって、リョウは顔を背けた。
ルカはそんなリョウの表情を見て、照れた表情から一変、なんだか可笑しくなってくすくすと笑い出したのだった。





「そんなに笑わなくても・・・・」
笑い続けているルカを軽く睨んでリョウは言う。
自分だって、顔から火が出るほど恥ずかしかったのだ。
なのに、ルカが笑い出したら、恥ずかしさが倍増ではないか・・・。
「ご、ごめん・・・・だって・・・・」
そこまで言って、再びくすくすと笑うルカにリョウは強張った頬を緩め、困ったように息を吐いた。
「ほら、薪拾って戻らないと」
「うん・・・・」
リョウの言葉で再び薪集めを再開しようとしたとき、リョウはあっと思って再び声をかけた。
「ル、ルカ・・・!」
「何?」
「あのさ・・・・もし・・・・無理だったり、嫌だったりしたら言ってね」
照れているのか、やや俯いたリョウにルカは怪訝な表情を見せる。
「うん」
「あのさ・・・・時間があったときでいいんだ・・今はそんな時間はないかもしれないから・・・・僕・・・・
また、君の唄が聞きたい。君の舞も、もう一度見たい・・・」
「・・・・」
「・・・・駄目かな?」
一度彼女の舞を見たときから、それは心に刻み込まれている。
魂をも浄化するような彼女の唄。
そして、水の流れのような舞・・・。
ずっと思ってた。
もう一度、見たい。
あの唄をもう一度、聴きたい・・・・。






リョウの言葉に呆気にとられていたルカは暫く言葉を失っていた。
緊張していうような事でもない気がするのだが・・・・
それとも、この少年は自分が断るとでも思ったのだろうか。
顔を赤くしてる少年を見つめながら、ルカはそんな事を考えた。
答えは、決まっている。




「もちろん。お望みなら、今ここでも。」
その言葉を聞くと、リョウは、はにかんだように微笑んだ。



薪を集め終わると、ルカは鼻歌を歌いながら、何がいいかなぁと呟いている。
レオナたちの火はまだ消えていないはずだ。
少し戻るのが遅れてしまうけど、ほんの少しだから大丈夫だろう。
嬉しそうに鼻歌を歌っているルカを見ながら、リョウはそう思った。




「よっし、決めた!これにするね!」
選曲が決まったのだろうか、嬉しそうな表情で笑うルカにリョウは頷く。
前奏をハミングで歌い、いざ歌詞を口にしようとした時、彼女は息を呑んだように止まった。
「ルカ?」
どうしたのだろうか・・・・先ほどの楽しそうな表情から一変、青ざめている彼女に、リョウは驚いて声をかけた。
そんなリョウの声も遠くに聞こえる。



『駄目だよ』




頭の中に声が響く。
そして同時に割れるように頭が痛んだ。
思わず、膝をつく。
「ルカ!」
リョウが慌てて駆け寄る。
顔が真っ青だ。
どうして・・・・どうして急に・・・!
「ルカ、頭が痛いの? 例の、いつもの頭痛!?」
リョウの言葉にルカは微かに頷く。
呼吸がどんどん早く、そして浅くなる。
頭が痛い・・・割れるように痛い・・・・!



これまで何度も経験してきたことだ。
リョウと出会う前にもレオナに会った時も体験してきた。
しかし、それよりもっと・・・・この痛みはいつもの比ではない。



『駄目だよ、君はそんな奴の為に唄っちゃ・・・・。君は私の為だけに唄ってくれなきゃ』



誰・・・?
ルカは自分の頭の中に響く声に問いかける。
声が聞こえるなんて・・・今までなかったはずなのに。



『普通の人間ごときが君に触れるなんて、汚らわしい。始末してしまえばいいんだ・・・・』



始末!?リョウを!?
駄目!そんなことさせない!
リョウには指1本触れさせないんだから!
貴方一体何者なの・・・・!?
私は一体何者なの・・・・!?



『あれ・・?彼を始末するのは私ではない・・・。ルカ、君が彼を始末するんだ。何も覚えていないなんて哀しいな・・・』



私が!?
嘘!私がそんなことするはずない!
絶対しない!!
貴方なんて知らない!どっか行って!!



「ルカ、大丈夫!?皆の所に戻ろう!!」
リョウがルカを担ごうとした時、ルカがその手を押しのけた。
目を見開くリョウに、真っ青な顔をしたルカが首を振る。
「ルカ!?」
「リョウ、逃げて・・・・。そして、レオナ達を呼んできて」
「ルカ、何が!?」
「早く!!!」
声を荒げるルカをリョウは暫く見つめる。
一体どうしたっていうのだ・・・。
こんなに真っ青なのに、苦しそうなのに・・・・、彼女を置いていくなんて出来ない・・・!
それに・・・・
『ありがとう』そう言って微笑んだ、少女の表情が脳裏をよぎった。
「駄目だよ」
「・・・・え?」
「置いていけないよ。皆の所に戻ろう。そして2人に事情を話すんだ」



『駄目だよ。ルカに近づくな。歯車などと、愚かな人間よ・・・・』



頭に響く声にルカは身を固くした。
間違いなく、こいつはリョウに何か危害を加えようとしているのだ・・・・。
リョウは知らない。
私の中に渦巻くこの妙な感覚を知らない・・・・!
私は・・・危険だ!



「お願い!リョウ、早く行って!レオナ達を呼んできて!私から離れて・・・!!」
「ルカ!」
「急いで!じゃないと、私はリョウを・・・・!」
その時、頭の中の糸が切れたような感覚を彼女は感じた。
気が遠くなる。
目の前がぼやける・・・・
ああ・・・そうか・・・私のあの頭痛は、病気なんかではなかったんだ。
あの頭痛は・・・・・



私への、警告だったんだ・・・・・
でも、誰が・・・?
何の為に・・・・?






「ルカ!!」
リョウは突然崩れ落ちたルカを抱きとめた。
どうして!?
何故こんな・・・!!
「とにかく、担いで皆の所に戻らなきゃ・・・!! ルカ!しっかり!」
彼女を担ごうとした時、リョウの手をルカが止めた。



「ルカ!大丈夫!?」
声をかけようと、少女の顔を覗き込もうとした時、リョウの表情は固まった。
少女の表情は、まるで意思のない、虚ろな表情だったのだ。
「ルカ!」
リョウの言葉を無視して、ルカは立ち上がる。
そして、あの、澄んだ声で唄い始めた。
魂を浄化するような、澄んだ美しい唄声・・・・・
しかし、あの時とは違う。
もちろん曲も違うのだが、何かが違う・・・・・
言いようのない恐怖感が、辺りを支配する・・・
今、目の前で唄っているのは誰なんだ・・・?





辺りの闇が深くなる。
月も、星も出ているのに、暗闇を感じる・・・・・
何かが・・・来る・・・




唄い終わると少女は結んでいた髪を解いた。
海の蒼を思わせる、少女の蒼い髪が広がる。
そして、その瞳は彼女の穏やかさなど微塵も感じられないほど、冷たくリョウを見つめていた。









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(君はずっと私のためだけに唄ってくれればいい・・・・)




2006/06/10