あの瞳は嫌だ・・・
自分の中の、暗い部分を見せられているようで・・・
それと同時に、あの頃の無力な自分を思い出す・・・。
だけど、それでもその瞳から目を逸らせない自分がいた・・・。
月の戒め
「リョウ、行きましょう」
レオナの声で、リョウは我に返る。
彼女の表情を見ると、さっきの表情はもうない。
何事も無かったかのような表情でリョウを見つめている。
「あ・・うん・・」
そう言ってレオナの後に続こうとしたが、彼はレオナの隣にいる少年に視線を移した。
この人は、誰だろう・・・
見たことのない少年だ。
淡い金髪の髪を一つにくくっている。
瞳は優しいグリーンでどこか儚げな雰囲気を感じる。
と、同時に穏やかで紳士的な空気を感じた。
レオナは彼が隣にいても特に変化がないし、知り合いだろうか・・・?
いや、しかし、これまでの旅で自分は彼に会ったことがないし・・・
そう考えて少年を見つめていると、その視線に気がついたのか少年がリョウの方を向いた。
視線が合った。
少年は穏やかな笑みを見せると
「もう、大丈夫そうだね・・・リョウ。ふっ切れたって事かな?そんな顔してる」
「え・・・?」
自分の事を、知っている?
困惑した表情を見せるリョウに、少年はああ・・と少し考えた仕草を見せるとまた微笑む。
「そっか、この姿は初めてなんだね・・・」
そう言うと、もうレオナは大丈夫みたいだし、いいか・・・と呟く。
少年の体が淡い光に包まれると、少年の姿は小さくなり、今少年がいた場所には、リョウのよく知っている金色の鳥の姿が
あった。
そう、その鳥は常にレオナの傍にいる、あの鳥・・・
「クロー・・・ド?」
「言葉を交わすのは、初めてだね、リョウ」
喋った!!
予想通りの反応をするリョウに金色の鳥、クロードはくすくす笑う。
それを見てレオナは小さくため息をついた。
リョウはそれからクロードに呪いの話を聞いた。
人間の姿のクロード、それが彼の本来の姿であること・・・
呪いにかかり、今は鳥の姿をしていること。
月の出ている時に契約の呪文を唱えると元の姿に戻れるということ。
それら全てを話すのは思ったより時間がかかり、野宿地に着いても話していたので、その話は結局その場にいた
ルカやサクラも聞くこととなった。
ルカは以前から知っていたらしく反応は薄かったが、サクラは大層驚いたらしく、彼にしては珍しく眉毛が上がっていた。
「いや、全く予想してなかったって言ったら嘘になるけどさ・・・」
サクラはぽつりと漏らす。
以前、レオナを捜すときにリョウがクロードの事を話した時に、もしかしてそれは本当の鳥ではないのではという仮説は
あったらしい。
リョウの話を聞く限り、人間が一匹の鳥相手に命がけになるのはどうもおかしかったし、淡い金の羽毛をもつ鳥なんて
確認されていない・・・
それに、レオナと旅をしてから彼女の独り言を何度か聞いているし、これらの事を踏まえると呪いにかかった人間・・・
という推測をすることは出来た。
しかし、それはあくまで仮説や推測であって、まさか本当にそうだとは・・・・
「言ってくれてもよかったのに・・・レオナ・・・」
「別に今更言う必要もないんじゃないかと思って・・」
リョウの言葉にレオナは淡々と返す。
正確に言えば、言うタイミングを逃してしまったと言った方が正しい。
と言っても、いつ話せばいいのか・・・それでずいぶん迷ったりもした。
ルカに出会ったときは、ちょうどクロードが人間の姿をしていたから説明も楽だったのだか。
ルカに視線を移すと、ルカもそれが分かったようで苦笑を漏らした。
「しっかし、クロード君の呪い、解け方分からないの?」
サクラの言葉に、レオナとクロードは黙り込む。
「解け方が分かっていたら、今頃とっくに呪いは解けてるわ・・・・」
「レオナ・・・」
小さく呟いた彼女の呟きをクロードは聞き逃さなかった。
彼女は俯き、きつく拳を握っている。
「呪いって・・・どうしてかかったの?誰にかけられたんだよ・・・」
リョウの言葉にレオナは弾かれたように顔を上げる。
「そう言えばそうだね・・・・誰にだい?レオナちゃん」
サクラもリョウの言葉に続いて尋ねる。
「わからないんだ・・・」
答えたのはクロードだ。
その言葉にレオナはクロードに視線を移す。
クロードは淡々と続ける。
「・・・・小さい頃、5歳位かな・・・かかったもので、原因は分からない。月が関係しているとしか分からないんだ・・・」
「小さい頃?」
「ああ・・・小さい頃は悪戯っ子だったから、危険な場所にも平気で行ったし・・・罰が当たったのかもね」
リョウの問いかけにクロードは穏やかに返す。
そして苦笑した笑顔で笑った。
リョウはそっか・・・と呟き、サクラは原因がわからないんじゃなぁと苦笑した。
ルカは悲しそうに眉を下げる。
ただ、レオナだけが何とも言えない表情でクロードを見つめていた。
「リョウ、元気になったみたいだね・・・」
人間の姿になったクロードは、火の近くに座っているリョウを見ると微笑んだ。
レオナもリョウの姿を見ると頷く。
元気・・・と言っていいかは分からないが、何かがふっ切れた表情をしている。
あの少年が原因なのだろうか・・・
「レオナは寝ないのかい?」
レオナは野宿地から少し離れた所に立っている。
一人に、なりたかったから・・・
クロードが優しく問いかけても、彼女は答えようとしなかった。
「・・・レオナ?」
再び問いかけるが、答えは無言。
彼が話しかけて、無視するなんてこれまでなかった事だ。
「どうしたんだい?」
また無言。
クロードはため息をつくと、彼女の長い栗色の髪に触れる。
何か、機嫌を損ねることをしてしまっただろうか・・・
苦笑しながら、再度名前を呼ぶ。
優しく、穏やかに・・・・
「レオナ・・・・?」
「どうして?」
彼が名前を呼んだのと、彼女が言葉を発したのは同時だった。
その言葉にクロードは目を見開く。
レオナはクロードの方を向くと睨みつけて言った。
これまで、彼にそんな表情をしたことはなかったのに・・・・
「どうして、あんな事を言ったの!?」
睨みつけていても、どこか泣きそうな表情。
声が、微かに震えている・・・・。
ああ・・・自分は彼女にこんな顔をさせてばかりなんじゃないのか・・・・
「どうしてあんな嘘をつくのよ!」
こんなに彼女が感情を表に出したことが、あっただろうか・・・
先日彼女と話した時もこれほどではなかった。
「小さい頃?」
レオナの唇が震えている。
体も小刻みに震えている・・・・
レオナはクロードの肩を両手で掴んだ。
余りの強さにクロードは思わず顔を顰める。
「小さい頃、呪いにかかった・・・ですって?」
皆の前で、平然と言ったあの言葉。
「原因は分からない・・・小さい頃、自分は悪戯ばかりしてたから罰が当たった・・・ですって?」
そう言って穏やかに言って、苦笑しながらその言葉を・・・・
どんな気持ちであの言葉を言ったの?
貴方はいつもそう、いつも私に気を遣って・・・
貴方が心の中で、どれ程涙を流しているのか私は知らない・・。
それを見せようともしない・・・。
「あなたは、クロード・ツインよ!? 超能力者の家系の中でも名家のツイン家の子息が悪戯ばかりするなんて・・・
そんな暇なかったじゃないの!」
「レオナ・・・」
ほら、そうやって貴方はまた悲しそうな瞳で私を見るの。
そして、どうしたら私が落ち着くのか考えてくれている。
その優しさが嬉しい・・・だけど、同時にとてもやるせなくなる・・・
・・・胸が・・・痛い・・・。
「貴方に会った時、貴方は言ったわ・・・毎日毎日、勉強や礼儀作法ばかりで大変だって・・・」
「レオナ」
今でも蘇る。
鮮明に思い出せる。
初めて彼に会った時の彼の表情・・・・彼と話した会話・・・・
彼の穏やかな笑顔、自分にかけてくれた言葉・・・忘れることなど出来ようか・・・
「どうして言わなかったの!? 呪いにかかったのは小さい頃じゃないわ!」
「レオナ」
クロードが彼女を呼んでもレオナは止まらない。
彼女がこれほどまで取り乱す所を見たのは初めてのような気がした。
「呪いにかかったのは、7年前よ」
「レオナ、止めるんだ」
「7年前の9月22日!! 私の誕生日の日よ!」
「レオナ!」
忌々しいあの日。
自分の誕生日なんて来なければよかった。
彼が自分の所に来なければよかった・・・・。
どうして、私は生まれてきたのだろう・・・・
どうして私は・・・・
クロードが声を荒げても、彼女は止めない。
クロードの肩を掴んだ手の力が強くなる。
「どうして言わなかったの!? どうして嘘ついたのよ! 呪いをかけたのは・・・・」
レオナはクロードの肩を掴んでいた手を静かに離す。
そして、そのまま地面にへたりこんだ。
彼女の髪が垂れ下がる。
いっそのこと、突き放してくれた方がよかったのに・・・・
恨んでくれた方がよかったのに・・・・
だけど、それでも私は貴方が好きだ。
愛しているのに、傷つけた。
取り返しのできない・・・大罪を犯した。
あの日、私は彼の全ての時間を奪ったのだ。
「貴方をこんな姿にしたのは・・・・この私なのよ・・・・・?」
クロードの悲しみの表情が強くなる。
ああ・・そんな事、言って欲しいわけではないのに・・・
少女の声が、小さく響いた。
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クロードの呪いの真相。詳しい事はレオナの過去と一緒に分かる予定です。
2006/04/30