Eden


My friends  3


そろそろ太陽が昇るだろうか・・・・
ベッドの中でスピカはぼんやりと思った。
上半身を起こし、辺りを見回す。
テーブルの上にはティーカップが2つ、そのままにしてあった。
昨日のお茶会、そのままだ。
それを見て目を細め、スピカは自分の隣で眠る少女に目を移す。
隣には、くすんだ桃色の髪の少女が規則正しい寝息を立てていた。
自分が動いたことで、起こしてしまったかと心配したがどうやら大丈夫のようだ。



「ありがと、ルナ」
小さくスピカは呟く。
無論、彼女には聞こえないはずなのだがスピカはもう一度呟いた。
「本当に・・・ありがと・・・・ルナ」
2人で話し込んだ後、ルナは言った。


「今日は私、スピカの横で寝てもいいかしら?」


さらりと言ったその言葉だが、彼女の自分を思う気持ちが充分に伝わってきて嬉しかった。
きっと、彼女は自分が今日は眠れないことを察したのだろう。
それは当たりで、スピカは眠ることが出来なかった。
しかし、隣で眠る彼女の体温がスピカを安心させたことは確かだ。
暖かくて、安心できた。



『貴方は気がついてないかもしれないけど、リアはスピカを見てるとき、とても優しい顔をしているわ』



昨日のルナの言葉が頭を過ぎる。
スピカは無意識にベッドのシーツを握りしめた。
彼は・・・・自分を拒絶してはいないのだろうか・・・・
私は、まだ彼の傍にいてもいいのだろうか。
彼の考えている事が、私には分からない。
小さい頃からずっと一緒にいたのに、それでも分からない。


ねえ、貴方は何を考えているの・・・・?
何が貴方を苦しめるの?


私は決めた。
貴方が苦しそうに笑い続けているのを見たとき、私は決めた。
貴方を苦しめているのは何なのか、必ず探し出してみせると。
そして、貴方がまた元のように笑うことが出来るように心を尽くそうと・・・・
拒絶されても諦めないと・・・・そう誓った。


だけど、拒絶されてもいいなんて・・・・本当はそんなこと思っていない。
思えるはずがない。
大切な人だ。
好きな人だ。
突き放されたら、どれだけ心が痛むかなんて・・・・考えたくなかったの。
彼に拒絶されて、初めて気がついた。


こんなにも・・・・心は痛い・・・・


こんな気持ちになってまで、彼を支えられると誓えるだろうか。
彼を想い続けることなんて出来るのだろうか。
だけど、そういうことだ。
拒絶されても諦めない、支え続けるとはそういうことだ。



「貴方の笑顔は・・・・・・私の・・・・・」
そこまで口に出し、言葉を切る。
シーツを更に握りしめ、俯いた。


諦めない・・・・・
そうスピカは誓う。
我ながら、この打たれ強さはどうだろう・・・・
思わず苦笑が漏れた。
半ば意地になっている?
そうかもしれない。
だけど、自分の気持ちに嘘はつきたくないから。
私の心は、彼がまた笑ってくれることを望んでいるから。
だから、それに従うまでだ。
もう彼に問い詰めたりはしない・・・・・
彼は話すことを望んでいないから。
彼は望んでいないかもしれない、私がこんなことをすること・・・・


だけど・・・・


「小さい頃、貴方が私を助けてくれたように・・・・・今度は私が貴方を助けるわ・・・・」




幼い頃、もがき苦しんだ私を、暗闇に沈んでしまいそうになる私を引っ張り上げてくれたのは貴方。
だから私はここにいる。
だから、今度はきっと私の番。




もう迷わない、決めたんだ。







スピカはベッドから抜け出して、廊下に出た。
渡り廊下を歩き、外に視線を移すと見慣れた漆黒の髪。
一人で剣を振るっている。
毎朝毎朝、よく続くものだ。
スピカは口元を上げると、少し声を抑えて彼を呼んだ。


「スバルー!!おはよう!」













スピカの声に驚いたスバルは剣を振るうのを止めて、声のほうを見上げる。
それにスピカは手を振り、「待ってて!」というと小走りで渡り廊下を駆け下りた。
階段を下り、外に出て、スバルのほうに小走りで駆ける。



「スピカ、お前・・・早くねえか?」
額に浮かんだ汗を拭いながらスバルは言う。
「そう?ちょっと早く目が覚めたのよ」
笑いながら、スバルも今日は早くない?まだ夜が明けたばかりよ?と続ける。
「ああ・・・・ちょっと眠れなかったからな」
苦笑して言うスバルに首を傾けながらも、スピカはそう・・・と頷いた。



「お前・・・・大丈夫みたいだな」
「え?」
突然発せられたスバルの言葉に、スピカは目を丸くする。
「いや、いつものお前に戻ってよかったってこと!」
そう言ってスバルはスピカの肩をバシッと叩く。
力は抑えてあったが、それなりに痛かったのでお返しにスピカはスバルの足を蹴ってやった。
「痛いわよ!レディーにはもう少し優しくしてよね!」
という言葉と共に。
もしかしたら、彼は昨日の自分の様子を見ていて・・・・心配してくれたのではないだろうか。
心配をかけてしまったことに、申し訳ないと思いつつも嬉しい気持ちをスピカは感じていた。



「ね、スバル」
「ん?」
「私ね、もう大丈夫」
スピカの言葉にスバルは目を見開く。
彼が言葉を発する前に、スピカは笑って言葉を続けた。
「リアのこと・・・・もう大丈夫だよ」
「私、決めたから。リアの事支えるって・・・・リアを苦しめてるもの、取り除けるように頑張るって決めたから」
この気持ちに嘘はない。
何にだって誓おう。
自分に何が出来るのか、分からないけれど力になりたいと願ったことは本当だから。
それを見たスバルは小さく息を吐く。


「・・・・・傷つくかもしれないぞ」
「分かってるわ」
「・・・・・お前、泣くかも・・・・」
「泣いたっていい。それでも私・・・・泣くことになっても諦めないから・・・・」
スバルは知ってる、リアの事。
だけど、絶対に教えてくれない。
だから無理に聞かない。




「俺から・・・・お前に聞かせることは出来ない」
「・・・・・・うん」
「これは、リアがお前に言うべきことだと思うから」
「うん」
「だけどね、スバル・・・・リアは・・・・」
私には絶対に話してくれないわ、そう言おうとしたがスバルの言葉でそれは遮られる。



「あいつを信じてやれ」
「え・・・」
「今は確かに話してくれないかもしれない・・・だけど、リアはお前を裏切ったりしない・・・・だろ?」
スバルの言葉にスピカは目を見開いた。
穏やかで優しい貴方。
いつも影で支えてくれた貴方。
優しく手を差し伸べてくれた貴方。
私が泣いてると、いつも手を差し伸べてくれた。
暗闇から引っ張り上げてくれた。




あの暖かな光を、私は信じる。




「・・・・・・・そうだね、スバル」



・・・・・いつか、話してくれるよね・・・・リア。
たとえどんなに時間がかかっても。


ずっと、待ってるから。




「それに・・・・」
スバルの言葉にスピカは、え?と声を上げる。
「あいつも、そろそろ限界だろうしなー・・・・」
どこか笑いを含んだ彼の声にスピカは眉を寄せる。
「限界?」
「無茶なことはしない方がいいのによ」
「スバル?何のこと?」
独り言を言っては忍び笑いをするスバルにスピカは問いかける。
あいつ・・・というのは恐らくリアのことだろう。
限界?
無茶?
どういうことだ・・・・・?



疑問符が頭の中を支配するが、スバルにいくら尋ねても彼は答えてくれないのだ。
にやにや笑いを続けるスバルが憎たらしくなって、スピカは思いっきりスバルの足を踏みつけた。
「・・・っ!この馬鹿王女!」
「笑い方が下品よ、スバル・エリクトル」
「んだと!」
「何よ!」
「昼寝の最中によだれ垂らして寝てるような奴にだけは言われたくねえな!」
「んなっ!何ですって!!?」




「スバル・・・・・姫の寝顔を見たのかい・・・・?」



お互いに睨みあってる時に穏やかな声が声が割り込む。
振り返ると、弓矢を片手に持ったリア・セイクレイドがこちらに近づいてきた所だった。
「お前・・・・早くねえか!?まだ朝の5時だぞ!?」
彼の姿に思わずスバルが声を上げる。
彼は朝が弱いことで有名だから。
そんな彼がこんな時間に起きているなんて、今日は槍でも降ってくるのではないだろうか。



「ああ・・・ちょっと、眠れなかったから」
訓練でもしようと思って。そう言って、リアはにっこりと微笑む。
スピカは昨日のことを思い出し、思わず目を逸らした。
・・・・・気まずい




「それはそうとスバル・・・・・姫の寝顔を見たのかい?」
「は・・・?」
「さっき言ったじゃないか。よだれを垂らしながら昼寝してたって」
「あ、は!?いや・・・」
「見たのかい?」
にっこりとした微笑だが、明らかに感じる威圧感。
朝方のひんやりとした空気だが、確実に気温が下がったのをスピカは感じた。
・・・・・朝はこんなに寒かっただろうか



「あ・・・リア?スバルは何も見たくて見たんじゃ・・・・」
「そうだ!何ていうの不可抗力・・・!?」
「私の寝顔なんかみても何の得にもならないもの!ねえ!?」
「あ?ああ!!そうそう、こんな色気のない寝顔なんてこっちから願い下げ・・・・・っ!」
慌ててスピカがフォローを入れ、スバルも必死に弁解する。
最後のセリフが妙に勘に触り、こっそりスピカはスバルの足を踏みつけた。



リアはそんな様子に、そう・・・と返しスピカの方に視線を移した。




「スピカ、こんな下品な隊長には近づかない方がいいよ?」
「誰が下品だ、このもやし野郎・・・・・・」



反論しようとしたスバルが、思わず息を呑む。
スピカは、目を見開いたままリアを見つめた。



今・・・・・何て言っただろう・・・・・



「リア・・・・?」
声がかすれた。
これは夢ですか神様。
夢だったら、なんて幸せな・・・・・



「リア・・・・?」
足が震える。
手を伸ばしてそっと彼に近づいた。
距離が少し縮まる。
彼のマントに自分の手が触れる。
自分より高い身長のその少年をスピカは見上げた。


「・・・・・リア?」
小さな呼びかけに、少年は小さく笑う。
ぎこちない微笑だったけど、小さな声だったけど・・・・
「おはよう・・・・・スピカ」
そして、もう一度、ゆっくり笑った。








ああ、日の光はこんなに暖かかっただろうか。
世界はこんなに眩しかっただろうか













BUCK/TOP/NEXT





-------------------------------------------------------------------




2006/12/03