Eden


暖かな時間・穏やかな日々  1





穏やかな午後。
しかし、少し日の光が強い。
ミモザ・フェルノームは強い光に目を細めながら、自室から外を眺めていた。
彼女の美しい金髪は、開けた窓から吹き込む風によって揺れる。
心地よい風に目を細めてミモザは再び外へと視線を移した。



中庭に4人の人物。
彼女はその人物4人ともよく知っている。
漆黒の髪を持つ少年。彼はスバル・エリクトル。
17という若さでありながら、王宮騎士団をまとめ上げる若き隊長だ。
彼の事は、彼が幼い頃からよく知っている。
剣術の腕前は知っていたが、まさかここまでとは。
しかし、実力主義の世界。彼の並外れた才能が、彼が一兵士であることを許すはずはなかった。
無鉄砲な面もあるがとても信頼出来る、また隊長に相応しい力をもった人物であると
そう思う。


くすんだ桃色の髪をもつ少女。
ルナ・M・ランネスレッド。
レトリア国からの留学生であり、レトリア国側近の一人娘。
彼女とゆっくりと話をしたことはないが、非常に聡明な少女だと思う。
そう、自分の兄であるイアンに似ている・・・そう感じることがあるのだ。
快活な表情の中にそれは見え隠れして、普通の令嬢ではないことは何となくだが感じる。
妹であるスピカと友人になり、彼女も楽しく日々を過ごしているようだ。
姉としても、この国の第一王女としてもそれは嬉しい。


銀色の長い髪の少女。自分の妹であるスピカだ。
妹は最近嬉しそうな表情が増えた。いつも笑顔の彼女は、隠しているつもりだったかもしれないが
彼女は時々酷く辛そうな笑顔をしていて・・・・
それが最近はとても嬉しそう。弾けるばかりの笑顔を見て、ミモザは小さく笑った。
彼女の笑顔の訳
それをミモザは知っている。
ミモザはスピカの隣にいる茶色の髪の少年に視線を移した。


リア・セイクレイド。
スピカの想い人であり、王宮騎士団の副隊長でもある。
スピカの幼馴染でもある彼の様子が変わったのはいつからだっただろう。
それまでの口調から一変、敬語で接するようになった事に対し、妹は酷く落ち込み、また動揺していた。
それが、最近・・・1週間程前からだろうか彼はぎこちなくではあるが、またスピカに対し幼い頃のように
接し始めているのだ。
スバルとスピカと3人、仲良く遊んでいた頃の様に。
王女と騎士。その身分の違いのことを考えない訳ではない。
しかし、それに固執するあまりに辛い顔を見るのは・・・・妹が、誰かが悲しむのは・・・・嫌だ。


「甘いのかしらね・・・・」


くすくすと笑って呟いて。
他の者への示しがつかないであろうか。
けれど、城の者たちだって知っている。あの3人の特別な関係を。
そして、リアとスピカの間に感じられていた溝を感じ取った者も少数だがいるのだ。
「あのお2人はどうなさったのでしょう・・・?幼い頃はあんなに仲が良かったのに・・・」
心配そうに尋ねた使用人の言葉を思い出しミモザは苦笑した。
「そんなもの、こっちが聞きたいわよ」
ぼそりとミモザは中庭にいる4人を見つめながら一人呟いた。


リアの心情の変化・・・・ミモザには分からない。
しかし、自分は嬉しく感じる。
最近リアはスピカと接する時にとても嬉しそうだし、スピカもとても幸せそうなのだ。
そんな様子を見るのは・・・とても嬉しい。





「おやおやミモザ、妹たちの監視かい?」
突然朗らかな声が後ろから聞こえ、ミモザは驚いて振り返った。
声の主はもちろん分かっている。
「冗談言わないでイアン。それより、国王陛下ともあろう方がノックもなしにレディーの部屋に入るなんて
呆れて物も言えないわよ?」
嫌味たらしく顔を顰めて言うと、イアンは苦笑して手を振った。
「おいおい、何回もノックしたのに反応を返さなかったのはミモザだろう?」
その答えに、ミモザは「え・・・」と目を見開き口元に手を当てた。
どうやら自分は外を見るのに夢中になっていたらしい。



「ご、ごめんなさいイアン。私ったら・・・・・」
「別に気にしていないけれどね。それよりもミモザがノックに気がつかなかった事の方が吃驚だよ」
柔らかく笑って、イアンはミモザの隣に立つ。
中庭には、スピカを含めた4人が座って話をしている所だった。
「そんなにスピカたちが気になるかい?」
笑って言ったイアンに、ミモザは窓から視線を離し、ソファへと向かう。
優雅に腰掛けると困ったように笑った。
「そんなんじゃないわ・・・ただ、嬉しいだけよ」
「え?」
「スピカ、最近とても嬉しそうでしょ?あの子のあんな表情久しぶり。だからとっても・・・・嬉しいのよ」
ミモザの答えにイアンは軽く目を見開き、下に見える妹へと視線を移した。
「お茶でも飲む?」とのミモザの問いかけに、「ああ・・・」と返事を返すとイアンは小さく目を伏せた。
ミモザが席を立つ気配がした。
ティーセットを用意しに行ったのだろう。



「リアは・・・・どうして急にスピカへの態度を元に戻したのだろうね・・・・」
「え?」
イアンの言葉にミモザはティーカップを持ったまま首を傾げた。
「イアンは・・・・嬉しくないの?リアもスピカもとても嬉しそうよ?昔のような関係に戻ったって・・・・」
そこでミモザは言葉を切った。
兄の表情に微かに表情が曇る。
「・・・・・そうじゃないの・・・・?」
ミモザの言葉にイアンは小さく息を吐いた。
重いそれに、無意識にミモザは胸元を握り締める。
「・・・・・イアン?」



「僕には・・・・・そうは見えない」
「イアン・・・・」
「僕にはリアが・・・・・」





「                        」





兄の静かな言葉にミモザは息が止まりそうになった。
足元がふらついて、堪らずテーブルに手を付く。
「ミモザ」
真っ青な顔をした妹をイアンは支え、ソファに座らせる。
「・・・・・ごめん、こんな事を言うべきではなった」
不安げな瞳で自分を見上げる妹に笑ってイアンはミモザの背を撫でる。
「そう感じただけだ。何の根拠もない・・・・ただ僕にはそう見えたんだよ。ごめん、ミモザ。
君が2人の事を心配しているのは知ってたのに、無責任なことを言ったね」
イアンの言葉にミモザはゆっくりと首を振る。
「大丈夫よ」と返し笑ってミモザはゆっくりと立ち上がった。
ポットからお茶を注ぎながら、ミモザはちらりとイアンを見た。



双子の兄、イアン。
この国の王であり、彼はまさに国王になるために生まれた様な人物だと思う。
鋭い洞察力、人を惹きつける天性の存在感。そして時に冷徹ともいえる判断を下すことが出来る
優しさと厳しさを兼ねそろえた兄。
普段はへらへらとしてて掴みどころのない人物であり、ふざけた物言いでミモザをイライラさせることもあるのだが
彼女は、兄をそして片割れをとても尊敬し、信頼していた。
彼の予想は滅多に外れることはない。
それは彼が他人の二歩・三歩先を見ているからだろう。
それもまた、賢君の資質だ。



けれどこの時ミモザは、先ほどの彼の言葉が間違いであって欲しいと願った。
誰にでも間違いはある。
もちろんイアンにもあるはずだ。
間違いを起こさない人間なんていない。
だからどうか神様。
彼の先ほどの言葉が、どうか間違いでありますように。



だってスピカは
だってリアは




こんなにも今幸せそうなのだから







何事も無かったかのように、ミモザは笑顔を作りイアンにお茶を差し出す。
イアンも何事も無かったかのようにそれを受け取り口を付ける。
軽いノックの音にミモザは振り返り、顔を覗かせた侍女に対し返事をするとイアンを残し廊下へと出て行った。
残されたイアンはカップを置き、大きくため息をつく。




「ミモザは・・・・何も知らなくていいんだ」
そうさせたのは自分だから。
小さなその呟き。
聞き取れるものはいない。
自分は酷い兄だ。
どちらの妹に対しても。
「兄」としての自分と「王」としての自分が常にイアンの胸の中で言い争う。
どちらが大切なのかと自分を責める。



嫌な予感。
それが自分の中を駆け巡る。
大切なものに順番なんて、つけられるはずもないのに。
それなのに。
つけなければいけないのは自分が王だからか。



「足掻いてやるよ。精一杯」
くそっと吐き捨てると天井を睨みつけた。



協力者はいる。
と、言っても100%自分に味方してくれる訳ではないだろうが・・・。
自分の周りには、真実を知っている者がイアンの知る限り2人いる。
その内の一人は、もう一つの真実は知らないようだが。
彼の場合、知ってしまったら今頃ここにいないだろう。
それに・・・・



「真実に近づいている者がもう一人・・・・か」
脳裏を掠めるのは、くすんだ桃の髪。
他国の彼女が知っているのはどう考えても不思議だが・・・。



「それでも血縁ってことなら頷ける」
ああ、考えることがいっぱいだ。
とても一度では整理がつかない。





「あー・・・僕、将来禿げるかもなあ・・・・・」





その時は、誰に責任を取ってもらおうか。
天井を睨んだまま、イアンは小さく溜息を吐いた。






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(めでたし、めでたしとはいかない。それが現実)



2007/12/20