Eden


暖かな時間・穏やかな日々  2



騎士団の隊長ともなると、中々休日というのは取りづらくて。
町に出ることはあっても、それは見回りという名目が多い。
一人で自由に過ごせる時間というのは、実は貴重で。
そう、貴重なのだ。
今日は久しぶりのオフ。
そんな貴重な時間。
・・・・・・それなのに




「だーーーーーっ!!!!何でお前が一緒にいんだよ!!」
「煩い。耳元で大声出さないでよ」
城の門でのやり取りに、門番は思わず苦笑を見せる。
そんな門番に、「悪い」と簡単な謝罪をして漆黒の髪をもつ少年は隣の少女を睨み付けた。
「だいたいお前、御付がいるだろ。そいつと一緒にいけばいいじゃないか」
「ジャックリードは今日どうしても外せない用事があるっていうんだもの。仕方ないじゃない」
肩より少し下で揺れる桃色の髪を押さえ、紅の瞳を持つ少女は溜息を吐く。



「誰もあんたと一緒に行きたい訳じゃないわよ。休日の邪魔はしないわ。町まで一緒にいくだけ」
そこからは自由行動でいいじゃない、と言うと少年、スバルは渋々頷いた。
今日はスバルは久しぶりの休日で町に出かける予定だった。その為、朝早くに起きて剣の稽古を終わらせ
着替えて、さあ行こうとした時にジャックリードに呼び止められたのだ。
何でもルナは今日町に用事があったのだが、一緒に行くはずのジャックリードが突然行けなくなってしまったらしい。
仮にも城の客人を一人で外に放り出すことは出来ないので町の入口までスバルが一緒に行くことになったのだ。
スバルとしては、ルナ一人城から放り出しても別に構わないと思うのだが・・・・・
ちなみにスピカは本日調子が悪いということで1日外へは出られない。気温の変化の為か風邪気味のようだ。
リアは騎士団の仕事がある。



「考えてること、顔でバレバレよ。スバル・エリクトル」
「は!?」
底冷えするような声で言われ、思わず声を上げるが馬を引いてきた彼女の姿に思わず目を見開く。
「お前、馬・・・・!」
「え?」
「乗れたのか・・・・?」
てっきり自分が後ろに乗せていくものだと思っていたのでスバルは驚く。
「ええ、とりあえず人並みにはね。そこまであんたに甘えられないわよ」
そう言うと軽やかに騎乗する。
その様子がとても慣れた感じで、まるで騎士団の誰かが騎乗したかのようだ。
人並み・・・・ではないだろう。彼女はかなり馬に乗るのに慣れている。
微かに眉を寄せたが、スバルは何も言わずに自分も馬に乗った。



彼女にはやはり、不思議な点が多すぎる・・・・




町は相変わらずの活気で、その賑やかな光景にスバルは思わず笑みを深くした。
馬から降りて預けるとスバルはルナへ向き直る。
「一度町には来たことあるよな?」
「ええ。ジャックリードから逃げ出して、スピカと会ったときにね」
頷かれてスバルも頷き返す。
待ち合わせ場所を決めて別れようと思ったがふと、スバルは考えた。
「なあ」
「え?」
「お前、町に何の用事があったんだ?」
突然の質問にルナは首を傾ける。
暫く考えた様子を見せ、彼女はスバルの目をしっかり見て答えた。
「買い物よ?」
「・・・・・・・」
「ほんとだってば」
「・・・・・・・」
「はあ・・・・」
じっと見つめたまま何も言わないスバルにルナは息を吐く。
「信用されてないのね」
「いや、そんな訳じゃ・・・・・」
「じゃあ何よ」
きっと睨まれてスバルは思わず一歩下がる。
買い物、と言われてすぐに納得出来ない理由がこちらにもあるのだ。



「だって必要なものがあったら城へ送ることだって、取り寄せることだって出来るだろうが。
それが出来ないってことは、少なくとも服や小物っていったものじゃないだろ?」
毎回これがいる、あれがいるなんて城からしょっちゅう出ることは難しい。
だから必要なものは取りよせてもらったり、直接商人から買い取ったりしている。
それが出来ないということは、しかも自ら赴いて求めにいくということは。
普通のものでない可能性が高い。
それともまた、別の理由か。



スバルの表情を見ていたルナは、小さく息を吐きそしてスバルの腕を掴んだ。
「じゃあ行きましょ」
「はあ!?」
顔を顰めるスバルにルナはにっこりと笑顔を向けた。
「こんなんじゃ、いつまでたっても買い物なんか出来ないわ。ってことで、あんた今日は私とデートね」
あんたも私の監視が出来てちょうどいいでしょ、と続ける。
「何でそうなるんだ馬鹿女ああああああ!!!!」
デートと言う言葉に思いっきり顔を顰め、ぐいぐいと引っ張っていく桃の髪の少女にスバルは思わず叫ぶ。
そんなスバルにルナは足を止め、ぽつりと呟いた。



「黙っている私が悪いなんて、嫌っていうほど分かっているのにね」



独り言なのか、それとも・・・・
聞こえた声はとても小さく、掠れていた。スバルは目を見開いて目の前の背中を見つめる。
「ル・・・・」
「さ、行くわよ。一緒に来てもらうからにはしっかり荷物は持ってもらうけど!」
「な!ふざけんな・・・・!ってかお前力強っ・・・・!!」
上ずっているスバルの声などお構いなしにルナは進む。足に力を入れてるスバルを凄い力で引っ張るのだ。
観念したスバルは虚ろな目で空を見上げた。
「・・・・・・俺の休日・・・・・・」
次の休日はいつだろうかなんて、スバルはぼんやりと考えた。









半ば疲れた表情で石畳の道を歩く。
町に着いたばかりなのにこの疲労感はなんだろう・・・・
溜息をついて、スバルは隣のルナへ視線を送った。
ルナはというと、興味津々の様子で周囲の風景を見ていたのだけど。
普段の生活でも、レトリア国王の側近の娘である彼女は滅多に外になど出れないのだろう。
キラキラとした表情で辺りを見回している少女に、スバルは思わず笑みを浮かべた。
「あの、スバル様・・・・!」
ふと、呼び止められてスバルは足を止める。
振り向けば、同じ年頃の少女が緊張した面持ちでこちらを見ていた。
それに気がついたルナも足を止める。
「何?」
私服だったのによく自分だと気がついたなとスバルは内心思った。普段は軍服にマントという目立つ格好をしていたが
今日は私服だ。
目の前の少女は、微かに頬が赤く染まっている。
数回深呼吸して、持っていた紙袋を差し出した。
「あ、あああの・・・・いつもお勤めご苦労様です・・・・!これ・・・よかったら・・・・」
次第に顔が林檎の様に赤くなっていく少女の手の紙袋をスバルは見つめる。
隣のルナにこっそり視線を移すと、彼女はにやにやと笑みを浮かべていた。
それがむかついて、スバルは彼女を睨む。



「あ、悪い・・・・仕事中はこういうの貰っちゃいけないんだよな・・・・・」
だから悪いけど・・・・と断ろうとしたスバルに、少女は思いっきり首を振る。
「で、でもスバル様今日はお仕事ではないんですよね・・・・!?ほら・・・私服だし・・・・」
「あ」
「それもそうね」
少女の言葉にスバルとルナは同時に声を上げた。
今日はオフで、そして私用でここにいるのだから「騎士団隊長のスバル・エリクトル」ではない。
「じゃあ・・・どうぞ!」と半ば強引にスバルの腕に紙袋を押し付けて少女は全速力で去っていった。
走り去る際に、一瞬ルナへ向けて戸惑ったような視線を送られルナは首を傾ける。
少女は遠くで待っていたらしい友人たちの所にたどり着き、きゃーっと悲鳴にも似た声を上げ、はしゃいでいた。



「相変わらず人気だなー、スバル隊長!この色男!!」
果物を売っていた店の店長が笑いながらスバルの肩を叩く。
スバルは小さく溜息をついて受け取ってしまった紙袋を見つめた。中を覗くと中身は手作りのケーキのようだ。
「城に帰ったらスピカにでもやるかな」
「うわっ!最低ね!」
ぼそりと呟いた言葉にルナは顔を歪めてスバルを見る。乙女心を踏みにじる行為だ。
「食べれずに腐らせるよりはいいだろ・・・・・」
歩きながらげんなりとスバルは口に出した。
その言葉にルナは小さく首を傾ける。
ルナは知らないことだがスバルは町でかなり人気が高い。
ルックスが非常にいい上に騎士団隊長なのだから、町に出れば女性の視線は彼へと集まるのだ。
手作りのお菓子や花束を贈る女性もいるようで、スバル個人は断っているのだが押しの弱い騎士団員は受け取ってしまい
スバルへ届けてくる。
「これ、隊長に渡してほしいってことですが・・・・」
そう言って両手にプレゼントを抱えた騎士団員に、頭を抱えたのは1度ではない。
現在もいくつかもらったお菓子があり、捨てるわけにもいかないので団員皆で時々食べている。
さすがに高価なものを貰ってくることはないので、そこが救いか。




ルナはスバルに向けられているたくさんの熱い視線を感じ取り、肩をすくめた。
「ま、顔だけはいいもんね・・・・あんた」
「うるせー・・・お前も黙ってたら美人なのにな」
ルナへ時々向けられている視線を感じ取らない程スバルは鈍くない。
皮肉を込めてそう言うとルナはにっこりとお嬢様仕様の笑みを浮かべた。
「褒め言葉として受け取っておくわ」
さ、行きましょとルナは歩を進める。




たどり着いたのは、普通の人なら間違いなく入らないであろう場所だった。
「ここって・・・・グレイスの薬店じゃないか・・・・」
「あら、さすが。知ってたのね」
まあ、スバルが知らないはずもないのだが。通りの裏に位置するこの場所には中々人は立ち入らない。
それだけでなく、この店からは何か異様な雰囲気を感じるのだ。
古い木材で作られた店は年季が入っているというのは一目瞭然だし、店の中からは何やら怪しげな匂いがする。
そして、ここの店主のグレイスは変わり者の老人で有名だった。
もう何百年も生きているとか、人間を生贄にして不思議な術を使うなど・・・・聞いた噂は数知れず。
まあ、もちろん全て噂なのだが。
それは置いておいて、少女が一人立ち入るには不自然な場所であった。
本当にここで合ってるのか、ルナに確認しようとするとルナは軽い足取りで店内に入っていく。
慌ててスバルも後を追った。



「こんにちは」
よく通る声で挨拶すると奥から背の曲がった老人が姿を現した。
白髪だらけの髪は肩まで伸び放題で、ぎょろぎょろとした目でルナを見つめる。ルナはそれに臆した様子もなく言葉を続けた。
「以前注文していたものを取りに来たの。いただけるかしら?」
「お名前は?」
「ルイス・エドルカよ」
財布を取り出しながら告げた名前に、スバルはしっかりと眉を寄せた。
偽名だ。
しかも「エドルカ」というファミリーネームは聞き覚えがある。そう・・・彼女の御付のジャックリードと同じなのだ。
偽名を考えた際に、とっさに出たものだろうか。
名前を聞いたグレイスは一度奥へ姿を消し、すぐに戻ってきた。
「物好きなお嬢さんだ・・・・・今時こんな物を欲しがる人は滅多にいない。リーフグリーンの乾燥葉、ブラッディの実、
それからミデール湖の水・・・・以上だね。昔は使用する人が少しはいたが今はほとんど使用しない。
おかげで扱っている店も減ってきた。それだけ扱いが難しく、特にブラッディの実は使用順序を間違うと大変。
お嬢さんのその綺麗な顔がどろどろになってしまうよ・・・?」
含み笑いをしながら紙袋をルナに渡す。グレイスの言葉にスバルはぎょっとしたようにルナを見た。
ルナはその脅しに臆した様子もない。財布から金貨を6枚取り出すとグレイスに渡した。



「ありがとう。ここで扱っていてよかったわ。またご贔屓にさせてもらうわね」
にっこりと綺麗な笑みを見せると「行きましょ」とスバルの肩を叩いて外へ出た。
遅れてスバルも店内を出ようとする。その時グレイスに呼び止められた。
「スバル隊長、彼女はご友人ですかな・・・・?」
気がついてたのか、自分に。スバルは振り向いて頷く。
「ああ」
「ということは、城の客人・・・と?」
「そこまでは、な。この国には留学に来ている。薬草学の」
詳しく教える訳にはいかない。一応彼女は他国の重要人物なのだ。
その言葉を聞いてグレイスは大きな目を更に大きく見開いた。
カツカツとスバルに近づき、興奮した勢いで口を開いた。
「留学!?まさか・・・!!先ほどあのお嬢さんに渡したのは薬つくりの材料の中でも扱いに危険なものばかり!
手順一つ間違えば命さえ危ない代物ばかりですよ!それを学びの途中である学生が求めるのは余りにも命知らず」
「は・・・・?」
「薬作りの専門である私すら使用するときは嫌な汗をかきます」
そんなもの売るなよ・・・!とスバルは怒鳴りたかったがこれをルナが求めたのは確かなのだ。
命すら危険というもの。何故彼女はそれを求めた?
分からない。
彼女の行動も、そしてルナ・M・ランネスレッドという存在も。



「分かった。あいつが使うときは、その事伝えておく」
それしか言えずスバルはグレイスにそう言って店を出た。小さく息を吐いて俯いていた顔を上げるとそこに彼女の姿はない。
「ったくあの馬鹿。どこ行った!?」
小走りで路地を抜け、中央の広場に出る。
その端のベンチにルナは座っていた。
買った材料が入っている紙袋を脇に置き、ぼんやりと座っている。日の光で彼女のくすんだ桃の髪がキラキラと光った。
普段の快活な様子は見えなく、ただそこに座る様子は儚げで。
普段のあの様子は偽りなのではないかとも思わせる。
そう、彼女は不確かな存在だ。どこまでが真実でどこからが偽りで、それとも全て真実で全て偽りか。
スバルはルナの存在がまだ、分からない。
こんなことは初めてなのだ。
リアよりももっと不確かな存在。リアも時々分からないことがあるが、彼女はもっと分からない。
ただベンチに座る少女がとても小さく、とても儚く見えた。



「おい」
スバルの声に反応してルナは視線をそちらに移す。
「あら」なんて能天気な声を出したものだからスバルは思わず眉を寄せた。
「勝手にどこそこ行くんじゃねーよ。あの短時間にいなくなりやがって」
その言葉に、さすがに悪いと感じたのか「ごめんなさい」とルナは謝る。こういう所は素直でスバルは小さく息を吐いた。



「ほら」
ぶっきらぼうに伸ばされた手にルナは眉を寄せる。
「何よ、その手」
「またどっか行くと探すの大変だろ。だから、手。ったく、お嬢様のお守りは大変だよな」
その言葉にきっとルナはスバルを睨み付けた。
「結構よ!!!あんたに手引かれる程私、頼りなくなんかないわ!」
そう言うと、勢いよくベンチから立ち上がりずんずんと歩いていく。
その様子を見て、スバルはがしがしと頭を掻いた。
まあ、そちらの方が彼女らしい。



薬の材料のことは、後でちゃんと伝えよう。
聞きたい事はたくさんあるが、今は聞くのをよそう。



『黙っている私が悪いなんて、嫌っていうほど分かっているのにね』



この言葉が彼女の気持ちを全て代弁しているように感じたから。
だから、問い詰めたい気持ちを押し込んで。
全力で押し込んで。




スバルは先を歩く桃の髪を追った。





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(知りたいという気持ちは後に回して、とりあえず今は先へ進む)



2008/01/13