Eden


My friend  2




明かりも付けない部屋で、少年はベッドにうつぶせていた。
部屋は綺麗に整理されており、この部屋の主の性格が見て取れる。
しかし、マントだけが荒々しく床に投げ捨ててあった。



「・・・・・・何やってるんだ、僕・・・・・」
くぐもった声で少年が呟く。
顔を上げて自分の目元にかかった茶色の髪をはらった。
そしてゆっくりと手を頬に触れる。
触れた部分は湿っていた。



「・・・・・・・そうか・・・・泣いたのか」
他人事のように少年、リアは呟いた。
涙を流したことなんて、気がつかなかった。
頭の中を巡るのは涙を流す彼女の表情で・・・・・・
一番泣かせたくなかった少女。
笑っていてほしかった。
それを泣かしたのは、他でもない自分だ。



『貴方に一体・・・・・何が起こったの・・・・?』


彼女の言葉が耳に残っている。
・・・・・気づいてた。
勘がいいのかそれとも自分が隠しきれていなかったのか・・・・・
いや、どちらでもいい。
彼女に心配をかけて悲しげな顔をさせていたという事実は同じなのだから。



「何もないよ・・・・・スピカ・・・・・」
部屋にリアの声が響く。
その声は静かで穏やかで・・・・・でも微かに震えていた。
「何も・・・・・心配しなくていいんだ・・・・・」
そう、何も心配しないで。
君は何も・・・・・心配する必要なんてないんだ・・・・・
ただ、いつも通り笑っていて?
それだけでいいんだ。
満足なんだよ。







リアはベッドから降り、窓辺に向かう。
月があまりにも綺麗で、思わず目を細めた。
そう、世界はとても美しい。
そして、彼女にはこのような美しい世界が似合うのだ。
この楽園と称される国が似合うのだ。
「・・・・・君に闇は似合わない」
日溜りのような暖かな笑顔を持つ彼女に相応しいのは光。
暖かくて優しい光だ。
暗く、人々を飲み込む闇は彼女には似合わない。
いや、彼女が触れてはいけない。
だから、自分は彼女の傍にはいられない。
彼女の光を奪ってしまうから。
彼女の居場所を奪ってしまうから。




・・・・・・・闇に、引きずり込んでしまう・・・・・・






月から目を逸らし、ベッドに戻ろうとした時リアは眉を顰めてドアを睨んだ。
荒々しいノック音。
こんな遅い時間に、こんな非常識なノックをする人物をリアは一人しか知らない。
息を吐いて、彼はドアの方に向かった。
そして静かにドアを開ける。



「・・・・・・何かあったのかい?スバル・・・・・・」


ドアの向こうにいたのは、漆黒の髪をもつ少年。
予想通りの人物。
その顔は険しく歪んでいた。












「明かりも付けずに何やってんだ、お前」
「・・・・・今から寝ようと思っていたんだよ」
スバルの言葉に気だるげに返す。
そして、ゆっくりとした動作で明かりを付けた。
そして床に投げ捨てられたマントを拾う。
スバルはその様子を見て眉を顰めたが何も言わなかった。
そして荒々しく椅子に腰掛ける。



「・・・・・それで、何をしにきたの・・・」
無意識に声に棘を含んでしまう。
他人を気遣っている余裕が、今のリアにはなかった。
先程のスピカとのやりとりが、まだ頭を支配する。
声の刺々しさに自分でも気づいているが、それを謝らずにスバルの答えを待つ。
スバルはその様子を気に留めたわけでもなくリアに視線を向けた。





「お前さ、スピカに何言った」
単刀直入すぎる彼の物言いに思わず苦笑が漏れる。
ああ・・・彼はいつも真っ直ぐだ。
時々、それがとても羨ましい。
「・・・・どうして、僕と姫が一緒にいたって知ってるの?」
「たまたま見た。・・・・・ルナも知ってる」
「へえ・・・・・ルナも・・・・。君達、随分仲がいいんだね。こんな遅くにデートかい?」
「話をはぐらかすな」
からかう様に微笑みながら言った言葉をスバルの言葉が切る。




「・・・・・・別に何も言ってないよ。少し、話をしただけ」
「・・・あいつ、泣いてた」
「・・・・・・・」
スバルの言葉にリアは一瞬言葉を失う。
表情が固まる。
しかし、すぐに元の表情に戻った。
そんなこと・・・・知ってるよ・・・・
「ルナの奴を部屋に送ったあと、たまたま会ったんだ。涙は流してなかったけど、顔が真っ青で・・・・目が腫れてた」
スバルの鋭い視線がリアを射る。
「・・・・・・あいつに何言った」





「・・・・・・・貴方に何があったの・・・って言われた」
「え・・・」
スバルの声に、リアは思わず微笑む。
「意外?」
「いや・・・・・いつかは言うだろうとは・・・・・思ってた」
スバルの言葉にリアは、そう・・・と俯く。
「それで、お前何て・・・・」
「何でもないって言ったよ。当然じゃないか」
スバルの言葉を遮り、リアは言う。
顔を上げた為、スバルと視線がぶつかった。
スバルの呆然とした表情を見て、小さく笑う。
自嘲的な、笑みだった。
スピカの嫌いな笑顔。
辛そうな・・・・笑顔。





「お前・・・・・それでいいのか・・・・」
「何、意味が分からないよ」
「何って・・・・スピカを傷つけたままでいいのか・・・ずっと、隠し続けるのか・・・・?」
「・・・・・どういうこと」
「とぼけるな」
今度はスバルがリアの言葉を遮る。
普段の彼と違って静かな物言いにリアは微かに目を見開いた。
スバルの強い視線がリアを射る。
ああ・・・彼のような真っ直ぐな心が羨ましい。
それと同時に、ひどく妬ましい。




「お前があいつに嘘をつき続ける限り、あいつは悲しむ」
「姫は何も心配する必要ないんだよ」
「リア・・・・!」
「姫は何も心配せずに笑っていてくれればいい・・・・」
「あいつがそんな奴だって思ってんのか!!!?」
スバルが声を荒げる。
テーブルを勢いよく叩いた為、大きな音が響いた。
「あいつがお前のこと心配しないなんて・・・・・そんな訳あるかよ!!
考えれば分かるだろーが!!」


・・・・・・あるわけない・・・・
スバルの声を聞きながら、リアは呆然とそう思った。
彼女はいつも、誰かのことを気にかけて心配して悩んで・・・・・・
相手の気持ちを敏感に感じ取る。
そんな彼女が幼馴染の自分を心配しないなんて・・・・・そんなこと・・・・・








「そんなこと・・・・あるわけないよね・・・・・」
ああ悪循環だ。
自分が彼女のことを想えば想うほど彼女が苦しむなんて・・・・・
神様は意地悪だ。
どんな思いで断ち切ったと思う・・・・?
自分が距離を置いてると感じた彼女が見せた表情を、どんな思いで見ていたと思う?
「スピカ」と名前を呼ばないと、どんな思いで決めたと思ってるんだ・・・・・
胸を締め付ける想いを・・・どれだけ時間をかけて封印したと思ってるんだ・・・・・
それでもどうにもならない。
それでも何も変わらない。
事態は悪い方に転がるばかりで、いい方向になんて進まない。




ああ・・・・神様は意地悪だ・・・・・



じゃあ僕はどうすれば・・・・・・






「・・・・・・どうすれば・・・・いい・・・・・?」
ならば僕はどうすればいい・・・?
「僕は・・・・・どうすればいいんだい・・・・スバル・・・・」
スバルは暫くリアを見つめていたが、やがて口を開いた。


「もし、俺があいつだったら・・・・・お前の口から何を聞いても、絶対に離れない」
「・・・・・知ってる」
彼女なら、きっと一生懸命になってくれるだろう。
でも・・・だからこそ知らせたくない。
望みがないことに・・・・固執してほしくない。
だから僕は・・・・・話さなかった。
だから僕は・・・・・・・





「だけどな、何も話さなかったら・・・・・もっと悲しい。ずっとその思いは消えない。ずっとだ・・・・・」
「だけど」
「取り返しのつかないことになったら余計に・・・・・だ。自分を責める。きっと。そしてそれは一生自分の心を縛るんだ」
「スバル・・・・・」
「大切な者であったら、それだけ・・・・・そのことは心を縛り続ける」
苦しげにスバルは言葉を紡ぐ。
スバルとリアの視線がぶつかる。
漆黒の真っ直ぐな瞳が、強い光をもってリアを見つめる。



「お前だったらどうだ?」
「え・・・・」
「スピカが苦しそうに笑ってる。それを放っておくか?」
暖かな優しげな笑顔。
まるで日溜りのようなその笑顔が曇ったら・・・・?
そんなこと・・・・
そしたら僕は・・・・・
「まさか・・・そんなこと・・・!!」
もし彼女の笑顔がなくなったら、僕は全力で取り戻す。
どんなことをしてでも
何があっても
君の笑顔がなくなるなんて・・・・・考えられないことなんだ・・・
声を上げたリアをスバルが制す。
漆黒の目を細める。




「だから・・・・それと、同じだよ」







その瞬間、頬に熱いものが触れた。
僕が今までしてきたことは・・・・・・
大切な人の笑顔を曇らせることで・・・・・
それを見ることはとても苦しくて・・・・





だけど、彼女と今までと一緒のように接してしまったらもう・・・・・
取り返しのつかないことになってしまうようで怖かった。
それだけ僕は・・・・・・



だから距離を置いた。
「幼馴染」から「ただの護衛兵士」になることを望んだ。




だけど、心はそれを望んでいなくて
もっと彼女の笑顔が見たいと
もっと笑ってほしい
自分の傍で笑ってほしいと




心の奥底で強く願った。





銀色の髪も淡いグリーンの瞳もくるくる変わる表情も、
お転婆で城を抜け出すくせに責任を果たそうと頑張ろうとするところも、人の痛みに敏感なところも、
楽しそうに庭師の仕事を見ているその眼差しも
楽しそうに笑うその声も
憂いの表情も
愛しくて愛しくてたまらない。
自分の名前を呼んでくれる度にどの位心臓が跳ねるか、君は知っているかい?
隣を歩くだけで、心臓がうるさく鳴っているのに君は気がついているのかな。
兵士が君を見つめてる時、僕の中にどんな思いが宿るか知ってる・・・?
君が悲しそうな顔をすると、息が止まりそうに苦しくなるんだ。






気がついたんだ。







もう耐えられない。
嘘がつけない。
心に鍵をかけられない。






好きだ












「スバル・・・・・・もう、駄目だよ・・・・・・」
頬に触れる。
触れた部分は濡れていた。
涙だ。
自分は・・・・・泣いている・・・・・





「彼女を”スピカ”って呼びたくて堪らないんだ・・・・・・・」



その言葉を聞いてスバルは一瞬目を見開いたが、その後すぐに笑顔になって
力いっぱいリアの肩を叩いた。









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2006/11/26