Eden


My friend   1




「姫様!? 」
廊下でスピカとすれ違ったニナは、スピカの顔をみて声を上げた。
思わず大声でスピカを呼び止め、彼女の顔を覗きこむ。




「ここにいらっしゃったのですね!先程リア様とお会いしまして、一緒に姫様を探してくださるように頼んだのですが
お会いになりました?」
「え?あ、うん・・・・」
二ナの言葉にぼんやりと返事を返す。
「姫様がお部屋にいらっしゃらなかったのでとっても心配しましたわ・・・でもご無事で何よりです!」
二ナは嬉しそうな声を上げ、手をパチンと叩く。
スピカはそんな二ナの表情を見て、小さく微笑んだ。
「ごめんね・・・・心配かけて」





「あの・・・姫様・・・・大丈夫ですか・・・・?」
突然の二ナの言葉にスピカは目を見開く。
「え・・?」
「お顔・・・・真っ青ですよ・・・・?」
「・・・・・・」
ニナの言葉に、スピカは暫く黙り込む。


私は・・・・・そんなに酷い顔をしていただろうか・・・・


しかしすぐに笑顔になって、スピカは弾んだ声で言った。
「やだ、ニナったら!私はいつも通り元気よ?」
私の顔は、今ちゃんと笑顔になっているだろうか。
私の口元は、ちゃんと弧を描いているだろうか。
しっかり笑いなさい、スピカ。
他の人に心配かけちゃ駄目。
悲しい顔をしていると、周りの人まで悲しくなってしまうでしょ?


「ですが姫様・・・・・」
「二ナの気のせいよ!私、何ともないわ?」
「でも・・・・・」
「もう遅いし、休むね。心配かけてごめんね?ありがとう!」
まだ心配そうな顔をしているニナに手を振って、スピカは別れた。
部屋に戻り、ドアに背を預ける。
そして、小さく息を吐く。



・・・・・・・明日、またしっかりニナに謝ろう。
きっと彼女は、心配しているだろうから。
いつもそうだ。
彼女は自分を常に気にかけてくれている。
ちらりと置時計に目をやると、日付はとうに変わっていた。
もうこんな時間なのか、とぼんやりと思いベッドに潜り込む。


『何でもないから・・・・・・そんな顔をしないで? スピカ・・・・・・・』
先程のリアの言葉が頭を回る。

「ならどうして・・・・貴方はそんな顔で笑うのよ・・・・」

あんな顔で言われても説得力は皆無である。
分かったことは一つ。
彼は、私に話したくないのだ・・・・。
そして今後、それを絶対に話すことはない。
無理に聞こうとはしたくなかった。
彼が話してくれるのを待つつもりだった。
だけど、結局は彼に問いただしてしまって・・・・
あんな顔をさせたのだ。


「リアが泣いてるのを見たのは久しぶりね・・・・」

いつも笑っている彼が泣くのを見ることは滅多にない。
そんな彼が、先程涙を流したのはスピカにとっては衝撃的だった。


「それだけ、触れられたくないことなの・・・・?」
広い部屋にスピカの声が響く。
私は、どうすればいいのだろう・・・・・




コンコン


もう休もう、そう思い目を閉じたスピカの耳にドアをノックする音が響いた。
起き上がり、明かりを付ける。
こんな遅くに誰だろう・・・・こんな時間の訪問者なんて・・・・
スピカはガウンを羽織り、ドアの方に向かった。
ニナだろうか・・・それとも、兄か姉だろうか?

「誰・・・・?」
「こんばんは、スピカ」


恐る恐る開けたドアの向こうにいたのは、スピカがよく知っている桃色の髪に紅の瞳。
「ルナ・・・・!?」
「ふふっ、まだ起きてたわね?スピカ?」
夜更かしはお肌に悪いのよ?悪戯っぽく笑うと手を上げる。
「何よそれ・・・・ルナだって夜更かしじゃない」
ルナの言葉に膨れ顔でそう言うと、軽くルナを睨む。
「まあ、それは置いといて・・・・スピカ、今大丈夫かしら?」
スピカの言葉を軽く流し、ルナは微笑んだ。


どうせベッドに入っても眠れないのだ・・・・・そう思い、スピカは頷く。
そう、とルナは頷きもう片方の手に持っていたものを軽く上げる。
大きなバスケット。
その中にはご丁寧にティーセット一式。
初めからお茶をするつもりで彼女はここへ来たらしい・・・・・








温かなお茶を飲むと、スピカは強張っていた体が解れていくのを感じた。
自分の体はこんなに緊張していただろうかと思う。
「おいしい・・・・・」
「そ? よかった」
お茶を淹れるのは得意なのよね、とルナは笑う。
そして彼女もカップに口を付けた。



「眠れないときは温かいものを飲むといいわ」
「え・・・・・」
ルナの言葉にスピカは驚いてカップから口を離す。
その様子を見てルナはくすりと笑う。
綺麗な笑顔だとスピカは思った。
「あら、違うの? 眠れないのだと思ったわ?」
「え?あ・・・・うん・・・・・確かに眠れなかったんだけど・・・・・」


どうしてルナ、私が眠れないって知ってるの?
その言葉にルナは一言、なんとなくね?と言って、また一口お茶を啜った。
不思議な少女だとスピカは思う。
しかし、自分を気遣ってくれたことが嬉しくてスピカは思わず微笑んだ。



微笑むと同時に、彼の悲しそうな表情が頭に浮かぶ。
ああ・・・・私はどうすればいいのだろう。
支えると決めた。
傍にいると決めた。
拒絶されても、彼の笑顔が戻るまでは諦めないと決めた。
だけど・・・・実際に感じたのだ。
彼は・・・・・私の事を拒絶している・・・・・



壁を作られても、諦めないと決めたはずなのに実際に目の前で起こってしまうと自分はこんな風だ。
情けない・・・。
考えが甘かったのか・・・・それとも、覚悟が足りなかったのか・・・・・






「ねえ、スピカ・・・・」
「何?」
「無理して笑わなくても、私・・・・いいと思うわ」
突然のルナの言葉に思わず目を見開く。
「泣きたい時に泣いても、罰は当たらないわ?スピカ・・・・」


「私、別に泣いてなんか・・・・・」
ないよ?そう言いたかった。
だけど、言葉が続かない。
それは、目の前のルナがとても悲しそうに私を見ていたから・・・・?
その表情が、リアの涙した表情と重なって見えたから・・・・?
それとも・・・私の心が「泣きたい」と訴えていたからだろうか・・・・・



2人の間を沈黙が流れる。
ルナは何も言わずにスピカを見つめていた。
その視線に耐えられなくなって、思わず俯く。



『だって・・・・君の表情が・・・・・・・』

目に涙を浮かべて笑った貴方。
一瞬あの頃に戻ったと思ったのに、それは幻の様に手の中からすり抜けてしまって


『・・・・・・・君を・・・・・悲しませたいわけではないのにな・・・・・・・・・』

そんな顔をしないで。
私も同じよ。
貴方にそんな顔をさせたいわけじゃないの・・・・
ただ、笑ってほしいだけなのに・・・・


『君には笑ってほしいだけなのに・・・・・・・どうして・・・・・・』

リア・・・貴方は何を抱えているの・・・・?
どうしてそんな顔をするの?
力になりたいっていうのは、私の我が侭なのかな。
貴方の心を閉ざしてしまうだけなのかな?


だけど、だけどね・・・・・リア・・・・
私は力になりたいの。
また笑ってほしいの。
だから、そんな表情をしないで・・・・・
突き放されてしまっても私は・・・・



「好き・・・・・」


だから、せめて貴方の笑顔が戻るまで、傍で支えてもいいですか・・・?



ポロポロと涙が零れ落ち、スピカのガウンを濡らす。
涙を拭うこともなく、ただ涙を流した。
それを見ると、ルナは安心したように微笑んだ。
そっとスピカの頭の上に手を置き、軽く撫でる。
ゆっくり、何度も・・・・・
触れられた手の暖かさを感じながら、心の中の悲しみは涙となって零れ落ちる。



「ふふっ・・・・本当はこうするのは、ミモザ様か陛下の役割なんだろうけど」
どの位時間が経っただろう・・・・・
笑いながら頭を撫でて言うルナに、スピカは赤い目のまま言った。
「あら、今のルナ・・・本当にお姉さんみたいよ?」
「お姉さんって・・・・同い年なんだけど?」
わざとらしく言ったルナの言葉がおかしくて、思わずスピカは笑顔になった。
彼女の自分を気にかける心が伝わってきて嬉しいと同時に、涙がまた出そうになる。



「私、スピカとリアがバルコニーで話してる所を見たの」
ルナの言葉にスピカは、え・・・と声を上げる。
その様子に慌てて、「もちろん話の内容なんて分からないわよ?」と続ける。
スピカはほっと息を吐いた。
「それでね、部屋に戻った後、寝ようかなって思った時にスピカの声が聞こえたような気がして・・・・」
「私の声・・・?」
「きっと空耳だったと思うの。だけど、とても辛そうな響きだったから・・・・」
つい・・・・ね、そう言うとルナは視線をティーカップに向ける。



「もし、スピカが眠ってたら私は自分の部屋でティータイムだったわね」
「そうだね」
ルナの言葉にスピカは笑う。
「でも・・・・・ルナは正解。私は今日、眠れないと思ってたから・・・・・。ルナがここに来てくれて嬉しいの」
ありがとう・・・私の心の声・・・・聞いてくれた
「そう・・・・よかった」




「ね、スピカ・・・・。リアの事、気になる?」
「・・・・・え?」
「スピカが悲しそうな顔をするのは大抵リアの事を見てるとき。・・・・・・そうよね?」
ルナの言葉に、スピカは俯く。
気づかれていた・・・・・。
「確かに、リアは・・・・悲しそうに、辛そうに笑ってる・・・・久しぶりに会って、少し驚いたわ」
「ん・・・・」
「だけどね、聞いて・・・スピカ」
ルナの言葉に顔を上げたスピカは、ルナと視線がぶつかった。
彼女の表情はとても優しくて・・・まるで母親のようで、思わずまた涙が出そうになる。
今日の自分は泣きすぎだ。
私はこんなに泣き虫だっただろうか・・・・。




「貴方は気がついてないかもしれないけど、リアはスピカを見てるとき、とても優しい顔をしているわ」



その言葉に・・・・・・出しつくしたはずの涙が、また零れた。










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2006/11/12