Eden


銀の夜  3




以前は彼と2人で夜にこうして話すなんて、そんなに珍しいことでもなかった。
時にはスバルと3人でここでお菓子を広げて星を見たっけ。
だけど、今ではこうして2人で話をすることがとても幸せで・・・・・・・


当たり前の日常は、すっかり変わってしまったのだと、思い知らされた。





「姫・・・・・・」
「ん?」
突然リアは口を開いたのでスピカは彼の方に視線を向ける。
リアは言おうか言うまいか迷っているようだ。
視線が下を向いている。
彼はいつもそうだ。
言いづらいことがあると、視線を下に向ける。
きっと自分では気がついていないのだろう。
分かりやすい。




「何?リア・・・・」
「いえ・・・・」
そこで一呼吸置き、リアは口を開く。
「何か、あったんですか・・・・・・? スピカ姫・・・・・」
リアのその言葉に、スピカは目を見開いた。
一瞬、時が止まったように思えた。









君がこの場所に来るときは、何かがあった時だから・・・・・・
リアは目を見開いて自分を見つめるスピカを見つめた。
ここは・・・小さい頃からの秘密の場所。
スバルと僕と、彼女の・・・・・。
このバルコニーから見る風景が彼女は好きだった。
だから・・・・悲しいことがあると、君は必ずここにくるんだ。
「ここからの風景を見ると元気になれるの」
そう言って笑っていた。







「何もないわ?どうしたのリア・・・・・」
呆然とリアを見つめていたスピカは、はっと我に返り笑いながら言った。
自分の心を見透かされたようで、心臓が高鳴った。
その様子を見るとリアはクスクスと笑う。
眉を寄せるスピカにリアは言った。




「姫、気づいていませんね・・・・?スピカ姫は嘘をつくと、必ず目が泳ぐんですよ」
「嘘!」
慌ててスピカは顔に手を当てる。
まさか、そんな!自分にそんな癖があったなんて・・・・・!
慌てて顔中をペタペタ触るスピカを見てリアはクスクス笑いを大きくした。
そして仕舞いには声を上げて笑い出したではないか。



彼のその様子にスピカは眉を寄せる。
・・・・・・まさか
まさか私は・・・・・・・





「っ・・・!リア!!貴方騙したわね!?」
スピカのその言葉にリアは更に声を上げて笑った。
目にはうっすら涙が浮かんでいる。
スピカはリアが余りに笑うので恥ずかしくなって、頬を赤くした。
そして恨めしそうに彼を見る。




「すみませ・・・・あまりに姫が必死なので・・・・・・」
そこまで言ってまた笑いがこみ上げてきたようだ。
口元に手を当てて、必死に笑いを止めようとしているようだが、どうやら止まるまではもう暫くかかるらしい。





「もう・・・・・・」
リアの様子に膨れていたスピカは、ふっと笑顔になる。
自分の好きな笑顔だ。
自分を幸せな気持ちにしてくれる彼の笑顔・・・・・・・
間近で見たのは久しぶり。
ああ・・・・今、時間が止まってしまえばいいのに・・・




笑い終わったリアを見てスピカはわざとらしく睨みつける。
「仮にも王女に対して馬鹿笑いするなんて失礼ね、リア・セイクレイド」
「だって・・・・君の表情が・・・・・・・」
涙を拭いながらそこまで言って、リアの言葉が途切れた。
表情が、凍りつく。



今・・・・何て言った・・・・?


スピカとリアの、2人の動きが止まる。


今の彼の口調は、幼い頃のまま・・・・・以前の彼の口調のままだったから・・・・・・






スピカも思わず息を呑んだ。
リアとの距離が縮まった気がして・・・・・
目の前にいるのは、以前と同じ彼のようで・・・・・・・
彼が自分と距離をとっていた事なんて・・・・・まるで遠い昔のような感覚が彼女を支配する。
そして、その後心に満ちるのは溢れんばかりの喜びの感情だ。


2人の間に沈黙が流れる。
短い時間だったが、スピカにとってはそれが、何時間もの時間のように長く感じた。




「リア・・・・・」
「失礼な発言をしましたね、スピカ姫。お許しください」
スピカの言葉を遮り、リアは声を上げる。
彼が浮かべるのは先程の優しい笑顔ではなくて、あの・・・辛そうな表情を押し込んでいるような笑顔だった。
一瞬でスピカの周りから、色が消えた・・・・。



先程のやりとりが・・・・幻のように感じてしまう。
まるで、精霊が見せた悪戯の幻覚・・・。



「もうそろそろ戻りましょう、姫。寒くなってきました・・・・お風邪を引かれますよ?」
そう言って立ち上がろうとしたリアのマントをスピカは思わず掴んだ。

行ってしまう。
遠くに行ってしまう。
離れてしまう・・・・・


衝動的な行動だった。
彼女の行動に、リアの目が見開かれる。



「何が・・・・・・あったの・・・・・?リア・・・・・」
「姫?」
「貴方に一体・・・・・何が起こったの・・・・?」
スピカの手の力が強くなる。
マントが千切れんばかりのばかりの力で握りしめる。
それは、彼女のささやかな抵抗だった。
神様・・・・お願いします。
これ以上彼を遠い所に連れて行かないでください・・・・・・・。




「姫、何を言って・・・・・・・」
「気がつかないとでも思った・・・・? 貴方の私への態度・・・・・気がつかない程、私は鈍くないわ」
「姫・・・・」



こんな事・・・言うつもりじゃなかった・・・・
でもどうして?止まらない・・・・・
彼を困らせたいわけではないのに・・・・・こう言うと、彼が困ってしまうことを、私は知っているのに・・・・
分かってるわ・・・・こんなのは、私のエゴだ。
本当は・・・・
本当は知りたいの・・・・・・
貴方がどうしてそんなに辛そうな笑顔を浮かべるのか・・・・知りたいの・・・・




「スピカって・・・・・呼んでくれたじゃない。敬語なんか、使わなかったじゃない・・・・・どうして・・・・・」
「それは、僕がまだ幼かったからです。姫と僕じゃ立場が違いま・・・・」
「じゃあどうして!!」
リアの言葉を遮り、スピカは声を上げた。




じゃあ、どうして・・・・・・




「どうして、そんなに辛い顔で笑うの・・・・・・?」



静かな夜にスピカの声が響いた。
・・・・・言ってしまった。
リアの息を呑む音が聞こえる。
一番辛かった事だ。
暖かい顔で笑う貴方が、辛い表情で、悲しそうな笑顔を浮かべたこと・・・・・・・
だけど、貴方は泣かない。
泣き出しそうな笑顔を浮かべているのに、貴方は涙を流さない。
どうして・・・・・・・・?




「誰かに何か言われたの・・・・?それとも私のせい?」
「姫、それは・・・・・・・」
「私が何か、リアの気に触れるようなことしちゃったかな・・・・?だったら謝るわ。リアの気が済むまで謝るわ・・・・」
「姫、違います」
はっきりとした声で言うリアに、スピカは辛そうに顔を歪めた。
涙が出そうになる。
だけど、泣かない。




「じゃあどうして・・・・・・?」
消えそうな声で呟く。
リアはそっとスピカの髪に触れた。
そして笑った。
あの辛そうな表情で。










「何でもないから・・・・・・そんな顔をしないで? スピカ・・・・・・・」
「っっ・・・・!」
そんな表情で名前を呼んでほしい訳ではないのに。
そんな辛そうな笑顔で、どうか名前を呼ばないで。
私が望むから、貴方は名前を呼んでくれたの・・・?
私がそう頼んだから・・・・?
そんな顔で、呼んでくれたの・・・・・?




スピカの瞳から、涙が溢れた。
・・・・・・限界だ・・・・・
袖で拭いても止まらない。
心が痛い・・・・・・
この痛みは私のもの?
それとも彼の・・・?
涙が止まらない・・・・・・
泣くな、私。
彼の前で泣いてどうするというのか。
リアの方が、泣きたくて泣きたくて堪らないのに・・・・・・
私が泣いては駄目じゃないか。
支えると決めたじゃないか。
止まれ・・・・
涙よ止まれ・・・・・・
お願い、止まって・・・・・・・・・





「・・・・・・・君を・・・・・悲しませたいわけではないのにな・・・・・・・・・」
リアのその辛そうな言葉の響きにスピカは俯いていた顔を上げた。
「・・・・・・・・どうして・・・・・・・上手くいかないのかな・・・・・」


やっぱり・・・・僕の所為だった。
スピカ、君がそんなに悲しそうな顔をするのは・・・・僕の所為なんだね・・・・?


「リア・・・・・・?」
「君には笑ってほしいだけなのに・・・・・・・どうして・・・・・・」



どうして神様は・・・・こんな小さな願いも聞いてくれないのだろう・・・・・
あれだけ願ったじゃないか。
あれだけ、祈ったじゃないか。




神様、そんなに僕のことが嫌いですか・・・・・?






リアの瞳から、涙が零れた。







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2006/ 10/ 22