Eden
銀の夜 2
「ったく、あの野郎どこいったんだ・・・・?」
辺りを見回しながら中庭を歩いているのは、スバル・エリクトル。
スバルはリアを探していた。
見回り場所にリアが来ないと、見張り兵士達から報告があったのだ。
自分は今日は見回りの当番ではない。
見張り中の兵士達に頼むわけにもいかず、彼は自ら探しに出た。
もちろん自分以外にも兵士はいるのだが、夜に外に出るのは嫌いではない。
散歩だと思えば全く苦ではないのだ。
中庭を横切り隣の塔の階段を登る。
踊り場に出たところ、見知った髪を見つけ、思わず声を上げた。
「ルナ・・・・?」
呼ばれた少女はゆっくりと振り返る。
部屋着にガウンを羽織った姿だった。
「どうしたんだよ、お前・・・・お嬢様はもう寝てる時間だろ?」
嫌味のようなその発言を、にやにや笑って言うとルナは明らかに不機嫌な視線で彼を睨みつける。
「・・・・・・あなたって、本当に人の地雷を踏むのが得意よね?」
嫌味を返したが、スバルには通用しなかったようだ。
いたずらっぽい視線でルナを見ると笑う。
「まさか。俺って優しいし、紳士だし?」
「とっても面白い冗談ね」
そう言うと再びルナは窓に視線を移す。
空は満天の星空だ。
澄んだ空に瞬き、美しい。
「ていうか、お前何でここに?」
いくらお前でもこの時間に一人は危ないんじゃねーの?と続けるスバルにルナは再び顔を顰めた。
この男は一言多いのだ。
「その言葉、そっくりお返しするわ。スバル・エリクトル。貴方今日は見回りの当番じゃなかったはずでしょ」
「あ!そうだった・・・!リアを探してたんだよ、見てないか?」
当初の目的を思い出し、スバルは尋ねる。
ルナはその言葉を聞くと、ああ・・・そういう事・・・と言って頷いた。
「リアならあそこ。・・・・見える?」
ルナの指差した方角を見ると、向かいの建物のバルコニーが見える。
顔までは見えなかったがあの茶色の髪は間違いなくリアだ。
「・・・・・・お前、視力良すぎ・・・・・」
「そ?」
スバルはその横に見慣れた髪があることに気がついた。
夜の闇にも負けずに輝く、その髪の色は銀色。
・・・・・彼がよく知っている色・・・・・
「スピカ?」
思わず、その名前が、彼の口から零れた。
「なんでスピカが・・・・!?」
「何よ、スピカがあそこにいちゃ悪いっていうの・・・?」
スバルの言葉にルナは眉を寄せる。
「いや、そういう訳じゃねーけど・・・・って、あいつら何してんだよ・・・!」
そう言って彼らの方に向かおうとしたスバルの服の袖をルナが引っ張る。
「ほっときなさいよ、2人とも子供じゃないんだから」
「あ?」
「初めはスピカ一人だったわ。あそこにいたの・・・・。リアが来たのは後からよ。きっとスピカを探しにきたのね」
ルナの言葉にスバルは目を丸くする。
「お前・・・・そんなに前からここにいたのか・・・・?」
リアが見回り箇所にいないと連絡があったのは、約30分前だ。
だから彼女は、少なくとも30分以上前にはここにいる事になる。
「・・・・・まさか、お前・・・・ストーカー・・・」
「馬鹿言わないで。私の視界にたまたまスピカが映っただけよ」
スバルの言葉を遮り、ルナは静かに言う。
スバルは深く息を吐く。
「で?お前はどうしてここに?もう遅いぞ。しかも一人だし」
「なあに?心配してくださるの?スバル隊長」
うふふ、とお嬢様仕様の仕草で微笑むと、スバルはわざとらしく身震いをする。
「別に。ただ、お前も腐っても女だからな。」
「レトリア国国王の親友の娘に手を出す人なんていないわよ」
淡々と返すルナの表情は、どこか冷めたもので思わずスバルは言葉を飲み込んだ。
「・・・・・・お前・・・留学って言ったな・・・・ここに来た理由・・・・」
「またその質問?しつこいわ」
「お前がしつこいと言っても何度だって言ってやるよ」
スバルの言葉を聞き、ルナは、はあっと息を吐く。
ああもう・・・どうしてこんな時に・・・・
「疑うのなら勝手にどうぞ、スバル・エリクトル。でも私は戻るわ。不愉快・・・・・・・・」
「逃げるのか?」
そう言ってその場を去ろうとしたルナの腕を、スバルはとっさに掴む。
力を入れすぎた所為だろうか、微かにルナは顔を歪めた。
しかし、すぐに元の表情に戻る。
そのまま、スバルはルナを引き寄せた。
2人の視線がかち合う。
「何度だって言ってやるよ。ここ最近のお前の様子を見て確信した。お前がこの国にきた理由は留学なんかじゃない」
「・・・・・ずいぶんとした自信ね?根拠は?」
「さあな。・・・・・勘?」
そう言って不敵に笑うスバルにルナも意味深な笑みを返す。
この女・・・・・予想以上に手ごわいかもしれない・・・・
スバルはそう思った。
「賢者様が俺達を呼びに行った時、どうしてお前もあそこにいた?」
「賢者様に呼ばれたもの。貴方と同じよ」
「留学生のお前がか?」
「ええ、そうよ」
お互い一歩も譲らない。
「お前が賢者様に呼ばれた後も、こうやって話をしたな。あの時も、お前は言った。”留学についての話”だと」
「ええ」
「だけど、あの緊急事態の時に、そんな話をするとは・・・・俺は思えない」
「・・・」
「あの時は無理やり納得した。・・・・・だけど、その後、お前は俺達に言ったな。
スピカの異変の兆候・・・・あれはスピカ個人を狙ったって」
「ええ」
「何故分かる?」
「言ったでしょ?この城は常に賢者様によって目に見えない結界が張ってあるわ・・・だから」
「結界の事は、この国の上層部しか知らない」
ルナの言葉をスバルが遮る。
「いち留学生が、しかも他の国から来たお前が知っているはずがねーんだよ」
ルナとスバルはお互い視線を逸らさなかった。
夜風が2人の髪を揺らす。
ルナの腕を掴んだ、スバルの力が強くなる。
「お前は・・・・・何者だ・・・・・?」
「お前が敵じゃないことは・・・・分かる・・・・だけど・・・普通の留学生でもないだろ」
スバルの言葉にルナは何も答えない。
それがスバルをイラつかせる。
「お前は・・・・・何者だ」
先程の疑問系ではない、確信めいた言葉。
「初めて話した時のこと、覚えてるか? あの時分かった。お前もリアのこと・・・・」
「皆まで言わなくてもいいわ。貴方が気がついてたこと、知ってたから」
それに・・・・、とルナは続ける。
「何者か・・・という質問には、以前答えたはずよ。私はルナ・M・ランネスレッド。リアの血縁にして真実を知る者」
「それがおかしいんだよ。お前が真実を知っているはずがない」
だってお前はこの国にいなかったのだから。
2人の間に沈黙が流れる。
「・・・・・・ま、ここでにらめっこしても仕方がないか。揺さぶりかけてみたけど、お前は口割らねえみたいだし?」
そう言ってスバルはルナの腕を掴んでいた手を離した。
「腕が赤くなってる・・・・・馬鹿力・・・・」
「うっせーーー!!!」
わざとらしく手を擦るルナを睨みつけるとスバルは叫ぶ。
それを聞き、ルナは声を上げて笑った。
「スバル・・・・この事だけは言えるわ。私は、スピカにもリアにも危害は加えない」
「んな事、分かってる」
彼女が危害を加えないのは承知のことだ。
彼女からは、敵意というものは感じない。
「今は何も言えないのよ。確信がないもの。あんな事、ないに越したことないもの・・・・・だけど・・・・・」
「おい、何の話だ」
「だけど、もしも最悪の事態が訪れたら・・・・・その時の為に私がいる。手伝いをすることができるかもしれない・・・」
スバルの目の前にいるのは・・・・本当にルナだろうか・・・・・
悲しげに目を伏せた彼女に何も言うことは出来なかった。
しかし、一つの確信。
ルナがここに来た目的。
それは何かの”手伝い”をする為だ。
そして、そのことは恐らく周囲の人間は知らない。
「もう帰るわ。寒くなってきたし」
そう言ってルナはスバルに背を向ける。
待てよ、とルナの腕を掴もうとしたが、タイミングが合わず、その手は空を掴んだ。
「じゃーね、スバル。また明日!」
くるりと振り返り、ルナは軽やかな声で挨拶をした。
その笑顔は、先程の緊迫したものとは違い、いつも通りの笑顔。
どちらが本当の彼女なのだろう・・・・・
いや、きっとどちらも。
人間は、いろんな側面を持っているから。
きっと今日垣間見たのは、そんな彼女の側面の一つ。
そして、彼女もまた・・・俺の側面を垣間見たのだろう。
「おい」
「え?」
「送って行ってやるよ」
「は?」
スバルの言葉にルナはきょとんとして、間抜けな声を出す。
その顔がちょっとおかしい。
しかし、ここで笑うと恐らく腹に拳がくるだろう。
「だーかーらー!部屋まで送って行くってんだよ。腐っても腐っても、腐りきっても女だろ?
この王宮騎士団隊長の俺が送ってやるっていうんだよ。感謝しろ?」
「・・・・・・誰も、何も、まっっっっっっったく頼んでないのだけど?」
棘の含んだ言葉がスバルを刺すが彼は気にしない。
そのままルナの横に付いた。
「リアとスピカはいいの?」
「あいつらはもう、子供じゃないんだろ?」
ルナが先程言った言葉をそっくり返すと、ルナは眉を寄せたが、そのまま息を吐く。
「・・・・・・ま、かなり、ううん、相当頼りないけど、ボディーガードにしてあげてもいいわね」
「頼りないってなんだテメー!!!!!! もう一回言ってみろ!!!」
どなるスバルに、あははと笑い、ルナは歩き出す。
静かな夜だ。
このような静かな時間がずっと続けばいいのに。
・・・・ねえ、スピカ・・・リア・・・・
「そう言えば、お前、何であんな所にいたんだよ?」
思い出したようにスバルが言ったので、ルナは思わず笑って言った。
まるで冗談でもいうかのような、軽いノリで。
「悩み事をするには、あんな静かな場所が一番いいでしょ?」
「お前に悩みなんてあるわけ」
「うふふ、スバル、殴るわよ?」
と、同時に脇腹に衝撃。
スバルは脇腹を押さえながら、呟いた。
「あの暴力女・・・・・・もう殴ってるじゃねえかよ・・・・・」
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(ふとした時、人の持つ、もう一つの姿を見る・・・)