Eden


銀の夜  1


君はいつからそんな表情をするようになったのかな・・・?
・・・・原因は僕にあるのかい?



笑って欲しいと望むだけなのに・・・・
どうして神様はそんな願いも聞いてくれないのだろう・・・・











「姫様!どこですか姫様!!!」
夕食が終わり、そろそろ城の見回りの時間だ・・・そう思い中庭に出ようとした時、聞き覚えのある声がして
思わず足を止める。
ニナ・・・・スピカの御付の侍女のものだ。
リアは振り返り、彼女に声をかけた。




「ニナ・・・・どうしたの?」
「リア様!!」
ニナもリアに気がつき、声を上げる。
彼女の顔には焦りの色があり、息が少し上がっていた。
ずっと小走りで駆けていたのだろう。
ニナは止まると、しばらく苦しそうに息を整える。




「何かあったのかい?・・・・ずいぶん慌てているようだけど・・・・」
彼女が慌てているのはいつもの事のような気がするが、今日の様子はその比ではない。
顔を真っ青にしているその表情は、普段の強気な彼女からは想像できない。





「リア様・・・・姫様が・・・・スピカ姫様がいないのです・・・!!」
「いない・・・?」
二ナの悲鳴とも言えるような声を聞き、リアは眉を顰める。
「私が、姫様のお気に触ることを言ったから・・・!!だから姫様はきっと飛び出してしまわれたのですわ・・・!!
どうしましょう!もし姫様に何かあったら・・・!!」





今にも倒れそうな彼女の様子に、リアは二ナの肩に手を置き、落ち着かせる。
話が全く見えない・・・。
スピカがどうしたって?




「ニナ、ちょっと落ち着いて? 姫がどうしたって・・・? 姫は部屋にいたんじゃないの?」
落ち着いたリアの声を聞き、ニナはようやく悲鳴にも似た叫びを止め、リアの顔を見る。
そして暫く口を閉じた後、ぽつりぽつりと話し始めた。

























夜の暗闇の中でも、スピカの銀色の髪は美しく輝いていた。
夜風が彼女の長い髪を揺らす。
目の前に輝く星が今にも掴めそうな気がして、スピカは思わず手を伸ばした。
しかし、星に手が届くはずもなく、スピカの手は宙を掴んだ。
握りしめた手に、頼りない感覚が伝わる。



星に願い事をすると願いが叶うと言ったのは誰だろう?
こんなに近くに見えて、今にも掴めそうな気がするのに手を伸ばして掴むことは出来ない。



これは・・・・・私の願いは叶わないという事?
星があるのは、自分よりも遙か先だという事を知っているはずなのに、スピカは目を伏せて、小さく笑った。
自嘲の笑み。



・・・・・・・いけない・・・・今の自分は少しマイナス思考気味のようだ。
支えていこうと決めたのは自分ではないか。
どんな事があっても諦めないと決めたのは自分ではないか。




・・・・・・ああ、今日の自分は変だ。
何を考えているのだろう・・・



頭の中に浮かぶのはよくない考えばかり。
自分はこんなだっただろうか・・・?
どこかで気持ちを切り替えなければ。







「・・・・・・もう!しっかりしなさい、スピカ! 決めたことなんでしょ!何弱気になってるの!!」
頭をぶんぶん振り、スピカは両手で自分の頬をパチンと叩く。
そして大きく息を吐くと、自分の上に輝く大きな星を見つめて言うのだ。



「見てて・・・、私・・・・絶対に諦めないから・・・・」




貴方の笑顔は私がここにいる証。
貴方の笑顔がなかったら、私はきっとここにはいないわ。
だから・・・・







「何が諦めないのですか?姫」
「うわあっ!」
突然かけられた声にスピカは驚き、声を上げる。
声をかけた人物は、スピカの様子にクスクスと笑い「驚かせてすみません」と言葉を続ける。





「すみません・・・・驚かせるつもりではなかったのですが・・・」
「リア・・・・」
ため息をついて振り返る。
そこには予想通りの幼馴染が、微笑みながら立っていた。
スピカはその微笑に、うっすら頬を赤く染める。
加えて、自分の独り言が聞かれていたことが恥ずかしかった。
しかし、夜の暗闇で彼女の顔が赤いことにリアは気がつかない。






今が夜でよかった・・・・・
スピカはこっそり安堵した。





「ニナが探しておられましたよ?」
「え・・・・ニナが・・・?」
リアの言葉に、スピカはきょとんと首を傾げる。
その様子を見て、リアは「ああ、やっぱり・・・」とこっそり呟き苦笑する。




「二ナの話によると、ニナが言った言葉により、スピカ姫がご機嫌を損ね、部屋を抜け出して行方不明とのことですが?」
「・・・・・・・・?」
リアの言葉に口をポカンと開けてスピカは彼を見つめた。
・・・・誰が、何で、どうしたって・・・・?



「ニナと部屋で話したそうですね?」
「うん」
「・・・・・あまり良くないお話だったとか」
「・・・・うん」
「それで、その後・・・・・」
「ニナとの話が終わって、ニナは部屋を出て行ったの。おやすみなさいって言って。
私その後、少し一人になりたくてここに来たのよ・・・?少し涼んでから眠りたかったし・・・」
スピカは怪訝そうに話す。
どうして自分が行方不明という話に行き着くのだろう・・・?
そして、二ナの言葉に自分が機嫌を損ねたとは・・・・?





「実はあの後、暫くしてからニナは再び姫の部屋に行ったそうなんです」
「・・・・・・え」
「そしたら姫は部屋にいないではないですか。ニナは自分の言葉が姫に不快感を与え、それで姫が部屋を飛び出してしまったと
思ったらしいですよ?」
クスクスと笑いを堪えながら言うリアに、スピカは膨れる。
「もう・・・ニナったら心配性なんだから・・・・・・」




「でも姫も悪いのですよ?夜遅くに部屋を抜け出すなんて。何かあったらどうするのですか」
「あら、城の中だもの。危険なものはないわ?」
リアの言葉にスピカは返す。
城の中は警備の兵士達が見回っているのだ。





その言葉を聞いてリアはため息をつく。
・・・・・彼女には危機感がないのではないだろうか・・・・・
ただでさえ、この前、あのような危険があったばかりなのだ。
あれ以来、彼女には御付の侍女を増やし、こっそり様子を見てもらってはいるが、それで安全とは限らない。
・・・・むしろ甘いとリア本人は思う。
心の中では、ルナの言った兵士でスピカを護衛するという考えに賛成だったのだ。




しかし、そのような事をすると、彼女の不安そうな顔が目に浮かぶのは簡単だったから・・・・
だからリアは、敢えて別の案を出した。
不安げな顔は見たくなかったから・・・・
幸い、あれから彼女に異変は起きていないようだ。





「ニナには僕の方から言っておきましたから」
心配しないで、僕が連れて帰りますと伝えておきました・・・とリアは笑う。
「・・・・ありがと・・・。私も後で謝ってくるわ・・・・」
ニナにはいつも迷惑かけてばっかりね・・・・と半ば申し訳なさそうに眉を下げた。
自分を心配してくれる彼女の気持ちが、痛いほどに沁みた。







「戻られますか?姫様」
リアの言葉に、スピカは彼に視線を向けた。
穏やかな彼の微笑み。
・・・・・これがずっと続いてくれたら・・・・・




「・・・・・もう少し、ここにいてもいい?」
そう、それは少しの我が侭。
これを言ったら、貴方は何て言うのかな?
困った顔をするのかな?
どんな表情で私を見てくれるだろう・・・





スピカの言葉を聞くと、リアは少し驚いた顔でスピカを見つめた。
しかし、その後穏やかな顔になって小さく笑った。
「しかたがありませんね・・・・もう少しですよ?」
「ありがと」
リアの言葉にスピカも安堵したように笑う。




もう少し、ここにいてもいいですか?
貴方の傍に、いてもいいですか?




こんな夜に貴方と2人で話すなんてこと、もう何年もなかったもの・・・・・





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2006/10/10