Eden 


Unkown  3



「・・・ルナ」
「っ・・・!」
男性の固い声で桃色の髪の少女は肩を震わせる。
恐る恐る振り返ると、立っていたのは案の上の人物。
「ジャックリード・・・・」
「そう何度も何度も部屋を抜け出すのはあまり感心しませんね」
ジャックリードは足元に落ちていたぶ厚い本を拾い上げると言う。
その表紙は、


『薬草学上級編』


ずいぶんと使い古されたそれの埃を掃ってやり、彼は再び自分の主に視線を移した。
「いったいどこへ行かれるのですか?」
「ちょっと外の空気を吸いに行こうと思って?」
「私の記憶が正しければ、貴方は30分前にもそう言って外に出たはずですが?」
にっこりと笑うと、ルナは眉を寄せる。
「違うわ、ジャックリード・・・・正確には30分前じゃなくて27分前よ」
どちらでも同じです、とため息をつくとジャックリードはルナに本を渡す。



「貴方は、ここに留学に来ているのですよ?せっかく国王陛下が勉強の資材を沢山お貸しになってくださったのですから」
「・・・・・勉強しろって?」
「それが、貴方の本分というものです」
容赦ない、この従者の言いようにルナは肩を落とす。
彼だって、自分がこの国に来た目的を知らない訳ではないだろうに・・・・・



「しかし・・・」
ジャックリードの声にルナは顔を上げる。
「時には、課外学習というのも大切ですね。そういえば、先程中庭で王宮騎士の隊長と副隊長をお見かけしましたよ。
彼らなら・・・・何か新しい薬草でも知っているのではないですか?」
「ジャックリード!!」
ルナの嬉しそうな声にジャックリードはウインクする。
「しかし、ルナ、あくまで貴方は留学生という事を忘れずに。課外授業は長すぎてはいけません。お2人から薬草の名前を
聞いたらすぐに戻ってきてくださいね?」
「ええ! ええ!もちろんよ!」



茶目っ気たっぷりに言ったジャックリードの言葉にルナは頷き、入り口のドアに向かう。
途中で背伸びして、ジャックリードの頬にキスをした。
「ありがとう、ジャックリード!大好きよ!」
「これはこれは・・・・さぁ、お急ぎください?」
ジャックリードは、パタパタと廊下を走っていくルナを見送りながら微笑んだ。














中庭の外れに座り、話をしているのはスバル・エリクトルとリア・セイクレイドだった。
話す内容はただ1つ・・・・・スピカのことだ。
昨日の夜の出来事・・・・・そして、賢者からの言葉・・・・・
『水鏡に姫の異変の兆候が映りました』
そして、彼女の言葉通り、現実・・・彼女の姿は消えかけたのだ。
リアと話していたスバルは、話の途中で口を閉じた。
怪訝そうにリアは問いかける。



「・・・・・スバル?」
「隠れてないで、とっとと出て来い」
スバルの声を受けて顔を現した従兄妹にリアは苦笑する。
「ルナ」
「今、休憩中?」
「うん」
そう、とルナは笑いスバルの横に腰掛ける。
「スバル、よくルナの気配が分かったね?」
「こいつの気配は独特だからな・・・・」
普通の気配とは少し違う。
何が普通じゃないのかは問われても分からないが。
スピカも・・・彼女と似たような雰囲気を持ったところがあるような気がする。
以前、自分が彼女の部屋での会話を盗み聞きした時も、彼女は自分の気配を読んでいた。
これでも気配を消すのは得意な方で、絶対にばれることもないかと思っていたのに・・・



「独特って何よ! ・・・しかも、こいつですって?私にはルナって名前があるわ!」
スバルの言葉にルナは片眉を上げる。
「独特だから独特って言ったんだよ馬鹿」
「なっ・・・!馬鹿って・・・!私、今まで1度もそんな事言われたことないっ!!」
「そりゃないだろ、お嬢様なんだから。貴重な体験したなお前」
「・・・っ!!」




ルナの怒りのボルテージが上がっていくのを感じたリアは、笑いながら言った。
「いつの間に仲良くなったんだい、2人とも・・・・スバル、君が会って間もない人を、そんな風に呼ぶなんて珍しいね?」
「別に仲良くなんてなってねぇよ。それに、こいつとこうやって話すのは初めてじゃねぇしな」
「へぇ・・・・いつ?」
「こいつがこの国に来て、食事終わった後」
「・・・・また・・・・そんな時にどうして・・・・?」
「こいつが妙な会話を従者としてたからな・・・聞き耳・・・・」
スバルの言葉はそこで打ち切られた。


ドゴッ!!という音と共にスバルが倒れたのだ。


ルナがスバルの脇腹を殴ったのだ。
「・・・・・ルナ・・・?」
「あら、ごめんなさい・・リア。ちょっと手が滑っちゃったみたい」
「へ・・・へぇ・・・・」
私ったらどうしたのかしらと、ルナは手を頬に当てて微笑む。
その微笑みは洗練されたものがあるが、どこか恐ろしい。
スバルは、その微笑がリアが怒ったときの微笑みに似ている気がしてならなかった。


・・・・そういえば・・・こいつら血縁関係だったな・・・・


血は水よりも濃いというのは、どうやら間違いではないらしい・・・・。




「てっめー!!!!何すんだよ!!」
起き上がったスバルの肩に腕を回すとルナは低い声で言った

「あれは秘密事項よ」
「は?」
「ひ・み・つ・じ・こ・う」
「だから何・・・・」
「黙ってるのよ?」
「何で!?ってか、お前性格変わっ・・・・・」
「だ・ま・っ・て・る・の・よ?」
「・・・・・はい」



そこまで言うと、ルナはにっこり笑ってリアの方を向く。
リアは先程の2人の行動についていけてるのか、いけてないのか微妙な表情で微笑んでいた。



「で、スバル?ルナとジャックリードが妙な会話をしてたって?」
「あ、ああ! もうこいつら、訳分かんねぇ単語を並べて会話しやがってさ!」
「あれは、薬草の名前を挙げてたのよ。一応留学生だし」
「んで!その言葉はなんだ!新しい外国語かって俺が尋ねたんだっけな!」
「そう、スバルったら薬草の名前を外国語と勘違いするなんてね」



お茶目さん!とルナはスバルの額を軽くつつく。
実際はかなり強烈なデコピンだったのでスバルは一瞬顔をしかめたが、すぐに元の表情に戻った。



「仲いいんだね、2人とも」
にこにこと笑うリアにスバルは、お前の目は節穴か!!と叫びたかったがルナの次の一手を考えるとそうも言えない。
「そんなんじゃねぇよ」と言って苦笑いをした。






「で、ルナ、僕達に何か用があったんじゃないのかい?」
一段落した様子を見てリアはルナに尋ねる。
「あら、2人には心当たりがあると思ってたけど?」
その言葉でスバルとリアの表情が変わった。
それは、つまり・・・・・
「スピカのことよ」
「スピカの事で何の用があるっていうんだよ」
スバルの問いに、ルナは真剣な表情で答える。
「賢者様から聞いたわよね? スピカに異変の兆候があったって」
「うん」
「これは私の直感なんだけど・・・・・きっとまた、彼女にはこんな事があると思うの」
「何だって?」
「この城は常に賢者様によって目に見えない結界が張ってあるわ。だけど、それすらも潜ってスピカに近づいた・・・
余程力の強いものだと思う・・・・。誰か適当に狙ったのではない・・・・きっと最初からスピカを狙っていたのよ」




ならば、きっと再びスピカに近づくだろう。
目的は分からないが、奴の行動は失敗したのだ。
「何で、スピカが?」
「心当たりは?」
「ある訳ないだろ!」
耳元で怒鳴るスバルにルナは耳を塞ぐ。
「わかったから・・・・そんなに怒鳴らないで。鼓膜がおかしくなるから・・・・・」
「でも・・・・」
リアが声を上げ、2人の視線は彼に移る。
「スピカが狙われてるかもしれない・・・・それは分かった・・・・だけどどうすれば・・・」
「それなんだけど」
ルナは顔を曇らせて2人を見る。
「スピカに兵を付けて護衛したらどうかしら・・・・」
「兵士達が、スピカにずっと付くってことか?」




それは、護衛というよりも監視に近い。
「ふざけるな!四六時中兵を付けろってか!? 国王陛下にだってそんなことしないぞ!!」
スバルが声を上げるとルナも彼を睨みつける。
「じゃあ、またスピカがあんな風になってもいいって言うの!?何かあってからじゃ手遅れなのよ!?」
「それも、お前の予想にすぎないだろ!? ただの予想の為にあいつを縛り付けておくのかよ!」
「じゃあどうするのよ!何かいい方法があるっていうの!?」
声を荒げる2人に、穏やかな声が割り込んだ。




「兵を護衛につけたら、逆に姫が不安になるよ」
「リア!」
ルナが声を上げるのを止めると、リアは言った。
「・・・・姫が不安になったら意味がない・・・・ただでさえ、今、あの方は気が動転しているんだから・・・」
「じゃあ・・・このままにしておくつもり?」
「いや・・・・何かあったらすぐに、僕やスバルが駆けつける。侍女達に姫の様子に気をつけるようには頼んでおいて、何かあったら
知らせるように言っておけばいい・・。陛下と、賢者様・・・・母上にも城の結界を強くするように頼んでみる」
「兵士で、スピカを護衛するのは・・・・」
「使いたくはない・・・・・でも・・・・・最終手段だと、僕は思ってる」




「決まりだな」
勝ち誇ったようにスバルが言った。
「ルナ・・・・それで、いいかい?」
口を結んだルナにリアが尋ねる。
「・・・・そうね、スピカを不安にさせないのが、第一よね・・・・・」
そう言って、彼女も頷く。




これから、何も起きませんように・・・・・これが3人に共通する想いだった。









BUCK/TOP/NEXT





------------------------------------------------------------------------------



2006/07/03