Eden


Unknowm   2



日の光で目が覚めた。
いつも通りの朝だ。
でも、日の光がこんなに懐かしく、そして暖かく感じたのは・・・・
きっと初めてだろう。
そして、光の暖かさを知ったのは、同時に暗く、深い闇の存在を知ったから。
闇は怖い・・・そして深い・・・
一度落ちてしまったらもう、二度と戻って来られないようで・・・
もう二度とあんな夢は見たくない・・。
スピカは、ゆっくりと目を開けた。




「あ・・」
廊下で、見慣れた茶色の髪と黒髪の2人連れを見たスピカは、小走りで彼らに近づく。
「スバル!リア!!」
声を掛けられた2人は振り向くと、片方は手を上げて挨拶をし、もう片方は礼儀正しく会釈をする。
「はよ」
「おはようございます、姫」
「おはよう」
「お前、えらく早起きだな」
スピカが挨拶を返すと、スバルは言った。
現在の時間は朝の6時だ。
彼女が普段起きる時間よりも1時間近く早い。
彼女は朝に弱いわけじゃないが、特に早起きをするタイプでもないのだ。
ちなみにスバルは朝は早い。
対照的で、リアは朝にとても弱いのだ。
時間が許すなら彼は普通に昼まで眠っているかもしれない。




「私からすればリアがこんなに早く起きてることの方がびっくりよ?」
「こいつは、昨日から寝てないの」
スピカの言葉にスバルは隣の少年を小突いた。
2人は昨晩の出来事の後、賢者に呼び出され、部屋に戻れたも、その後リアはずっと起きていたのだ。
しかし、スピカの言葉も頷ける。
リアの寝起きは最悪なのだ。
言葉をかけても反応がなく、焦点の定まっていない目でぼうっとしている。
その表情は、ほぼ無表情に近いので怖いのだ。
朝に弱く、寝起きも悪い彼を起こすのはいつも大変なのである。
そんな彼がこんなに早く活動していたら、驚くのも無理はないだろう。




「寝てないの!?リア・・・・」
「大丈夫です。1日寝なかった位、どうってことありませんから」
徹夜で仕事を片付けることも少なくない。
徹夜は慣れっこだ。
不安げな表情のスピカをリアは宥める様に微笑むと、仕事がありますのでとスバルと2人、兵士達の元に行ってしまった。
スピカはそれをじっと見送る。
茶色の髪がだんだん小さくなる・・・。




・・・・いつも通りだ。
私の事を姫と呼んで、敬語で話す・・・・・
望んではいないけれど、今となっては当たり前になってしまった日常。
昨晩のように、名前では呼んでくれないのだろうか。
まるで、あのことが夢みたいで。
その事実が消えてなくなってしまいそう。
シャボン玉のように・・・・
あんな状況で、不安で怖かったけれど、それでもやっぱり自分の名前を彼が呼んでくれたことは嬉しかったのだ。
何年ぶりだっただろう、「スピカ」と呼んでくれたのは。
嬉しかった。
あの場面で、不謹慎と言われればそれまでだが・・・・
だって、もう二度と呼んでもらえないんじゃないかと、そう思ったから。
その理由は・・・分からないけど。




「・・・・どうして、名前呼んでくれたの?」




小さく声に出す。
響いては、消える小さな言葉・・・。
誰にも聞こえない
彼には届かない。
だれも・・・この問いには答えてくれない。














謁見の間の大きな扉を開けると、そこにはイアンとミモザの姿があった。
傍には、赤毛の女性が立っている。
アージュ・セイクレイド。
この国の賢者にして、リアの母親である。
「スピカ、もう少し寝ていてもよかったんだよ?」
イアンの言葉にスピカは首を振る。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、心配かけてごめんなさい・・。アージュさんも。ご心配おかけしました。」
「スピカ姫、ご無事で何よりです」
アージュの微笑みにスピカも小さく微笑む。
その微笑をみると、スピカは、はっと目を瞠る。
そうだ、彼女に似ているのだ。
ルナの微笑み、誰かに似ているとずっと思っていた。
ずっと見てきたような微笑に似ていた・・・・
彼女に似ているのだ。




ルナの母親とリアの母親は姉妹だと言っていた。
それなら、彼女の微笑みがリアの母親、アージュと似ているのも頷ける。




「スピカ・・・・アージュから、大まかな事情は聞いたの」
ミモザの言葉にスピカは微かに首を傾げた。
スピカにここに来るよう言ったのはイアン達だったが、スピカは何も知らなかったのだ。
昨日、自分に何があったのかさえも・・・
「スピカ姫、体の方に異常はありませんか?」
アージュの問いにスピカは首を横に振る。
少し疲れは残るが、後は特に異常はない。
しかし、どうしてそんなことを聞くのだろう・・・




「あの・・・一体何があったの?昨日、何か起こったの?」
「・・・」
スピカの問いに3人は暫し黙る。
その間がとても長く感じて、スピカは居心地が悪くなるのを感じた。
いやな沈黙だ。
空気が重い・・・・
何か自分は、いけないことを言ってしまったのだろうか・・・。




「昨晩、スピカ姫へ何か危険なものが近づいていると・・・そう水鏡に映りました」
重い沈黙を破ってアージュが話し出す。
「エリクトル隊長と、セイクレイド副隊長に姫の様子を見に行かせたところ・・・・・・姫の姿が消えかけていたのです」
固い口調で話すアージュの言葉にスピカは目を見開いた。
消えかけていた・・って、どういうことだろう・・・・・
「言葉通りの意味だよ、スピカ」
スピカの表情から読み取ったのか、イアンが言う。
3人のうち、彼だけが心配そうな表情を隠し、気丈に振舞っているのが分かった。
ミモザは心配そうな表情でイアンを見つめる。




「2人の言葉によると、スピカの姿は半透明になっていて、今にも消えそうだったらしい」
「それで、エリクトル隊長・・・いえ、スバルがアージュの元に事情を話しに行ったとの事よ・・・」
イアンの言葉にミモザも続ける。




「スピカ姫・・・昨日、貴方の身に何か異変はありませんでしたか?ほんの些細な事でいいのです」
アージュの言葉に、スピカは身を固くする。
何かあったかと問われれば、答えはYESだ。
暗い、暗い夢を見た・・・・。
未だにあれは夢か現実か、それすら分からない。
リアが自分を呼んでくれなかったらどうなっていたんだろう・・・・





「・・・・・・夢を見たの」
「夢?」
「暗い、深い闇の夢・・・・。自分の姿すら見えなくて、自分も闇に溶けてなくなってしまうんじゃないかって思った・・・・
誰もいなくて、自分の声も届かない・・・・そんな夢・・・・」
「・・・闇の夢・・・か」
イアンの言葉に、アージュとミモザは俯く。
「アージュ、何か分かるかい?」
「・・・今の所では何とも言えません・・・・・」
「そうか・・・」




あの闇は、暗かった。
寂しくて、怖い・・・・そんな感情が、自分の心を満たしていくのが分かった。
もうあんな夢は嫌だ。




スピカがドレスの裾を握りしめた時、ふと、何か違和感を感じた。
あの夢でどこか・・・抜けている気がするのだ。
あの夢は、自分が暗闇の中に一人いて、蹲っていたところをリアの声が迎えに来てくれた・・・・そんな夢だ。
だけど・・・・その間にまだ、何かあった気がする。
誰かと言葉を交わした気がする。
気のせいなのだろうか・・・・・
思い出せない。




「姫、夢はそれだけですか?」
アージュの問いにスピカは頷く。
「はい」
そうだ、きっと気のせいだ。
あれだけ、はっきりした夢だったのだ。
覚えてないということはない・・・・
心にもやもや感が残る。
だけど、それはきっと、おかしな夢をみた所為だ。
何も無い。





そう、何も抜けてなど、いないのだ・・・・・









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抜け落ちた、夢の記憶・・・・
それが意味するものとは・・・・






2006/06/23