Eden
Unknowm 1
「失礼します」
大きな扉を開けると、中にいた女性が微笑み「どうぞ」と促した。
ルナはそれを確認すると中に入る。
中は大きな広間で、中央にはやや大きめの水鏡。
神秘的な雰囲気を纏うその部屋の中でルナは真っ直ぐに女性の方へ近づいた。
薄い赤毛をもつその女性の表情はいかにも不安げで、ルナはそれを安心させるように頷く。
「お久しぶりです、叔母様」
女性の傍までくると、ルナは部屋着の裾をつかみ簡単な礼をとる。
「ルナ・・・久しぶり。大きくなりましたね」
「ええ・・もう17歳ですもの」
ルナのその答えに、女性は、ああ・・・そうですねと微笑む。
その時、広間の扉が大きな音をたてて開いた。
「賢者様!スピカが!・・・いえ・・・スピカ姫が!!・・・ルナ?どうしてここに・・・」
「スバル・エリクトル!?」
礼もとらずにズカズカ入ってきた少年の姿を見て、思わずルナは声を上げる。
「王宮騎士団隊長、スバル・エリクトル・・・来ましたね」
「賢者様!大変なんです!スピカが・・・!そしたらここに来る途中に兵士に会って、賢者様が俺を呼んでるって!」
女性の穏やかな声をスバルが遮り、叫ぶ。
「・・・・叔母様、彼らも呼んだのですか?」
ルナの問いに女性は頷く。
「エリクトル隊長、セイクレイド副隊長は一緒ではないのですか?」
「あいつは今、スピカに付いてる!それよりも・・・・」
その言葉を聞くと、女性は水鏡に近づく。
水鏡に波紋が出来、それを覗き込むと、ほっと息を吐く。
「よかった・・・」
「叔母様?」
「いえ・・・・大丈夫です」
ルナの心配そうな問いに、ゆっくりと答えると、ほっとした様子で2人に言った。
「先ほど、水鏡に映ったスピカ姫に異変の兆候が映りました・・・。それで貴方達に姫の所に行ってもらおうと思ったのです」
一般の兵士達では心配だったので・・・と付け加える。
なんせ、スピカに近づこうとするものは只者ではなかったのだ。
普通の兵士ならば危険だ・・・・。
それを聞くとスバルは声を上げる。
「賢者様!スピカの姿が消えかけていたんだ!」
その言葉を聞き、ルナも女性も目を見開く。
スバルは話した。
夜中に妙な感覚で目が覚めたこと、廊下でリアに会い、彼も同じ感覚を感じたということ
スピカに何かあったと、リアが漠然とした不安を感じスピカの部屋に行ったところ、姿が消えかけている彼女を発見したこと。
ルナはそれを聞くと、息を呑み、女性は不安そうに眉を寄せた。
「今リアが傍にいる・・・!賢者様、早く!」
スバルの急かすような声を女性がゆっくり遮る。
「エリクトル隊長、もう大丈夫です。もう水鏡に姫の異変は映っていません」
「じゃあ・・・!!」
「もう大丈夫ですよ」
にっこり笑う女性にスバルはほっと息をつく。
彼女が消えかけた姿を見たとき、心臓が止まるような思いがした。
まるで存在そのものが消えてしまって、自分も全て忘れてしまうんじゃないか・・・・
そう思った。
その時、背後の扉が開く音がした。
音の方を見ると、茶色の髪にこげ茶の瞳。
リア・セイクレイドが姿を現したのだ。
「リア!スピカは!?」
「眠ったよ。もう大丈夫だ・・・・」
スバルを落ち着かせる為に、リアは微笑んで言う。
そして、傍にいる赤毛の女性に礼をとった。
「遅くなりまして、申し訳ありません・・・・姫はもう大丈夫ですので」
「そのようですね、セイクレイド副隊長。いえ・・リア。ご苦労様でした」
穏やかなその言葉を聞くと、リアは女性に微笑む。
「母上も」
「賢者様!スピカは・・・いえ、スピカ姫はこのようなことに?」
スバルの問いに女性は眉を寄せる。
「・・・・まだ分かりません・・・考えられる要素はいくつかありますが、いずれも確証が全くありません。
ですから、まだ貴方達に無闇に言えるものではありません・・・ごめんなさい」
スバルが黙り込んだのを感じ、更に付け加える。
「しかし、原因が分かり次第、お伝えしますわ。約束します・・・」
その言葉を聞くとスバルは多少落ち着いたのか僅かに頬の筋肉を緩めた。
「2人とも、ご苦労様でした。もう大丈夫です。部屋でおやすみなさい。国王陛下には私から説明しますから」
その言葉を聞き、リアとスバルは礼をとり、部屋を後にする。
ルナも後に続こうとしたが、女性がそれを引きとめた。
「ルナは、もう暫く残ってください・・・」
「薬草学の勉強の為の留学・・・・だそうですね」
「はい」
2人がいなくなってから、ルナと女性は椅子に座り、話し出す。
ルナはお茶を飲みながら頷く。
「お父上が反対なさったのではないですか?」
ルナの父は過保護だというのを彼女は知っている。
それこそ、一時期は彼女を心配して屋敷の敷地から出さなかった時期もあったものだ。
「最初は渋ってましたけど、大丈夫です。ちゃんと納得させましたし・・・」
「そうですか・・・」
よかったですね、と女性が微笑むとルナも、はいと頷いて笑う。
「正直、私も貴方が来てくれて嬉しいのです・・・・自分の息子をこう言うのはいけないのですが、あの子は、リアは
私の手伝いをすることは出来ません・・・。この分野に関しては、悲しい事にあの子は使いものにならないのです・・・」
「・・・・・」
「貴方が時々、私の手伝いをしてくれれば・・・嬉しいわ・・。ルナ・・・」
その女性の微笑みはどこか自嘲めいたものがある。
ルナは暫く黙り、息を吐いて女性を見つめた。
「・・・・叔母様、私はこの国に薬草学の勉強に来たのであって叔母様の手伝いをしにきたのではありません。
それに・・・リアは叔母様の手伝いをすることは出来なくても自分の役割をしっかり果たしています」
「・・・・そうね・・・・分かってるわ。それは充分に。・・・・ごめんなさいね、ルナ」
部屋を出たルナは軽く、息を吐く。
叔母のあの言葉・・・悪意は感じられないが、聞いているほうはあまりいい気持ちのするものではない・・・
彼女の気持ちも分からないでもないが・・・
それよりも、ルナは自分のついた嘘が彼女にばれてはいないか・・・それが心配だった。
薬草学を勉強するためにこの国に来た・・・・という嘘を。
嘘をつくのは気分のいいものではない。
しかし、こう嘘をつかない限り自分はこの国に、そしてこの城に入り込むことは出来なかっただろう・・・。
そして、今その嘘がばれるわけにはいかないのだ。
・・・・・どうしても。
「おい」
廊下を曲がる所で声をかけられた。
「スバル・・・・エリクトル・・・・」
「スバルでいい」
「じゃあそう呼ばせてもらうわ。・・・・どうしたの?」
リアと部屋に戻ったのではなかったのか・・・・
「賢者様と・・・・いや、リアの母親と何を話してたんだ?」
「まだ疑ってるの?私の事」
「・・・・2割程な」
「何それ」
そう言って笑うルナをスバルは軽く睨みつけた。
そうやって話をはぐらかすのだ。
「留学についてのこととか」
「ホントか?」
「ホントだ」
スバルの口調を真似てルナは頷く。
「・・・叔母様は、リアが嫌いな訳ではないのよね・・・・・ううん、むしろとても大切にしてる、愛してる・・・・
だけど・・・・・」
「自分の後は、彼に継がせることは出来ない。・・・・それがとても歯がゆいんだよ、あの方は」
ルナの言葉をスバルが引き継ぐ。
「・・・・一応幼馴染だ。一通りのことは知ってるよ。流す程度だけどな」
ルナの驚いた表情にスバルは苦笑してそう言った。
そうだ、リアの事は一通りは知ってる。
あいつがどんな家庭で生まれ、何が好きかとか何が嫌いかとか・・・それ位は知ってる。
だけど、深いところまでは・・・きっと知らない。
あいつも言わない。
俺は、あいつに信用してもらっていないのかとも・・・・時々だけど考える。
なぁ、俺達幼馴染だよな?
・・・・・親友だと思ってるのは俺だけなのかな?
「大丈夫よ」
不意に、ルナが言葉を発する。
「は?」
「リアは、スバルのこと、大好きよ」
まるで心を見透かされたような感じがして声を失った。
そして、相手の心を見透かすようなルナの微笑が憎らしくなって
「当たり前だろ!馬鹿じゃないのか、お前!」
そう叫んだのだ。
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(時々・・・無性に不安になる)
2006/06/03