Eden


始まりの予感  2



それは、何も見えない真っ暗な世界・・・
私は自分の姿も見えない位の真っ暗な場所に立っていた。
自分の部屋で眠っていたはずなのに・・・・



「ここ・・・どこ?」
口に出してみるが、声が響くだけで何も反応がない。
スピカは少し恐怖を覚えた。
ここが真っ暗で何も見えないせいなのかもしれない・・・。
しかし、スピカは暗いところが苦手という訳ではない。
夜に外に出るのも好きだし、辺りが静かだと普段聞こえない虫の鳴き声や風で木の葉が揺れる音が
よく聞こえる。
ひんやりした空気は気持ちよい。
だからスピカは夜が好きだ。
でもここは、違う。
怖い・・・・。
ここは、「暗い場所」というよりは、「闇の中」。
そう、闇という言葉が相応しいような気がする。
しかし、自分はどうしてここにいるのだろう・・・
食事が終わって、ルナの部屋で少し話して、そしてベッドに潜ったはずなのに。



「ルナー!」
スピカは友人であるルナの名前を呼んでみる。
しかし、彼女の声が響くだけであって、やがてその声は闇に飲み込まれた。
「スバル!いないの!?」
自分の声が闇に溶けていく度に、スピカの恐怖は増していく。
怖い・・・怖い・・・
頬に嫌な汗を感じる。
闇がこんなに怖いだなんて知らなかった。
誰もいない・・・手も、足も、服も・・・・自分の姿が闇で見えない・・・。
まるで、自分が存在していないのではないかというそんな錯覚さえ覚える。



「・・・・リア・・・」
小さく名前を呼ぶ。
いつだったからか、変わってしまった幼馴染。
辛そうな表情をみせる彼・・・。
しかし、それでも大好きな、大切な人だ。
支えていこうと決めた。



彼の笑顔があれば頑張れた。
穏やかで優しい笑顔が大好きで・・・・
ねぇ、リア・・・貴方いつからそんな表情をするようになった?



無くなる事のない闇の世界で、スピカは蹲った。
と、いっても自分の体が見えなくてもう感覚さえ曖昧になっていたので実際に蹲ったのか分からなかったが・・。
怖くて涙が出てきたが、泣いていても始まらないし何も出来ない。
スピカは袖で涙を拭った。
ここは・・・夢なのだろうか・・・・しかし夢にしてはリアルだ。
頬をつたった涙や汗をしっかりと感じる。
・・・という事は、これは現実なのだろうか。
ゆっくりと息を吸い、そして吐く。
大きな深呼吸を何回か繰り返し、比較的落ち着いたのが自分で分かると、スピカは立ち上がった。



「誰かー!いませんかー!!」
声を張り上げてみるが、先ほどと同じだ。
自分の声が辺りに響き、そして吸い込まれるように消えていく。
ここにいるのは、自分一人らしい・・・。
それか、誰か他にいるのに返事をしないのか・・・どちらか。



「ここにいても何もならないわ・・・・」
そう呟くとスピカは歩き出した。
もっとも自分がしっかり歩いているのか非常に疑問な所だが、何もしないよりはずっといい。
自分の感覚を頼りに、スピカは歩を進めていった。
きっと、きっとどこかに辿り着ける。
もしこれが夢ならば、覚めない夢はない・・・・そのうちきっと目覚めるはずだ。






「闇が怖くないのか・・・・」
辺りに声が響いて、スピカは辺りを見回す。
抑揚のない、やや低い声・・・・。
一体どこから・・・。
「誰!?」
「お前は闇が怖くはないのか・・・・」
スピカが声を上げるが、それには答えず再び響く同じ声、同じ質問。
「・・・怖いわ」
小さくスピカが呟く。
怖いに決まっている。
突然の闇・・・誰もいない孤独感。
自分の存在すら、あやふやな感覚。
怖くないと言ったならば、それは嘘だ。



「ならば、闇に溶けてしまえばいい・・・」
「え・・・?」
「闇に溶ければ、お前は闇になる。闇に対して恐怖することもない」
声は低く、しかしはっきり聞こえるようにそう言った。
どこから聞こえるのか分からない・・・。
周囲に響いて、全体にその声は響いた。
「優しき姫よ・・・お前の持つ心の闇を、表に示せばいい。そうすれば闇に溶けてしまえる。
この闇もお前の一部となり、その恐怖もなくなる・・・」
スピカは何も言えなかった。
闇に溶けるなんて・・・・それこそ自分が無くなってしまうような気がした。
それに、この声に従ってはいけない・・・自分の体がそう訴えていた。



落ち着いていた、恐怖感がどんどん増してくるのが分かる。
スピカは頭を振ると、唇をぎゅっと結んだ。
大丈夫、大丈夫、怖くない・・・・
心の中で何度もそう繰り返す。
そうしていないと、恐怖で座り込んでしまいそうだったから・・・。
座り込んでしまったら、立ち上がれる自信がない。



「闇に溶けろ、銀の姫。そして、我が元に来るのだ。恐れることはない・・・。
我が元に来れば誰もお前を傷つけるものはいない」
「嫌」
スピカは握りこぶしを作るとしっかりした声で言った。
体はガタガタと震えている。
しかし、それを感じさせないように凛とした声が出せたのは、王女の身分ゆえだろう。
どんな時でも相手に侮れないよう、凛とした物言いを教え込まれてきたから。


「私は、貴方に会ったことがない。初対面だけど・・・でも感じるの。貴方の言いなりになってしまっては駄目だって。
私の体がそう言ってるの。それに、初対面の人間に顔を見せずにいきなり要求を突きつけるのってどうかと
思うわ」
暗闇の恐怖を感じさせないその物言いに声の主は、暫く声を発さなかった。
スピカは、この間隔がとても長く感じた。
背中に汗をかいているのが分かる。
心臓の鼓動が早くなっているのを、彼女は感じた。



突如、辺りの闇が晴れた気がした。
周囲に淡いが、光が生まれたことが分かる。
自分の手や体が見え始めたことに、スピカは安堵した。
光が、こんなに安心できるものだったなんて・・・・



「それは、もっともな意見だ・・・・銀の姫」
声がして、スピカは声のした方に視線を向ける。
今度は、先ほどのように辺りに響かなかったので、楽に声の主を捜すことができた。



カツン



響いた音がしたかと思うと、現れたのは長い黒髪の男だった。
ストレートの黒髪を腰まで垂らし、金の瞳は真っ直ぐにスピカを見つめている。
「・・・・銀の姫は、私をお忘れになったか・・・・」
男の言葉にスピカは眉をひそめる。
自分はこの男の事を知らないのだ。
しかし、今の彼の言葉を聞くとまるで自分が以前彼に会ったかのようではないか。
「・・・・まぁ、忘れてしまったのならばそれでいい。再び、出会えばよいことなのだから。」
そう言うと、男はスピカの前に立つと、ふわふわと波打つ彼女の髪を一房手に取ると、それに口付ける。
金色の瞳と、スピカのグリーンの瞳がかち合った。



ゾクッとスピカの背中が震えた。
この瞳は怖い・・・素直にそう思える。
スピカの表情を読み取ったのか、男はにやっと口元を上げると、再び髪に口付ける。
恐怖に体が震えたが、スピカは髪を持っていた男の手を払い落とした。
「・・・・挨拶のキスは一回で十分だわ」
「これは失礼。して、先ほどの返事は?」
「さっきと同じ、NOよ。いきなりそんな事を言われて、はいそうですかなんて言えないもの」



男の瞳を真っ直ぐに見てスピカは言い放つ。
これが夢かどうかなんて、どうでもよかった。
ただ、スピカにとってこの男は恐怖だった。
体の震えは止まらない。掌は汗でびっしょりだ。
しかし、ここで負けてしまってはいけないような気がするのだ。
何か、取り返しのつかない事になってしまいそうな・・・・そんな思いが胸の中を駆け巡る。



「気が強い姫君だ・・・・まぁ、その方がいい・・・。だが私も諦めるわけにはいかない。今日はここで失礼するが・・・
次に出会う時はきっと・・・・」
そこまで言うと、急にスピカの腕をひっぱった。
「わっ」
バランスを崩したスピカの額に男は軽く口付ける。
「なっ・・・・!」
額を押さえるスピカに、にやりと口元を上げると、男はこう言い張った。
金色の瞳が細められる。
「せいぜい、獣を飼いならしておくんだな・・・」



途端に、辺りは闇に戻った。
とにかく、ここから出なければ・・・そう思う。
額にキスされたのは、身内以外では初めてだったりするがこの際今は気にしない。
これが夢ならどうか覚めて・・・・
夢でないのなら、どうか出口を・・・・



スピカは、再び暗闇の中、歩を進めた。









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ご対面。