Eden


月と星の名    3




「こっち!ルナ!」
スピカはルナの手を引いて、歩を進める。
ルナは初めのうちは、きょとんとした表情でスピカの手に引かれるまま歩いていたが
徐々に目的地が見え出すと、嬉しそうに顔を綻ばせた。
だんだん近づく、いい香り・・・そして、さまざまな色・・・・
「凄い!こんな所があるなんて!!」
2人の目の前には、一面の花園だった。
色とりどりの花が咲き乱れ、よい香りに包まれる。
ルナはスピカの手に引かれるまま、アーチをくぐった。
人々で賑わう中心の町から、やや離れたそこはとても静かで町の賑わいが嘘のように静かだ。
ルナが辺りを見回していると、中にいた初老の女性が2人に気がついて近寄ってきた。



「こんにちは、バジルさん!」
スピカが手を振るとバジルは嬉しそうに顔を綻ばせると頭を下げる。
「これはこれは、スピカさ・・・・」
スピカ様、そう言いそうになる所を慌ててスピカは止める。
口元に人差し指を当てると、『内緒』の意を示す。
それを見たバジルはくすくす笑い、はいと頷いた。



「ここは、バジルさんが手入れしてる庭園なの。
春の式典で使われる花も、主にここから持ってこられるの。」
「ここで!? 私、春の式典には行ったことがないけど、とても綺麗な式典だって聞いてるわ!
綺麗な花がたくさんだって!」
興奮した様子でルナは話す。
それを聞くとバジルは照れたように頬を赤く染める。
「でも、こんな大きな庭園、手入れするの大変なんじゃないの・・?」
かなり大きな庭園だ。
こんな庭園、一人で手入れなんて大変だろう。
ルナはこの庭園で迷ってしまう自信があった。
「もちろん私だけじゃありませんよ、主人はじめ、家族皆が手伝ってくれますから・・・」
ルナの問いにバジルは微笑んで答える。



「本当は、この庭園は一般の方は入ってはいけないことになっていたのですが・・・」
そう言うと、バジルはちらりとスピカを見る。



式典で使用する大切な花。
それを守るためにずっと、一般の人々はここには入らないように言ってきた。
そこにスピカが現れたのは、今からもう7年も前のことだ。
どこから入ってきたのだろう・・・バジルはそう思い、スピカを庭園から出そうとした。
「ここへは入っては駄目よ。おうちに戻りなさい」
そう言おうと思い、しゃがみこんで花を見ているスピカに近づく。
幼い少女は花をじっと見ていた。
銀色の髪がきらきらと輝いて、なんて美しい色だろうと見惚れたことを今でも覚えている。
しかし、それ以上に彼女を惹きつけたものは・・・・



「これ、なんてお花?」
近づいたバジルに気がついたのか、少女はバジルの方を向くと尋ねた。
彼女に花の名前を教えると、少女はその名前を覚えるかのように何度か呟くと
「可愛い名前!」
そう言って、にっこり笑ったのだ。
その笑顔はとても可愛いもので、汚れなどまるで知らないような真っ白な笑顔。
同時に、心に暖かさを流すような、春の陽だまりのような笑顔だった。
その笑顔を見ると、こちらまで顔の筋肉が緩んだようでバジルはにっこり笑うと、
「ええ、素敵な名前でしょう?」
と微笑んだ。



これが始まり。
それ以来、スピカは時間を見つけてはこの庭園に足を運んだ。
庭園の花を絶対に傷つけないという条件つき。
「・・・友達をつれてきてもいい?」
彼女の言葉に、バジルは微笑んで
「貴方が、この庭園を見せたいって思った人にだけなら。
後、絶対に花を傷つけないと思った人になら。」
そう返事をしたのだった。



スピカが王女だと知ったのは、それからだいぶ後のこと。
その時は、腰が抜けるかと思ったくらい驚いたが、
スピカはくすくす笑うと、バジルに言った。
「これからも、いつも通りによろしくね、バジルさん。また遊びにくるから」
さすがに、呼び捨てには出来なくて、あれ以来彼女のことは「スピカ様」と呼んでいる。
彼女は頬を膨らませたが、結局納得したのだった。
そして、彼女は今もこうして時々バジルのところに顔を見せに来る。
頻度は減っているところを見ると、なかなか城からの脱出が困難になったということだろう。






「えっ・・!一般の人は来ちゃいけなかったの?」
ルナは心配そうな顔をしてスピカを見たが、スピカは笑って首を振った。
バジルに視線を移すと彼女も微笑んでルナを見ると、
「貴方はいいのよ」そう言った。
ルナはほっと息をついて、微笑む。
こんな花園を見たのは生まれて初めてだ・・・
バジルは頭を下げると、手入れの為庭園の奥へと帰っていった。



「ルナなら、気に入ってくれるんじゃないかと思って」
スピカは隣に立つルナを見て言った。
初めて出会った彼女。
どうしてだか分からないけど、彼女なら気に入ってくれると思った。
だから、連れてきたかった。
ルナはスピカを見ると笑う。
「うん!とっても素敵!!どうもありがとう!」



あれ・・・・
ふと、スピカは思う。
ルナのこの微笑み、誰かに似ている気がするのだ。
誰だかは・・・思い出せない。
一体誰だっただろうか・・・とても身近な感じがするのに・・・



「ねぇ、スピカ」
「ん?」
突然名前を呼ばれてスピカはルナに視線を戻す。
ルナはまたにっこり笑って、言った。
「私達、いい友達になれるわね!」
そう言ってルナは手を差し出す。



友達・・・
その言葉にスピカは軽く目を瞠る。
自分は、リアやスバルの他に同じ年頃の友達がいなかったのだ。
王女という立場をもっていれば、半ば当たり前なのかもしれない。
ルナが自分が王女だと知ったら何て言うだろう・・・
しかし、今のスピカにとってはどうでもよかった。
彼女の屈託のない笑顔と差し出された手を見て思わず口元が上がる。
「うん!私もそう思う!」
スピカはそう言うと、笑顔でルナの手を取った。
2人は笑うと繋いだ手を上に上げた。
「よろしく、スピカ!」
「うんっ!ルナ!」





「やっぱりここにいたか! この馬鹿!!!」
和やかな空気を後ろからの怒声が切り裂く。
スピカはびくりと肩を揺らすと恐る恐る振り返る。
案の定の人物が眉を吊り上げて馬から下りた。
スバル・エリクトルだ。
見つかった・・・・スピカは眩暈を覚える。
きっとまた、部屋に戻ればあのドレスの山とご対面だ。



「ニナが、ドレスの試着はいたしません早く戻ってきてくださいって言ってましたよ。」
「リア!」
スバルの後に馬から下りた少年にスピカは思わず声を上げる。
リアは苦笑した笑顔をスピカに向けると、「ねぇ?」とスバルに言った。
スバルは、ああ・・と言うとスピカの頭をぐしゃぐしゃにする。
「てめーは! 勝手にいなくなるんじゃねーよ!!俺らの仕事が増えるだろーが!」
「なっ!誰も頼んでないじゃない! 髪ぐしゃぐしゃにしないでよ!ちょっとー!」
慌ててスバルの手をどかすと、スピカは手櫛で髪を整える。



そして、はっとした。
ルナに彼らのことを説明しなければ!
ルナのほうを向くと、ルナは驚いた様子で3人を見つめていた。
いや、正確には・・・



「・・・・リア?」
ルナが呆然とした様子で呟く。
その視線の先にはリアがあった。
スピカとスバルは驚いて桃色の髪の少女を見た。
当のリアも困惑を隠せない。
「・・・えっと、君は・・・・・」



リアがそう口を開きかけた時だ。
「見つけましたよ、ルナ!!」
突然声が聞こえて皆振り返る。
城の門に立っていた、あの男性だ。
馬を借りたのだろうか、男性は乗っていた馬から下りると4人の元に駆け寄る。
「ジ、ジャックリード・・・・」
ルナはしまった・・という顔で時計を見た。
約束の1時間から、30分以上経過している。



「ルナ・・・ジャックリード・・・・?」
リアは、その名前を聞き、桃色の髪の少女を食い入るように見つめた。
そして、はっとした表情になる。
「ルナって! ルナかい? あの!」
その言葉にルナもにっこり笑顔になった。
「そうよ!リア! やっと思い出したのね!!」
そして、その後、気がつくのが遅いわよ!と眉を寄せる。



2人の様子をスピカとスバルはただ、呆然と見つめた。









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メイン人物が揃いました。





2006/04/10