Eden
月と星の名 2
細いウエーブかかった髪、太陽に反射してキラキラ光る銀色。
まるで月の光を吸収したかのように輝くその色にルナは思わず見惚れた。
「ありがとう」
少女は手を貸してくれたルナにお礼を言う。
「ううん。私が前を見ないで走っていたから・・・。ごめんね?怪我してない?」
「全然平気、大丈夫。」
そう言って銀髪の少女はにっこり笑った。
それを見てルナもにっこり笑う。
「この国の人だよね?」
ルナは隣を歩く少女に尋ねた。
「うん、貴方は?」
「私は違うんだ。レトリア国から来たの。」
「レトリア・・・南の方にある?ずいぶん遠くから来たんだね・・・」
レトリア国といえば、ここフェルノーム国からずいぶん南に離れた国だ。
フェルノーム国よりやや気温は高く、海に面しているため魚介類で有名な国。
そして、この国と友好条約を結んでいる国だった。
観光に来たのかな・・・
少女、スピカの頭にそんな考えが浮かんだ。
しかし、春の式典は先月終わったばかりだ。
今の時期は特別な式典や祭りもなく、観光に来る人々は少ない。
「あ!自己紹介がまだだった・・・私はルナ。ルナ・M・ランネスレッド」
思いついたようにルナは自己紹介する。
それを聞いてスピカは自分も自己紹介をしていなかったことに気がついた。
慌てて自分も自己紹介する。
「私は、スピカ。スピカ・・・・・・」
スピカ・フェルノーム、そう言おうとしてスピカは言葉を切った。
フェルノームなんて口に出せば、自分が王族であることがばれてしまう。
しかし、ファーストネームだけだと怪しまれるかもしれないし・・・
暫く考えた後、スピカは口を開いた。
「スピカ・リテシアっていうの・・・」
やや俯いて口にする。
リテシアというのは彼女のミドルネームだ。
だから正確に彼女の名前をいうと、スピカ・リテシア・フェルノームというのだが、
正式な式典や、よほどの事がない限りこの名前は使わない。
長いので、普段はもっぱらスピカ・フェルノームで済ませていた。
ミドルネームで区切るのも何だが語呂が悪くておかしい気もしたが、今は仕方がない。
ちらりとルナを見ると、彼女は特に怪しんだ様子もない。
こっそりとスピカは安堵の息をついた。
「ルナは観光に来たの?」
ふと、スピカは尋ねる。
その質問を受けるとルナは苦笑した表情になった。
「ううん、私ちょっと用事があって・・・」
「用事?」
「うん。行かなきゃいけない場所があって・・。でも途中で馬車降りちゃったの。」
「・・・何で?」
「町の様子が素敵だったから。私の国とはやっぱりちょっと違ってて。」
ルナがキラキラした目をスピカに向ける。
好奇心に満ち溢れた目だ。
「そこには行かなくていいの?」
「1時間たったら行きますって連れに言ってあるから平気。」
本当は半ば強引な手で抜け出したと言ったほうが正しいのだが、それは言わないでおく。
今頃ジャックリードは目的地で、片手に時計を持ちながらイライラしてることだろう・・・
着いたら彼の小言を聞かなければいけないのは、ちょっとウンザリだ。
しかし、自分のわがままで彼に迷惑をかけているのだから、当然である。
「ねぇ、ルナ。時間まだ大丈夫?」
「え・・・大丈夫だけど。」
突然のスピカの問いにルナは我に返る。
ルナの返事を聞くと、スピカは満足そうに頷いた。
「あのね、フェルノーム国に来たら、是非見てほしい場所があるの。」
そう言うとスピカはルナの手を引く。
自分からこのような行動に出るなんて、スピカは自分でも驚いた。
城をこっそり抜け出して町にいるのに。
巡回中の王宮騎士団に見つかったら大変だ。
まぁ、今の時間は彼らも巡回していないとは思うが・・・
恐らく今の時間に巡回しているのは、一般兵士の小隊だろう。
それに、ルナにはあの場所を見てほしかった。
さっき出会ったばかりの少女だが、スピカはルナに何だか心地いいものを感じていた。
初めて出会ったのに不思議だ。
そして、それを感じていたのはスピカだけではなかった。
ルナも、スピカと同様の心地よさを感じていたのだ。
ルナは何だかとても楽しくなって微笑んだ。
足取りが・・・軽い。
その頃、スバル・エリクトルとリア・セイクレイドは突然失踪した姫君を捜索するため、
馬を引いて城の中庭の門を出た。
スバルは深くため息をつく。
「ったく、あの馬鹿・・・出るなら一言言えってんだよ。」
そう言って頭を掻く。
その隣でリアは微笑む。
「きっと、あの状況から逃げ出したくて堪らなかったんだね・・・僕らに一言言う余裕もないくらい。」
笑ってる場合か、とスバルはリアを軽く睨む。
早く連れて帰らないと侍女が心配で倒れてしまいそうだ。
なんせ、彼女は侍女が少し目を離した瞬間いなくなったのだ。
ついさっきまで、傍にいた姫君がいなくなればそれは心配するだろう。
あの侍女は少し心配性すぎる気もするが・・・。
しかし、スピカから見ればあの状況は逃げ出したくて堪らなかったに違いない。
なんたって、スピカの部屋は・・・・
「「ドレスの山・・・」」
リアとスバルの声が重なる。
ドレスで一杯になったあの部屋を見れば、その表現が一番適切かもしれない。
新しいドレスはなかったが、侍女がたくさん彼女の部屋に持ち込んでこう言ったのだ。
「さぁ!姫様。どのドレスにしましょうか?」
見るとドレスは全て、公式に着るものばかりでどれもふわふわとして繊細な生地で出来たものばかりだ。
それを見たスピカは一瞬めまいを覚えたが、暫くはおとなしく着せ替え人形になっていた。
しかし、2時間もその状態が続きなおかつ、ベッドの上にあるまだ未試着のドレスの箱の山を見ると
スピカはもう耐えられなかった。
そして、逃げ出したのだ。
『今日着るのは、最初に試着したドレスでいい』
という置き手紙を残して。
「確か今日は・・・客人がくるんだっけ?」
リアがスバルに尋ねる。
スバルは、ああ・・と返事をした。
そして軽く息を吐く。
「さすがに人前に出るんだからいつものドレスじゃまずいよな。」
「まぁ・・・一応仮にも王女だからね。」
見た目が一番重要というものではないが、立場上それなりの身なりは大切だろう。
しかし、あの侍女の持ってくるドレスの量は異常の様に思えた。
あれではスバルもリアも嫌になる。
「とっととあの馬鹿見つけて連れ戻すぞ、リア・・・」
「うん。ニナが心配で寝込む前にね。」
リアのセリフに、そーいうこと!と言って2人は城の正面の門から外に出た。
恐らく彼女がいる場所はあそこだろう。
馬に乗って駆け出そうとした時、2人は門の傍に立っている一人の男性を見かけた。
男性は心配そうな様子で、懐中時計を片手に周囲を見回している。
「どうしましたか?」
リアが男性に尋ねる。
それに気がつくと男性は、困ったように眉を下げた。
「ああ・・・騎士団の方ですか?私、レトリア国の者でして・・・」
「今日城に来ることになってる?」
スバルも口を挟む。
確か、今日の客人はレトリア国からの者だと言っていた。
「はい。城に向かう途中だったのですが、主が途中で馬車を降りて、町に行ってしまったのです・・・
そろそろ約束の時間なのですが・・」
遅いですね・・と男性は再び懐中時計に目をやる。
スバルとリアは顔を見合わせるとため息をついた。
どこの国でも似たような人間はいるものだ・・・と。
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似たもの同士・・・・。
2006/04/08