Eden
Little wind 1
俺、スバル・エリクトルには2人の幼馴染がいる。
1人は、リア・セイクレイド。
俺が所属している王宮騎士団の副隊長をしている。
基本は温厚で優しい奴だが、怒らせるとちょっと厄介なんだよな。
何ていうか、笑顔なのに周囲の温度が下がるっていうか。
そして、もう一人は・・・・
「だぁっ!何でここで寝てんだよ、お前は!!」
訓練から戻って自室に戻ったスバルは、ソファの上で眠っている少女を見ると
思わず声を上げた。
こいつは、ここを何だと思っている?
休憩部屋じゃ、ねぇんだぞ!?
目の前で眠っている少女を蹴り落としたい衝動を必死で抑えてスバルは少女を見る。
彼女の銀色の髪は微かにウエーブがかかっていて、窓から吹く風にサラサラと揺れている。
今は閉じられている瞳を縁取るまつげは長く、肌はとても白い。
一瞬、その姿に見惚れたが、すぐに彼は我に返る。
さっき、彼女の侍女が必死で彼女を捜していた。
きっと何か用事があるに違いない。
それか、彼女はそれが嫌でここに逃げ込んできたとか・・・・?
いや、どうでもいい話だ。
とにかく、この状況では自分がくつろぐ事が出来ない。
ここは自分の部屋だ。
なのに自分の肩身が狭いのはどういうことか。
スバルはスピカの近くまで寄ると耳元で大声を上げた。
「起きろ、この馬鹿王女!!!!!」
「うわ!」
突然耳元で叫ばれてスピカは飛び起きる。
と同時に体勢を崩し、ソファから落ちてしまった。
ゴンッ
嫌な音がしてスバルは目を瞑る。
暫くして目を開けると、スピカが額を擦りながら恨めしそうに
こっちを見ているではないか。
「言っとくが、俺はお前を起こしただけだ。」
「・・・まだ私、何も言ってないわよ。」
「顔で丸分かりなんだよ、バーカ」
まるで、落ちたのは俺の所為だと言わんばかりの表情だったので
スバルは先に先手を打つ。
「ニナが捜してたぞ。お前、何かしたのか?」
さっき廊下であった侍女の名前を出すと、スピカはあからさまに顔をしかめた。
どうやら、彼の予想は当たったようだ。
スピカは、はぁ・・とため息をつくとソファに座りなおし、クッションを抱きしめる。
「・・・・新しいドレスが届いたんだって・・・。」
その言葉を聞いて、スバルはくしゃっと笑う。
だいたい、そんなとこだろうと思っていた。
食事会があるしな。それに、今後の予定ではパーティやら食事会の回数が多かった。
恐らく、国王あたりが新しいドレスを彼女の為に新調したのだろう。
あの方はこいつに甘いというか、甘すぎるというか・・・。
しかし、彼女はパーティや食事会といった、堅苦しいものがあまり好きではない。
そして、最も苦手とするのがドレスだ。
普段着のドレスはまだいいとして、ああいったパーティで着るドレスは動きづらい上に
いつ破いてしまうかハラハラすると言っていた。
動かずに人形みたいに突っ立ってればいいだろ?とからかうと、
それを本気に取ったらしく、彼女は暫くショックで固まっていた。
それを思い出し、スバルは密かに笑う。
大声で笑うと彼女の持っているクッションが飛んできそうだ。
「ま、それがお前の責任ってもんだろ?腐っても王女なんだからその位我慢しろ。」
軽く言うとスピカは俯いて、分かってるけど・・・・と呟く。
ああ、知ってるよ。
お前が自分の責任を果たそうと頑張ってるってことは。
ドレスが嫌だと口では言っていても、彼女は一度もパーティに出なかったことはない。
自分の立場はしっかり分かっている。
「ほら、もう行け。ニナがそろそろ発狂しだすぞ。姫様ー!!ってな。」
二ナの口真似をするとスピカはようやく笑顔になった。
ったく、世話の焼ける幼馴染だ。
しかし、スピカは笑ったかと思うと、今度は真剣な目でスバルを見る。
それに、気がついてスバルは表情を引き締めた。
彼女の表情はどこか、緊縛したものがあったから。
「・・・どうした?」
「・・・・・。」
「・・・もしかして、ドレスの事でここに来た訳じゃないのか?」
「・・・・。」
無言は肯定。
これは、彼女と長く付き合っていて分かったこと。
そして、彼女が悲しげな表情を見せた時、
その胸の中の思いは・・・・
「・・・リアか?」
「・・・・うん。」
小さく頷く。
予想はしていなかった・・・と言えば嘘になる。
彼女が気がつかないはずはないと思っていたから。
彼女は誰よりもあいつを見ている。
そして、あいつと一番近くにいるであろう俺に何か聞きに来るだろうとも
予想していた。
「リアに・・・一体何があったの?スバルは気がついてるよね?リアの様子が・・・」
おかしいってこと・・・
悲しそうな、辛そうな笑顔をしてるってこと・・・・
彼女が俺の目を見る瞳は悲しそうだ、だけど強い。
壊れそうだけど、決して壊れないであろう強い光。
何度、その光を眩しいと感じたことか・・・。
「さぁな、知らない。」
「スバル!!」
はぐらかそうとするスバルにスピカは詰め寄る。
教えて欲しい、彼に何があったのか・・・
しかし、何度聞いてもスバルの返事は変わらなかった。
笑いながら、「別に、いつも通りだろ?」と言う。
そうか・・・・
「・・・ん。分かった。じゃあもう聞かないね。」
「え・・・」
「スバルが、言いたくないことなんだと、思うから・・。」
だから、何も聞かないね。
誰にでも、言いたくないことはある。
それを、無理やり聞き出したくはない・・・。
ごめんね、とスピカはスバルに笑う。
問い詰めて、ごめんね。
困らせてしまってごめんね。
「ほら、ニナのとこ行ってこい。そして、ドレス貰ってこい。」
「うえー・・・」
「仮にも王女が、うえーって言うな!」
自覚を持てよ!とスピカの頭を叩く。
叩かれたスピカは恨めしそうに睨むと、はいはいと言ってドアの方に向かった。
「じゃーね、スバル。」
「おう。」
笑顔で手を振るスピカに彼も又、手を上げる。
足音が遠ざかるとスバルは荒々しくソファに座った。
ソファの上に乗っていたクッションが弾みで下に落ちる。
しかし、彼はそれを拾おうとせず、ごろんと横になった。
あれでよかったのか・・・そう思う。
いや、よかった。
これは自分が言うべきことではないから。
本当はリア本人のみが彼女に言う権利がある。
・・・・もっとも、あいつがスピカに言うとは、考えられないけどな・・・。
リアが笑っていないと彼女は言う。
それは、俺も知ってる。
でも、スピカ、
お前だって笑っていないじゃないか。
本当に、心から笑えているのか?
お前が笑えていないのを知ってるのは、俺だけじゃない・・・。
あいつも・・・リアも知ってるんだぞ?
それとも、真実を知っている俺には、お前に話す権利があるとでもいうのか・・・。
大切な2人。
どんな事をしてでも、守ってみせる・・・。
BUCK/TOP/NEXT
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(真実は、時に優しく、時にとても残酷なもの・・・・)
2006/2/5