Eden



金と銀  3





「ねぇ、スピカ。私、スピカの髪、とっても好きよ。」
「・・・。」
「夜に輝く月のようにキラキラしてて、とても綺麗。」


そう言ってミモザは俯くスピカの髪をくしですき始めた。
スピカは俯いたままだ。
ミモザは続ける。


「スピカ・・・リアの事、本当に好きなのね。」
「・・・。」


返事の変わりにスピカはこっくりと頷く。
それを見てミモザはくすりと笑みを漏らした。
そして、ふと思う。


あの、少し鈍い王宮騎士団の副隊長はこれを知っているのかと。
ここまで、妹に想われていて、姉としては少し妬ける気分だ。
しかし、可愛い妹にこんな顔をさせるのでは、妹を彼にやるなんて
まだ早いな、と父親じみたことを考える。



「あーあー! 妬けるなー!リアが羨ましいわ。」
「お姉ちゃん?」
突然声を上げた姉に、何事かとスピカは横を向く。



「だって、スピカはお姉ちゃんよりもリアが好きなんでしょ?」
「え、えええ!?」
眉を寄せて言うミモザにスピカはすっとんきょうな声を上げた。


「お姉ちゃんが病気になったとしても、きっとリアの方を選ぶのねー。」


あああ・・可哀相な私!とミモザは泣く真似をしてスピカを見つめた。


「お姉ちゃん!そんな、私!! お姉ちゃんの事大好きよ!!リアとは別の意味で、
お姉ちゃんの事大好き!病気になったとしたら真っ先に駆けつけるわ!決まってるじゃない!!」


ミモザの泣きの演技にすっかり慌てたスピカは一気に言う。


どうして、話がそう飛ぶのだろう。もしかして、お姉ちゃんは私がお姉ちゃんが嫌いだと思っ・・・


しかし、彼女の一瞬の不安はすぐに掻き消された。
ミモザが口元ににやにや笑いを含んでいたからだ。


・・・・・・


「もう!最低!!信じられない!」

顔を真っ赤にしたスピカは傍にあったクッションを姉の顔に投げつけた。

「きゃ!スピカ何するのよ!今日の夜は食事会なんだから、髪が乱れるじゃない!」
「先に泣き真似したのはそっちでしょー!!」
どうせ、身支度なんて夕方にするくせにー!と付け加える。





傍にあったクッションをひとしきり投げたスピカは、はぁっと息を吐くと姉に向き直り言った。



「お姉ちゃん、ありがとう。」
そしてにっこりと笑う。

姉は自分を元気づけてくれたのだ。落ち込んでいる自分を・・・。
その事に、ただ、感謝だった。




城の者たちや、客人たちにはスピカの笑顔をこう例える者もいる。

『まるで、春の日差しのような笑顔』  だと。


氷ついた心や、寂しい心を溶かすような、
生命の生まれを祝福するような春の光のようだと・・・・。



しかし、ミモザは気がついていた。彼女が気づくということは、恐らくイアンも気づいている。
彼は、自分以上に勘がいいから。
いや、それ以上に、物事の本質を見抜くといってもいいような、天性の直感を持っているから。




スピカは、心から笑っていない。



いや、もちろん、笑う時もあるのだ。本当に楽しそうに・・・。
でも、彼女は同時に寂しそうな笑顔もみせるようになった。



リアが苦しそうな笑顔をしているというのなら、貴方は寂しそうな笑顔をしているわ・・・。
それに気がついているのは、いったいどれ程の人間なんだろう。
自分もつい最近まで気がつかなかった。
思った以上に、彼女は自分の感情を押し込むのが上手いらしい。


いや、彼女も・・・・・か。




「お姉ちゃん。」
ふいに呼ばれてミモザは少し、驚く。
スピカを見ると彼女はミモザの思考に気がついた様子もなく、微笑んで言った。


「私、お姉ちゃんの髪、大好き。」
「え?」
「太陽のように、キラキラしてて、とっても綺麗。」


「ありがとう、励ましてくれて。お姉ちゃん、大好き。」


そう言うと、スピカはミモザに抱きついた。



ああ・・気づいていたのね。
やっぱり、わざとらしかったのかしら・・・。


でも、抱きついてくれる妹がとても愛しくて、ミモザもスピカに腕を回す。


「どういたしまして。妹の相談にのるのも、励ますのも、姉の仕事よ。」
そう言って彼女はふふっと笑った。





「ちょっと待ったーーー!! 妹を慰めるのは、このお兄ちゃんの役目さ!」
突然ドアを蹴り開けると、イアンが現れ、ミモザから勢いよくスピカを奪いとった。


「「!!!?」」


「ああ、スピカ・・・相談があるならどうしてお兄ちゃんに言ってくれなかったんだい?
お姉ちゃんよりもずっと頼りになると思うのに!!」


そう言ってぎゅっと抱きしめる。

いつからいたのだろうこの男は・・・
ミモザはポカンと開いた口を閉じるのに暫く時間がかかった。


「・・・・お兄ちゃん・・・。」


兄の腕の中でスピカは苦笑する。
しかし、やはり彼も自分を心配してくれたのだと思うと嬉しかった。


「ところで、イアン?貴方はドアの外でずっと聞き耳を立てていたのかしら?」
ミモザは甘い声でイアンに尋ねる。
その顔を見て、スピカは凍りついた。
鬼が・・・いる・・・・・。


「いやだなぁ、ミモザ!僕はテレパシーでスピカのSOSを感じて飛んできただけだよ!!」
爽やかな笑顔で応対するイアン。
彼には目の前にいる、鬼の姿が見えないのだろうか・・・・。
いや、見えている。
それで敢えて、笑っているのだ。


「ドアを蹴破って?」
「失礼な。蹴破って、じゃない。蹴り開けて、だ。」
「・・・・。」

ミモザの顔がどんどん恐ろしくなる。
イアンは爽やかな笑顔のままだ。


スピカは心の中で手を合わせた。


合掌。



暫く間があり、イアンは怒り狂うミモザに鉄拳をもらった。






「まったく。聞き耳を立てていたとはね・・・・。」
スピカの部屋を出て、ミモザは隣の兄を一瞥する。
頬を擦っているイアンは、失礼な!と憤慨した。


「ミモザを呼びにいったんだよ。そしたら、話し声が聞こえて入るに入れなくてね。」
女の子同士の話には入れないよ、とくしゃりと笑う。


「しかし・・・リアの様子に気がついていたとは・・・流石は僕の妹かな。」
「イアン!貴方知って・・・?」
イアンの言葉に、ミモザは思わず声を上げる、しかしその後すぐに口を押さえる。
スピカの部屋から離れたといって油断は出来ない。


「まぁ、気づくな・・という方が無理かもね。スピカはずっと彼を見てるし・・・。。」
「どういうこと・・・?リアは一体・・・」
隣の兄(・・双子だが)が真剣な表情になりミモザは不安を覚える。
たった今、リアを心配する妹を見ていたばかりなのだ。


一体・・・何が起こっているんだろう・・・。


ミモザの表情に気がついたのか、イアンは表情を緩めた。


「ミモザ・・・君は神様を信じるかい?」
「え?」
突然の問いに彼女は戸惑う。


「僕は、初めて信じたいと願ったよ。」
そう言った彼の表情はどこか辛そうで、いつもの彼からは想像も出来ない表情だった。


一体、何が起こっているんだろう・・・・・。


ミモザの頭にはその事ばかり、浮かんでは消える・・・・・・。





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2006/1/21