Eden
木漏れ日 1
「よっし! 出来上がり!」
城の厨房の一角で少女の弾んだ声が聞こえる。
彼女の前にあるのは、たった今出来上がったばかりのマフィンだ。
彼女はそれを丁寧に籠に入れると、すぐ横で作業をしていた男に声をかける。
「どうも、ありがとう! 調理場使わせてもらって。」
「いえいえ、姫様の頼みとあらば、いつでも。」
「でも、途中で手伝ってもらったりしたし、仕事中なのに何だか悪いことしたみたいで・・。」
「誰だって塩と砂糖を間違うような、お約束的なミスをしようとすれば止めに入りますよ?」
「うう・・・。確かにね。じゃ、ありがとう!」
料理長の笑顔に引きつった笑顔で返すと、少女はお礼を言って調理場を後にする。
「あ! 姫様!」
廊下を駆けていく少女を先程の男が呼び止める。
「なぁに?」
「これ、一緒に持っていってください。」
「わぁ!! フルーツタルト!!」
男が持っていたトレイには小さなフルーツタルト。
苺やベリーがたっぷりの、彼の自慢の一品だ。
「ありがとう! 嬉しい!!」
そう言ってタルトを丁寧に籠に入れる。
ふんわりと、カスタードクリームのの甘い香りが少女を幸せな気分にする。
「私、ディーンの作ったタルト大好き!特に苺の!」
少女の笑顔とその言葉に、ディーンと呼ばれた料理長は破顔する。
「そう言ってもらえると、作りがいがあるものですね。」
おまけです、と彼はもう一つタルトを籠に加える。
少女の好きな苺のタルト。
お礼を言って少女は長い廊下を進む。
歩く度に、彼女の長い銀色の髪がふわふわと揺れる。
外で訓練しているのであろう兵士たちの声が遠くから聞こえた。
彼女は途中何度も籠に視線を移し、口元を上げる。
これ見たら、何て言うだろう・・。
喜んでくれるかな。
それとも・・・
中庭を突き進むと、兵士たちの練習の掛け声がだんだん大きくなる。
練習を指揮してるらしい人物が「よ〜し!休憩!!」と言ったのが聞こえた。
あそこだ!
少女は大きく手を振ると、一集団に駆けていった。
「スバル〜!!! 練習は終わり?」
「!! スピカ!?」
名前を呼ばれた少年、スバルは漆黒の短い髪を揺らし、振り返る。
練習を終えたばかりの兵士たちも彼女の姿を見ると「ひ、姫様!!」と居ずまいを正した。
それを見るとスピカと呼ばれた少女は「休んでて」と慌てて手を振る。
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
「ううん。特に用事はないんだけどね・・。 あれ、リアは?」
いつもスバルと一緒にいるはずの少年が見当たらないことに気づき、スピカは辺りを見回す。
「ああ、あいつなら今部屋にいるよ。書類の整理〜・・とか言ってたな。」
スバルの言葉を聞き、スピカの眉が寄せられる。
「整理って・・・それ、スバルの仕事じゃない!! リアに押し付けたたの!?」
そう言われてスバルの片眉が上がる。
「人聞きの悪いこと言うな! リアが勝手に引き受けてくれたんだよ!!」
「嘘!どうせスバルが泣きついたんでしょ!リアなら引き受けてくれると思って!!」
「なんだと!!」
そんなやり取りを兵士たちは微笑ましそうに見ている。
毎回毎回、飽きないものだ。この国の姫君と自分たちの上司である王宮騎士団の隊長。
初めて見るものは、一国の姫君と真っ向から口喧嘩しているのだから冷や汗ものかもしれない。
しかし、見慣れてしまえば寧ろ微笑ましく思えてしまうのだ。
ただ、いつもならここにいるべきはずの彼らの口げんかのストッパーがいないためか
今日の口げんかは更にヒートアップしているようだが・・・。
「だいたいいつも・・・・」
「姫?」
スピカの声は穏やかな声によって遮られた。
「リア!」
淡い茶色の髪をした少年が書類の束を持って微笑んでいる。
その顔には苦笑じみた表情があった。
「リア!スバルに仕事、押し付けられたんでしょ?」
ほっとけばいいのに!とスピカはリアに駆け寄った。
「大丈夫ですよ。自分の分をするついでですし、それに・・・」
「?」
「自分でやった方が早く終わりそうですし。」
その言葉を聞いてスバルが引きつった表情を見せる。
「て、てめー!!」
「ほんとの事を言ったまでだけど?」
リアは微笑んでスバルを見る。
「ところで姫、どうしたんですか?こんな所で。」
つっかかるスバルにどうどうと牽制をかけながらリアはスピカに問いかけた。
ああ・・またリアは私のこと、姫って呼ぶのね。
それに敬語がすっかり板について・・・。
幼馴染なんだから、小さい頃のように普通に話して欲しいのに。
いつからか、私の事、姫って呼んで・・・
いつの間にか敬語で話しかけて・・・
私、もうずっと、「スピカ」って呼んでもらってない。
「えっと、そろそろ訓練終わるんじゃないかと思って・・・。」
肩をすくめてスピカは持っていた籠を軽く上げる。
籠に入っていたマフィンやタルトの香りがふんわりと漂った。
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長くなりますが、もしよろしければお付き合いくださいませ。
2006・1・4