序章: 〜少年〜

 

僕は夢のような場所にいた。

緑が沢山の広場の真ん中に立っていた。

周りは陽気な音楽が聞こえ、
子供達のはしゃぎ声が耳に届く。

仲間の子供たちを追って、すってんと転ぶ子供に大丈夫と声を
かけながらも

どこか微笑ましい気持ちでそれを見ていた。

子供は平気だよと言って仲間の元へ駆けていく。

音楽家が奏でているのであろう陽気な音楽、周囲の人々の賑やかなはしゃぎ声、頬をなでる心地よい風・・。

僕は、なんだかとても楽しくなって思わず鼻歌なんか歌ってて・・・。

口からこぼれるのはでたらめなメロディー。

だけどそれすら口に乗せると心弾むのは何でだろう。

周囲の緑はとても鮮やかで太陽の光もキラキラと地面に反射する。

花壇の花はどれも色鮮やかでとても綺麗で風に乗って時々香る花の香りは鼻をくすぐり、

心穏やかにさせてくれる。

世界はこんなに優しくて暖かくて心地よいものだったのかと、僕は初めてそう思った。

 

その時だった。

 

ふと、音は消えた。

楽しそうな風景は砂のようにざぁっと消えて、

緑でおおわれた美しい広場は
あっという間に消えてしまっていた。

僕は驚いて周囲を見渡す。

まるでそれが今まで存在していなかったもののように・・・。

出来上がっていた砂のお城を一瞬で崩してしまったような感覚に教われ、

僕の周りには何も存在しない真っ白な世界が広がっていた。

太陽の光も感じない。

音も聞こえない。

誰もいない。

・・・・いったい何が起こったのだろう。

やっぱりこれは夢なのか・・?

試しに自分の頬をつねってみた。

その感覚はよく分からない・・。

痛いのか、それとも痛くないのか・・・それすら分からない。

そんなおかしな感覚。

まるで夢と現実をちょうど半分に割った感じだ。

いったいこれは何なんだろう・・・。

ぼんやりと考えていたら僕の前に女の子が立っていたんだ。

栗色の長い髪、髪と同じ栗色の淡い瞳、白い肌・・・。

可愛らしいというよりも「美しい」そんな表現が似合うその少女はじっと僕を見つめていた。

氷のような冷たい瞳。

まるで世界中を凍らせてしまうような力を持った

そんな瞳・・・。

僕は矢に射られたように僕は動くことが出来なくて、その場に立ちつくしていた。

こんな夢の中の、こんな少女に対してと笑うだろうか・・・。

でも僕の体全身の細胞が恐怖を訴えていたんだ。

声を上げたくても、声が出ない。

でも必死で僕は声を出そうとしたんだ。

しかし出てくるのは声とは程遠いもの。

空気がかすれて出るような・・そんな音。

手足が動かない。

体全体が、言うことをきかない・・・・。

体が僕の全身の機能を止めてしまったようだった・・。

まるで自己防衛のような。

これ以上危険に近づかないように僕を止めているように。

少女の視線は変わらない。

冷たい、痛い視線は弱まるどころか逆に強くなって僕の体を突き刺す。

 

動かない・・・動けない。怖い・・!!

助けて、助けて・・・!

 

何度願っただろう。

頭に凄い衝撃を受けて、僕は目覚めた。

 

目覚める直前・・・少女が何か言った気がした。

 

 




「起きろ、起きろよ。・・・リョウ!!」

 

リョウと呼ばれた少年はゆるゆると目を開けた。

黒髪に紺の瞳。

年齢は18。

顔にはまだあどけなさが残る。

彼の名前はリョウ・コルトット。

彼の隣では友人がしきりにリョウの肩をゆすっていた。

・・・・どうやら授業中に眠っていたらしい。

 

「ああ・・ノアおはよう。」

寝ぼけ眼で隣の友人に声をかける。

友人が見ように強張った表情をしているのは何故なんだろう。

そんな友人は引きつった顔で子声で叫ぶ。

「おはようじゃねーーーーっ!!! 

お前! 早くその寝ぼけた顔どうにかしろよ!!今何の時間か分かってるのか!?」


・・・・・どうしてそんなに焦っているんだ?・・と思いつつあくびをして目を擦る。

やっぱり昨日徹夜で本を読んだのがいけなかったらしい。

おかげで妙な夢もみた。

 

ふと、自分の額がヒリヒリ痛むのを感じた。

「・・・?」

目の前に小さな白い物体。

チョークだ。

どうしてこんな物が・・・。

ふと、視線を黒板前に移すと担任のディーン先生が鬼の形相で立っていた。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

「度胸あるよなぁ、お前。よりによって担任の授業で居眠りするなんてさ」

休み時間、友人のノアはのんびりとした口調でリョウに言った。

そういう彼は担任の授業以外では居眠りの常習犯だ。

ディーン先生は学校で一番怖いことで有名である。

「別にしたくてした訳じゃないよ! 起こしてくれてもよかったのにさ」

そう言ってリョウは昼食のサンドウィッチにかぶりついた。

ポテトサラダのサンドウィッチは彼の大好物だ。

「起こしたさ。でもお前、何度ゆすっても全然起きねぇの。」

ノアもクロワッサンにかぶりつく。

「ずいぶんとうなされてたぞ。悪い夢でも見てたわけ?」

「・・・・別に。」

それだけ言って黙り込むリョウにノアはちらりと視線を送る。

「まぁ、言いたくなければいいけどさ。ためておくのは良くないぜ?お前ただでさえ

あんまり自分の意見主張しないしよ。」

「いや、悪い夢って程じゃないよ。ただ・・・・」

そう言ってリョウは視線を下に移す。

ただの夢だ。

大げさにすることでもないし、あまり気にすることでもない。

でも胸のどこかに引っかかるのはどうしてだろう・・。

それに、こんな夢の話をしてノアに笑われたりしないだろうか・・。

 

リョウは知っている。

ノアはそんな事で人を馬鹿にしたり笑ったりしない。

それどころかきっと真剣に話を聞いてくれるだろう。

小さい頃からそうだ。

よくしゃべる割りに周囲への気遣いは人一倍ある。

思い切ってリョウはノアに夢の事を話した。

初めはゆっくり、でもだんだん早口になっているのが自分で分かった。

緑いっぱいの綺麗な広場。

楽しそうな風景。

その風景はあっという間になくなり、自分を冷たい目で見ていた少女・・・。

氷のような冷たい視線。

恐怖。

動かない身体・・・。

 

ひとしきり話したリョウはふぅっと軽く息を吐いた。

言葉に出したことで少し気持ちが楽になった。

悪い夢は人に話すといいというがあながち間違いではないのかもしれない。

リョウは思いっきり背伸びする。

 

「動かない・・・か。なんか金縛りみたいだなぁ。」

ノアはそう言って暫く考え込んでいた。

自分なりに考えをまとめているのだろうか?

しばらくぶつぶつと考えていたノアはふと思いついたようにリョウに聞いた。

 

「んなぁ、その子美人だった?」

「は?」

「だから、美人だったかって聞いてるんだよ!!」

ノアは凄い剣幕だ。

「あ、ああ・・・それは、うん。」

その勢いに押されてリョウは頷いた。

 

美しい表現が似合うと本当に思う。

透き通るような白い肌、栗色の艶やかな髪、一度見たら忘れられない・・・と思うのだが。

 

「そうかそうか! なら謎は解けた!!」

「・・・は?」

「お前がどうしてそんな夢を見たのかっていう謎だよ!!いいか?よく聞け!」

「う、うん・・。」

得意満面な表情を浮かべるノアに対して訝しげな表情を浮かべるリョウ。

それでも気になるので黙ってノアの言葉を待った。

 

 

「リョウ!! お前は恋人が欲しかったんだ!!!」

「はぁ!?」

「いいか!? お前は恋人が欲しい! だけど理想の女の子がいない! だから自分の理想の女の子の夢をみたんだ!!」

「・・・・恐怖感とか、体が動かなかったのは?」

「それはこう、彼女の魅力にこう、電気がな!! こうビリビリっと!!!」

・・・・・。

「ふざけるな。」

自信満々に説明するノアをリョウは思いっきり殴り飛ばした。

 

 

 

序章〜少年〜  Fin