序章〜姫君〜

太陽がちょうど真ん中に昇りはじめた。

人里から離れたこの森は木々が太陽の光を全身に浴びて緑がきらきらと光っている。

ゆったりと森の中を歩いていた鹿は小さな山小屋から人が出てくる物音を聞き丸い目をそちらに向ける。

１７、８位の年齢の少女が洗濯籠をかかえて庭に出た。

日はもう高い。

寝坊した・・・と少女は自分の髪をかき上げる。

昨日遅くまで起きていたからだろうか。

朝日が昇ったことに全く気がつかなかった。

この家のもう一人の住人は彼女が気持ちよさげに眠っていたためか起こさなかったらしい。

彼女は寝坊したことが少し恥ずかしくなって頬を赤く染めた。

優しい風に少女の栗色の綺麗な髪が風にのってサラサラと揺れる。

彼女の住んでいるこの森は人間があまり入ってこない。

だから外部の人間との接触があまりない。

買い物の時などは不便だが彼女はこの森が好きだ。

静かだし、この森の空気は落ち着くし、何より他人との接触がない。

一人でいられる。

・・・いや、一人と一匹だろうか。

洗濯物を干していると家の中から一羽の鳥が飛んできた。

淡い金の羽をもった鳥だ。その色に瞳のグリーンがよく映えている。

その鳥に気がついた少女は鳥に向かって微笑んだ。

今までいろいろな鳥を見てきたがこんなに美しい鳥はいないと彼女は思う。

「・・・おはよう。起こしてくれてもよかったのに。」

鳥は彼女の肩に止まり、自分の羽を整えると自分のくちばしを少女の頬に

少しつけた。

人間の動作でいうとまるで頬に口付けするように・・・。

そして気にするなとでも言うように目を細める。

それを見ると何だか可笑しくなって少女はくすりと笑った。

この鳥とここで生活し始めてもう、７年になる。

つまり、あの出来事からもう７年たったということだ。

月日が経つのは早いのかそれとも遅いのか・・・。

あの頃から時間は止まってしまったと思っていたがもう７年。

時は傷を癒すというが自分の傷は癒えているのかいないのか。

少女は無意識に胸元をきつく握り締めた。あのことを思い出すと未だに胸が痛む。

少女が、ふと、ぼんやりと過去に想いをはせていると突然彼女を呼ぶ鋭い声が聞こえた。

「レオナ！！！」

その声に反応するやいなや、少女、レオナは空を見上げる。

明るかった空はどんどん暗くなり、強い風に森の木々は激しく揺れる。

近くにいた動物達は一斉にその場を逃げ出した。

動物は自分の身に危険が起こりそうな時はその気配を敏感にキャッチする。

これは、つまり・・危険が迫っているということだ。

地面が音をたてて唸る。地震とは違う揺れ。

その証拠に家の窓辺に飾っている花は微動だにしない。

大地の怒りを例えるのならこんなものだろうか・・・そう思った。

彼女の髪と同じ色をした、栗色の淡い瞳が険しくなった。

大地はもう時間がないことを告げていた。

自分たちは平穏に暮らしていくなんて出来なかった。

ずっと夢を見るなんて出来なかった。

７年間の夢。偽りの夢。

時が近い・・・いや、もう時なのかもしれない。

はじまりは近い・・・。

はじまってしまったのかもしれない。

次の瞬間、彼女の周りを黒装束の兵隊が取り囲んだ。

序章〜姫君〜　　Fin