Eden 番外編 : 迷い猫捜索記録

  

「フェルノーム国、王宮騎士団。」
その名を聞けば一般の兵士達は、ほぼ100パーセントの確立で
目を輝かせるだろう。
兵士達の憧れの的。
いわば、カリスマといったものだ。


特にその王宮騎士団を統べる、隊長と副隊長への眼差しには凄いものがある。


もう一度言っておこう。くどいようだが言っておこう。
彼らは兵士達の憧れの的。
カリスマなのである。






「はぁ?猫探し?」
書類に目を通しながら、すっとんきょうな声を上げたのはスバル・エリクトル。
王宮騎士団の隊長だ。
勢いよく顔を上げたため、彼の黒髪が微かに揺れた。
書類を手渡した隊員の一人は、「はい・・・」と苦笑する。
しかし、明らかにその顔には困惑があった。




「1週間ほど前から、飼い主の元を飛び出し、現在も行方不明だそうです。」
書類に再度目を通すスバルに彼は言う。
ふーん・・・と気乗りしない返事をしながらスバルは書類にハンコを押す。
目を通しましたよというサイン。




「じゃあさ、第二小隊の方にでもこれ回してこいよ。
奴らならこの時間、巡回してるだろ。」
スバルは一般兵士の小隊の名前を出し、書類を隊員に押し付けた。
ぶっちゃけ、彼は猫探しなど興味がないのだ。
それよりも、もうすぐ稽古の時間になる。
そっちの方がスバルは楽しみだった。



猫探しなんて、興味がない。
そんなのは俺には関係ないし、他の奴に任せておけば・・・
しかし、スバルのそんな気持ちは次の瞬間にあっという間に崩れ去るのだ。



「猫探し? 依頼がきたのかい?」
穏やかな声がしてスバルはその場で動きを止める。
どうして、こうタイミングが悪いのか・・・



ちらりとドアの方に視線をやると、書類の束を抱えた少年が目に入る。
茶色の髪にこげ茶色の瞳。
副隊長のリア・セイクレイドだ。
リアは怪訝そうな表情をしてスバルに近づく。



「いや!リア、何でもないんだ!猫の依頼なんかきてないぞ?」
冷や汗だらだらになりながらスバルは一気にリアに言った。
まずい、まずいぞ!!
こいつ(リア)に動物関係の話題は駄目だ。
絶対に駄目だ・・・・!!



明らかに挙動不審なスバルに眉を寄せながら、リアは先ほどの隊員が持っていた書類を
受け取り目を通す。
どんどん目を通していくにつれて、リアの表情は変わっていった。
同時にスバルの顔色はどんどん青くなる。



「・・・・猫が行方不明・・・一週間・・・。」
「り、リアさーん・・・・」
「心配だ・・・」
「お、おい・・・」
「一週間もなんて・・・今頃お腹をすかせて倒れているかもしれない・・・」
「いや、おい・・リア・・・」
真剣に書類に目を通すリア。
スバルは顔を青くしたままリアに視線を移した。
これは・・・やばい・・・。



「・・・この件はどうするの?」
「ああ・・第二小隊に回そうと思ってな。今の時間、巡回してるだろうし・・・」
「駄目だ。」
「はあ!?」
「彼らの巡回時間はあと1時間で終わるし、その間に猫を見つけることなんて不可能だ。」
「・・・・だったら、その後番の奴らに任せればいいだろ・・・」
「そう、つまり僕らだね。」
「・・・・はあ!?」
にこにこと笑うリアにスバルは思わず怒鳴る。
そして思わず、予定表を確認。



A・M10:00〜P.M14:00    第二小隊

  〜休憩〜

P.M16:00〜P.M20:00   王宮騎士団第一部隊



「夕方から夜なんて暗くて見つけらっれっかよ!!」
猫なんて小さい生き物、闇にのまれれば見つけられるわけがない。
「そう、だから、今から行くんだよ。スバル。」
にこにこと笑うリアにスバルは完全にフリーズした。



・・・・・今、何て言った・・・・?



時計を確認すると現在は昼の1時。
自分達の巡回は、4時からだ。



「馬鹿かお前は!!何で自分達の時間より早く、しかも3時間も前に行かなきゃいけないんだよ!!」
「昼は明るいから捜しやすいだろ?それに自分達の巡回時間も利用できるから、ちょうどいいじゃないか」
にこにこと笑顔を浮かべるリア。



「ふざけんな!何で猫ごときにそんなことしなきゃいけないんだよ!」
自分は、これから後の剣の稽古を楽しみにしていたというのに!
怒鳴り散らしたスバルだが、周囲の様子の異変に気がついた。


周囲の隊員たちが、皆真っ青な顔をして自分達から離れていく。
何事かと彼らに視線をおくると、彼らは口ぱくでこう言った。



『駄目です、隊長!! 今の、禁句ですよ!』



「は?」
一瞬間の抜けた声を出すが、瞬間周囲の空気が冷えた気がした。
思わず身震いをする。



「・・・スバル・・・。」
「な、なんだ・・リア・・・」
「今、猫ごときって言ったよね・・・?」
「え・・・」
「言ったよね?」
リアが笑顔でスバルに言う。
しかし、明らかに先ほどの笑顔とは違う。
いや、口調もいつも通り穏やかだし、微笑みを浮かべてはいるのだが、
スバルには見える・・・。
彼の後ろから、どず黒いオーラが見える・・・。



ヘタすれば、今にもその背後から鬼が出て来て襲いかかろうとする・・・・そんな笑顔だ。



そして、思い出した・・・。
リアは無類の動物好きだ。
特に猫や犬、小動物は大好きだ。
マントのポケットに餌を入れてるくらい・・・・。
動物のこととなると、我を忘れるのがリア・セイクレイドだ。



そんな彼が先ほどのスバルの発言を許すはずがないだろう。


恐らく、温厚な彼の表情を崩す話題は、動物関係とスピカ関係の2つだろう。
そして、先ほどのスバルの「猫ごとき」発言はまさに、禁句だったのだ。


「・・・・スバル?」
リアは相変わらず、にこにこと笑顔を浮かべている。
周囲の気温はどんどん下がっていく。
周りにいた隊員たちが次々と白旗を揚げて、スバルを懇願の目で見つめてくる。



『お願いです、隊長。このままじゃ俺達、凍死します!』

『隊長は俺達がどうなってもいいんですか?』

『副隊長が化け物を呼び出す前に、謝ってください、隊長!!!』

『『『 俺達死にたくないです、隊長!!!!』』』



「っ・・・・第一部隊!今から猫探しに行くぞ!!!」
「「「いえっさー!!!!」」」



とうとうリアの笑顔に耐え切れなくなったのか、スバルはやけくそになって叫んだ。
その掛け声に待ってましたとばかりに隊員たちが手を上げる。
それを見たリアはいつもの穏やかな笑顔になって微笑んだ。



「じゃあ、さっそく行こうか。」



周囲の空気が一気に暖かくなったのを感じてスバルはほっと安堵の息をついた。
普段、怒らない奴が怒ると(リアの場合、完全に怒っていた訳ではないのだか・・・)
恐ろしいというのは本当だ・・・。








といっても町は広い。ちょっとやそこらで猫一匹見つける事はとても大変なことだった。
スバルたちは路地裏や家の隅まで捜したが、いっこうに見つからない。
手がかりも無く、一息ついた時にはすっかり日が落ちていた。


「いたか?」
「駄目です、隊長・・・」
「これだけ捜しても見つからないなんて・・・」
「っていうか、もう外真っ暗ですよ。見つけるのは黒猫なんでしょう?これじゃ全然わからないですよ・・」

隊員たちは口々に言う。
スバルも全くのお手上げ状態だった。
そこに息をきらしたリアが駆け寄る。


「いたか?」
スバルの問いにリアは、首を振った。
それに全員が肩を落とす。
リアの並々ならぬ動物への勘があれば、あるいは・・・と思っていたのだ。
ただの都合のいい解釈だが・・。


「このまま捜してもしょうがないな。今日は戻ろう。んで、明日また巡回の奴らに頼めばいいさ。」
スバルの言葉に全員が頷く。
リアは少し、心配そうな顔をしたがこれ以上の捜索は出来ないと彼も思ったのだろう。
渋々、頷いた。



「明日、僕も・・・・」
また捜すとでも言うのだろう。リアの言葉をスバルが遮る。



「明日、お前は、俺と1日会議。だから無理」
スバルの言葉に、「そうだった・・」とリアはため息を吐いた。








「おかえりなさい、リア、スバル!」
城に戻った彼らを出迎えたのは、幼馴染でこの国の第二王女のスピカだった。
銀色の長い髪を揺らして彼らに駆け寄る。



「おう。」
「ただいま戻りました。」
2人は疲れた様子で少女を見る。
スピカは2人の表情を見て、心配そうに眉を寄せた。



「2人とも・・・どうしたの?」
「いや・・何でもない・・。」
「でも・・・」
スピカの不安げな表情は消えない。



「心配すんな。猫が・・・見つからないだけだ・・。」
「猫?」
「迷い猫探しの依頼がきたんですよ。それで、捜していたんです。」
疑問符を浮かべるスピカにリアが簡単に説明する。



猫・・・猫・・・
それを聞いて暫くスピカが考え込んで、あっ!と手を合わせたので少年2人は何事かと少女を見る。



「もしかして、黒い猫?首に青いリボンをつけてる・・・・」
「姫、知っているんですか?」
「うん。だって・・・」



リアとスバルはスピカの口からその後出た言葉を聞くと、暫く固まっていた。
全く動かない2人の幼馴染の前でスピカが手を振っても反応なしだ。
焦点の定まっていない目でぼーっとしている2人を見て、スピカは駄目だ・・と肩をすくめた。



まさか・・・・おい・・・うそだろ・・・



スバルはぼーっとした頭で、ただそう思った。








「はい。2人とも」
スピカは2人の目の前に1匹の黒猫を見せた。
小さな子猫で首には青いリボンがついている。
そのリボンには黒い糸で


”ロミオ”


と刺繍してあった。
間違いない。この猫だ。



なんでも今日の昼、スピカが庭を散歩していたら、この猫が庭に現れたという。
どこから入ったかは不明だが、お腹をすかせていたので、彼女がミルクをあげ、
スバルたちが帰ってくるまで預かっていたのだ。
リボンをしていたので、この猫が誰かのペットだということはすぐ分かった。



スバルたちが帰ってきたら、迷い猫の依頼はないか聞いてみようと思っていたという。




スバルとリアは子猫を見ると、思わず微笑み合った。
とりあえずは、一件落着という訳だ。




「でも、スバルったらよく猫探しなんて引き受けたわよね?」
スバルが自室に戻り、まだスピカの部屋に残っているリアに彼女は言った。
リアは猫を膝の上にのせて体を撫でてやっている。



「え?」
「だって、スバルってこういう事に興味ないように見えたから。意外だわ。」
猫が気持ち良さそうに喉をゴロゴロ鳴らしているのを見てスピカはクスクス笑う。



それを聞いたリアは、一瞬ポカンとしたがすぐに笑顔になった。


「僕が頼んだんですよ。」
「リアが?」
「スバルが、ある禁句を言いましたからね。」
「・・・禁句?」
きょとんとするスピカだが、リアの笑顔が一瞬、あの怖い笑顔になったのを見て悟る。



・・・・・ああ、そういうこと・・・。



恐らくその時周囲の温度は、軽く氷点下を突破しただろう。
スピカはその状況を想像して、密かに手を合わせた。
合掌。



「きっと飼い主も心配してるわね。」
「そうですね、明日にでもさっそく届けに行きますよ。」
「それがいいわ。」



リアの膝の上でいつの間にか眠ってしまった子猫を見て2人は思わず笑いあう。
スバルは少し、大変だったかもしれないけど久しぶりにリアの嬉しそうな顔が見れたと
スピカは密かに思った。









迷い子猫が運んだ幸せな時間。
今の貴方は、昔のようには笑わなくなってしまったけど、時々こうして見せる笑顔は
あの時のままなの。
暖かくて、ほっとするような笑顔。
私が大好きな笑顔なの。



穏やかな時間。心休まる時間。
こんな風に少しの時間でいいから、ずっとずっと続きますように・・・。





ある日、届いた迷い猫探しの依頼。
半ば、奇妙な結末で幕を閉じたがスバルとリアの思いは晴ればれだった。






ただ、猫探しという意外にハードな仕事と、猫探しの前にリアの絶対零度の微笑みというダブルパンチで
スバルは疲れきって、ベッドにうつぶせていたという。






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800きり番で「猫探し」というタイトルで、みそしるさんからリクエストいただきました。
動物好きで我を忘れるリアさんが書きたかったゆえのストーリーになりました(笑)


リアが怒ると周囲の気温が軽く氷点下を突破します。
そして、みんなそれを知っているんですよね(笑)
ある意味、怒るとスバルより怖そうです。


書いててとても楽しかったです。どうもありがとうございました!
お持ち帰りは、みそしるさんのみです。